「少しの間付き合った女性(A子さん)と別れたがあきらめきれず、他の男性と結婚したA子さんを探し出して殺害し、自分もすぐに自殺した」という逗子ストーカー殺人事件の詳細が、連日報道されていて、心理学の専門家などが種々の解説を並べているが、私のようなフツウの人間には、どうにも理解に苦しむ。 相手が憎い、殺したいほど憎い~まではわかるが、それを実行して自分の命も捨ててしまうというのがわからない。ストーカーとは、片思いが出発点であるが、そんなことは誰にもあって、片思いの経験がない人間なんて、100人に5人もいないのではないだろうか。 相手が振り向いてくれないとき、フツウの人間はどうするか。これはアカンなとあきらめるか、ヤケ酒でも呑みながら、東京がダメなら名古屋があるさという歌の文句を呟くかであるだろうし、それがフツウの青春だと思う。だからこそ、専門家は、ストーカーは一種の病気だと言ったりするのだろう。 「片思いは最高の恋愛」と言ったのが誰だったか思い出せないが、これはたぶん片思いには、想像が働く~想像の中の恋も素晴らしいという意味だと思うし、その想像の世界の中で、相手を探す(心中する)のなら、自分も主役になれる。 最初に書いたように、私の頭では、この種のことはわからない。私がわかるのは、「想い想われ散ってゆく 恋は真っ赤なゼラニウム。あの人もこの人も 流れゆく淡い白雲~」(『丘は花ざかり』の歌の最終章)までだ。