大木昌の雑記帳

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アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

2016-11-19 07:25:36 | 国際問題
アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

どちらも嫌い、と言われた嫌われ者同士のトランプとクリントンの大統領選は、トランプの勝利に終わりました。ただし、これはアメリカの特殊な
選挙制度のためであり、得票数ではクリントンの方が20万票ほど多かった事実は確認しておく必要があります。

というのも、今回の大統領選挙は、はからずも国内に深い亀裂が存在する実態をさらけ出したからです。

トランプの勝因とクリントンの敗因についての分析は、現在までほぼ出尽くした感があります。

たとえば、今回の大統領選の大番狂わせは、「忘れ去られた白人労働者の不満に基づく反乱」とも言われています。

これは一つの重要な要因ではありますが、勝因にせよ敗因にせよ、それぞれには選挙戦略・戦術の面と、もっと本質的なアメリカ社会に起きて
いた変化の両面があります。

まず、今回は両候補の勝因と敗因のうち、選挙戦略・戦術の面から見てみましょう。

「暴言王」の異名をもつトランプは、数々の暴言を吐いてきました。「有名人には女性は何でもやらせる。思いのままだ」「イスラム教徒の米国入
国を完全に禁止すべきだ」「国境に巨大な壁を作る。メキシコが費用を払う。100%だ。不法滞在者を強制送還する」などなど、枚挙にいとまが
ありません。

女性蔑視、人種差別、ヒスパニック系の流入に対する、極端な阻止姿勢など、一見すると、有権者の反感を買いかねない言葉を次々と口にし
ました。

これらの暴言によって、トランプから離れた有権者、特に女性とヒスパニック、有色人種、同性愛者などのマイノリティーはいたはずです。

しかし、私は、これらの暴言は計算された、トランプのメディア戦略だったと思います。

恐らく彼は、2年前の党大会での失敗から学んだのでしょう。その年の共和党大会で彼は前座を務め、時折、漫談のような語り口で会場から笑
いをとってはいましたが、熱気に乏しかったようです。

今やトランプ主義の代名詞となった「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(米国を再び偉大に)」という言葉に拍手も起きなかった。誰も気に
留めていませんでした。

ところが、昨年6月の立候補表明で「メキシコ人は麻薬や犯罪を持ち込む」と言い放つと、暴言の数々とそれへの反発をメディアが連日報じたの
です。人と違ったことをしたり、相手とやり合ったりするとメディアは喜び、金がかからず、効果も大きい--と、トランプ氏は計算済みでした。

わずか3%だった支持率は上がり続け、翌7月には党内首位に立ちました。

米国には、増加する移民や非白人に対する白人の焦り、経済のグローバル化の波にのまれた労働者の不満、与野党対立で動かない政治への
いら立ち、人種や宗教などで差別を助長しない表現「ポリティカル・コレクトネス」を重視する社会への反発、などが漂っています。

トランプ氏がツイッターで火を付けると、支持者らの差別的感情むき出しの投稿がツイッターにあふれました。トランプはこれを巧みに利用します。

昨年12月のトランプ氏による「イスラム教徒の入国禁止」発言をしました。信教の自由に関わるだけに国内外から非難が殺到しました。

しかし直後にネバダ州で開かれた集会で、支持者はことごとく「トランプ氏は正直だ」「我々が思っていることを言ってくれる」とまくし立てました。

この集会を取材した日本人記者は、「人々の心の奥底にある差別意識や敵意が、トランプによって表出する怖さを感じた」と述べています。集会で
は当初は支持者が「壁を築け!」と大合唱して一体になっていただけですが、本選が近づくと「クリントン氏を投獄しろ!」に変わっていったのです
(『毎日新聞』2016年11月16日 朝刊)。

暴言は「正直の証」になったのです。ポピュリズムの怖さを感じます。

トランプは、ツイッターを多用します。現在、彼のフォロワーは1500万人ほどです。ツイッターの場合、通常でも言葉はどんどん過激になってゆく
傾向にありますが、トランプ支持者の間では、長年の不満と怒りの爆発という要素があるため、一層、過激になったのでしょう。これは、クリントン
には無かったメディアの使い方です。

今回の大統領選では、2年前には見向きもされなかった、「アメリカを再び偉大に」というメッセージは、強いインパクトと共感を呼びました。

それでは、暴言も含めて、彼の選挙戦略は、どのような投票結果を生んだのでしょうか? それを検証してみたいと思います。
                  
CNNは投票日に出口調査を行いました。出口調査ですから、その結果は、調査側の期待や推測ではありません。ただし、出口調査であっ
ても、トランプに投票したのに、クリントンと答えた人かなり多かったと思われます。(日本経済新聞 11月10日 朝刊)。

なお、女性は全体ではさすがにクリントンに投票した人数の割合(54%)の方が多いが、白人女性だけを見ると、逆に、
トランプへの投票がクリントンへの投票(43%)より10ポイント多く(53%)なっています。

これを見ると、白人女性は、女性差別的暴言にもかかわらず、トランプ支持を変えなかったことがわかります。

白人男性だけをみると、トランプへの投票は63%と、クリントン(31%)の倍でした。つまり、トランプの女性差別発言に対して白人男性の場合、
ほとんど問題にしていないことを示しています。

暴言のたびにメディアがトランプを取り上げたため、それが、とりわけ白人の男性にはかえって格好の選挙宣伝になった可能性すらあります。

トランプの選挙資金はクリントンの半分ほどでしたが、こうしたメディアの対応がトランプの選挙運動を結果的に助けた面もあります。

パーセントだけをみると、人種差別発言の影響がもっとも顕著に表れたのは、白人全体と非白人の投票です。

白人の58%がトランプに、クリントンへの投票は37%でした。ところが、非白人の投票を見るとトランプへは21%、クリントンへは74%にも達し
ていました。

学歴でみると、大卒以上のトランプ支持は43、クリントン支持は52%で、高学歴になるとクリントン支持者が優位となります。

他方、高卒以下の白人は出口調査の34%を占め、このうちトランプに投票したのは67%と圧倒していました。トランプ自身は超富裕層なのに
労働者層の支持を得たのは、ビジネス手腕で経済を立て直すとの主張が浸透したためでした(『日本経済新聞』2016年11月10日)。

党派別では民主党員の89%が民主党に、共和党員の90%が共和党に投票しており、ここでほとんど差は着きませんでしたが、無所属の有権
者のうち、トランプへの投票が48%であったのに対して、クリントンへの投票は42%にとどまりました。

恐らく、当初、サンダースに期待をかけた若い人たちの中には、クリントンのエリート的発想を毛嫌いし、棄権やトランプへ投票した可能性さえ
あります。

多くの激戦区は、両者の得票数は非常に接近していたことを考えると、この無所属の人たちの投票率が6ポイントもトランプ優位であったことは、
最終結果(選挙人獲得数)に大きな影響を与えたと思われます。

ところで、アメリカ北部、五大湖周辺は製鉄・鉄鋼業を中心とした、いわゆる「ラストベルト」(「錆びた鉄地帯」)と呼ばれ、製造業地域で、伝統的に
労働組合が強く、民主党の地盤だった。

トランプは、この地域を集中的に狙い、「敵陣」の切り崩しに力を注ぎました。経済の衰退で失業者が増え、不満と不安がうっ積していました。民主
党はこれまで、こうした労働者にあまり目を向けてきませんでした。

既成政治への批判と自由貿易反対を掲げ、「変化」を訴えるトランプ氏が「私があなた方の声になる」と集中的に語りかけのです。

こうして、ラストベルトで最大の選挙人20人を割り当てられたペンシルベニア州はクリントン氏やや優位と予想されたが、形勢を逆転。勝率80%
以上でクリントン氏盤石のはずだったウィスコンシン州までトランプは手中にしました(注1)。

トランプの「ラストベルト」への訪問回数は、クリントンの倍でした。これは、トランプ陣営の緻密な戦略に基づく戦略的勝利と言えるでしょう。

「ラストベトの攻防」については多くのメディアが指摘していますが、もう一つ、今回の選挙で明らかになったことがあります。

図1にみられるように、サンベルトと並んで、アメリカ南部と中西部にまたがる「バイブル(聖書)ベルト」と呼ばれる、敬虔で保守的なキリスト教徒が
多く住む州が、ほぼ全て、トランプ陣営に勝利をもたらしました(注2)。この問題については、次回に再び触れようと思います。

                       図1  ラストベルトとバイブルベルト
                           

トランプが「アメリカを再び偉大に」、「変化」、「アメリカ第一」「仕事を取り戻す」と、理想主義と現実的・切実なメッセージを訴え続けたのに対して、
クリントン陣営は、これらに対抗する説得力のあるメッセージを発してこなかったのです。

クリントンの売りは、経験と実績、女性初の大統領です。そして、民主党の伝統である福祉重視(特に、オバマケアと呼ばれる医療制度)、人種、宗教、性別に
基づく差別の否定、多様性の肯定、国際社会への積極的参加(地域紛争や戦争への関与を含む)などです。

しかし「経験と実績」は、既成政党に対して不満を抱いている有権者には、新鮮さがなく、エリート支配の象徴として、かえって攻撃の対象となってしまいました。

オバマ現大統領は、「チェンジ」(CHANGE=変化)を前面に出して国民の熱狂的な支持を得て民主党の政権奪取に成功しましたが、8年経ってみると、多くの国
民は自分たちの生活を向上させる何の変化を感じていなかったのです。“Change Yes We Can”と言うメッセージは今や虚しい空念仏になってしまったのです。

むしろ、貧困層や貧困層に転落しそうな中産階級の人々は、8年間のワシントンでのエリートによる政治にうんざりしていると同時に反感を抱いていたようです。

また、国際社会への参加は、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、シリア・IS問題などに関与して、多くの若者の血を流し、巨額の国家予算を浪費しただけで、
国民の多くは何の恩恵も受けてこなかった、などなど、否定的な側面だけを国民に印象付けてしまいました。

次回は、トランプの勝利の背景を、アメリカ社会に生じていた変化について考えてみたいと思います。



(注1)『朝日新聞 デジタル』(2016年11月10日) http://digital.asahi.com/articles/ASJC9741LJC9UHBI06M.html?rm=58
    (2016年11月11日閲覧) 
(注2)『日本経済新聞 電子版』(2016年11月12日 3:30)
    http://www.nikkei.com/article/DGXMZO09424890R11C16A1000000/?n_cid=NMAIL003
   (2016年11月12日閲覧) 

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