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アメリカ大統領選第二幕―カマラ・ハリス氏の登場で選挙は振り出しに―

2024-08-06 04:36:40 | 国際問題
アメリカ大統領選第二幕
―カマラ・ハリス氏の登場で選挙は振り出しに―

このブログの前々回の記事(7月23日に掲載)は、「2024年アメリカ大統領選 ―トランプ氏
のクリスチャン・ナショナリズムとバイデンの誤算―」と題して、アメリカ大統領選において、
民主党の大統領候補としてバイデン現大統領が撤退したところまでの経緯について書きました。

上記記事の最後に私は、民主党は大統領候補に元検察官で現副大統領のカマラ・ハリス氏(59)
を立てるべきだと書きました。

規定では8月19~21日の民主党党大会で決まるが、現在までに民主党代議員の多くがすでに
ハリス氏支持を表明しており、加えてハリス氏は7月26日、最も待ち望んでいたオバマ元大統領
の支持も取り付け、これで彼女が大統領候補に選ばれることは、事実上確実となりました。

トランプ氏前大統領(78)は、バイデン降ろしのきっかけになった6月27日の討論会で勝利へ
の自信を深め、7月13日の暗殺未遂事件で世論を味方に付けました。

この時、トランプ氏には神がついているとの言説はトランプ氏支持者に一層の支持を強める効果
がありました。そして、7月15~18日に開かれた共和党全国党大会で、トランプ氏の高揚感は頂
点に達しました。

全国党大会の翌週初めには、ラストベルト(さびついた工業地帯)出身の若き副大統領候補J.D.
バンス氏(39)が、故郷に錦を飾るオハイオ州での単独選挙集会に臨み、トランプ氏陣営は「圧
勝」に向けて突き進むはずでした。

しかし、戦況は一変したのです。

ここに不倫の口止め料をめぐって業務記録を改ざんした罪に問われた裁判で、有罪の評決が下さ
れ重罪犯のトランプ氏と元検察官ハリス氏の「対決の構図は、トランプ氏にとって不利だ」(ス
ペンサー氏)。

バイデン大統領が、民主党の候補としてハリス氏を推薦した22日、その日のうちに89万人によ
る8100万ドル(127億円)がハリス氏陣営に寄付され、1週間足らずで、2億ドル(約308億円)
という記録的な資金調達を達成した(7月28日付プレスリリース)。そのうち、66%が、これま
で寄付をしたことがない人々によるものだという。つまり、草の根の支援です。

これはハリス氏陣営にとっては非常に重要な変化で、これまで必ずしも積極的な民主党支持者で
なかった人、あるいは投票しないと考えていた人たちが、新たにハリス氏支持に動いたことを意
味している。

くわえて、ハリス氏は、「史上最も労働者寄りの大統領」バイデン氏の後継者として、米労働総同
盟・産業別組合会議(AFL-CIO)やサービス従業員労働組合(SEIU)など、多くの労働組合の支
持も取り付けました。

さらに、ハリス氏は7月24日、銃暴力の撲滅を目指す学生らが立ち上げた米団体「March for Our
Lives(私たちの命を守るためのマーチ)」から、同団体初の政治的支持を獲得している。これは
バイデン大統領にもできなかったことです。


これまでトランプ氏陣営は、高齢のバイデンなら、言葉に詰まったり言い間違えなど、次期大統
領として大丈夫だろうか、という不安を強調することで選挙戦を有利に戦えると、たかをくくっ
ていましたが、日に日に高まるハリス氏旋風に、新たに戦略を立て直す必要にせまられました。

バイデンの撤退とハリス氏の登板に「不意打ちを食らった」というのが、大方の見方で、米アト
ランティック誌は、記者のティム・アルバータ氏による、次のようなタイトルの記事(7月21日
付)を掲載しました。

「This Is Exactly What the Trump Team Feared: A campaign that had been optimized to
beat Joe Biden must now be reinvented.(トランプ氏陣営が恐れていたことは、まさにこれだ
――打倒ジョー・バイデンに向けて最適化された選挙戦は今、見直しを迫られている)。

まさしく、不意打ちに慌てふためいている、というのがトランプ陣営の実態でしょう(注1)。

大統領候補(推定)として初めて臨んだ激戦州ウィスコンシン州の選挙集会でハリス氏は、
    どんな国に住みたい? 自由と思いやり、法の支配の国? カオス(混沌)とフィア
    (恐怖)、ヘイト(憎しみ)の国?」「戦う以上、私たちは勝つ!」

と、トランプ氏に挑戦状を突きつけました(注2)。

こんな中でトランプ氏は7月31日、イリノイ州シカゴで開かれた全米黒人ジャーナリスト協
会の会合に出席した席上、トランプ氏は記者の質問に答える形で、ハリス氏に関して「(以前
は)インド人ということだけをアピールしていた。数年前に黒人になるまで、黒人だというこ
とを知らなかった」「今は黒人として見られたがっている」とも語り、これは選挙目的だとの
持論を展開しました。

さらに彼は「私はリンカーン大統領以来、黒人にとって最高の大統領だった」と強調したが、
記者とのやりとりに不機嫌そうな態度を取り続け、途中で退席してしまいました。この時の映
像は、アメリカはもとより、日本でもさまざまなテレビ局で放送されました。

トランプ氏がこの会合に出席したのは、黒人票を獲得するためでしたが、結果的に自ら墓穴を
掘る結果となってしまいました。

民主党系若手ストラテジスト、サム・スペンサー氏が複数の共和党関係者から聞いた話では、
共和党はハリス氏のマイナス面にのみ目を向け、大統領候補になりうる人物とはみなしていな
かったという。

ハリス氏が選挙戦に呼び込める黒人女性や若者、草の根団体、献金者といった、彼女の「潜在
能力」を無視していたのです。

「ハリス氏は大統領候補になりえない」という思い込みは「慢心」を生み、慢心はトランプ陣
営の足をすくいかねない(注3)。

トランプ氏陣営の選挙対策スタッフは、人種差別的な発言はしないよう警告していたのに、ト
ランプ氏はそれを無視してこのような発言をしてしまったのです。おそらく、トランプ氏のス
タッフも彼のこのような性癖を抑えることができなかったのでしょう(注4)。


ハリス氏は以前から自分は「黒人かつアジア系」(正確には、ジャマイカ人の父とインド系の母)
であると自らの出自に関するアイデンティティを公表してきており、トランプ氏の発言は、いか
にもハリス氏を馬鹿にしたような印象を国民に与えたと思います。

トランプ氏の問題発言に加えて、副大統領候補のバンス上院議員も、過去に保守系メディアでハ
リス氏ら出産経験がない女性を「子供がいない惨めな人生を送るキャット・レディー」(猫好き
の女性)と呼んだことが批判を呼んでいます。

トランプ氏が黒人ジャーナリスト協会で語った差別的な発言をうけてハリス氏は、偶然にも同じ
日に黒人団体に招かれていました。そして、上記黒人ジャーナリスト協会でのトランプ氏の発言
に触れて、
    私たちはまた新たな気付きを得た。昔と同じで分断を招く無礼なショーだった。
    違いが分断をもたらすわけではないことを理解するリーダーがふさわしい。違いこそが
    強さの本質なのだから(注5)。

ホワイトハウスのジャンピエール報道官は「非白人としてこの立場にいる黒人女性としてトラン
プ氏の発言は不快で侮辱的です」とトランプ氏を批判しました(『東京新聞』2024年8月2日))。

米CNNテレビなどの最新の世論調査では、ハリス氏は黒人有権者の78%の支持を集め、トラ
ンプ氏は15%にとどまる。バイデン大統領の撤退表明時の23%から支持率が大きく落ち込ん
でいる。

ハリス氏の人気が日に日に高まり、トランプ氏の選挙地盤を揺るがしかねない状態になっています。

アメリカの大統領選挙の投票率は大体60パーセントくらいですから、単純に計算して確実に全有
権者の30%以上の「岩盤支持者」(コアな支持者)を固めきれば、選挙には勝てます。

しかし、選挙は計算通りにゆくとは限りません。アメリカの大統領選は、各州の選挙人を何人獲得
したかで決まります。現在、民主党と共和党のすみ分けはほぼ決まっており、実際の当落は「接戦
州、激戦州」(または「スウィング州」)と呼ばれる7つの州をどちらが取るかにかかっています。

最新の世論調査によれば、これら7州におけるハリス氏とトランプ氏の支持率とその州の選挙人数は
以下の通りです。
   
              ハリス            トランプ
ネバダ州(6)*      47%            45%
アリゾナ州(11)     49%            47%
ウィスコンシン州(10)  49%            47%
ミシガン州(15)     53%            42%
ペンシルバニア州(19)  46%            50%
ノースカロライナ州(16) 46%            48%
ジョージア州(16)    47%            47%

出典 (注4)を参照。 2024年7月24~28日のBloomberg News Morning Consultant
世論調査
 *カッコないは、それぞれの州に割り当てられた選挙人の数
  ---------------------------------------------------------------------------

ただし、7月31日における全米の支持率(リアル・クリア・ポリティックス調べ)では、
ハリス 46.5%、 トランプ 47.7% となっています(注6)。

現時点での支持率で勝敗を占うことはできませんが、ハリス氏の勢いが強く、少なくとも「大接戦」、
ひょっとしたらハリス氏はやや優勢といえるかもしれません。

いずれにしても、「もしトラ」から「ほぼトラ」へ、さらには「かくトラ」への流れが一気に変わっ
たことは確かです。

アメリカ政治の専門家でもない私に、これ以上の確かなことは言えません。その理由の一つ、まだ
未確定のことが多すぎるからです。以下に、選挙結果に影響を与える問題を挙げておきましょう。

第一に、州知事の経験も外交の経験もなりハリス氏に、どれほどの行政能力があるのか未知数です。
ある意味で、その部分が「のびしろ」であるとの意見もありますが、私には何とも言えませ
ん。

第二に、今までバイデンにもトランプにも投票したくない、と思っていた人たち(特に若者)がど
のような投票行動をするのか?

第三に、トランプ氏の過激が、ある意味でハリスへの侮辱的な発言が、一般の有権者にどのような
影響を与えるのか?

第四に、トランプ陣営はハリス陣営のどこを攻め、どんな選挙戦略を展開しようとするのか?

第五に、ハリス陣営が頼りにしている、黒人、ヒスパニック系、アジア系の有権者がどの程度ハリ
ス氏に投票するのか?

第六に、人工妊娠中絶を認めるハリス氏にたいして絶対反対のトランプ氏とバンス氏の立場の違い
が、投票にどのような影響を与え、これでハリス氏は女性票をどれほど上積みできるのか?

第七に、ハリス氏は誰を副大統領候補として指名するのか?

第八に、トランプ氏の経済政策や外交方針はおおよそ分かっているが、ハリス陣営は国民の関心が
高い経済政や外交方針について明らかにしていないので未知数です。

アメリカの大統領選挙の結果は、日本や世界の経済、政治、安全保障に大きな影響を与えますが、
それについては、11月の最終結果が出た段階で書きたいと思います。



(注1)『PRESIDENT ONKINE』 (2024/07/30 9:00) https://president.jp/articles/-/84308?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail
(注2)この映像は https://www.youtube.com/watch?v=oaOK8MWK31U 
(注3)(注1)を参照。
(注4)BSTBS『報道1730』(2024年8月1日)
(注4)https://www.youtube.com/watch?v=a7MDQ6lbYSU
(注5)『東京新聞』(電子版 2024年8月1日)
 https://www.tokyo-.co.jp/article/344519
(注6)BSFUJI『プライム ニュース』(2024年8月2日)
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