大木昌の雑記帳

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佐世保市高1女子殺人事件(2)―解明困難な心の闇―

2014-08-19 09:39:11 | 社会
佐世保市高1女子殺人事件(2)―解明困難な心の闇―

前回は,佐世保高1女子殺人事件に関して,これまで知ることができた情報を集め,時系列にしたがって並べ示しました。

しかし,これらの断片的な情報から,事件を起こした高1女子A子の心の闇を解明することは簡単ではありません。

これまで,マスメディアで語られてきた加害少女A子の殺人動機としてもっとも多かったのは,A子の家庭環境の変化でした。

例えば,大好きだった母の死は,多感な思春期の少女にとって大きなショックであり,その喪失感によって,精神的バランスを崩して
しまったのではないか,というコメントがありました。

これと関連して,大好きな母親がなくなって半年もたたないのに若い女性と再婚した父親にたいする憎しみが,A子を犯行に走らせた
という説明は,最も多く語られてきました。

これらの説明は動機に関する一見分かり易い解釈ではあります。

その根拠としてしばしば引用されるのは,A子が今年の5月,幼馴染の女性に,「お母さんが亡くなって,すぐにお父さんが別の人を
連れてきたから,お母さんのこと,どうでもいいのかな」と語ったという話です。

この幼馴染の女性によれば,A子は母の死と父の早すぎる再婚という家庭環境の変化に直面して落ち込んでいたようです(『東京新聞』7月29日)。

母親の死後に中学で開かれた英語の弁論大会でA子は,「マイ・ファーザー・イズ・エイリアン」(私の父は異星人)というスピーチを
行っています。

そして母親の「四十九日」ころには,父親を「アンタ」と呼ぶなど,ぞんざいな物言いが目立つようになったようです
(『日刊ゲンダイ』2014年8月1日)。

父親に対する憎しみを同級生の殺人の動機とする解釈は,事件の少し前に父を金属バットで殴ったことと考え合わせて,今回の犯行が,
「父親への憎しみと復讐」というストーリーに導きます。

これに関して『東京新聞』(2014年8月10日)は,さまざまな雑誌記事から以下のような検証記事を掲載しています。

たとえば週刊誌(『週刊現代』8月16・23日号,『女性自身』8月19・26日号)は父親への復讐説の立場から動機を解説しています。

これに対して,まったく別の報道もあります。たとえば『フラッシュ』(8月19・26日号)では,接見した弁護士に「えっ,そんなことになって
いるんですか。私はお父さんの再婚に反対なんかしていないし,賛成していた。

新しいお母さんに恨みももっていないです。なんでそうなってるんだろう。それって,訂正することはできないんですか」と語ったという。

また,『サンデー毎日』(8月17・24日号)は,3月に行われた中学卒業のお別れ会で,A子は同級生や保護者の前で父親「育ててくれて
ありがとう」,と涙ながらにお礼を言ったという話を紹介しています。

言葉では,父親を尊敬している,憎んではいないと言いながら,他方で父親を,頭蓋骨骨折と歯がぼろぼろになるほどハンマーで殴る,
という行動に出たことは明らかに矛盾しています。

また,実母は大好きだったといいながら,前回の記事で紹介したように,実母も殺そうと思ったという知人の話が本当だとしたら,
これも矛盾しています。

私は,A子の父を尊敬しているという感情も,その反対に何らかの憎しみの感情も,両方あったのだと思います。

父が連れてきた新しい母親(実母より20才年下)に対して「恨みももっていないです」と弁護士に語っていますが,恨みまでは
ゆかなくても多少の違和感を抱いたとしても不思議ではありません。

しかし,「人を殺してみたい」という,聞けばびっくりするような恐ろしいことを,新しく母親になったばかりの義母に打ち明ける
とは,どんな心境なのだろうか。

この点は,今回の殺人事件の背景を考えるうえでかなり重要なポイントになるように思えます。

つまり,A子がずっと心の奥底に沈殿していた「人を殺してみたい」という衝動を抑えきれず,かといって父親に打ち明けるには
反発が大きすぎるので,A子にとっては,まだなじみの薄い,そして話しても危険性が少ないと思われる新しい母親に告げたのだと思う。

A子が小学生の時にクラスメートの給食に漂白剤などを入れたり,ネコの解剖をしたり,あるいは「人を殺してみたい」といったのは,
もっと自分のことをしっかりと見てほしいという訴え,あるいは強い孤独感にたいするSOSであったという面は確かにあったと思います。

このSOSに父親や周囲の大人がもっと親身に対応していたら今回の事件は起きなかったという指摘もありますが,この点に関して私は
何とも言えません。

家庭環境にやや特殊な事情があったにしても,その矛先を同級生に向けること,そして同級生を殺すやり方があまりにも凄惨で猟奇的
であること,切断したネコの首を冷蔵庫に入れておくといった行動は,あまりにも飛躍しすぎていて,常識や想像をはるかに超えています。

今回の事件に関して,専門家の立場からの解釈として心理学者の矢幡洋氏の分析を引用しておきましょう。

   事件前にも2人で買い物にゆくなど,松尾さん(被害者)はA子に警戒心を持っていなかったのでしょう。そこを利用して松尾さん
   に近づき,人を殺してみたいという願望をかなえた。
   恐らく彼女は反社会性パーソナリティ障害でしょう。このキャラクターは,猟奇的なものに魅力を感じ良心による歯止めがきかない
   のです。
   母親が最後のブレーキ役になっていたが,昨秋に亡くなってから,拍車がかかったとみられます。(『日刊ゲンダイ』2014年7月30日)
 
ここで,「反社会的パーソナリティ障害」という心理学用語が登場しますが,私は専門家ではないので,この病名が正しいかどうかは分かり
ません。

この点を除けば,矢幡氏の指摘は,ほぼ実態と整合性があるようです。

次に,医師で作家の米山公啓氏はA子の松尾さんに対する凶行に強い憎悪を感じるという。

   一般的に感情が高ぶって相手を殺すことはあっても,相手を切断するってことは,よほどのことがないかぎりなかなかそこまでは
   しないでしょう。
   被害者への一方的な嫉妬や恨みを募らせ、計画を立てたのかもしれません。猟奇的な側面は、過去の事件やアニメなど、残虐なもの
   の影響を受けた   可能性が高い。
   また一部では、A子を知る人たちが「ガッチリしたボーイッシュな女性」
   「ちょっと男の子っぽい。眉毛も  太い感じで、化粧はしていない」「自分のことを“ぼく”と呼んでいた」という証言から、
   同性愛志向があったのではないかとの見方もある。
   この世代の女子同士は親密になるとふたりだけにしかわからない心を許しあう世界を作り上げることがよくあります。他人からすると
   たいしたことでなくとも、当人同士で激しい憎しみになることもあるんじゃないでしょうか。(注1)

前回の記事で紹介したように,A子はお別れ会のスピーチで自分のことを「僕」と呼んでいます(注2)。同性愛志向と,ささいなことでも
激しい憎しみになる可能性について他の誰も指摘していませんが,心に留めておくべき指摘だと思います。

また,碓井真史・新潟青陵大大学院教授(社会心理学)は,捨てるためでも隠すためでもない遺体の切断に異常な冷静さを感じる,
小さなことが加害生徒には深刻な悩みで、気付いてもらえないまま爆発してしまった可能性があると述べています。

これら2点も重要な指摘です。

小宮信夫・立正大教授(犯罪学)も,子どもの世界は非常に狭い。大人が考えるようなトラブルはなくても、仲の良い相手の言動から
ダメージを受け、思い詰める場合がある,現実と非現実が錯綜(さくそう)してしまうケースもある,と指摘しています。(注3)

これまで多くのコメントは,加害者と被害者は仲が良かった,それなのになぜ殺したのかという議論してきましたが,二人の間には
第三者にはわからない微妙な関係(同性愛志向も含めて)があり,A子は松尾さんの,ちょっとした言葉や態度に憎しみを感じ,
殺害に及んだ可能性は否定できません。

以上,今回の殺人事件に関してできる限りの情報を集め,なぜこの殺人事件が起こってしまったのかを検討してきました。それぞれが
説得力を持っています。

それにしても,なぜ,あれほど冷静に,残忍な行為が高1の女子生徒にできたのか,という点に関しては,私自身,疑問は解消されていません。

私は『関係性喪失の時代―壊れてゆく日本と世界―』(勉誠出版,2005年)という本の中で,10代の若者による殺人事件を調べました。

1997年の神戸で起きた連続小学生殺傷事件(殺した後に首を切って校門の前に置いた),2004年の佐世保市の小学校で起きた,同級生の
殺人事件はよく知られていますが,これら以外にも,想像以上の多くの殺人事件が起きています。

これらの殺人事件の多くは,激情に駆られてというより,相手の痛みや苦しみに思いをはせることなく非常に冷静に行われています。

そして,彼らは殺人の動機としてしばしば,「殺すのは誰でもよかった」,ただ「殺してみたかった」,「人がどれほど壊れやすいか
試してみたかった」という表現をします。

人を殺すということが,まるで他人ごとのように現実感覚がないのです。ここでは,「いのち」が無機質化・物化しています。

このような事件が起きると,何とか合理的な説明をしようとしても,最後まで疑問が残ることがあります。

私は,人間の心の奥底には,普段は蓋をされ封じ込められているけれども,どこかに人を殺してみたいという欲望がひそんでいる
のではないか,その蓋がが何かのきっかけで外れてしまい,殺人を犯してしまうこともあるのではないか,と思うことがあります。

A子は8月11日,精神鑑定を受けるため医療機関に送致されました。果たして,A子の心の闇を解明することができるでしょうか。


(注1)『女性セブン』(2014年8月14日号)。本ブログでは「NEWS ポストセブン」(2014年8月1日)http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140801-00000000-pseven-soci より引用した。
(注2)『毎日新聞』(電子版 2014年7月29日)http://mainichi.jp/select/news/20140730k0000m040142000c.html
(注3)『毎日新聞』(電子版 2014年7月28日)http://mainichi.jp/shimen/news/20140728ddm041040156000c.html 
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【いぬゐ郷だより9】8月17日,佐倉で借りている谷津田の草刈をしました。最近の雨と高温のため,
谷津田はうっそうとした雑草畑になっていました。草刈機と鎌でかなりきれいになりました。


順調に出穂した陸稲(うるち米ともち米。ばら撒きと移植)



成長が遅れている古代米


順調に成長している大豆



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