大木昌の雑記帳

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安倍首相の「戦後レジームからの脱却」(2)-憲法改正草案「前文」-

2013-05-12 10:16:49 | 政治
安倍首相の「戦後レジームからの脱却」(2)-憲法改正草案「前文」-


憲法とは,国の法体系の頂点に立つ基本法で,全ての法律の根拠となる,いわば法律の中の法律,国家の骨格です。

この憲法を,自民党は何としても変更しようとしているのです。

自民党の「日本国憲法改正草案」(平成24年4月27日決定)はインターネット上で見ることができます。(注1)

このインターネットサイトでは,現行憲法と自民党の改正草案(以下,「草案」と略す)とが対照並記されているので,どこがどのように
変えようとしているのか,はっきり分かります。

日本国憲法は,「前文」と11章,計102条から成っています。調べれば簡単に分かることですが,一応,構成を示しておきます。

前文
第一章  天皇
第二章  安全保障
第三章  国民の権利及び義務
第四章  国会
第五章  内閣
第六章  司法
第七章  財政
第八章  地方自治
第九章  緊急事態
第十章  改正
第十一章 最高法規

ところで,憲法というのは,権力を持っている者(具体的には政府)が勝手な行動をし,国民を犠牲にしたり不利益を与えないよう,
国民が政府を監視するための法的な枠組です。

憲法に基づく国家制度が「立憲国家」で,日本をはじめ,現在では世界のほとんどの国が立憲国家となっています。

この観点からすると,現在自民党が目論んでいる憲法改正は,まったく逆立ちしていると思います。

今回の改正草案は,権力をもっている自民党政権が,国民を縛ろうとする本末転倒の動きです。

さらに言えば,現在の選挙実態は,1票の格差と言う観点からすると,裁判でもはっきりと判決が出ているように,違憲状態にあります。

国会を構成する国家議員は,この違憲状態によって選ばれた人たちです。

この違憲状態には目をつぶって根本的な解決を長年放置しておきながら,自民党は政権をとったら,国の基本を定める憲法を自分たちの
都合のいいように変えようとしているのです。

これは,ほとんどブラック・ユーモアにもならない「本末転倒」,まったく国民を馬鹿にした話だと思います。まずは,議員の定数是正
も含めて,違憲状態を根本的に解消すべきでしょう。

以上のように,二つの「本末転倒」に気づかないまま憲法改正の方向に突き進んでいます。

さて,以上の前提をおいたうえで,自民党の「草案」をみてみましょう。

憲法の最も重要な部分は「前文」です。ここは,日本という国家が,どのような理念のもとに存在し,どのような方向を目指しているか
を表現した,憲法の中核部分です。

まず,単純に文字数を比較してみると,現行憲法は642文字,改正草案は約半分の334文字です。

ここで,単に文字数だけを問題にしているのではありません。

現行憲法は,大切な事柄を,これだけの文字数を使って表現する必要があるからです。

まず,現行憲法から具体的にみてみましょう。

現行憲法の「前文」の第一段落では,「そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであり,その福利は国民がこれを享受する」という,
主権在民の原理が掲げられています。

同時に,「政府の行為によって再び戦争の災禍かがないようにすることを決意し」と続きます。つまり,政府が一方的に国民を戦争に追い込む
ような行動をとらないよう,国民は主権在民の原則にもとづいて政府を拘束する原理も述べられています。

この原則は,有名な第九条の「戦争の放棄」の規定につながってゆきます。

第二段落では,過去の戦争行為の反省にたって,「恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理念を深く自覚する」
という平和主義が謳われています。

加えて「平和を維持し,先制と従属,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」
と書かれ,平和と人権尊重が不可分の理念であることが述べられています。

第三段落では,他国を尊重し,自国主権を維持し,他国と対等関係に立とうとする,国際平等主義が謳われています。

そして,大事なことは,これらの理念は,過去の国際社会のあり方の反省の上に立った,普遍的な原理であることが繰り返し述べられていることです。

次に,自民党の「草案」の「前文」をみてみましょう。

「前文」の冒頭第一段落で,日本は「長い歴史と固有の文化」をもち,「国民統合の象徴である天皇を戴く国家である」ことが述べられています。

最初に,日本は何をおいても「天皇を戴く国家である」ことが述べられているのが,現行憲法との大きな違いです。

ここに,「戦後レジームからの脱却」し,むしろ戦前のように,天皇を中心とした国家に戻したいという自民党の意図がはっきりと出ています。

しかも,上に示した構成でも分かるように,現行憲法でも草案でも,天皇の位置づけは,第一章「天皇」という章を設けているにもかかわらず,です。

第二段落では,日本は先の大戦から立ち直って「発展し,今や国際社会において重要な地位を占めており」と,戦争による疲弊を乗りこえて発展した
ことが,高らかに宣言されている。

こうした自信に基づいて,平和主義の下で諸外国との友好関係を推進する,という原則が述べられています。

第三段落は「日本国民は,国と郷土を誇と気概をもって守り,基本的人権を尊重するとともに,平和を尊び,和を尊び家族や社会全体が互いに助け
合って国家を形成する」という郷土愛をもち家族や社会が互いに助け合って・・・」と倫理道徳的な徳目が述べられています。

ここは,さらりと述べられていますが,幾つかの問題がすでに指摘されています。まず,郷土愛というのは,国民が自然な感情として自発的にもつ
ようになるもので,改めて憲法で押しつけがましく規定することではない,ということです。

しかも,郷土愛に基づき,それを「気概をもって守る」ことを要求しているのです。これは,後に触れる,自衛隊の「国防軍」への転換の伏線である
とも考えられます。

また,家族が互いに助け合って,というのも,個人の倫理観の問題であって,大きなお世話,わざわざ国家によって言われる筋合いではない,
というのが私の素直な印象です。

しかし,ここにも油断のならない意図が隠されています。

家族や社会が助け合いなさい,というのは,たとえば医療や老後の生活は国の社会保障に頼らず,国民がお互いに助け合って解決しなさいという
自己責任を押しつける布石ともとれます。

第四段落は,美しい国土と自然環境を守りつつ,活力ある経済活動通じて国を成長させること,「美しい国土を守ること」が述べられています。

最後の第五段落は,「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため,ここに憲法を制定する」と結んでいます。

草案を全体としてみると,天皇の存在,長い歴史郷土愛(美しい国土を守る),和を尊ぶこと,家族愛,国民相互の助け合いが強調されています。

ここに,戦前の伝統的日本に戻したい,という自民党の姿勢がはっきりでています。

文面には,三権分立の原則,世界の平和と言う言葉が申し訳程度にはめ込まれていますが,言葉だけが入れられていて,その意味内容や意義については,
まったく触れられていません。

この点,主権在民,人権,平和現行憲法について詳しく説明している現行憲法と大きくちがっています。

こうした,違いは,第一章から第十一章までの内容に具体的に示されています。これについては,次回に書こうと思います。



(注1)http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf.

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