安倍首相の「戦後レジームからの脱却」(5)-憲法改正手続と「96条」の改変-
安倍首相は最近,憲法改正を直接口にしないで,しきりに憲法改正の手続きを定めた現行憲法第九章第九十六条の改正だけを強調するようになります。
これに追随するかのように,マスメディアも「96条」ばかりを扱うようになっています。まず,この手続きを定めた第九十六条第一項の全文を示しておきます。
この憲法の改正は,各議員の総議員の三分の二以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において,その過半数の賛成を必要とする。
これにたいして自民党の「憲法改革草案」では,第十章「改正」を設け,第一項で次のように規定しています。
この憲法の改正は,衆議院又は参議院の発議により,両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が決議し,
国民に提案してその承認を得なければならなない。この承認には,法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数
の賛成を必要とする。
上の条文を比べてみればその差は明らかで,次の2点につきます。
第一点は,現行憲法では憲法改正の発議には両院の総議員の「三分の二以上」の賛成を必要とする,としているのに対して,「草案」では「過半数」と,
改正を発議するハードルが非常に低くなり,改正の発議を容易にしています。
第二点は,国民投票の結果,現行憲法では「その過半数」の賛成を必要とするとしているのに対して,「草案」では「有効投票の過半数」の賛成を
必要としています。
ここで問題は,「有効投票の過半数」という点です。つまり,「草案」では投票率とは関係なく,実際に投票した人の過半数があれば,憲法を改正
できることを明確にしているのです。
最近の国政選挙の投票率をみると40%台であることが珍しくありません。すると,全有権者の20%台の賛成でも憲法の改正が可能になって
しまうのです。
こんなに低い賛成で憲法という,国の骨格を規定する最高法規が変えられてしまうのはかなり危険なことです。
たとえば,今月26日に行われた小平市の住民投票で,投票率が50%に達しなかったため,今回の住民投票は無効とされました。
憲法の改正に当たっては,最低でも50%,個人的には70%から80%以上の投票率が必要だと考えています。
現行憲法では,この点を明確にしていないので,いざ本当に憲法改正の国民投票が行われるという事態になったときには,投票率の問題を再度検討
し直す余地を残しています。
以上の説明で,自民党の「草案」の狙いは明らかです。安倍首相は,本来の目的である「九条改正」を全面的に出すことなく,あくまでも,
その入り口である手続規定に当面の目標を限定しています。
これは,今年の7月に行われる参議院選をにらんで,あまりに刺激的な「九条改正」を正面に据えると,参議院選に不利になると考えているからです。
つまり,本性は隠してたままで参議院選を有利に闘おうとしています。
選挙が終わるまでは,とにかく経済の再建,デフレからの脱却と景気浮揚で行くべきだという判断です。
したがって,「九十六条」に限定しているのは,あくまでも選挙対策で,だまし討ちのような形になっています。
安倍首相は,なぜ発議の要件を「過半数」にハードルを下げるのかという質問に,説得力のある答えをしていません。
というのも,ただただ,憲法を変えたいという目的を現在では隠したままにしているので,どう答えても説得力がなく説明が嘘っぽくなるのは当然です。
安倍首相は,ドイツやフランスでもしばしば改憲をしているではないか,という外国の事例を持ち出しています。
しかし,ドイツやフランスが憲法を変えているのは,EU(欧州連合)という大きな枠組みを有効にするために,自分たちの国家主権を一部,
EUに譲るための改憲なのです。
言い換えれば,独・仏の場合,ナショナリズムとは逆に,EU(欧州連合)という大義のためにナショナリズムをできるだけ弱めてゆこうと
する改憲なのです。
これにたいして安倍氏の改憲は,ナショナリズムを強化するための改憲なのです。
もし,安倍首相がこの事実を知らなかったとすれば,本当に勉強不足だし,もし事実を知っていたとすれば国民を欺く言動です。
それは,自衛隊を正規の軍隊に改変し,「戦争の放棄」を事実上「放棄」して「自衛のためなら戦争ができる」ようにし,国民の自由を「公共及び公の秩序
に反しない限り認める」という縛りを設ける,という項目と一体となっています。
一言で言えば,安倍自民党の考えは,「国民があって国家がある」のではなく,「国家があって国民がある」,という極めて国家主義的な立場です。
自民党が目指す憲法というのは,国家が国民を統治するための統治手段ある,という基本姿勢がそこに貫かれています。
安倍自民党は,憲法とは国民が政治権力を監視し縛るための最高法規である,という「立憲主義」という立場と全く逆立ちしていることがよく分かります。
安倍氏は,「立憲主義」「立憲国家」こそが,幾度も戦争を繰り返して多大な犠牲を払ってきた世界の国々が到達した結論だったことを忘れています。
安倍氏が繰り返し語り,ポスターなどにも書かれている,「日本を取り戻す」という言葉の真意は,国家が国民を統治する国家主義的な日本を取り戻す,
ということに他なりません。
ところで,安倍氏の戦略は,ここにきて少し修正と再考を迫られています。
一つは,どうやら国民は九十六条の改正にあまり熱心ではないということがアンケート調査結果の数字に現れている事実です。つまり,現在では改正に
賛成よりも反対の方が多いのです。
二つは,政権与党を担うもう一方の勢力,公明党が憲法改正に慎重な態度を崩さないことです。
ごく最近では,今度の参議院選では,自民党と公明党は,この点に関して統一した見解をとらないことを表明しています。
三つは,自民党にとっての誤算です。「維新」が改憲に賛成しているので,勢いのある「維新」の当選者を加えれば,参議院でも過半数
は確実と読んでいました。
しかし,最近の「維新」の共同代表の橋下氏の「従軍慰安婦」に関する発言,沖縄の米軍への「風俗活用」のすすめ,などで,「維新」は国民から
強い批判を浴び,
かつての人気はすっかり落ち込んでしまいました。
しかも,「従軍慰安婦は必要」発言は,橋下氏の個人的な見解とは言えなくなった事情があります。といのも,もう一人の共同代表である石原氏も
橋下氏の発言を肯定しています。
こうなると,共同代表二人が「従軍慰安婦は必要」発言を肯定しているわけですから,これは,どのように言い訳しようが,二人の代表が辞任でも
しない限り,「維新」という政党の基本的な見解とみる他はないでしょう。
最後に,阿部自民党人気の生命線ともいえる「経済」分野で,異次元の金融緩和とそれによる円安,という劇薬がもたらした副作用が,予想された通り
,噴出しつつあることです。
輸入品価格の高騰(エネルギー,原材料,食糧の高騰),国債の下落による長期金利の上昇,株の乱高下などの副作用が,アベノミクスのプラス効果よりも
大きくなりつつあるのです。
これについては,別の機会に詳しく検討しようと思います。
安倍首相は最近,憲法改正を直接口にしないで,しきりに憲法改正の手続きを定めた現行憲法第九章第九十六条の改正だけを強調するようになります。
これに追随するかのように,マスメディアも「96条」ばかりを扱うようになっています。まず,この手続きを定めた第九十六条第一項の全文を示しておきます。
この憲法の改正は,各議員の総議員の三分の二以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において,その過半数の賛成を必要とする。
これにたいして自民党の「憲法改革草案」では,第十章「改正」を設け,第一項で次のように規定しています。
この憲法の改正は,衆議院又は参議院の発議により,両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が決議し,
国民に提案してその承認を得なければならなない。この承認には,法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数
の賛成を必要とする。
上の条文を比べてみればその差は明らかで,次の2点につきます。
第一点は,現行憲法では憲法改正の発議には両院の総議員の「三分の二以上」の賛成を必要とする,としているのに対して,「草案」では「過半数」と,
改正を発議するハードルが非常に低くなり,改正の発議を容易にしています。
第二点は,国民投票の結果,現行憲法では「その過半数」の賛成を必要とするとしているのに対して,「草案」では「有効投票の過半数」の賛成を
必要としています。
ここで問題は,「有効投票の過半数」という点です。つまり,「草案」では投票率とは関係なく,実際に投票した人の過半数があれば,憲法を改正
できることを明確にしているのです。
最近の国政選挙の投票率をみると40%台であることが珍しくありません。すると,全有権者の20%台の賛成でも憲法の改正が可能になって
しまうのです。
こんなに低い賛成で憲法という,国の骨格を規定する最高法規が変えられてしまうのはかなり危険なことです。
たとえば,今月26日に行われた小平市の住民投票で,投票率が50%に達しなかったため,今回の住民投票は無効とされました。
憲法の改正に当たっては,最低でも50%,個人的には70%から80%以上の投票率が必要だと考えています。
現行憲法では,この点を明確にしていないので,いざ本当に憲法改正の国民投票が行われるという事態になったときには,投票率の問題を再度検討
し直す余地を残しています。
以上の説明で,自民党の「草案」の狙いは明らかです。安倍首相は,本来の目的である「九条改正」を全面的に出すことなく,あくまでも,
その入り口である手続規定に当面の目標を限定しています。
これは,今年の7月に行われる参議院選をにらんで,あまりに刺激的な「九条改正」を正面に据えると,参議院選に不利になると考えているからです。
つまり,本性は隠してたままで参議院選を有利に闘おうとしています。
選挙が終わるまでは,とにかく経済の再建,デフレからの脱却と景気浮揚で行くべきだという判断です。
したがって,「九十六条」に限定しているのは,あくまでも選挙対策で,だまし討ちのような形になっています。
安倍首相は,なぜ発議の要件を「過半数」にハードルを下げるのかという質問に,説得力のある答えをしていません。
というのも,ただただ,憲法を変えたいという目的を現在では隠したままにしているので,どう答えても説得力がなく説明が嘘っぽくなるのは当然です。
安倍首相は,ドイツやフランスでもしばしば改憲をしているではないか,という外国の事例を持ち出しています。
しかし,ドイツやフランスが憲法を変えているのは,EU(欧州連合)という大きな枠組みを有効にするために,自分たちの国家主権を一部,
EUに譲るための改憲なのです。
言い換えれば,独・仏の場合,ナショナリズムとは逆に,EU(欧州連合)という大義のためにナショナリズムをできるだけ弱めてゆこうと
する改憲なのです。
これにたいして安倍氏の改憲は,ナショナリズムを強化するための改憲なのです。
もし,安倍首相がこの事実を知らなかったとすれば,本当に勉強不足だし,もし事実を知っていたとすれば国民を欺く言動です。
それは,自衛隊を正規の軍隊に改変し,「戦争の放棄」を事実上「放棄」して「自衛のためなら戦争ができる」ようにし,国民の自由を「公共及び公の秩序
に反しない限り認める」という縛りを設ける,という項目と一体となっています。
一言で言えば,安倍自民党の考えは,「国民があって国家がある」のではなく,「国家があって国民がある」,という極めて国家主義的な立場です。
自民党が目指す憲法というのは,国家が国民を統治するための統治手段ある,という基本姿勢がそこに貫かれています。
安倍自民党は,憲法とは国民が政治権力を監視し縛るための最高法規である,という「立憲主義」という立場と全く逆立ちしていることがよく分かります。
安倍氏は,「立憲主義」「立憲国家」こそが,幾度も戦争を繰り返して多大な犠牲を払ってきた世界の国々が到達した結論だったことを忘れています。
安倍氏が繰り返し語り,ポスターなどにも書かれている,「日本を取り戻す」という言葉の真意は,国家が国民を統治する国家主義的な日本を取り戻す,
ということに他なりません。
ところで,安倍氏の戦略は,ここにきて少し修正と再考を迫られています。
一つは,どうやら国民は九十六条の改正にあまり熱心ではないということがアンケート調査結果の数字に現れている事実です。つまり,現在では改正に
賛成よりも反対の方が多いのです。
二つは,政権与党を担うもう一方の勢力,公明党が憲法改正に慎重な態度を崩さないことです。
ごく最近では,今度の参議院選では,自民党と公明党は,この点に関して統一した見解をとらないことを表明しています。
三つは,自民党にとっての誤算です。「維新」が改憲に賛成しているので,勢いのある「維新」の当選者を加えれば,参議院でも過半数
は確実と読んでいました。
しかし,最近の「維新」の共同代表の橋下氏の「従軍慰安婦」に関する発言,沖縄の米軍への「風俗活用」のすすめ,などで,「維新」は国民から
強い批判を浴び,
かつての人気はすっかり落ち込んでしまいました。
しかも,「従軍慰安婦は必要」発言は,橋下氏の個人的な見解とは言えなくなった事情があります。といのも,もう一人の共同代表である石原氏も
橋下氏の発言を肯定しています。
こうなると,共同代表二人が「従軍慰安婦は必要」発言を肯定しているわけですから,これは,どのように言い訳しようが,二人の代表が辞任でも
しない限り,「維新」という政党の基本的な見解とみる他はないでしょう。
最後に,阿部自民党人気の生命線ともいえる「経済」分野で,異次元の金融緩和とそれによる円安,という劇薬がもたらした副作用が,予想された通り
,噴出しつつあることです。
輸入品価格の高騰(エネルギー,原材料,食糧の高騰),国債の下落による長期金利の上昇,株の乱高下などの副作用が,アベノミクスのプラス効果よりも
大きくなりつつあるのです。
これについては,別の機会に詳しく検討しようと思います。