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9月27日

2015-09-27 20:50:15 | 日記
週末(金曜日・土曜日)の2日間で、家人と次女が四国旅行を楽しんできた。食事も入浴も、私は長女の世話になる。長女は炒めものが上手く、焼きうどんや焼きそばもなかなかの味。 次女から長女に、何度かメールが届く。「車中のビールも旨い」の内容。
昼食は当然に、家人の持ち帰った讃岐うどんで、いわゆる、ぶっかけにカキ揚げをのせたもの。薬味の大根おろしと生姜が有効だ。
ドイツのフォルクスワーゲンのインチキが表面化して、自動車株のみならず、マーケットが暗い。来月は日銀の金融緩和がありそうだが、どうも厳しい季節が続く。
川島なお美さんの死は、いかにも若い。近藤誠先生が、「癌で死ぬのは悪くない」と言っているが、それは後期高齢者の話である。 やはり若い人の癌は怖い。北斗晶さんも片方の乳房を全摘出したようだ。
大相撲の結果はご存じのとおりだが、家人が応援している遠藤関も千秋楽でやっと勝ち越した。プロ野球の最後の数試合がおもしろくなっているようだ。ラグビーはどうなるか。

歩行訓練が腰痛でモタついている。とにかく一度転んだら今までの努力が消える虞れがあるので、慎重にならざるを得ない。そして慎重になると、うんと腰の痛みが増す。
晩酌は、讃岐の酒。なるほどの味。今朝の血圧は、143-90。

無形財産

2015-09-26 19:27:27 | 日記
人間国宝のことを無形文化財と言うが、それと同様に、無形財産というべきものが各家庭にあるのではないか。我が家で言うと、家人は料理が上手い。それを金銭で計算するのは難しいが、結婚54年目となると相当な(あるいは大変な)金額になるはずだ。
娘のパソコンが時々不具合になって、近くに住む親せきのKさんに修理を依頼する。Kさんは家人の姪の夫であって、慶大の理工学部を卒業して東芝の技術部門に勤めているから、その方面はツヨい。 これも電器店に持ち込んで直すとなれば(私にはよおくわからないが)やはり何千円、あるいは何万円かを支払うことになるだろう。
「おしゃれのセンス」というのも大きい。 特に女性は、そのときは気に入って買ったが、一度も着たことのないといった、いわゆる、デッドストックが多くあるような気がする。 「ボクちゃんには、たくさん楽しませてもらったわねぇ」が家人の口癖であって、かわいい幼子は、有形財産と無形財産を兼ねている。小さな子供の元気な声は、それだけでも大きな価値がある。

衣食足りて

2015-09-25 17:47:52 | 日記
中学校の卒業写真が残っている。男生徒も女生徒もバラバラの服装だ。中学生に制服を着せるだけの布地が日本国には無かったからである。 みんなの顔が暗い。昭和26年の3月、飢えるということはもうなくなっていたが、おいしいものが食べられるような状態ではなかった。 前年に朝鮮戦争が始まって、いわゆる金ヘン景気の時代だった。学校から帰って、草野球仲間が集まり、八百屋の息子がリヤカーを持って来て、街中の工場などをまわり、鉄クズを集めて問屋に売ると、好い日は200円から300円になった。軟式球が1つ100円、ヤキソバ1皿30円の頃である。 それから30年が経った、私の娘達の中学校の写真は誰もが明るい表情だ。もちろん揃いの制服姿である。 食べ物は充分以上にある。 孫達世代も同様だ。だが、衣食足りて礼節を知るというが、この方はどうだろう。 相変わらず、親の子殺し、学校でのいじめの報道が多い。私達の小中学校では、いじめは無かった。弱いものいじめは、恥だった。むろん1対1のケンカはあったが、それにも、フェアであることがルール化されていて、たとえば、片方だけが木刀を使うなんていうことは、大恥に値した。そのあたりは、衣食足りずとも礼節はあったことになる。
独りの文科大臣が、全国の小中学校からいじめを無くしたなら、その名は永く残ると思う。躾と称して、我が子に暴力をふるう親の刑罰をうんと重くするべきと考えている大人は少なくないと思っているが、どうだろう。

ゲルください

2015-09-25 12:12:21 | 日記
「母さん、ゲルください」と、叔父のT雄が祖母によく言っていた。私の父には4人の弟がいて、T雄はその一番下だった。ゲルは、ドイツ語のゲルド(金銭)の略だった。T雄は同志社大学の学生であり、家族の中では抜群に器用だった。当時にしては珍しく運転免許を取得していて(もちろん我が家にクルマは無かった)。現在、我が家に残っている古い写真は、写真館のものを除けばすべてT雄が自分のカメラで撮ったものである。 昭和15年か16年か、戦争が近くなって、大学生でもズボンにゲートルを巻いて登校していた。カワミチ屋という店名をよく口にしていた。 たぶん、河道屋と書くのだと思うが、京都にある同志社大学に近いらしく、そこの蕎麦が旨いと得意そうな顔になった。祖母からもらうゲルは、河道屋の蕎麦代か、新しいカメラがほしかったのか、そのフィルム代かは、私にはわからなかった。
別にこれといった買い物はないのに、金が欲しいとふと思うことがある。この3カ月を振り返ってみても、私が自分の金で買ったものは、安売りのスコッチウィスキー4本と馬券と、母の誕生日の鮨ぐらいものでしかない。株は金の欲しいときに売れ、という格言があるようだが、このところ、相場は下がり続けていて、損切り(買った値段より安い値で売る)はできない。私が、金が欲しいと思うのは全く理由がないから、ちょっと不思議に思うことがある。 まさか家人に「ゲルください」と言うわけにはいかない。 そんなことを言ったら、認知症だと疑われるだろう。

当然

2015-09-23 20:23:03 | 日記
家人が、ボクちゃんの通う幼稚園の運動会に行った。あいにくの雨の日で、室内での遊びになって、年少組の4歳児だから、先生のヨーイドン!の掛け声は完全無視で、ヨーイでスタートしてしまい、ゴールのテープもないから、ただ走り回っているだけだそうだ。途中、休憩時間があって、チビ達は別の部屋へ行き、残った親達に、先生が「じゃんけんをしてください。どんどん勝ちあがって、5人だけ残ってください」と頼んだ。ボクちゃんの応援に行ったのは、両親と祖父母、それと家人の5人だったが、偶然に家人が最後の5人に勝ち残った。すると、先生がマイクを持ってきて、「一言、お願いします」と言い、家人は「昔から、じゃんけんは弱いのですが、今日はたまたま~」と応じた。ごく正直な、当然のコメントである。続いてマイクは、他の4人の勝者にリレーされ、「元気な子供達を見て、こちらが元気をもらいました」「家での様子とは違って、とても明るくふるまっているので、嬉しくなりました」といった風な言葉が続いた。 これも当然である。家人は、「失敗った!」と思った。じゃんけんのことに気を取られていたのは自分だけだと気づいたのだ。今日は運動会、子供達の印象を喋るのが当然だったと思ったのだ。帰宅してからも、「失敗しちゃった!」を繰り返していた。しかし、私も長女も、「それでよかった」と言った。じゃんけんの勝者としてのコメントは、それでいいではないか。しかし、翌日遊びに来た次女は、それを失敗談として大笑いした。 当然というのは、難しいものだ。なお、5人に渡された商品はシャボン玉で、ボクちゃんは喜んでいたそうだ。