大木昌の雑記帳

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安倍首相の「戦後レジームからの脱却」(3)-「憲法改正草案」第一章「天皇」・第二章「安全保障」-

2013-05-17 05:26:39 | 政治
安倍首相の「戦後レジームからの脱却」(3)-「憲法改正草案」第一章「天皇」・
第二章「安全保障」-



「前文」に続く本編は,自民党の改革草案も現行憲法も,全11章から成っていますが,章のタイトルは同じものも異なるものもあります。

安倍首相が「戦後レジームからの脱却」の中心的課題としている具体的内容は,「前文」の理念に続く,これら本編の11章に現れています。

とりわけ,戦争放棄を謳った第二章の「憲法9条」は,現行憲法の象徴的存在ともなっており,それだけに,安倍首相及び自民党がもっとも変えたい
と考えている標的ともいえます。

今回は,第一章「天皇」と,第二章「安全保障」(「戦争放棄」)についてみてみます。まず,第一章から見てゆきましょう。

現行憲法では,第一条から第八条まで,全8条から成り,天皇を国民統合の象徴であり(第一条),天皇が行う全ての国事行為は,「内閣の助言と
承認を必要とし,その責任は内閣が負ふ」(第三条)としています。

この他,現行憲法では,国事行為に関する細かな規定(第四条~八条)からがあります。

これに対して「改革草案」は,全5条から成っており,その際だった特徴は,天皇をまず元首と位置づけ(第一条),その後で,申し訳程に「象徴」
であることが付け加えられています。

『スーパー大辞林』によれば,「元首」とは,「国際法上は,外に向かって国家を代表する資格をもつ国家機関。君主国では君主,共和国では大統領。
日本では戦前の旧憲法下の天皇」となっています。

「改革草案」でわざわざ「元首」という言葉を使ったのは,戦前の旧憲法への回帰を目指していることを示唆する意図があるからだと思われます。

そして,日章旗を国旗,国家を君が代と定め,これらを尊重しなければならない(第三条)としています。

全体の分量も「草案」は現行憲法の6分の1ほどしかありません。

続く第二章は,最も問題とされ,議論が多いる章で,現行憲法では「戦争の放棄」となっていますが,自民党の「草案」では「安全保障」となっています。

まず,現行憲法の第二章は第九条から一三条まで,全五条からなっています。このうち,最も有名な第九条は,次のように書かれています。ここは特に
重要なので全文を示しておきます。

    日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は行使は,
    国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。
    前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。

上記の表現から明らかなように,現行憲法では,国際平和主義を基本理念とし,日本は陸海空軍を持たず,国際紛争を解決する手段としては,
戦争を「永久に放棄する」と明確に戦争の放棄を規定しています。

もう一つ重要な点は,最後の部分で,「国の交戦権は,これを認めない」としている部分です。

ここは,国(具体的には国家権力を持っている政府)が勝手に戦争することを「国民」が認めないという宣言です。

次に,自民党「草案」の第二章をみてみましょう。第二章は九条5項から成っています。

この章のタイトルが「安全保障」となっていること分かるように,「戦争放棄」という縛りをはずしています。ここにこそ,自民党が狙う憲法改正
の中心課題があります。

第一項では,現行憲法と同様に,平和主義と,国権の発動としての戦争を放棄し,武力の行使は国際紛争を解決する手段としては「用いない」とし,
「永久に放棄する」という現行憲法と比べて,ずっとトーンダウンしています。

それでも,この部分だけをみると,現行憲法と変わりはないのですが,続く第二項で,ガラッと変わります。

この規定の直ぐ後に,「前項の規定は自衛権の発動を妨げるものではない。」と但し書きがあります。これにより,もし「自衛権の発動である」
と判断された場合には,武力の行使(戦争)も可能であることになります。

このように,最初に理念の部分では平和と戦争の放棄を謳っておきながら,次に,但し書きのような第二項で,最初の規定をひっくり返してしまう,
あるいは全く無効にしてしまうという,自民党お得意の手法が用いられています。

全く同じ手法は,国民の権利と義務を定めた第三章でも用いられます。

つまり,ある事態が「自衛権の発動」とみなされれば,武力の行使も戦争も可能になるのです。

しかも,この「自衛権の発動」であるかどうかは,もはや国民の手から離れて,時の政権をもつ国家権力が判断できるのです。

この点でも「改正草案」は,かなり危うい要素をはらんでいます。

続く九条の二(国防軍)で,さらに具体的に「自衛権の発動」を可能にする軍事力について規定しています。

  我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため,内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。(九条二の1)
  
これに続いて,国際的に協調して行われる活動も行うことができるとしています。(二の3)

ただ,この「国際的に協調して行われる活動」が国連軍としてなのか,イラク戦争の際にアメリカが中心となって編制された「多国籍軍」
の軍事行動を含まれるのかは,明記していません。

いずれにしても,この規定により集団的自衛権を行使する(たとえば安保条約に基づいてアメリカと共同で軍事行動をとる)ことが可能になります。

二項の4と5は国防軍の秘密保持にかんする罰則,裁判制度の規定となっています。

そして九条の三(領土の保全等)では,「国は,主権と独立を守るため,国民と協力して,領土,領海及び領空を保全し,その資源を確保
しなければならない」としています。

この規定では,「国が国民と協力して」という論理になっていて,あくまでも国(つまり政府)が主体となって,国民と協力して(つまり国民
を兵士として動員して)領土の保全し資源を確保しなければ「ならない」としています。

これらの条文により,領土の保全と資源の確保のため,国防軍により戦争ができることになります。

以上,第一章と第二章の要点を,現行憲法と自民党の「改正草案」とを比較しつつ検討してきましたが,この二章だけでも,安倍首相と
自民党が目指す方向がかなり明確になっています。

一つは,天皇を,現行憲法の「象徴」というより,「元首」として位置づけることです。

二つは,「戦争の放棄」という項目をはずし,内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍が「自衛権の発動」として,国際紛争を解決する
手段として軍事行動を取ることができることです。

三つは,特に条文に明記されているわけではありませんが,「改正草案」全体の姿勢として,国家権力が主体で,国民を上から見下す,
「上から目線」で書かれていて,国民の目線で書かれていはないことです。

「改革草案」は憲法を,国民が国家権力の暴走を監視・抑制する手段としてではなく,国家権力が国民を統治する手段として位置づけているのです。

このため自民党の「改正草案」は,全体に,主権が国民にあるというより国家権力にあるかのような印象を与えます。

次回は,国民の権利と義務について検討します。

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