goo

北越製紙へのTOB問題への感想

王子製紙がTOBに踏み切って、本格的に開戦した、北越製紙争奪戦は、何やら盛り上がっているようないないような、妙な展開になっています。この問題については、各当事者の注目点を、「北越製紙をめぐるゲームの観戦ガイド」と題して、YOMIURIオンラインの連載コラムに書いてみました。ご関心のある方は、ご一読下さい。http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/yamazaki/at_ya_06081101.htm

上記の原稿を書いたのは一週間近く前です。その後、大きな動きはありませんが、言い足りなかったことなどを補足します。

王子製紙のTOB(北越製紙発行株の過半数取得が成立条件)は、成立が難しくなったのではないか、という観測が広まっているようです。この場合、王子が北越製紙を全く諦めると、今度は、別陣営に北越製紙を渡す形になってしまうので、一番ありそうなのは、発行株の三分の一にTOBの成立条件を緩和することでしょうか。ただ、その場合、王子製紙、日本製紙、三菱商事などが、何れもメジャーを取れずに睨み合う形になります。また、発行株の8割以上を少数の株主が持つことになる公算が大きく、北越製紙が上場廃止になる可能性が出てきます。参加者がみな得しない状態で、長期戦のチキン・ゲームになって、誰が北越を買うのか、改めて交渉するということになるのでしょうか。

王子製紙は、TOB価格を引き上げる選択肢もありますが、そもそも、もっと高くても買う用意があったなら、これまで価格を引き上げずに、800円台で日本製紙に北越株を大量取得されたのは、王子のアドバイザーである野村證券の作戦ミスといえるかも知れません。TOB価格以上の出来高の内容を十分把握できていなかったという意味では、証券会社としても、頼りない印象です。本件が、今後、どう転ぶか分かりませんが、北越製紙を別陣営に追いやる結果になったり、王子製紙が北越製紙の株を中途半端に抱えて立ち往生するようなことになったりすると、野村證券の評判はガタ落ちしますが、さて、彼らには、有効な手が用意されているのでしょうか。

一方、北越製紙の経営陣も、かなりアブナイ感じがします。彼らが株主に説明すべき事柄は「三菱商事との提携を伴う経営計画で、株主は王子が提示した株価860円以上の株式価値を確実に手に入れることができる」ということの、具体的内容です。今迄のところ、王子の経営統合案だと、たとえば「従業員のやる気が落ちて32億円損する・・・」といった、王子案の批判に力点があるようです。株主から見ると、王子製紙は株価を具体的に提示しているのであって、買収後に儲かるかどうかは、主として王子製紙の問題です。

また、北越製紙の経営者は、「当社の中長期的企業価値を取り込むことに(王子製紙の)目的があるように思われる」と王子を批判していましたが、中長期的企業価値が十分に取り込まれて実現するなら、何の問題もないので、これは、批判になっていません。

加えて、買収防衛策の発動について、独立していると称する検討委員会に諮問し、この委員会が発動OKの判断を示しましたが(発動を決定するのは取締役会です)、これが発動されると、物事がメチャクチャになるでしょうし(壮大な見物にはなりますが)、一転して、北越製紙側が批判に晒されるでしょう(たぶん裁判は北越側が負けるでしょう)。まさか、買収防衛策は、発動しないと思いますが、王子がTOBの条件を変えてきた場合には、ヤルかも知れない、という可能性というか、スリルがあります。

ニュースによると、北越製紙と日本製紙は、何らかの提携関係の構築を検討するようです。北越製紙は日本製紙が将来株を売ることが不安だし、日本製紙は株式取得にコストをかけた以上、何らかの「実」を取らないと名分が立ちませんから、これは自然な流れではありますが、ある種の癒着の臭いがしますね。

さて、王子製紙として、どんな戦略が正しいのかは、難しいところです。

私は、買い取り株価を上げて北越の株を集めても、当初思い描いたような効果を得ることは難しいでしょうし、一つのターゲットを複数の買い手が買おうとした場合に、勝者がとんでもないプレミアムを払う、「勝者の呪い」と言われる現象にハマらないためにも、さらりと降りるのが利口ではないか、というような気がします。

しかし、そうなると、アドバイザーの野村の面子は丸つぶれだし、王子製紙自身も、少なくとも降りた時には格好が悪い思いをしなければならないでしょう(高い株価で北越製紙株を買ったライバルの日本製紙に損をさせたことで溜飲を下げることになるのでしょうか・・)。しかし、買収にかけるお金があるなら、本業を強化する方が「まっとう」ではないでしょうか。

北越製紙にあっての、王子製紙の嫌われぶりには驚きます。一部の報道によると、今回の件も、もともと北越製紙の設備投資計画に王子が横槍を入れたことから始まった経緯があるようですが、これでは北越も王子を嫌いになるでしょうし、どうも動機の部分に不純なものを感じます(独禁法的な観点でも)。また、そもそも、業界トップの会社が、十分なコスト競争力を持っていないということなのでしょうか。資本の世界では正論に見える今回の王子製紙の行動ですが、製紙会社としての王子製紙は、業界内では威張れた存在でないのかも知れないとの印象を受けます。
コメント ( 13 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 疲労困憊 ブックレビュ... »
 
コメント
 
 
 
野村證券 (高橋将)
2006-08-11 12:43:44
王子グループ企業の役員に話を聞きました(私の会社が王子Gのその企業と取引しています。野村證券は日本製紙Gからの横槍を想定していなかったのかとの私の質問に対し、その役員は想定していなかったとの返事でした。本当ととしたら、野村證券の読みの甘さは批判されるべきでしょうね。野村は日本で初の正式なHostile TOBを成功させた投資銀行として名を残したかったんでしょうが、逆の結果になりそうですね。私は、王子、日本、北越の戦いも見ものですが、野村、CS、モルガンの投資銀行の戦いも見ものだと思っていましたが、やはり日本の投資銀行のレベルの低さなんでしょうか? 王子のHPで30ページ以上に及ぶパワーポイントの資料は野村と王子の企画が作成したものだと思いますが、結構良くできています。一度ご覧いただければと思います。



王子のTOBが失敗しても、今後の北越の方向性が良く見えません。三菱商事/三菱製紙とどうシナジー効果を出していくのか、日本製紙Gとどう付き合っていくのか、両Gとどう連携していくのか不透明です。
 
 
 
日本じゃなかなか敵対的TOBは成立しないようで・・ (shousiminjp)
2006-08-11 14:45:15
自社が損をしても・・っていう形のホワイトナイトが現れたら、ホワイトナイトにできるだけ損をかぶらせて引き上げたら王子の勝ちといっていいんじゃないですかねえ?

というわけで王子のすべき次の一手は小幅のTOB価格ひきあげというのに一票。

 
 
 
違法行為の議論は??? (なすび)
2006-08-12 16:53:48
はじめまして!山崎さんの著書は多数読んでいるものの、今日初めてこのブログに来ました。山崎さんの著書を読むと株式投資は非常に「儲からない」気になるので役に立ってます(笑)。ところで、当初は北越製紙の三菱商事に対する第三者割当増資について背任行為だとかインサイダー取引に抵触するんじゃないか?という議論がありましたが、なぜスンナリと増資が実行されてしまったのでしょうか?王子製紙は差し止め請求をしなかったのは何故?そして北越製紙に対して607円で増資した件で株主代表訴訟が起きないのは何故?その点で山崎さんの意見を伺えたら幸いです。(ちなみに私は三菱商事のホルダーです☆)
 
 
 
北越紙 (山崎元)
2006-08-12 22:40:47
>高橋将さま



確かに、王子製紙&野村のPPTは読み応えがあります。それにしても、TOBの成功が見込みにくくなって、彼らはどうするのでしょうか。興味深いところです。



>shoushiminjpさま



王子引き上げ、というオプションもありますね。無理に高いお金をかけるのは、冷静ではありません。ここで引くのも悪くないかも知れません。



>なすび様



私も、この増資が実行されたことが気になるのですが、三菱商事は単に契約通り増資を実行したのでしょう。



問題は北越製紙側ですが、たぶん、この形の方が、株主にとってメリットがあるのだ、という説明が付けば大丈夫なのでしょう。



或いは、三菱商事との契約が締結されているので、引っ込められなかったのかも知れません。



ただ、いずれにしろ、物事が落ち着いてから、北越製紙の経営者の判断が適切だったのかどうかが、問われることになりそうですね。
 
 
 
王子製紙の嫌われぶり (しがないサラリーマン)
2006-08-13 16:52:54
 製紙業界にいるわけではありませんが、製紙業界を客先にしている者として、間違っているかもしれませんが投稿します。



 製紙業界は再編が進んでいますが、まだ過度期で供給過剰体質です。過剰生産→下落→疲弊して値上げの繰り返しです。鉄鋼業界と異なり、2強でもいまだに価格決定権がありません。



 山崎様のエントリにあった業界トップの王子製紙のコスト競争力ですが、家庭紙(ティッシュ・トイレットペーパー)で大失敗しています。2強に再編が進んだ後、片方の日本製紙とともに価格維持のため減産していましたが、他社が増産してシェアを奪われました。これまで通り、王子製紙は増産するのですが、いつもと異なり、他社を駆逐する「フル生産・フル販売」を派手に宣言し体力勝負に挑みます(日本製紙も増産するが、遅れて1年後)。中堅メーカーからすれば、「おまえらをつぶしてやる」と言っていることと同じです。

 乱売合戦となって中国製よりも家庭紙価格は低下し、低下したままになりました。王子製紙と日本製紙にとっては、減産している間に家庭紙のシェアを他社に奪われかつ低価格化で採算悪化という最悪の結果になりました。最近の値上げでも焼け石に水状態です。 家庭紙業界の会社から見れば、王子製紙の挑発的な価格競争で、業界全体がただ疲弊させられたと思っています(我々消費者が一番利益を得ているわけですが)。



 2強は、多品種・少量生産の小口ユーザーに対しては系列代理店に任せきりです(効率面からも担当者をつけにくい)。正確なユーザーのニーズをつかむことができず、見込み生産となります。一方、北越製紙は小口ユーザーにも直接営業して計画的生産が可能になっています。常に設備更新して効率的な機械で、効率的に生産しているので、企業規模が小さいながらも効率的な経営ができています。設備投資に意欲的なのは、かつて高い技術力で有名な日本加工製紙が、長い間設備投資しなかったために、環境の変化についていけず倒産したことも背景にあります。



 北越製紙は自主性の強い堅実的で効率性を重視する社風です。北越製紙は、家庭紙はやっていませんが、家庭紙で自社の戦略(規模拡大)の失敗で価格低下に陥り、今度はコート紙価格維持のため最新設備導入に横槍を入れ、自社のスクラップアンドビルトより買ったほうが安いと考える王子製紙を嫌うのは、感情としては理解できます。

 北越製紙の主幹事証券会社であった野村證券が、王子製紙側にまわったのも嫌う理由の一つかもしれません。



 製紙業界のメーカー数が多い(供給過剰である)ことはご存知だと思いますが、卸・代理店の数も多いことは今回のTOBで報道されていません。

 大手メーカーが生産を抑制しても、どこかが抜け駆けで増産する。大手メーカー系列代理店の在庫を減らしても、競争の厳しい独立性卸が売ってしまうために価格が下がり、売り負けを避けるため、さらに価格が下がるという悪循環になっています。かつての石油業界と同じです。

 製造と卸の両方の再編が進まないと、供給過剰体質は変わらないと思います。



 
 
 
王子製紙 (山崎元)
2006-08-14 04:24:49
しがないサラリーマン様



的確な情報、どうもありがとうございます。



製紙会社に限らず個々の会社の社風や、それぞれの製品に関する経緯、さらには、問屋の構造が果たす役割、といった情報は、現実にそのビジネスに関わるなら、非常に重要であり、且つ、そのビジネスの近くに居ないと、上手く把握できない情報だと思います。特に、今回の製紙業界については、一般的な情報を検索して調べても分からないことが多いので、今回頂いた情報はまことに貴重です。



心より感謝したいと思います。



そこで、製紙業界の、供給過剰体質についてですが、ご指摘のように、これはユーザーにとっては、重要なメリットの源泉と言えます。一方、製紙会社・業界にとっては悩みのためですから、なかなか難しいところです。



オーソドックスな考え方に立つと、たとえば、王子製紙は、効果的な設備投資と自社の技術によって、圧倒的な競争力を持つことに注力すべきで、安易に買収を考えるべきではない(と、公取と共に)考えるべきなのでしょう。



しかし、アメリカも含めて、世界のトレンドは、どちらかといえば、M&Aによる競争削減とシェア拡大による、競争緩和と、価格支配力の強化なのでしょう。しかし、ご指摘のように、単純に、製造側だけを強化しても、問屋を整理しないと、過当競争による価格下落圧力は解消しないということなわけで、日本の製紙業界の悩みは深いのでしょう。



どうやら、製造・卸共に、単純な合従連衡ではなく、「淘汰」が必要のようですね。



おかげさまで、「ゲーム」の観戦に、新たな視点が加わりました。重ね重ね、どうもありがとうございます!
 
 
 
補足 (shousiminjp)
2006-08-14 13:32:29
私がいっているのはTOB成立しないことが前提で、価格引き上げで株価を引き上げて日本製紙の調達コストを引き上げるというオプションなのでねんのため。
 
 
 
北越、次の展開? (とまと)
2006-08-14 21:01:27
「買収にかけるお金があるなら、本業を強化する」これが正論であり、それほどに北越新潟工場の存在は業界の焦点になっていたのでしょう。

野村證券は、初めてのこととはいえ、、、、どうやって、取り戻すのでしょうね。

TOB期限がまだまだ先ですが、商売でしょうから、王子は三菱商事から、24%株式を買うことに注力するのではないでしょうか。

三分の一にTOBのターゲットを下げるのは、重要事項の拒否権とはいうものの、定款変更などの拒否権だから具体的メリットはないでしょう。三分の一で嫌がらせをするには、投資金額が大きすぎるから、将来の王子の経営にまで影響があるのでは?

過半数を取って、即、取締役会入れ替えが出来なければ、現実的ではないのでは?
 
 
 
本業回帰? (山崎元)
2006-08-15 00:15:36
とまと様



どうも、王子製紙が手を尽くして北越の過半数を手に入れても、上手く行かないような気がしてきました。結局、この辺で手を引くのが、現段階では、賢いのではないでしょうか。



もっとも、北越製紙の経営者が、正しい手順(株主に=860円以上の株主価値がある経営をする、その内容を説明する事)を尽くさなかったことの、後味の悪さが残りますね。



この場合、王子というよりも、野村證券の負けですね。
 
 
 
経営者の顔 (masakosama)
2006-08-15 15:42:53
 山崎さま、ごぶさたしております(といって、名乗るべきなのでしょうか。こういう投稿は初めてで、作法がわかりません。)。

 何度かお目にかかり、大学院では授業も受けました。ありがとうございました。JMMや読売新聞のウェブは、いつも拝見しています。

 この製紙業界のTOBに関して、たいへん興味深いのは、登場する経営者たちのお顔です。今回、記者会見にお出ましになる製紙会社の社長のお顔が、どうも覚えにくいことを発見しました。だからといって困りませんけれど。

 テレビ映像なので編集されていることを考慮に入れても、率直に申し上げて、経営者としての迫力を感じません。もしわたくしが報道記者であれば「あなたは、なにを考えなにを目指して○○製紙に入社なさったのですか」とまずお聞きしてみたいと思います。 
 
 
 
経営者の顔 (山崎元)
2006-08-15 19:47:33
masakosamaさま



こんにちは。いらっしゃいませ。



オランダでのご静養はまだですかのmasakosamaではなくて、たぶん、あのつい最近まで女子大(学院)生だったmasakosamaでいらっしゃいますね。お久しぶりです。



経営者の顔については、確かに、王子の社長さんはお顔の印象が残りにくい。理路整然と話されていた印象があるのですが、顔立ちが思い浮かびません。他方、北越の社長さんの場合は、暗い何かが差し迫ったような雰囲気と共に、お顔が思い浮かびます。



もっとも、お顔に「迫力」を感じない点では、お二人とも同じですが、これは、たぶん、誰が社長になってもおかしくないようなごく普通で無難な会社でも、企業買収の買う側・買われる側になる時代を象徴しているのでしょう。
 
 
 
野村證券 (トマト2)
2006-09-01 22:39:25
恥さらしですね。

野村内部の人事異動はどうなるのでしょう。



TOBで負けたので責任を取るのは悪しき前例と証券会社も言うのでしょうか。
 
 
 
野村證券 (山崎元)
2006-09-02 15:02:56
確かに、今回の件の野村證券は、「王子製紙が野村證券にアドバイスしていたのか」と思うくらい、情報面でも(北越や他社の動向)、戦略面でも(せめて、増資差し止め請求をすべきでした)、役に立っていなかったですね。



経営者も含めて人事異動するする方が良さそうですが、そうはならないのでしょうね・・・。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。