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アメリカ大統領選(4)―トランプ勝利は歴史の転換点か?―

2016-12-03 06:11:44 | 国際問題
アメリカ大統領選(4)―トランプ勝利は歴史の転換点か?―

トランプ氏の主張について、これまでのメディアの論調は、次の2点に要約できます。

①経済的には、グローバリズム(自由貿易システム)➡安い製品の流入➡国内製造業の衰退と移民の流入→白人の雇用が減少➡
アメリカの利益第一主義➡自由貿易の制限➡保護主義(TPPからの離脱)へ、という流れとして理解できる。

②外交、安全保障に関して、アメリカは世界の警察官ではない、自分の安全は自分で守る。

つまり、経済面の「反グローバリズム」と「保護主義」、外交・安全保障面では、自国の利益にならない国際問題には首を突っ込まない
という意味での「孤立主義」と要約できます。この意味で、トランプは「モンロー主義への回帰」という人もいます。

今回のトランプ勝利に関して二人の学者が興味深いコメントをしています(注1)。

一人は、イマニュエル・ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)で、「近代世界システム論」で有名なアメリカの社会学者です。彼は
『朝日新聞』のインタビューに答えて、トランプ大統領の登場の意味を、長期の歴史的文脈で語っています。

彼は開口一番、「この選挙の影響については一言で表現できます。米国内には大きなインパクトがありますが、世界にはほとんどない
でしょう」と、と大胆な結論を述べます。

米国内から世界に目を向けると、トランプ大統領の誕生がそれほど大きな意味を持たないとの見解は、次の理由からです。
    米国のヘゲモニー(覇権)の衰退自体は50年前から進んできた現象ですから、決して新しい出来事ではない。米国が思いの
    ままに世界を動かせたのは1945年からせいぜい1970年くらいまでの間にすぎず、そのころのような力を簡単に取り戻すことは
    できません。今の米国は巨大な力を持ってはいても、胸をたたいて騒ぐことしかできないゴリラのような存在なのです。
    ・・・・(中略)・・・『米国を偉大にする』ほどの力があるわけではない。

世界には多くの失業者がおり、経済的に苦しんでいるという事情がある。しかし、
    米国はもはや世界の製造業の中心ではなく、何もない中から雇用は作り出せないし、・・・今は高揚感がひろがっていますが、
    トランプ氏の支持者も1年後には、「雇用の約束はどうなったか」と思うのではないでしょうか。

つい最近まで、私たちはソ連崩壊後の世界は「アメリカの一極支配」であり、「アメリカは世界の警察」という、アメリカの絶対的覇権
を信じてきました。   

しかし、ウォーラーステインは、そのような状態は1945年の第二次世界大戦終結から1970年ころまでの、せいぜい25年と少しの間
にすぎないと言います。

そして、アメリカの衰退は、そもそも世界の「資本主義システム」「近代世界システム」の構造的危機という大きな歴史的転換過程の
中で起こっていることであり、アメリカはその混乱を止める手段をほとんど持ち合わせていない。

以上が彼の議論ですが、インタビューでは説明を大幅に省いていますので、少し補足しておきます。

1970年代に入ると、アメリカはスタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上がるインフレが進行している状態)に見舞われ、
71年~72年には、ついに金本位制から完全に離脱しました。

アメリカは戦後の1950年代初めの朝鮮戦争、50年代末から70年代半ばまで続くベトナム戦争、イラク、中南米での紛争や謀略、
ベトナム以外の東南アジア諸国での戦争など、戦争や紛争の連続でした。

これらの戦費を賄うためにアメリカは膨大な財政赤字を抱え、途方もない金額のドルを刷り、それを世界中にばらまきました。

これ以後、ドルは基軸通貨としての地位は保ちますが、その価値は下がり続け、ついに金(地金)に裏打ちされた貨幣ではなく、
信用貨幣(信用だけを前提とした貨幣)になってしまいました。

1970年代に起こった数度の「石油危機」(オイルショック)は、それまで安いエネルギーに依存していた資本主義国に大きなダメージ
を与えました。

加えて、アメリカは製造業の分野で他国(たとえば日本)との競争に敗れ、マネーゲームと金融による利潤追求へとひた走りました。
アメリカ経済は金融資本主義への依存を急速に強めていったのです。

大企業や、ウォール街の金融取引で巨額の利益を得ている金融業者はごく一部の富裕な人たちだけで、その一方で、多くの労働
者が失業や賃金の低下という苦しい生活を強いられています。

しかし、その金融資本主義も2008年のリーマンショックで破綻してしまいました。

トランプは、これら全ての悪の根源は、ヒト、モノ、カネの移動が自由なグローバリズムだ、だからTPP(環太平洋経済連携協定)や
NAFTA(北米自由貿易協定)から離脱すべきだ、という保護主義への回帰を訴えました。

経済の国際化と自由化は、一定期間、先進資本主義国に利益をもたらしますが、やがてそれは、国内的にも国際的にも、極端な
経済格差を生み出してきました。

ウォーラーステインの主張を要約すると、トランプ勝利の背景には、世界の資本主義システム自体が長期間続いている構造的危機
を迎えていること、それを克服できなくなりつつあることを示している、ということになります。

ついでに言えば、アメリカだけでなく、フランス、ドイツ、オランダ、イタリアなどで起こっている、民族的排外主義、極右政党の伸張な
どは、その政治的表現です。

さて、次に、もう一人、ドイツの経済学者、ウォルフガング・シュトレーク氏の見解を見てみましょう。(注2)

シュトレークも、ウォ-ラーステインとほぼ同じ点を指摘していますが、『朝日新聞』とのインタビューで、もう少し具体的に資本主義
システムの危機を説明しています。
    私たちが目にしてきた形のグローバル化が、終わりを迎えようとしているのかもしれません。自由貿易協定も、開かれすぎた
    国境も、過去のものとなるでしょう。
    米大統領選はグローバル化の敗者による反乱でした。国を開くことが、特定のエリートだけでなく全体の利益になるというイデ
    オロギーへの反乱です。
    技術の進歩やグローバル化の恩恵にあずかれず、「置き去りにされた」という不満が、米国だけでなく世界で渦巻いています。
    しかも、格差の広がりは、自由市場の拡大がもたらした当然の結果です。国際競争で生き残る、という旗印のもと、それぞれの
    国家は市場に従属するようになりました。政府が労働者や産業を守ることが難しくなったのです。

増大する格差を、国家が何とか減らすことができればよいのですが、「国家までが国際競争にさらされた結果、福祉国家であることが
とても高くつくように」なったのです。

グローバル化した資本は動きやすくなる一方、働き手は簡単には移動できない。このため資本の支配力・影響力がどんどん優位にな
り、国家はもはや労働者を保護することができなくなってしまいました。

ストレークもまた、資本主義システムの変質、転換期を1970年代の「石油危機」と、それに続く世界的な景気の後退(成長なきインフレ)
であると、見なしています。
    低成長を放置すれば、分配をめぐる衝突に発展しかねません。それを回避し、人々を黙らせておくために、様々なマネーの魔法
    によって『時間かせぎ』をしてきた、というのが私の見方です。
    まずはインフレで見かけの所得を増やしました。それが80年ごろに行き詰まると、政府債務を膨らませてしのいだ。財政再建が
    求められた90年代以降は、家計に借金を負わせました。その末路が2008年の金融危機です。今は中央銀行によるマネーの
    供給に頼りきりです。いずれも、先駆けたのは米国でした。『時間かせぎ』の間に、危機は深刻さを増しています。

つまり、1970年代に資本主義の構造的問題が発生し、それを解決するために、財政赤字を膨らませ、やがて金融危機をむかえてしま
った、というのがストレークの主張です。

ウォーラーステインの見解もシュトレークの見解も説得力はありますが、寺島実郎氏は、アメリカに焦点をあてて、やはり、近代資本主
義の行き詰まりを指摘しています。

つまり、寺島氏は、資本主義は格差と貧困を生み出したが、それを解決する手段をもたないまま、金融だけが肥大化してしまった、と
指摘しています。
    産業を活性化し新たな雇用を生み出すはずの金融は自己増殖し、リーマンショクを引き起こしたサブ・プライムローンのように
    投資家や金融機関が自分で利ざやを稼ぐための金融に傾斜してきた。金融資産をもち恩恵を受ける人と、置き去りにされる人
    とのギャップがひろがり、米国では上位1%の帆の所得が富の21%を保有する構図になった(『東京新聞』2016年11月18日;
    『毎日新聞』2016年11月11日)。      

上記のような現象は他の資本主義国でも同様で、とりわけ日本も金融国家への誘惑に駆られて、「異次元の金融緩和」を実施してきて
いますが、アメリカと同様の危険が待ち構えています。

トランプは11月30日、新政権の財務長官に米ゴールドマン・サックス出身のスティーブン・ムニューチン氏(53才)、商務長官に投資家の
ウィルバー・ロス氏(79才)を起用する人事を正式発表しました。

トランプは、選挙運動中に、「ウォール街」のエリートたちをさんざん批判してきましたが、新政権の主要閣僚ポストには、まさに「ウォール
街のエリート住民」を据えたのです。

トランプの経済再建は、本当に労働者の雇用を増やし、中低所得者の生活を向上させることができるのでしょうか?来年からの具体的な
政策とその効果を見守る必要があります。

(注1)Immanuel Wallerstein, 1930年生まれ。ニューヨーク州立大学名誉教授。「世界システム論」で知られる。(以下は『朝日新聞』2016年11月11日)。
(注2)Wolfgang Streeck, 1946年生まれ。独マックス・プランク社会研究所名誉所長。邦訳された『時間かせぎの資本主義』(みすず書房)が話題に。
    2016年11月22日05時00分 『朝日新聞』デジタル版 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12669687.html?rm=150


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