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2月26日

2013-02-28 00:05:37 | 日記
昭和45年11月25日。 三島由紀夫と楯の会のメンバー数人が自衛隊の市ヶ谷駐屯地に押し入って、益田兼利総監を椅子に縛りつけ、バルコニーに出た三島が、自衛隊員の前で決起を促す演説を試みたが、隊員からは野次が飛ぶだけで、結局、三島と森田必勝が割腹自殺する。 この事件がなぜ映画化、あるいはテレビドラマ化されないのだろうか。 あるいはそういうものはすでに存在し、それを私が知らないだけなのか。 この事件の最大の謎は、三島ほどの頭脳明晰な人間が、自衛隊の決起といったことを本当に信じていただろうかという点にあるわけで、その辺を分析した脚本→映画、ドラマがあったらなぁと思う人は多いはずだ。   前記の謎について明快に答えているのが、美輪明宏さんで、彼は2.26事件のリーダーだった栗原中尉の霊に、三島がとりつかれたのだと言い、そして美輪さん自身には除霊(思いとどませること)は能力的に不可能だったと付け加えている。 つまり、強力な(高度の)除霊者がいたら~ということになるが、そういう世界のことは私のような凡人には全くわからない。 2.26事件から、今日で77年が経つ。その日、私は生後65日の赤ん坊だった。当時の我が家は東京・中目黒にあり、戒厳令も出たのに、祖父母からその日のことを聞くことは一度もなかった。 あの有名な「今からでも遅くはない」の玉音放送のことなども聞きたかったのだが。

ほ(褒、誉)め言葉

2013-02-27 23:57:01 | 日記
「少し痩せられましたか?」、久しぶりに会ったA子さんに声をかけると、「いえいえ」と慌てるように否定した。 彼女は60歳を過ぎていて、別に体型を気にするような年齢でもないと思っていたし、痩せたように思えたのは、私の率直な印象だったが、どうやら、私の問いかけが、お世辞に聞こえたようだった。つまり還暦過ぎの年齢であっても、痩身は賞賛すべきことであるようで、最近の風潮のことはわからない。 たとえば森久美子さんが、もし痩躯になったら、魅力は半減どころか落胆してしまうと思うけれど。 人間に最も必要なのは信用だというのが、父方の祖父の口癖だった。これを言い換えると、「信用できる人物」は最高の褒め言葉になるのだろうが、信用には多面性があって、たとえば『白い巨塔』(山崎豊子 著)の主人公・財前五郎は神の手と呼ばれる名外科医であり、すなわちメスを握らせれば絶大な信用がある。しかし、彼には愛人があり、保険患者には冷たいという一面もあって、祖父の言う、信用できる人間んじ当たるかどうか(といって石部金吉 型もまた、幅が無く面白みが無いと評されるのが世の中だ)。  とかく褒め言葉は難しいものだが、中に1ツ優れたものがあって、それは「感じがいい」である。どんな美女でも、頭脳明晰でも、人に与える印象が悪くては価値がない。反対を言えば、人を貶す最強の語は「感じが悪い」である。繰り返す。 この世における最高の褒め言葉は「感じがいい」である。 生涯、そういう人物に何人出会えるだろうか。

2月24日

2013-02-24 23:37:12 | 日記
昨日、妹から愉しい電話があった。この4月から孫娘が通う大学(しかも同じ学部)の卒業者が母方の親戚に2人いて、それが同窓結婚した夫婦だと言う。 午後から遊びに来た孫にその話をすると、思いがけないところに先輩がいるものだと嬉しそうだった。 昼食の肉まんを食べながら、胃袋から「少し食べ過ぎだぞ」という声が聞こえて来た。 肉まんは中型のもの1コ半だから、たいしたことはないのだが、昨夜、コンビーフの残り物をクラッカーにのせて食べたのを思い出した。といっても、せいぜい50~60g程度なのだが、とにかく少食老人になったことは確かだ。 競馬は中山記念で、大荒れはなさそうなので、3連複で8点買いし、ヨミ通りの展開になったが、シルポートの逃げ残りを軽視して失敗。去年の今頃もそうだったが、土用に拾って日曜に落とすことが続く(昨日は千葉ステークスで3連複、57.8倍を、バラ券で的中)。ギャンブルは連勝がないとサイフは肥らない。 安倍総理の顔に自信を感じる。体調も好いのだろうが、なんといっても、景気回復(その兆しと言うべきか)が大きい。次は、日銀総裁の異動で、どうしても金融緩和志向の人物がほしい。 理想は森永卓郎氏だが、それは、まさかというより100%ないよなぁ。  2日前に新居のカギを受け取った(いわゆる、引き渡しに当たる)。引っ越しのメインは3月7日であるものの、車で10分余りの場所だから、家人と娘が毎日、デパートの大きな袋に入れたアレコレを運び始めて忙しい。もちろん腰痛の私は何の手伝いもできずに傍観しているだけだが、それにしても、家の中の荷物って、ずいぶんとあるものだなぁと感心する。

春の歌

2013-02-23 22:32:46 | 日記
春を謳った歌は、すべて女声合唱が似合う気がする。 まず『春が来た』は、幼稚園生か小学校の低学年であり、『春の小川』は小学3年生か。 とにかく、少女のコーラスというものは、一所懸命さが素晴らしいし、3人に1人は口をとがらせているであろうことが想像できる。 午後の3時過ぎに、女子高の校庭を歩いていると、音楽部(であろう)合唱が聞こえてくる。 もう幼くはないが、決してオトナではない若い音だ。これに似合うのが『早春賦』であり、最初の「春は名のみの~」が格好だ。  『花』も女子高のものだろう。この歌は、詞(武島羽衣)が難しく創られているが、曲(滝廉太郎)に暖かいリズム感がある。「錦織りなす 長汀に のぼれば見ゆる 朧月」はカタいが、メロディーは優しく、すなわち女声に合う。 「ラララ 赤い花束車に積んで ~」で始まる歌の題名を忘れてしまったが、春の歌ではこれがいちばん好きだ。なぜかわからぬが、この歌を知っている人は(家人もそうだが)少ない。 メロディも明るく弾むが、歌詞も好い。 「ラララ 啼けよ チロチロ巣立ちの鳥よ 春が来た来た 森から街へ 姉と妹のあの小鳥屋の 店の先にも春の歌」~、いいでしょう?

2013-02-23 22:23:26 | 日記
2位じゃいけませんか?のレンホウさんの名文句が流行語になったのは3年ほど前だったか。もちろん、2位ではいけないものは、小選挙区、知事、市町村長などの首長の立候補者たちがその代表格だろうが、反対に、中選挙区や県会、市町村議会選ではOKだ。  競馬でも単という文字のつかないものならば、自分の狙った馬が2着になってもアタリの場合がある。将棋の大名人 大山康晴さんは、麻雀を打つ時は2位を狙うと言っていた。 麻雀では(普通のルールなら)1位になってトップ賞をとらないと稼ぎにはならないが、大山さんは、2位を狙っていれば自然に1位をとれるものだと考えておられたのだろうと思う。 昔は、妾(めかけ)のことを2号さんと言っていて、それが3人だろうと5人だろうと、すべて2号さんだった。今やそれは死語となって、愛人と呼ぶようになった。浮気と不倫、2号さんと愛人、なんとなく昔の言い方の方に情緒があると思うのは、私が終期高齢者であるからだろうか。東京六大学野球の本塁打記録は、戦前は宮武三郎さん(慶應)の7本で、それを1本越えたのが、昭和32年秋の長嶋茂雄さん(立教)である。さらにそれを大幅に上回った(もちろんボールなどの条件は違うけれど)のが、田渕幸一さん(法政)の22本だった。 だから、田渕さんは、プロ入りしてから背番号を22にしていたのではなかったか。 そういえば、あのハマの大魔神 佐々木主浩投手も、同じバックナンバーだったような気がする。今日は2月22日で、ニャンニャン猫の日だそうだ。私の母は「犬はすべて好きだけど、猫は大嫌い」と言い、山口瞳先生も「猫は悪賢いから好きになれない」と書いている。 反対に、猫大好きという人間も多く、ウチの長女もその典型で、2年前の暮れに老衰で死んだ愛猫に対しては、まさに我が子のように~だった。 私も、犬よりは猫の方に愛着がある。猫に似た女性は美人であるという永田雅一さんの言葉を思い出す。 その代表的なのが、加賀まり子さんで、彼女が2号さんだったら~なんて書くと、母に「ネコ似もダメよ」と叱られるか。