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言葉の数

2011-08-31 00:34:39 | 日記
最も口数の多いのが馬渕澄夫氏で、次いで鹿野道彦氏、得意な話題になると声が大きくなるのは海江田万里氏、笑顔まじりで相槌を打つのが前原誠司氏、会話には加わるが言葉がいちばん少ないのが野田佳彦氏。 もし5人が卓を囲んで酒を呑んだら、そういう風景になるのではないかと思いながら、昨日の民主党代表選を見ていた。その野田氏が主将になった。彼に期待する人43%、しない人30%といったテレビ局のアンケート調査が出ていたが、アホかいなと思ってしまう。 期待するもしないも、やってもらう(任せる)以外の方法が何かあるのだろうか。  君は普通の人間が一生の間に話す量をもう喋ったのではないかと、まだ40歳にならない頃に、勤務先のえらい人に言われたことがあるが、口数が多いということは、イコール軽い人間であるのだろう。 沈黙は金、男は黙ってサッポロビールであるべきなのだろう。 わが家計には無口方が多いが、私は、喋るのはおもしろいし(少なくとも課目であるよりは)健康にいいと思っている。  女性は年齢とともに、よく喋るようになると感じることが多いが、違うだろうか。 家族もそうだが、サラリーマン時代の女性戦友には、特にそういう例が多く、 いつも無口でボンヤリしていた25歳が、町内会長的に多弁な50女性になっていて驚かされたりする。 なにはともあれ、言葉をもつ生物は人間しかいないのであり、友人の条件の1ツは、話していて愉しい(おもしろい)ことにあるのは絶対だろう。

女性の名前

2011-08-29 22:26:18 | 日記
藤島千勢、横武たつ子、寺島トヨ、槇村隆子の中で、最も佳い女のイメージがあるのはどれか? 100人中60人以上が槇村隆子を指すのではないかと思うし、上記の4人は、松本清張作品『わるいやつら』の登場人物であるが、清張先生も隆子をそのように描いている。女性名は、文字にしたときと音のイメージが大切だ。もちろん現実ぬは、高峰麗子より古川ヨネの方がはるかに佳い女だったりすることは、いくらでもあるだろうけれど。 昭和30年代までは、女児の名を考えるのは比較的簡単だった。漢字を1ツか2ツ(かなも同じ)選んで、その後に、子・江・代のどれかをつければよかった。 それが、美の字の流行に変わって、昨今はいわば何でもありの状態になった。 何でもありだからこそ命名は難しくなり、個性的なモノをと考えれば考えるほど、頭の中が広辞苑的になってしまうことが増えたようで、そのことは友人達の(孫の名を考える)話を聞いてもよくわかる。  広辞苑的とは、漢字をアチコチ探して、2ツを組み合わせるという意味だ。 23日に家人の姪の子供が生まれ、昨日『葉月』ときまった。 旧暦8月の別称であるが、古典的な雰囲気は悪くない。この名前は家人が赤ちゃん誕生の前から挙げていて、そのときは、神津(善行・メイコ)さん夫妻の次女が同名だったような気がすると話していた。 会いに行った家人と娘が「かわいい」を連発していて、血のつながりを思う。 葉月ちゃんは、やがて、はぁちゃんと呼ばれるようになるのか。ま、佳い女になれば、ミィちゃんでもハァちゃんでもいい。つまるところ、女性名は愛らしさである。

8月28日

2011-08-28 19:47:42 | 日記
群雄割拠か多士済々か、雄も士も見当たらない、ただの団栗の背比べか。 民主党代表選を、多くの人々は誰でもいいやと見ているのではないか。いちばんわかりやすいのが党の金庫にある260億円をめぐる争い(岩見隆夫氏の言)で、金庫番(幹事長)が誰になるかが見所のようだ。 昼食は、大阪のカレーうどん(家人の友人からのいただきもの)で、何か懐かしい味で旨かったが、やはり1スプーンの醤油のプラスを必要とした。といっても私はスープまで飲むわけではないが。 競馬は新潟記念。
昨日、古町特別で名前が好きで買ったキッズニゴウハンが馬連で33.8倍をプレゼントしてくれたので、2連勝したいところだったが、軸に据えたタッチミーノットは4着。 なお、キッズ~は馬主の晩酌が2合半であるところからつけられた名前。 家人と娘が、4日前に生まれた家人の姪の子供を見に行っている。 上が(6歳半になる)おにいちゃんだから、女児バンザイであるだろう。家人が上の子を恋人にしているのは、我が家に男子が生まれなかったからだろうか。しかし子供は女がいい(このことは前にも書いた)。赤ちゃんの名前はまだきまっていないが、これはもちろん、次の総理が誰になるかということよりも、何倍も楽しみだ。 先週末のニューヨーク市場は130ドルほど高く終えているが、昨日来のハリケーンがどう影響するか。とにかく、我が家保有の株達は揃って長期入院中だ。

保険

2011-08-27 22:26:36 | 日記
我が家の駐車スペースは極めて狭く、右隣の家とは壁で接していて、左隣との間には何もない。 その何もない方へ、昨夜、家人が車を滑らせ、脱輪というのか、車体の右半分が隣家の庭にはみ出す形となった。この家に住むようになって30余年、初めての車庫入れミスである。むろん素人の手に負えるものではなく、すぐに保険会社に電話したが、事情によっては(保険では扱えない)費用がかかるそうだ。それはどうでも、とにかく自分ではどうにもならないのだ。 「大きいレッカー車が要るのかしら?」と家人が言い、そうなると5万円ぐらいかかるのかという顔になった。私は、大型レッカーが要ることも含めての保険料であるはずで、費用がかかる場合もあるというのは一応の保険屋のセリフだろうと思っていた。修理チーム(2人)が30分ほどで到着し、中型レッカー車による救出作業は10分間で終了した。結果として費用は5万円ではなく、2人の作業員へのタバコ代で済んだ。   昨夏の私の大動脈瘤破裂の手術日は、輸血も含めて550万円だったが、それが保険から支払われたことを申し訳ないと思っている。17年前の脳梗塞のこともそうだが、私の病気の原因は、自分の不摂生にあるから、事情によっては自己負担が要るというのに、充分にあてはまるだろう。ただ、保険ってありがたいと頭を下げるしかない。

恐怖心

2011-08-27 22:18:02 | 日記
恐怖の対象というか、何を怖がるかは、人それぞれの経験にもとづくというような文を、何かで読んだ記憶ああるが、そうだろうか。たとえば、私は幼い頃は自宅の屋根の上の冒険を愉しんでいた(高所は恐怖の対象ではなかった)。そのことも含めて、高所に絡む恐怖の報酬(気上りに失敗したとか、崖から落ちたといった)は受けていない。 しかるに20歳前後で、自分が箱根山のロープウェーにも尻込みする体質であることを知った。  家人は推理小説が読めないし、殺人ドラマも観ない。もちろん、身内の誰かが犯罪に巻き込まれたような経験はないから、つまりは、作り話でも人殺しは怖いわけだが、娘は松本清張原作ドラマのDVDを集めていて、この3日間続けて(ゼロの焦点、波の塔、張り込み)観せてもらったが、文句なしにおもしろい。 少し前、天竜川下り事故、ナイアガラでの墜落事故の2ツのニュースが重なった。家人は川下りの経験があって、波しぶきとスリルのことを話していたが、私はああいうものを愉しいとは思わないし、それを喜ぶ人の気持ちもわからない。 もちろん、ナイアガラは、マリリン・モンローの映画の思い出だけで充分だ。