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神様の公平、不公平

2016-08-30 09:20:34 | 日記
孫娘が2歳のときに右脚のふくらはぎに丸い腫物ができ、近くの病院では判断できず、大病院で
診断が出るまで、そこの小児科病棟に1週間ほど入院した。面会時間の終わる午後8時になると、病棟に泣き声のコーラスが起こった。当然のことである。面会に行っている母親たち(その1人が、私の次女)も泣きながら帰るのが常だった。小児科病棟には小学生の年齢の子供もいた。抗がん剤の副作用で毛髪が少なくなり、頭に布を巻いて院内にある学校に通っている小さな姿を見ると、娘はたまらない気持ちになったと言う。その話を聞けば誰だって胸が痛む。親たちもどうにもできない。医師たちにも助ける方法がない。これは神の手による不公平ではないだろうか。それ以外に言いようがないのではないか。哀しみの持っていき場がない。孫娘の脚の腫物がもし悪性であって・・・と創造するとき、私の考えはそこへ行きつく。神による不公平に行きつく。

20年前に脳梗塞でダウンしたときの私に対する友人たちの反応は、「呑みすぎ、遊びすぎ、不摂生」といったものばかりだった。返す言葉はなかった。その通りだったからである。サラリーマン時代の仲間との集まりがあったときも、そのことで冷やかされた。わずかに、でも残業・残業・徹夜・徹夜で仕事の無理もあったよなぁと言い出す友人もいたが、多くは、自業自得・自己責任を冗談化したものだった。ひとりの女性が、「神様は見ているのよ」と笑った。20年前の私の血圧は160が普通だった。病院の健康診断にも行かなかった。酒も麻雀もタバコも40年間、無制限に続けていた。健康のことでは家人に叱られてばかりだった。私の脳梗塞に関して、神様は公平だった。

8月28日

2016-08-28 19:26:19 | 日記
「これ、お魚屋さんのマグロのお寿司。1貫100円。トロのいいところですって」と家人が、100円にしては旨そうな握り寿司を昨日の夕方に買って来た。私は回転鮨屋に行ったことがないので、これなんだなと思った。200円分をおいしく食べた。
これも昨夜のことだが、NHKテレビで『思い出のメロディー』をやっていて、これは毎年の恒例だ。菅原洋一さん、大津美子さん、ペギー葉山さん・・・昔の歌手の顔を見るのがいいのか、見ない方がいいのか、目を閉じて声だけを聴く方がいいのか、よくわからない。
明日、明後日と大きな台風が関東に上陸するらしい。小高い丘の上のマンションの3階にある我が家は、台風の怖さを味わったことがない。大都市にあるタワーマンションの、たとえば45階に住む人たちは、台風のたびに凄い風音に悩まされるそうで、テレビでタフマンの立ち姿を観ると、さもありなんと思う。

このことは別の機会に細かく書きたいと思っているが、あの安倍首相とオバマ大統領が、すきやばし次郎で酌み交わした銘酒「獺祭」を、毎晩のように呑んでいる。別の水割りのウィスキーを飲むので、大統領の酒はツーフィンガー(呑ん平には懐かしい言葉かと思う)ずつだ。この酒、値段も高く、それより滅多に手に入らないようだが、娘がどこかで買って来てくれた。

オリンピックが終わったと思ったら、今度は、高畑淳子さんとバカ息子の話題が出て来て、テレビも忙しい。
今朝の血圧は145-93。

もったいない

2016-08-28 12:23:51 | 日記
「2020年の東京五輪の経費について再チェックします。モッタイナイの精神が大事です。スシ、テンプラのように、モッタイナイという言葉を流行させましょう」というようなことを小池東京都知事が語っている。思い出すのが、前の滋賀県知事だった嘉田由紀子さんだ。たしかJR新幹線の新た強い駅を滋賀県に造ろうとするのを、「ムダです。もったいない」と反対し、それをスローガンに県知事に当選したのではなかったか。これに限らずムダな駅というのはいくつもあるのではないだろうか。 大物政治家が自分の出身地あるいはその近くに駅を造る(造らせる)といったことは、ひと昔前まではザラにあった。列車が停まっても誰も降りて来ない。出発直前になって1人だけ乗るというような駅があった。鉄道会社が見直して、それを廃止したなんていう話は、あまり聞いたことがない。

「ご飯粒を残してはいけません。もったいない。目がつぶれますよ」、食卓のトイメンの席にいる祖母の声が飛んで来る。私は4歳だったか5歳だったか。「茶碗を叩くと鷲が飛んで来る」「おへそを出していると雷様にとられてしまう」…など、祖母はいろいろな迷信的罰則用語を使って私を教育した。礼儀正しい少年に育てようとした。食卓の周囲は全員がオトナである。誰もが私の失敗を待っているような気がした。そして祖母がどんな言葉で叱るかに興味を持っていた。愉しいヒトトキだった。

つまらない男

2016-08-27 15:35:17 | 日記
民進党代表立候補者の蓮舫さんが、現代表の岡田克也さんについて、記者クラブで、つまらない男と言ったことが話題になっている。もしかするとこれは、今年の流行語大賞候補になるかもしれない。蓮舫さんはもう少し言葉を化粧すればよかった。岡田代表はまじめすぎるからデートしてもおもしろくないかもしれない、といった程度にオーデコロンをふりかけておけばよかったと思う。

頭の中はカラッポなのに威張ったような口をきく男がいる。誰かが訊いたわけでもないのに、「俺に言わせれば」なんて言う。酒場で政治解説をするのがいる。それがテレビのニュースショーで専門家が言ったのと同じ内容であることを、周りの仲間は知っている。挙げていけばキリがない。つまらない男はゴマンといる。ちょっと頭の好い女性から見れば、この世はつまらない男ばかりであるかもしれない。
もちろん私もその一人だ。つまらない の反対は、おもしろい・味のある・奥行がある、センスがいいといったことだろうが、そういう男になるのは難しい。

男がもし、「あれはつまらない女だ」と言ったらどうだろう。これは、つまらない男とは違って、大変なことになる。相手に知れたら殺される虞れがある、。つまらない男でも大金持ちであれば、女はついて来るだろう。そして、たまにはその男女間に愛情が芽を出すということもあるだろう。私はそういう現実を知っている。だが、女に対して、つまらないと言ってしまったらオワリである。夫婦喧嘩でうっかり、「オマエはつまらない女だ」と怒鳴ってしまって、翌日に離婚というような例は必ずあると私は思う。

6年

2016-08-27 15:28:08 | 日記
昭和85年(平成22年)8月24日。午前10時20分に私のところへ、お迎えの車が来た。私がそこへ片足を乗せると、クルマは全身体を積んだと勘違いして走り出し、空車で彼の世に帰ってしまった。それから今日でちょうど6年が経つ。6回の正月が来て、6回の桜が咲き、6度の夏の甲子園の高校野球を観て、6度の秋の燗酒を楽しんだ。
3回の入院生活があった。脊柱管狭窄症と胆石がダブルである。しかし、あの胸部大動脈瘤破裂のことから、6×365日が過ぎたとは、どうにもぴんと来ない。せいぜい1年か2年ほど前音ことのように思われる。まだ迎えの車に片足を乗せたときの感触が比較的はっきりと残っている。やはりあれは昨年のことだったのではないかと思えて来る。

昭和17年4月6日。兵庫県芦屋市岩園小学校に入学した。大欧亜戦争が始まって4カ月後である。その6月にミッドウエー海戦があって、大好きだった叔父が戦死した。B29の空襲などのことは前に書いた。昭和20年の8月に終戦となり、12月に祖父の生まれ故郷である茨城県稲敷郡根本村小学校に転校し、翌年4月の新学期を待って同郡竜ケ崎町立小学校へ転入する。

言葉が変わった。「ああ、しんど」が「おお、こえ」に変わった。毎日食べることだけが頭の中にあった。3個10円の今川焼、1本5円のアイスキャンディーが大ごちそうだった。6年生のとき、叔父に連れて行ってもらった東京が、天国に見えた。なんとしても東京に住み、東京の学校に行きたかった。それが実現するのは4年後になる。とにかく、小学校の6年間は長かった。シンドく長かった。