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大木昌の雑記帳

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映画『スノーデン』(2)―自由(Liberty)のための孤独な闘い―

2017-03-04 10:04:09 | 国際問題
映画『スノーデン』(2)―自由(Liberty)のための孤独な闘い―

前回の映画『スノーデン』(1)に続いて、今回は映画とは別に、スノーデンが受けた二つのインタビューを紹介します。

現在、日本では、かつての「共謀罪」の焼き直しともいえる「テロ等準備罪」について政府が国会に法案を提出しようとしています。

これには、電話の盗聴や電子メールメールなど、あらゆる通信を傍受することを可能にする危険性が含まれています。

この法案はまさに、スノーデンがアメリカ国家と闘った、国家による個人の監視、そのもので、私たち日本の問題でもあります。

最初は、映画『スンーデン』にも登場する、香港での最初のインタビュー、『ザ・ガーディアン紙』のグレン・グリーンウォルド氏
との香港でのインタビュー(2013年6月11日)から、重要なポイントを引用します(注1)。

この内容は、映画と重なる部分も多いし、前回の(1)でも紹介しているので、ここでは映画では取り上げられなかった彼の証言を
引用しようと思います。

彼が、国家の最高機密情報を海外に持ち出し、いくつかのメディアにその情報を渡した動機についてスノーデンは、「唯一の動機は、
国民の名において、国民(の利益)に反することを政府がやっていることを、国民に知らせることです」、と語っています。

彼は、年報2000万円以上をもらいハワイの家でガールフレンドとの非常に快適な生活を全て犠牲にしてまでもこのような行動を
とったのは、
    私は良心から、アメリカ政府が、秘密裏に世界中に構築した大規模な監視システムを使って、(私たちの)プライバシー、
    インターネットの自由(freedom)と基本的な自由(liberties)とを破壊することを許しておくことができないからです。
    オバマ政権が、内部告発者を、歴史上例のないほど訴追していることをみると、オバマは彼(スンーデン)をあらゆる手段
    を講じて罰しようとしていた。
それでも、“私は恐れない。なぜなら、これは私が決断したことなのだから”と静かに語りました。

しかし、彼は決して最初からアメリカ政府の方針に反対していたわけではなかった。それどころか、
    私は人間として、人々を抑圧から解放することを助ける義務があると感じ、イラクでの戦闘に加わりたかった。

実際、彼はイラクでの特殊部隊に加わりましたが、訓練中に足を骨折し、イラクへは行きませんでした。

その後彼は、CIA、NSA(国家安全保障局)などで情報担当の職員として働くことになったのですが、そこで大いに失望します。

彼がスイスのジュネーブでCIA要因として働いていた時、銀行の秘密情報を得るために次のような謀略により目的を達したことを
明らかにしています。

CIAの秘密工作員は、ある銀行家を意図的に酔わせた上で家まで運転するように仕向けました。彼が飲酒運転で逮捕されると、こ
の工作員は友情の印に彼を助け、それによってこの銀行家を情報提供者として取り込むことに成功した。

これに関してスノーデンは、
    私がジュネーブで見た多くのことは、我々の政府が何をしているのか、世界でどんな影響をもっているかについて、本当に
    幻滅した。私がしていることは、善よりも害をなすことに加担していることを痛感した。
とも語っています。

CIAからNSA(国家安全保障局)に移ってからの3年間、スノーデンは、NSAが、いかに、あらゆる活動を監視しいているか
を知ることになります。

彼ら(NSA局員)は全ての会話や行動を彼らの世界に取り込むことに熱中している。

スノーデンは、彼の基本的な姿勢を、
    私はプライバシーがなく、したがって知的な探求も創造性への余地がない世界に住もうとは思わない
と語っています。

なぜ、そのようなことになったのかと言えば、政府が、本来その権限を与えられていない権力を自らに付与してしまった。つまり、
個人のプライバシーを侵害する権限は、政府にはなかったのに、政府は勝手にその権限を自分たちに与えてしまったからだ。

しかも、そこには政府が誰を、どのように関しているのかについて、国民の監視は及ばない公の監視はない、とスノーデンはイン
タビュアーのグリーンウォルド氏んい語っています。

そして彼は、プライバシーの大切さ、それがいかに情報工作員の行動によって着実に侵害されてきたかについて、非常に情熱的に
語ったという。

次に、テレビ局としては初めてNBCのB・ウィリアムスとのインタビューでスノーデンが語った内容をみてみよう(注2)

スノーデンの政府の対する深刻な疑念は、9・11事件にたいする政府の対応が一つにきっかけになっています。
    政府は、その国民的トラウマを逆手にとったとでもいいましょうか。・・・・
    合衆国憲法が保障する国民の自由やプラバシーの権利を脅かす情報収集プログラムを正当化しているのです。これは、極
    めて不誠実なことではないでしょうか。

これにたいしてインタビュアーのウィリアムスは、
    しかし、アメリカは攻撃を受けたのです。9・11によってパールハーバー並の危機に陥ったのです。なぜ、敵を一掃す
    るために、広くいきわたる網をかけてはならないのですか?・・・後ろめたいことがない国民は何も困ることはないので
    はないですか?
と誰もが言いそうな疑問をスノーデンにぶつけます。

スノーデンは、通常、国家は国防を最優先することを認めますが、
    しかし、私は、アメリカは、その様な国家であるべきではないし、なるべきではないと考えるのです。もし私たちが自由
    を望むのなら、国民は政府の監視の対象になってはならないのです。プライバシーや国民の権利を放棄してはならないの
    です。和足たち国民が国家を成り立たせているのですから。
ここには、スノーデンの、個人のプライバシーと自由にたいする徹底した信念が見られます。

この時、ウィリアムスが一定のセキュリティーのかかった携帯を見せ、NSAはこの携帯にどのように関与できるのかという問い
を投げかけました。

スノーデンによると、アメリカのみならず、ロシアでも中国でも、それだけ資金力と技術を持った国の諜報機関であれば、電源が入
った瞬間に、その形態を「所有」すること、またそこからデータを入手したら、写真を撮ったりするだけでなく、外部操作によって
電源をコントロールすることも可能だと言う。

ウィリアムスが食い下がって、聞きます。

    たとえば私がこの携帯で昨日の大リーグの試合結果をチェックしたなどという情報を、いったい誰が何のやくにたてるとい
うのですか?

スノーデンは答えます。
    政府やハッカーたちにとって、それらは極めて重要な情報なのです。その情報はあなたという人物について多くのことを教
    えてくれます。あなたが英語を話すこと、おそらくアメリカ人であること、スポーツに関心をもっていること、大リーグの
    試合結果をチェックした時どこにいたか、出先だったか、自宅だったかなどをしることができます。
    こうした情報は、ある人が何時に起き、どこにゆき、誰と会っているか、という日常の行動パターンを教えてくれるし、そ
    の人がどんな活動をしているかも教えてくれるし、これは誤解や何らかの被害をもたらす可能性さえある。

問題はこうした監視が、何のコントロールもなく政府によって行われていることにスノーデンは強い危機感を抱いています。

しかも、外面的な行動パターンだけでなく、個人の思考経路まで入り込むことができる、という驚くべき事実も指摘しています。
    NSAの諜報員たちは、特定の個人のパソコンに入り込み、その人が考えを活 字にしていく様子をリアルタイムで観察する
    ことができます。つまり、その人がある文字を入力し、しばしば止まって考え、バックスペースで消去し、修正して再入力す
    るようなプロセスの一部始終を手に取るようにみることができます。・・・
    人の思考プロセスそのものをモニタリングできるというのは、信じがたい個人領域への侵害だと言わざるを得ません。

NBCは、スノーデン事件とは何であったかを次のように総括します。
    突き詰めていけば、スノーデン事件は、アメリカにおける「国家権力」と「自由=Liberty」との闘いである。ここでいう自由
    とは、(一般的な自由を意味する)Freedom ではなくLiberty、すなわち、国家権力による監視や圧力や差別からの解放とい
    う自由である。

アメリカにおける自由への強い信念、時には自分の生活や命さえも犠牲にして守ろうとするスノーデンの孤独な闘いに大きな希望を感じ
ました。

一方、日本ではどんな個人の監視が行われているのでしょうか? そして監視への抵抗が行われるのでしょうか?不安になりました。


(注1)https://www.theguardian.com/world/2013/jun/09/edward-snowden-nsa-whistleblower-surveillance
このインタビューの内容は、https://genius.com/Edward-snowden-interview-on-nsa-whistleblowing-full-transcript-annotated1deo でもみることができます。
(注2)Wisdom Begins in Wonder, http://ocean-love.seesaa.net/article/399559864.html。このインタビュー は、2014年5月28日 “Inside Mind of Edward Snoden”というタイトルの番組として放送された。

大木昌のtwitter https://twitter.com/oki50093319

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3月3日 地元のサイクリングロード沿いの河津桜(千本桜)は満開でした。



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安倍・トランプ会談(2)―「手みやげ」の中身は?―

2017-02-26 06:08:31 | 国際問題
安倍・トランプ会談(2)―「手みやげ」の中身は?―

今回の安倍・トランプ会談を、日本政府とメディアは「満額回答」、大成功、と囃し立てました。

その理由は、まず、共同声明だけでなく「尖閣が安保条約第五条の対象となるここが文書で確認された」という点です。

しかし、このことは、オバマ前大統領も確認しているし、そもそも安保条約第五条では、
    各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を
    危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する
ことを宣言する。
と文書で規定されているのです。

現在、尖閣は日本の施政権下にあると見なされているから、安保条約が有効である限り、尖閣が第五条の対象であること
は当然のことで、もし、そうでなければ安保条約そのものが無効である、ということになります。

この意味で、今回の会談で新たなことは、何一つ加わってはいないのです。

ここで注意すべき重要な点は、第五条では、「日本国の施政の下にある領域」とだけ示し、アメリカとしては尖閣がどこ
の国の領土に属するかについては中立で、日本の領土であると認めていないことです。

日米の外務・防衛担当閣僚は,昨年3月27日,集団的自衛権の行使を前提とした日米防衛協力指針(ガイドライン)の
再改定に合意しました。(注1)

これは、日米がどのように軍事行動で役割分担をするかを定めた、実践的な指針です。

これによるとアメリカは、たとえ尖閣で衝突が起こっても、日本が新設する水陸両用部隊を中心に、自衛隊が主として上
陸阻止、奪還作戦を行い、米軍が「支援」するとしています。

これは,尖閣だけでなく、「日本にたいする武力攻撃への対処行動」に含まれるすべての場合において,日本が主体とな
って戦い,アメリカは「日本と緊密に調整し適切な支援」を行う,ことあるいは「補完」する,と規定されています。

実際、オバマ大統領が来日した際に,もし中国が尖閣諸島に実力で上陸し,日本との軍事衝突が起きた場合,アメリカは
どうするのかを聞かれました。

その時オバマ氏は,そうならないように両国で外交的に解決してほしいとのべ,米軍が軍事的に介入することを否定しま
した(注2)。

また、トランプ大統領も、同様の質問を受けたとき、「それについては言いたくない」と応えることを拒否しています。

以上、長くなりましたが、今回のトランプ氏の「尖閣は日米安保第五条の対象」という文言が文書化されただけで、大収
穫のように舞い上がっている政府・外務省の神経が分かりません。

次に、駐留米軍の防衛費の負担について、選挙戦中は、100%日本が払え、と言っていたのに、今回の会談では、日本
を「お手本」として褒めていました。

これも、日本側を大いに喜ばせました。しかし、考えてみれば、日本は世界でもっとも多額の負担(実質80%以上)を
しており、このことは周囲のスタッフから聞いているはずです。

もし、100%の負担を押し付けて来たら、逆に日本からの反発は必至ですから、トランプ氏はそのような要求をするは
ずはありません。

次に、トランプ氏は、直前まで、日本と中国とを名指しで、意図的に為替レートを安くしている、為替操作国と非難して
いて、日本は必死に言い訳を考えていました、これについても会談では全く触れていません。

この点でも、日本側はほっと胸をなで下ろしています。しかし後に述べるように、これは、トランプ氏が批判をひっこめ
たということを意味しません。

最後に、トランプ氏は、日米貿易の不均衡、とりわけアメリカの車が日本で売れず、逆に日本の車がアメリカであふれて
いることに不満を述べてきました。

しかし、これについても共同声明では触れていませんでした。現在、アメリカは日本車に対して2.5%の輸入関税をか
けているのに、日本はアメリカ車の輸入に対して関税をかけていません。

つまり、関税の面ではむしろアメリカに有利な状況になっていますから、これについて触れなかったのは、むしろ当然だ
ったと言えそうです。

以上、トランプ氏は日本に対して、当初恐れていたような厳しいことを言ってこなかったように見えますが、それは、表
に出た部分だけのことです。

しかも、この会談が行われた当時は、トランプ政権の閣僚人事やそれに付随するスタッフがまだ決まっておらず、具体的
な交渉はできなかったのです。

このため、会談後の共同声明で、具体的な交渉は、日本の副大臣兼財務大臣の麻生氏とアメリカの副大統領ペンス氏と行
われることが述べられました。

TPPを離脱した最も大きな理由は、二国間交渉によって、自分たちの強みをもって相手の弱点を突く交渉に持ち込むこ

との方が多国間交渉よりずっと有利だと考えているからです。

私は、アメリカの本性が現れるのは、こうした秘密交渉においてであると思っています。

しかも、この秘密交渉における勝負は、日本の敗北(大幅譲歩)に終わることは目に見えています。

つまり全ては公の場ではなく担当大臣同士の秘密交渉で行われ、私たちは結果だけを知らされる、ということになります。

ただし、一つだけ、共同声明でも明確には発表されてはいませんが、二人だけの会談で安倍首相がトランプ氏との二人だけ
の会談でほぼまちがいなく差し出したと思われる、以下のような「手土産」があります。

日米首脳会談に向け、政府が検討する経済協力の原案が2月2日明らかになりました。それによると、高速鉄道網など、巨
額のインフラ投資で、これは51兆円、アメリカでの雇用を70万人増やすことを見込んでいます。

しかも、巨額の投資には「日本のファイナンス(資金)力を最大限活用」と明記されており、メガバンクや政府系金融機関
による融資のほか、外国為替資金特別会計、公的年金を長期運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資金
活用も見込んでいます(注3)。

尖閣が安保の対象であること、米軍駐留費負担の増額を要求しなかったことは、オバマ政権時と全く変わらないのに、日本
側は「現状維持ですら成果と受け止め、経済政策でトランプ氏の土俵に引き込まれ」てしまったのです。

アメリカにとって、何の負担も譲歩もなしに、口先だけのサービスで日本が一方的に喜ばせ、今後の交渉を有利に進める、
「貸し」をまんまと作ることができたのです。

「狙いを高く定め、求めるものを押して押して押しまくる」、これこそまさに「トランプ商法」です(『東京新聞』2017年
2月14日)。

トランプ氏は陰で高笑いをしているでしょう。逆に、日本は何も新たに得ることなく、「借り」だけを思い込んでしまいまし
た。しかも、世界の主要国のリーダーが批判しているトランプ大統領を評価しすり寄ってくる国もある、との宣伝に安倍首相
が利用されただけでした。日本外交の未熟さというか、稚拙さが露呈しています。

上に引用した、インフラ投資以外に安倍首相がトランプ氏へ差し出した「手みやげ」については分かりません。

柳沢協二・元内閣官房副長官は、トランプ氏の安倍厚遇、日本が恐れていたことに言及しなかったこと、そして「トランプ氏
が終始上機嫌だったのは、水面下の折衝で『手土産』があったと考えるのが自然」と指摘しています、私も全く同感です。

帰国後、安倍首相は2月15日の参院本会議で、アメリカからの武器購入によって米雇用に貢献する、との認識を示しました。
武器の価格は、自動車などとはケタ違いに大きいので、これはアメリカの貿易収支と雇用には大きく貢献するでしょうが、本
当に日本にとって必要かどうか、コスト・パフォーマンスを厳密に検討する必要があります。

自動車と農畜産物についてはこれからの交渉になりますが、私が恐れているのは、遺伝子組換え食品(とりわけ家畜用飼料の
大豆、トウモロコシ)と種、ホルモン剤を投与された牛(Bt 牛)の牛肉と乳製品の輸入拡大がもたらす健康被害、米をはじめ
とする農産物の輸入による日本農業と畜産業の衰退、などなどです。

これらの問題にたいして、「アメリカ第一」を掲げるトランプ政権の圧力に、日本政府は「日本第一」で対抗できるかどうかが
問題ですが、私はとても悲観的です。

「お友達」関係をさんざん演出された安倍首相は、トランプ氏の要請に抵抗できなくなっているような気がします。


(注1)合意の全文は,新聞各紙が報じています。たとえば『東京新聞』(2015年4月28日)を参照。その内容を分かり易く
    解説した『ロイター』(2015年4月27日)の記事は有用です。
    http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/27/guideline-japan-amerika_n_7152840.html
(注2)この点に関しては,本ブログの2014年,5月4日の「オバマ大統領訪日―オバの誤算と手玉に取られた安倍首相-とい
    う記事で詳しく書いています。
(注3)『朝日新聞』(2017年2月3日)http://www.asahi.com/articles/ASK2276Y0K22ULFA02X.html



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安倍・トランプ会談-はしゃぐ日本の政府とメディアの危うさ-

2017-02-18 11:59:53 | 国際問題
安倍・トランプ会談(1)-はしゃぐ日本の政府とメディアの危うさ-

大統領就任から1ヶ月も経たない2月10-11日、安倍首相は、トランプ氏との首脳改題を果たしました。
しかも、重要ポストの人事も決まっていないこの忙しい時期に、トランプ氏が2日も安倍氏との会談の時間をとったことに、
日本の大部分のメデイアは、「異例の厚遇」と、あたかも日本がトランプ氏から重要視されている証拠、といわんばかりに、
はしゃぎまくっていました。

しかし、よく考えてみると、本当に「異例の厚遇」だったのでしょうか?

そして、こうして2日間も一緒に過ごして、友好的な人間関係ができあがったことは、本当に日本にとって良いことなので
しょうか?

あるテレビのコメンテータは、安倍・トランプ会談のあと、他のさまざまな国(国名は不明)から、安倍氏に会いたいとの
アプローチがあった、安倍首相は今や世界から注目されている、と得意げに言っていました。

安倍首相は会談で、とにかくトランプ首相への「よいしょ」に徹していました。

会談後、安倍首相はトランプ氏について、「素晴らしいビジネスマン」と持ち上げ、トランプ氏の大統領選勝利を「まさに
民主主義のダイナミズムだ」と手放しで称賛しました。

ところで、この会談を、現地のアメリカ、またその他のメディアはどのようにつたえたのでしょうか?

CNNなど主要テレビは共同記者会見を生中継しましたが、その終了後は日米関係にはほとんど触れず、主な話題は、イス
ラム七ヵ国の入国制限と難民受け入れ制限に関する大統領令が9日(日本時間10日)に控訴裁でも却下されたことに集中
しました。

正規のテレビ・ニュースではほとんど取り上げられませんでしたが、NBCニュースの政治担当ディレクター、チャック・
トッド氏はツイッターで「メイ英首相よりもさらに、日本の安倍首相はトランプ大統領に取り入ろうとしている」と投稿し
ました。

ニュース専門局MSNBCのアナリスト、デビッド・コーン氏もツイッターで「こんなに大統領におべっかを使う外国の首
脳は見たことがない」と、皮肉を通り越して、安倍首相の醜いまでの「よいしょ」ぶりをストレードにこき下ろしています。

新聞では、タイムズ紙(電子版)は「日本の首相は大統領の心をつかむ方法を示した。お世辞だ」と題した記事で「首相は
記者会見で大げさに大統領をほめた」などと皮肉りました。

ワシントン・ポストは「安倍首相がホワイトハウス訪問。だが、入国禁止の大統領令がニュースを独占した」、「晴れ渡っ
た安倍首相との会談を、裁判所の判断が曇らせた」と表現しました(注1)

かつて、ブッシュのイラク戦争を指示したイギリスのブレア首相が、国民からは「ブッシュのプードル」、つまりブッシュ
の言うことをなんでも聞くペットに例えて、馬鹿にされました。

現在の安倍首相はさながら「トランプのポチ」といったところでしょう。

トランプ大統領の移民・難民政策に対してヨーロッパの主要国首脳は批判を表明し、だれも積極的に会いに行こうとは思っ
ていません。

アメリカと国境を接して、貿易協定(NAFTA)の見直しを迫られている、カナダのトルドー首相は、安倍首相がアメリ
カを去った翌日に、トランプ氏と会談しています。

その記者会見の場でトランプ氏と並んで発言したトルドー首相は、トランプ大統領の移民・難民入国拒否政策とは異なり、
これからも移民・難民を受け入れてゆく、とはっきり言っています。はっきり言えば、トランプ氏を批判しています。

あるテレビ今日の情報番組(日にちを番組名を失念)で、各国の評価をいくつか紹介していました。それによると、ドイ
ツのある新聞は、安倍首相を「トランプ大統領を批判しない数少ないリーダー」と皮肉っています。ここに、ドイツのトラ
ンプ評価がはっきり出ています。

また、あるイギリス紙は、安倍氏のトランプ氏へのアプローチについて、「ホール・イン・ワン外交を狙ったが、バンカー
に落ちる危険性もある」と、ゴルフ外交を意識した表現で、イギリス人らしい皮肉を込めて、安倍首相の言動がもつ危うさ
を指摘しています。

これらが、まあ、世界の常識というものでしょう。

中国と韓国は、安倍首相のトランプ大統領訪問を「朝貢」と表現しています。「朝貢」とは、宗主国の皇帝のところに属国が、
貢物をもってご機嫌を伺うことを意味しています。

この番組に出ていた女性のコメンテータは、特に中国と韓国の「朝貢」表現について、「これはいつも通り」と軽く流そうと
していましたが、実は、中国、韓国の指摘は本質を突いていると思います。

日本の外務省や一部のメディアは、トランプ大統領が、安倍首相と、19秒にも及ぶ握手をしたことをもって、日米間の固い
信頼の証しとも解説していました。

これについて、イメージ・コンサルタントの日野江都子氏は、この握手に強い違和感を覚えたと言います。とても興味深いコ
メントなので、少し長くなりすが引用しておきます。

    握手では、トランプ大統領が終始、力任せに安倍首相の手をグイグイと引っ張り、安倍首相はトランプ大統領に引っ
    張られる通りにならないよう、何とか踏ん張っていた。安倍首相の様子は、まるで腕相撲の強い相手に弄ばれている
    かのようだった。・・・・この19秒間の握手の最中に、トランプ大統領は2度ほど、握手している手とは別の手を握
    手の上に添え、ポンポンと軽く叩いていた。
    通常、握手の最終にもう片方の手を添えるのは強い親愛の情を示す。しかしトランプ大統領のこの仕草は、まるで自
    分よりも小さく、弱い存在を可愛がるような印象で、安倍首相への強い親愛というよりも、安倍首相との力関係を報
    道陣に見せつけたいという狙いが透けて見えた。
    握手は、米国では非常に重要視されるコミュニケーション手段で、政財界のあらゆるシーンで欠かすことはできない。
    基本は、相手に向かってまっすぐと腕を伸ばし、相手の手をがっしりと強く握り、目と目を合わせて、笑顔で挨拶を
    しながら、握った手を上下に数回振る。あまり細かく振るのは落ち着きがなく見え、振らなすぎるのもやる気がなく
    見える。
    握手後、トランプ氏は親指を立て、ご満悦の様子でポーズをとっていた。対する安倍首相はといえば、強い握手から
    解放された直後の「参った」という表情を、うかつにも報道陣の前でさらしてしまい、その表情はテレビやネットを
    介して世界中に広がった。今回の握手は、終始トランプ大統領が力関係の違いを見せつけたという点で、極めて異様
    で、日本人にとっては非常に残念なものだった(注2)。

カナダのトルドー首相とは握手3秒でしたから、この点でも日本のメディアはトランプ氏の安倍厚遇が証明されたとばかりに
囃し立てています。

ところで、日本の首相がアメリカの大統領と、親しくなることは本当に良いことなのか、という疑問に戻ってみましょう。

80年代、中曽根首相とレーガン首相をは「ロン・ヤス」と呼び合う仲になり、成熟した同盟関係を演出しましたが、貿易、
為替、防衛問題で日本は徹底的に譲歩させられました。

90年代、小泉首相はブッシュ大統領とともにプレスリー記念館を訪れ、プレスリーの物まねまでしてみせたりしました。

こうした経緯もあって、2001年の「9・11」テロが勃発し、アメリカがアフガンへ報復爆撃を開始すると、ワシントンに飛
び、支援を申し出ました。

そして10月末、テロ対策特別措置法が成立すると、補給艦とそれを護衛する護衛艦を出動させて、アフガニスタンのタリバ
ン政権攻撃のために作戦行動中の米英軍の艦船に対する給油活動を開始しました。つまり日本の自衛隊は、軍艦を動かすのに
不可欠の燃料の補給という後方支援(兵站)活動を通じて、発足以来はじめて戦争に参加(参戦)したのです。

さらに2003年に、フセイン政権が大量破壊兵器(核兵器)をもっていることを口実に「イラク攻撃」を始めると、世界に先駆
けて「理解」と「支持」を表明しました。

これ以後日本は、「ブーツ・オン・ザ・グランド」という表現で、さらにアメリカの戦争に直接・間接に巻き込まれるようにな
りました。

ここで、再び強調しなければならないのは、日米首脳の親密な関係は、時にアメリカの要求を拒否できなくなってしまったり、
いざとなればアメリカは自国の利益のために、日本のことなど全く考えずに厳しい要求を平然と押し付けてくる、という冷厳な
国際政治の現実をしっかりと心に留めておく必要がある、ということです。

安倍・トランプ会談が始まる直前、トランプ氏は、中国の習首相と長い電話会談を行い、前言を翻して「一つの中国」と認める
ことを約束しました。気が付いたら、トランプ大統領は日本の頭越しに、中国と手を握るかも知れません。

以上をよくよく考えると、現在の政府やメディアのはしゃぎぶりは、私から見ても世界の常識からみても、かなり異常としか思
えません。



次回は、今回の安倍・トランプ会談は、結局なにをもたらしたのか、どんな「貢物」を用意したのかを検討します。

(注1)『朝日新聞』(デジタル)2017年2月11日23時54分
 http://digital.asahi.com/articles/ASK2C5HLJK2CUHBI01L.html?rm=556
(注2)『日経ビジネス ONLINE』(2017年2月14日)   http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/021300568/?=1,2

大木昌の Twitter https://twitter.com/oki50093319
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日本では梅が満開で春が近いことを告げています。

 

一方、千葉県印西市・本埜の「白鳥の郷」へは、この冬1000羽のコハクチョウが飛来し、水を張った水田で旅立ちの準備をしています。
(2017年2月13日 大木写す)



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映画『スノーデン』:アメリカの情報監視と野望(1)

2017-02-11 21:21:27 | 国際問題
映画『スノーデン』:アメリカの情報監視の実態を暴露(1)

2013年6月3日、アメリカの元NSA(国家安全保障局)とCIA(中央情報局)局員であった29歳の青年、エドワード・ジョセフ・
スノーデンは、米政府がアメリカ人及び世界のさまざまな政府、機関、個人の情報と通信を秘密裏に収集している実態を、イギリスの新
聞『ガーディアン紙』の記者とのインタビューで告発しました。

スノーデンの告発(曝露)については既に、ドキュメンタリー『シチズンフォー スノーデンの曝露』( 第87回アカデミー賞長編ドキュ
メンタリー映画賞受賞、 監督:ローラ・ポイトラス 製作総指揮:スティーヴン・ソダーバーグ.)が公開されています。

今回、社会派の映画を何本も撮ってきたオリバー・ストーン監督が、スノーデンの弁護士の要請でモスクワにいるスノーデンと9回も会っ
てインタビューし、彼と彼の発言が信用できることを確認して製作した映画が『スノーデン』です(ジョセフ・ゴードン・レヴィット主演)。

『シチズンフォー』はジャーナリストの視点から描かれたドキュメンタリーであるのに対して、『スノーデン』は告発者の立場から描かれ
ています。

しかし、この映画の製作は必ずしも順調に進んだわけではありませんでした。なにしろ、アメリカの恥部ともいえる、情報監視・盗聴・傍
受の実態を世界に向かって告発したのですから、アメリカの映画会社は、どこも出資したがりませんでした。

ストーン監督は、「最初からとても居心地の悪い作業だった。米メジャーには全て断られたが、それは自己検閲だろう」と語っています(注1)。

結局、この映画はドイツとフランスの出資で2016年に完成し、初上映がモスクワ(2016年9月15日)だった、ということも、この映画
がもつ、アメリカ社会への衝撃の力を象徴的に物語っています。

スノーデンの曝露した内容の真偽についてストーン監督は、
    スノーデンが語ってくれたすべてを映画化しています。私の主観は入っていせん。彼が言っていることが嘘あるいは間違い
    なのであれば、私の経験則から言えば、彼は世界で最も素晴らしい役者ということになります。つまり、彼が言っているこ
    とはすべて真実だと、私は思っています
と自信に満ちた口調で述べています(注2)。
    
映画は、スノーデンが軍に入隊してから、2013年6月3日の衝撃的な告発に至るまでの半生を、映像では過去を再現しつつ挿入していく構成
となっています。

この映画は、米政府の闇と陰謀をしっかり提示しつつも、人間ドラマとしても奥行きの深いものになっています。特に、愛していたはずの国
家に裏切られ絶望のふちに立たされるスノーデンに寄り添った恋人リンゼイの存在が際立っています(注3)

ところで、この映画では、スノーデンが曝露・告発した内容の全てを描いているわけではありません。

映画で取り上げた重大な問題の一つは、NSAの「PRISM」と略称される、世界中の電子媒体(インターネット、電話、スカイプ、コン
ピュータ)を傍受し、それらのメガ・データを収集・分析している監視システムです。

スノーデンは、コンピュータの専門家として、NSAとCIAによるこの監視システムの構築と運用に関与し、その実態を熟知しています。

アメリカのNSAは、世界中の情報を得るために、アメリカを中心に張り巡らされているインターネット通信網を利用しています。

世界中の電話や通信データの80%以上は、海底の光ファイバーケーブルを通って、アメリカを経由する仕組みになっています。

NSAは、アメリカ全土のおよそ20か所に傍受を行う拠点を設け、データを収集しています。

さらに、この光ファイバーのネットワークでカバーしきれないデータは、大手インターネット企業から直接、入手しています。

公然の秘密ですが、通信傍受と盗聴にはマイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、パル・トーク、ユーチュイーブ、スカイプ、
アオル、アップルなど主要なIT企業が協力させられています。さらに外国の情報機関も協力しています。

監視の対象は、各国の首相、企業、さまざまな団体、そして個人を含んでいます。

ドイツのメルケル首相の電話が盗聴されていることが発覚し、アメリカ政府に強く抗議したことは、まだ記憶に新しい事件でした(注4)。

アメリカで2008年に改正された対外情報監視法は“令状ナシ”の盗聴を合法とし、それに手を貸す通信会社も罪に問われません。

オバマ大統領は、メルケル首相の盗聴疑惑について当初は否定しましたが、最終的に認めざるを得なくなりました。これには、大手IT
企業の協力のもとに合法的に盗聴していたことも分かっています。(注5)

日本の首相や閣僚、企業の電話、通信システムも傍受・盗聴されていることがWikileaksによって暴露されています(注6)。

こうしてNSAは、世界の通信データのほぼ全てを入手できるようになったというのです。

NSA元幹部 ウィリアム・ビニー氏によると、「企業に対して、加入者のデータが欲しいと言うだけで、入手することができます。どこ
へ行こうとも、あなたはNSAから逃げることはできないのです。」と証言しています(注7)

映画の中でも、その実態が語られています。NSA局員によれば、ある人物を監視しようとすると、その人物の通信相手を次々と追いかけ
てゆくので、あっと言う間に250万人の通信を監視できると、語っている場面があります。

つまり、アメリカ在住者だけでなく、世界の誰でも通信手段を使っている人ならば、政治家であろうと、実業家であろうと、一般の市民で
あろうと、監視しようとすれば監視できるのです。

というより、私たちはもうすでに、監視の網に取り込まれているのかも知れません。

それにしても、スノーデンは国家の最高機密を海外に持ち出し、暴露してしまった、アメリカ政府からすると、国家的な重大犯罪人です。

アメリカ政府は、彼を「お尋ね者」として世界中に国際手配し、逮捕に躍起になっていますが、今はロシアにいるので手が出せません。

彼自身は、国を出る時、二度とアメリカに戻れないこと、ひょっとしたらどこかでCIAか秘密警察の殺されてしまうかもしれないことを
十分に覚悟しています。

しかし彼は決して反米主義者ではありません。彼は、自ら志願して兵役についたことからも分かるように、彼は自分を愛国者だと言ってい
ます。それにも関わらず、国を裏切るようなことをしたのはなぜでしょうか?

これについて映画の中に象徴的なシーンが映し出されます。ある日スノーデンは、自らが構築に携わった「エピックシェルター」というテ
ロ監視システムが、無辜の民の殺傷に使われている光景を、アメリカにいてコンピュータを通して見ました。この時彼は、自分のしている
ことの犯罪性に深い罪悪感を抱いてしまいます。

映画には出てきませんが、『ガーディアン』の記者とのインタビューで、アメリカ政府が秘密裏に世界中に張り巡らした監視システムによ
って、個人のプライバシー、インターネットの自由と、人間の基本的な自由を破壊していることに強い犯罪性を感じるようになりたことを
語っています。

そして、自分は二度と祖国に戻ることはないだろうと、覚悟を語ったうえで、“私は恐れていない。なぜなら、これは私が下した選択だから”
ときっぱり言います(注8)。

この映画の中でスノーデンは、日本に対する工作に関しても語っています。

彼は日本の横田基地にしばらく勤務しましたが、その時はあるマルウェア(malware=不正かつ有害に動作させる意図で作成された悪意のあ
るソフトウェアや悪質なコードの総称)を日本のコンピューターシステムに植え込んだ、というものです。

これは、日本が同盟国でなくなった場合、発送電、交通インフラ、金融システムなどがマヒしてしまうプログラムです。つまり、日本の生殺
与奪を米国の情報機関が握っている、ということになります(注9)。

この件に関してストーン監督は、
    日本のジャーナリストが、防衛省に『(映画で描かれているマルウェアなどは)本当か』と聞いてほしい。どう答えるかは
    わかりませんが。日本だけでなく、すべての政府に対し意見を求めるという動きを、私は望んでいます。日本の皆さんにも
    見て頂き、この問題の巨大さ、複雑さを考えてもらいたい
と語っています(注9)。

この映画を観ながら、スノーデンが国外に亡命した後、恋人のリンゼイはどうなったのか、とても気になっていましたが、最後の最後にナレー
ションで、リンゼイもスノーデンを追ってモスクワに行ったことが知らされます。

ストーン監督は、この映画を単なる暴露物として描くのではなく、スノーデンの人間としての苦悩や葛藤、リンゼイとの恋愛、そして、あらゆ
る危険を乗り越えてモスクワに行くリンゼイの人間性も含めて、優れた「人間ドラマ」にしています。

今回は、映画を中心に説明したので、アメリカの監視体制やスノーデンがインタビューで語ったことや、彼のメッセージなど、書くべきことは
まだまだたくさんありますが、これらについては、別の機会に譲りたいと思います。

(注1)『映画.Com』2017年1月26日17:00 http://eiga.com/news/20170126/17/ (2017年2月8日閲覧)
(注2)『映画.Com 『映画.Com』2017年1月18日 13:57 http://eiga.com/news/20170118/15/(2017年2月8日閲覧)
(注3)(注1)と同じ。
(注4)http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/01/nsa-spy_n_4179947.html(2017年2月9日閲覧)
(注5)http://news.livedoor.com/article/detail/8223837/(2017年2月10日閲覧)
(注6)https://wikileaks.org/nsa-japan/https://wikileaks.org/nsa-japan/ (2017年2月10日閲覧)
(注7)NHK 「クローズアップ現代」(No.3381 2013年7月17日(水)放送)http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3381/1.html(2017年2月11日閲覧)
(注8)https://www.theguardian.com/world/2013/jun/09/edward-snowden-nsa-whistleblower-surveillance
     (2017年2月10日閲覧)  
(注9)(注2)のサイト及び『YahooNews』(2017年2月2日、「デイリー新潮」5:57配信)http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170202- 00517334-shincho-ent(2017年2月19日閲覧)
  を参照。

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長野県東御市から見た雪の蓼科山


長野県小諸市御代田から見る浅間山







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トランプ大統領はビジネスマンではなく不動産屋だ

2017-02-05 06:18:54 | 国際問題
トランプ大統領はビジネスマンではなく不動産屋だ

最近のトランプ大統領が繰り出す大統領令に、世界は戦々恐々、怒りと批判が渦巻いています。

多くのメディアは、彼の言動を、「トランプ氏は政治家というよりビジネスマンだ」と批判的な評価をしています。

しかし、あるアメリカ人が言っているように、私は、トランプ大統領はビジネスマンですらなく、独特な「取引」(ディール)
方法(後で説明)を駆使する不動産屋である、と考えています。それを以下に考えてみたいと思います。

まず、就任早々の1月末に、発した大統領令では、選挙期間中にメキシコとの国境に壁の建設を開始すること、中東・アフリカ
のイスラム国7ヵ国*からの90日間入国禁止令を出しかと思うと、難民については、全世界からの受け入れを120日間、全
面的に停止するなど、止まるところを知りません。
 (*シリア、イラク、イラン、スーダン、ソマリア、イエメン、リビア)

トランプ氏は、上記7カ国を入国制限の対象国にしたのは、それらの国がイスラム過激派を抱えており、アメリカをテロから守
り、安全にするためだと、説明していますが、この説明は全く矛盾しています。

トランプ家はこれまで中東において、トランプの名前をリゾートホテルや家具などのビジネスに貸して莫大な報酬を受け取って
おり、また自らもホテルやゴルフ場建設などの不動産ビジネスを展開してます。

入国制限のリストに入っていなかった国々、トルコ、ユナイテッド・アラブ・エミラテス、サウジアラビア、クウェート、そし
てインドネシアにも不動産ビジネスの関連が有りました。そのため、彼にとってはこれらの不動産事業のビジネスパートナーを
自由に行き来出来るようにしておく必要があったのです(注1)。

たとえば、サウジアラビアは入国制限対象国に入っていませんが、「9.11テロ」に加わった19人のうち15人はサウジア
ラビア出身であり(つまりもっとも危険な国なのに)、UAE出身者も2人入っていますが、入国制限対象国には入っていません。

そのほか、上記の対象外国のうち、産油国のクウェート、インドネシアはイスラム国ではあいますが、産油国である点が共通し
ています。

たとえ、そとからのテロリストの侵入をある程度防ぐことができたとしても、反イスラム主義的政策は、米国内部のイスラム教
徒、さらには世界のイスラム教徒の反発を呼ぶことは必至で、アメリカの安全高まるどころか、さらに脅かされるだけでしょう。

感情が先走り、冷静な分析も因果関係も分からないのが今のトランプ大統領なのです。

『ニューヨーク・タイムズ紙』は、トランプ氏は最も自分勝手な大統領だ、と書いています。

もう一つ、見過ごすことができないのは、トランプ大統領は、テレビのインタビューで、イスラム教の難民は助けないが、キリ
スト教の難民は助ける、と発言したことです。

欧米社会では、宗教の自由は最も根源的な自由と人権の領域であるのに、トランプ氏は露骨にイスラム教を差別しています。

こうしたトランプ大統領の暴走に対しては、アメリカ国内だけでなく、イギリスでも連日大規模なトランプ批判のデモが起こっ
ています。

さらに、イギリスのメイ首相、フランスのオランド大統領、ドイツのメルケル首相、イタリアのパオロ・ジェンティローニらが、
トランプ大統領の移民・難民の入国を閉ざす大統領令にはっきりと反対のメッセージを出しています。

そして、国連の事務総長さえ、トランプ大統領の入国制限、移民・難民姿勢を批判しています。

とりわけイギリスのメイ首相は、就任後最初にトランプ大統領と直接会談し、国賓待遇でエリザベス女王との面会も含めた訪英
に招待したばかりです。

そのメイ首相がトランプ氏を批判しているのです。問題は、自由や人権に対しては、相手が誰であろうと、言うべきことはいう、
というのが、本当の意味で成熟した文明国の取るべき態度です。

これに対して、日本の安倍首相は、「米国の大統領令、米政府の考えであろうと考える。私がこの場でコメントする立場にはな
いが、難民への対応は、国際社会が連携して対応すべきだ」と述べるにとどめました。

本当に、恥ずかしい限りです。かつて、トランプ氏が大統領選で勝利した際、大慌てで、新しいご主人様のご機嫌を伺った、安
倍首相の態度は、欧米だけでなく多くの国の指導者や国民の失笑を買っていることでしょう。

ところで、トランプ大統領は、上記の入国禁止令に反対の見解を発言したイエーツ司法省長官代行を解任してしまいました。行
政府の長が司法庁のトップを解任することは、あり得ないことではありませんが、これでは国是である三権分立を壊してしまっ
ています。

自分に反対する人物は誰でもむきになって怒りをあらわにしたり、根拠も理由も示さず反論するなど、非常に幼児的です。どこ
かの国の首相とよく似ています。

トランプ米大統領はメディア批判を強めています。1月29日にはツイッターに「落ち目の偽ニュース、ニューヨーク・タイムズ
は誰かが買収して、正しく経営するか、尊厳をもって廃刊すべきだ」と投稿しています。

就任前の記者会見ではCNNを名指しで「偽ニュース」と批判するなど、自身に批判的なメディアに対する憎悪をあらわにして
いました。

NYタイムズについて1月28日も「最初から私について間違って(伝えて)いる。予備選挙も本選挙も私が負けると言った。偽
ニュース!」とツイッターに投稿しました。トランプ政権による難民などの入国制限に対し、同紙が批判的な意見を掲載したこ
とに反撃したとみられます(注2)。

ここまでくると、もう民主主義も報道の自由もどうでも良い、という感じです。

もう一度、トランプ大統領を、政治家というよりビジネスマンだ、という評価が大きな勘違だということを考えてみましょう。

ビジネスマンなら、自分にも相手にも利益のある行動と配慮をします。そうしなければ、ビジネスは長続きしないからです。

しかし、トランプ大統領は、自分だけが得する、自分だけの主張を通すために、恫喝も含めて相手を思い切り追い詰め、要求
をふっかけ、強引に有利な落としどころへ導く「取引」(ディール)手法を多用します。

この意味で、独特の不動産屋の取引手法なのですが、それが超大国アメリカの大統領の政治に適用されるのは問題です。

現段階のトランプ大統領の言動は、①自分は言ったことは必ず実行する人間なんだということを印象づけること、②選挙期間
中に集中的に訴えた、不安と不満をもつ中・下層の白人向けの発言で支持層をつなぎ止めること、③オバマ前大統領の業績を
徹底的に壊すこと、の三点に向けられています。

トランプ大統領は、自分を支持してくれる人だけを見て、彼らが喜ぶメッセージを送り続けています。

実際、1月30日のNHKBS1で放映されたトキュメンタリー、世界ドキュ『トランプ大好き!米国さびついた地帯をゆく』
をみると、熱狂的な支持者の生の声が聞こえます。

中には、黒人が樹に吊り下げられていた時代がなつかしい、という恐ろしい発言をした人種差別団体「KKK団」さえいます。
アメリカでも、人種差別と排外主義の極右てき風潮が勢いを増してきています。

選挙中の支持を、とりあえず2年後の中間選挙まで維持するために、トランプ大統領はなりふり構わず強権を発動しているの
です。

元来、不動産屋のトランプ氏には、確たる政治思想や理念があったわけではありません。

トランプ大統領の右腕として、政治・経済・安全保障政策の核となっているのが、スティーブ・バノン首席戦略官・上級顧問
です。彼は実質的にNo.2で、現在は全ての省庁の上に立って大統領への政策提言を行っています。

バノン氏はオンラインニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の主催者で、人種差別、白人至上主義者
として知られる極右の人物です。

米大統領が移民・難民の入国制限を決めた大統領令の作成に当たり、強硬路線を主張しまいた。

国土安全保障省(DHS)高官は当初、大統領令の制限に該当するイスラム圏7カ国の出身であっても米永住権保持者には適
用されないという解釈でした。

しかし、複数の当局者は、バノン氏と同氏に近いスティーブン・ミラー大統領補佐官がこれを却下したと明かしました。

DHS関係者は、今回の移民政策転換を巡って移民、関税、国境管理の関連機関とホワイトハウスとの協議はほとんど、また
は全くなく、それが大統領令適用を巡り混乱拡大につながったと明かしました。

ある政府高官は、大統領令がDHSと国家安全保障会議(NSC)の主要な関係者の目を通り、連邦議会の移民関連職員らも
関与したと説明しましたが、複数の当局者によると、バノン氏が終始作成を主導したのが実態のようです(3)。

バノン氏にとって、確たる思想も理念ももたないトランプ大統領に極右的な思想を吹き込み、それを政策として実現させるこ
とは、比較的たやすいこ
となのでしょう。

それだけに、私はアメリカの現状と将来に大きな危険性を感じています。

(注1)http://www.labornetjp.org/news/2017/0130kazumi
(注2)日経 デジタル 2017年1月30日 20:56
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM30H6R_Q7A130C1FF8000/
(注3)ロイター 2017年1月31日
    http://jp.reuters.com/article/usa-trump-immigration-bannon-idJPKBN15F09L


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トランプ大統領の誕生(2)―評価が分かれる就任演説―

2017-01-29 07:05:10 | 国際問題
トランプ大統領の誕生(2)評価が分かれる就任演説―

トランプ大統領の就任演説に対する評価は、立場によって大きく異なります。
まず、メディアの反応をみると、選挙中、一貫してトランプ氏を支持してきた保守系新聞「ワシントン・エグザミナー」
(電子版)は、トランプ氏の演説を次のように絶賛しています。

    トランプ大統領はワシントン(既得権を持つ支配勢力)よりも平均的米市民の利益を優先して考える
    という公約を就任に際しても堅持した。(海外に流れた)仕事を取り戻し、『米国第一主義』を掲げ、
    『米国を再び偉大にする』という初心を引っ提げてホワイトハウス入りした。

一方、リベラル系メディアの雄、『ニューヨーク・タイムズ』は演説直後、トランプ新大統領に対し、就任演説の以下の
下りを引用しつつ「ご自身の演説の中で何が最も注目に値する箇所か、お教え願いたい」とした質問状を電子版に載せま
した。その引用とは、

    米国のこの修羅場*(carnage)は今ここで終わらせねばならない。今直ぐにだ。我々は一緒に米国を
    再び強くする、再び豊かにする、再び誇りを持てるようにする、再び安全な国家にする。そうだ、我々
    は手を携えて米国を再び偉大にするのだ。

    *引用元の『日経ビジネス ONLINE』は carnage を「修羅場」と訳していますが、本来「虐殺」
    というどぎつい意味で、就任演説のような場では通常使わない言葉です。トランプ氏が言いたかったの
    は、工場の閉鎖、失業、貧困、麻薬などを指すものと思われる。
    
と言う個所です。『ニューヨークタイムズ』は、トランプ氏がこの部分で、何を最も訴えたいのか分からない、と言ってい
るのです。(注1)つまり、あれこれ並べているが、トランプ氏が何を最も言いたいのか分からないと、露骨には書いてい
ませんが、間接的に批判しています。

アメリカの『ABCテレビ』は、トランプ氏の人物像と個性を強調しています。

    トランプ大統領のメッセージはほかのどの国の指導者も伝えないようなものだった。国が衰退している、
    犯罪と薬物によって腐敗している、などと訴えることで、自分自身を国民のために戦う存在に高めよう
    とした。

続いて、トランプ大統領は歴代のアメリカ大統領を非難したうえで、

    「権限を首都ワシントンから国民に返す」というトランプ新大統領の主張は挑発的で、与党・共和党が
    トランプ新大統領に忠誠を示せるか、今後、試されることになる

という見方を示しています。

一方、有力紙の『ワシントン・ポスト』は、
    トランプ大統領は、傷ついた国家が大胆かつ、早急な対処を必要としているという率直で力強い演説で
    職務を始めた。自分の政権が過去の政権とは全く異なるものになることをはっきりとさせた。
    政治経験も、軍での経験もない最初の大統領として、トランプ大統領は「個性の強さと、率直で野蛮な
    言葉によって国を統治することを示した」としたうえで、就任演説で「大殺りく」や「荒廃」といった
    言葉を用いてアメリカが語られた前例はない

と、既存の政治に挑戦する姿勢を主張する演説だったと伝えています。

ここまでは、トランプ氏の演説に、どちらかと言えば、中立ないしは好意的な評価を下してい
ますが、他方で、具体的な方法について語らなかったことに不満をも表明しています。

    トランプ大統領は、共和党にも議会にも言及せず、約束した大改革を成し遂げるため
    の手段にも全く触れなかった。ただ、自分自身の力で、国を回復させると改めて誓っ
    ただけだった。(注2)

それでは、一般のアメリカ市民はどのように反応したでしょうか?

アメリカ現代政治研究所の高濱氏は、演説の直後にトランプ支持派と反トランプ派の市民2人ずつに電話でイン
タビューしています(注3)。

トランプ支持派の一人、テキサス州在住の白人の主婦(53歳)は、

    トランプ大統領は、予備選段階から言ってきたことをそのまま貫き通しました。私た
    ちのように、黒人大統領から8年にわたって忘れ去られていた白人のホンネをはっきり
    と言ってくれました。
    トランプ大統領は、米企業が低賃金を求めて外国に逃げていった結果、職を失った白人
    労働者のことを考えてくれる初めての大統領だと信じています。演説を聞いて確信が持
    てました。
    今、何が私の身の回りに起こっているか、ですって。私の住んでいる田舎町にまで、肌
    の浅黒い見知らぬ外国人がどんどん入ってきて、治安が悪くなっているんですよ。トラ
    ンプさんはこんな状況から私たちをきっと救い出してくれると信じています。

もう一人はテネシー州に住む、白人の零細企業従業員(62)です。

    新大統領は、反エスタブリッシュメント(既得権層・支配勢力)、反エリート(主流メ
    ディアや言論界)、反ワシントン(連邦政府官僚、共和党保守本流や民主党)、外国を
    敵に回して戦うぞ、という意気込みを熱っぽく話してくれた。胸がスーとしたよ。オバ
    マが大統領だった閉塞の8年間からやっと解放されたって感じだね。
    最初は俺たちみたいな、小さくて貧しく、力のない白人たちだけにしか支持されなかっ
    たトランプが、『トランプ主義』の旗を高々と掲げてワシントンに凱旋するなんて、信
    じられないよ。演説はまさに俺の思っていることを100%代弁してくれていた。嬉しいね。

ここに引用した二人は決して、極端なトランプ支持者ではありません。むしろ、ごく平均的なトランプ礼賛の声です。

一方、民主党の大統領候補としてバーニー・サンダース氏を支持した、IT関連企業で働く35歳のエンジニア(国際政
治学修士号も取得している)は、正反対な意見を語ります。

    こんなお粗末な大統領就任演説を聞いたのは初めてだ。内容は中学校の生徒会長に選ばれ
    た生徒の挨拶と同じレベルだ。
    分かりやすいと言えば分かりやすいが、予備選や大統領選の時の自分の支持者だけに話し
    ているわけじゃないはず。演説の中に出てくる表現はどこかで聞いたようなパクリばかり。
    例えば、『Make America Great Again』という表現はロナルド・レーガン(第40代大統
    領)が最初に使ったのをパクっただけだし、『America First』は第二次大戦への参戦に反
    対した若者たちが言い出した言葉。
    一人で鉛筆舐め舐め書いたと側近は言っているが、言っている内容は大統領上級顧問にな
    った右翼反動のスティーブ・バノン(保守系メディア「ブライトバート・ニュース」の元
    会長)がサイトで論じていたことのコピーだ。

彼は、トランプ大統領の演説に、彼自身のオリジナリティはなく、他人の、特に極右のバノン氏の言葉や文章をコピー
しただけだ、というのです。

もう一人、ボストンに住む政治学専門の大学教授(59)のコメントは、さらに手厳しい。

    改めて、われわれ米国民はひどい人間に核のボタンを押す権限を与えてしまったもんだと思う。
    米国がこれまで営々と培ってきた世界のリーダーの地位から降りる兆候をこの演説ははっきり
    と示した。中国とロシアはあざ笑い、世界の同盟国は頭を抱えているはずだ。
    どこの国のリーダーも自国民の利益を最優先に考えている。しかしそれが通らないのが国際政治
    であり、外交
    であり、通商だ。そんなことも分からぬ男が大統領になっちゃうこと自体、米国は今異常だよ」

以上、賛同派と批判派の4人のコメントは、まさに現代アメリカという国家の分裂状態をはっきり示しています。

就任式の前日、権威ある超党派の世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが、米国がいま置かれた状況について米国
民に尋ねました。その結果、回答者のなんと86%が「米国が政治的にこれほど分裂したことはない」と答えています。
バラク・オバマ第44代大統領が08年に就任した時に「分裂状態にある」と答えた人は46%でしたから、アメリカ国民
全体が、国家の分裂を感じていることを示しています。

すでに、部分的には書いておきましたが、最後に、演説に対する私自身のコメントを書いておきます。

率直に言えば、これが超大国の大統領の就任演説なのか、という大きな失望感と危機感を感じました。

失望感とは、トランプ氏が、人権、民主主義、自由、多様性など、歴代の大統領が言及してきたアメリカの建国の理念
や理想に全く触れず、現在の暗い、否定的な面を執拗に語り、人々に恐怖心を植え付けたことです。

理念なき政治は、露骨な権力の行使と経済的な富への執着しかないのです。

次に、危機感ですが、彼は現在、職を失っている白人、失うかも知れない白人、職は得ているけれども収入は十分では
ない、と不満を持っている白人の中・下階層だけに向けた発言をしています。しかも、その矛先を有色人種やマイノリ
ティに向けさせています。

ところが、それでは彼らの満足が行くような具体的な方策があるかと言えば、保護貿易を徹底して、アメリカ人(実態
は白人)の雇用を守る、ことくらいしか言っていません。

しかし、どう考えても、アメリカは保護貿易を排し、自由な国際経済から最も利益を得てきた国であり、それが再び保
護貿易に閉じこもっても、中・下白人階層が豊かになるとは考えられません。

その理由については、別の機会に詳しく書こうと思いますが、いずれにしても、現在のような分裂を抱えたうえで、し
かも、彼を最も評価している中・下白人の生活が向上した買った場合、アメリカ国内だけでなく世界は非常に大きな混
乱の渦に巻き込まれるでしょう。

次回は、就任演説を離れて、トランプ新大統領の問題について考えてみたいと思います。

(注1) 『日経ビジネス ONLINE』 2017年1月23日。http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/261004/012100036/?i_cid=nbpnbo_tp 
(注2)『NHK NEWS WEB』1月21日 12時27分 トランプ新大統領の就任演説 米メディアの反応は
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170121/k10010847881000.html
(注3)『日経ビジネス』ONLINE(2017年1月23日)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/261004/012100036/

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トランプ大統領の誕生(1)-就任演説にみる基本姿勢-

2017-01-22 05:56:14 | 国際問題
トランプ大統領の誕生(1)-就任演説にみる基本姿勢-

ドナルド・トランプ氏は2017年1月20日正午(日本時間21日午前2時)、第45代アメリカ大統領就任の宣誓を、続いて就任演説を行いました。

この就任演説で新大統領が何を言うかは、アメリカ国民だけでなく、全世界の人々が注目していました。

この就任演説にかんするコメントや評価は、そのうち各方面からなされるでしょうが、それを含めた私のコメントは別の機会にゆずるとして、今
回は、私自身が演説を聞いた直後に抱いた感想のうち、幾つか印象に残った言葉に絞って書いてみたいと思います。

選挙運動中からトランプ氏が一貫して発してきたフレーズは、「アメリカを再び偉大な国にする」(Make America Great Again)でした。

これはオバマ氏の有名なフレーズ「我々にはできる」(Yes,We Can)と同様、後々までトランプ大統領という存在とともに記憶されるでしょう。

トランプ氏が、このフレーズを商標登録していることからも分かるように(『日刊ゲンダイ』2017年1月21日)、彼はこの言葉にかなり強い思い入
れがあるようです。

さて、演説ですが、アメリカを再び偉大な国にするために、トランプ氏はまず、我々アメリカ国民は国を「立て直す」(rebuild)ために団結しよう、
と訴えました。

言い換えると、現在のアメリカは疲弊し、演説の途中では、「かつての栄光は遠い過去のものとなった」、とも言っています。

続いて、トランプしは大統領としての理想と理念を語ります。

    今日の式典は、しかし、特別な意味を持っています。なぜなら、私たちは今、たんに、一つの政権からもう一つの政権へ、
    あるいは一つの政党から他の政党への権力の移行を取り行っているのではありません。そうではなくて、私たちは権力を
    ワシントンからあなた方、国民(the people)に返そうとしているのです。

経済(金儲け)しか関心がないと言われるトランプ氏ですが、彼の就任演説のなかで、唯一、格調高い部分です。

今回の大統領就任は、民主党政権から共和党政権への、まぎれもない政権から政権、政党から政党への権力の移行です。

しかし、その権力の基礎とは、もともと国民に由来しているはずです。それが、いつしかワシントンの特権階級やエリートによって奪われて
しまっていた、それを、もう一度、国民に返すのだ、この就任式典は、そのためにあるのだと言っているわけです。

この部分は明らかに、これまでの民主党政権に対する痛烈な批判となっています。

「権力をワシントンから国民に返す」という言葉は、1863年にリンカーンの「人民の人民による人民のための政治」という言葉を想い起させ
ますが、果たしてトランプ氏にその意識があったかどうかはわかりません。

今回のスピーチの原稿が、オバマ氏の時のように、スピーチ・ライターによって書かれたものなのか、トランプ氏自身によって書かれたもの
なのかは分かりません。

ただ、この原稿についてはトランプ氏自身が随分前から構想を練り、書き直していたことが報じられていますから、ひょっとしたら彼自身の
政治信条なのかもしれません。

いずれにしても、上の理念が果たして本物なのか、あるいはたんなる、人気取りのリップサービスなのかは、これから現実の政治の中で
試されるでしょう。

また、トランプ大統領を誕生させた、既存の政治に対する強い不満を抱いていた人たちに向けて、既存の政治(実際には民主党政権)に
たいする痛烈な批判を浴びせます。

    ワシントンが栄えている一方、(一般の)国民は その富の分け前にあずかってこなかった。政治家は栄華を享受したが、
    仕事は減り工場は閉鎖された。既得権者(the establishment)は自らを守ったが、我が国の市民は守られなかった。彼ら
    (既得権者や政治家などのエリート)の勝利は、あなた方の勝利ではなかった。彼らの 凱旋はあなた方の凱旋ではなか
    った。彼らが首都で祝杯を挙げている一方で、我が国のいたるところで生活のために格闘している家族にとって祝うこと
    などほとんどない。(注1) (大木による仮訳。カッコ内は大木が付け加えた)

あたかも韻を踏むように、エリートが栄華を誇っている陰で、それから取り残された人々がいることを対比させています。このレトリックは
随所で繰り返されます。

次に、トランプ氏は、仕事を奪われ、見捨てられた人々は、もうこれからは見捨てられることはない、とのメッセージを繰り返し語りました。

これは明らかに、今回の選挙で、トランプ氏を強力に押し勝利に導いた人々へのメッセージです。

彼らが見捨てられたのは、アメリカ企業が外国に工場を移し、海外からの輸入品によって仕事と市場を奪われたからだ、というのがトラ
ンプ氏の一貫した主張です。これに対して「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇え」と訴えました。

就任演説では、「国境を取り戻す」「富を取り戻す」「仕事を取り戻す」ことを強調しました。

こうした姿勢は、予想された通りで、意外性はありませんでした。

演説の後半では、経済だけでなく外交においても「アメリカ・ファースト」(アメリカ第一主義)で進むことを強調します。

安全保障に関しても、それぞれの国はそれぞれの国の利益を優先して考えるべきである、との立場を鮮明にしています。

つまり、アメリカはアメリカの利益に従って軍事も外交も考えてゆくことを宣言しているのです。

これは、従来の、国際協調主義から一歩引いてゆくことを意味しているのですが、ただ、イスラム過激なテロリズム(具体的にはISを想定
している)に対しては、この地上から根絶する、と述べています。

オバマ政権は、この問題にてこずりましたが、トランプ氏は、この問題に対しては強硬路線をとるようですが、そう簡単にゆくでしょうか。

選挙中の言動で彼に向けられた白人中心主義に対する批判を意識してか、演説の最後の方で、

    黒人であろうと、褐色の人種であろうと、白人であろうと、全ての人には愛国という同じ赤い血が流れていることを忘れ
    てはならない。我々全ては同じ栄光を享受し、同じ自由を享受し、そして同じ偉大なアメリカの国旗に敬意を表する。

と、人種の壁を越えて団結することを訴えます。

さて、以上は、トランプ氏の言葉をそのまま引用しつつ、彼の政治姿勢を、就任演説をとおして素描したものです。

しかし、私にはやはりトランプ氏に関して大きな疑問符を付けざるを得ない懸念があります。

彼は、ホワイトハウスのエリート、特権階級を非難する一方で、言葉の上では、忘れ去られた人々に対して、ともに団結して「アメリカを再
び偉大な国にしよう」と呼びかけています。

しかし、トランプ政権の閣僚や主要人事をみると、軍人と大富豪(もちろんトランプ氏自身も含めて)によって占められています。

トランプ政権は「軍人と大富豪による、軍人と大富豪のための政治」だ、との皮肉がアメリカ国内で飛び交っています。

果たして本当に、反特権階級の政策を貫くことができるのか、「忘れられた人々」の生活を向上させることができるのか、そして、白人至上
主義者を要職に就けて、本当に人種の壁を越えた国民的統合をもたらすことができるのだろうか?

私には、アメリカ社会の中に生じてしまった断絶はあまりに大きく深く、その溝を埋めて「一つのアメリカ」を実現するのは、きわめて難しい
ような気がします。

確かに選挙には勝ったが、トランプ政権の支持率は40%。過半数の国民にとって「望まれない大統領」には、難問が山積みです。

最後に、日本にとっての影響について触れておきましょう。

就任式の直後、トランプ氏はいくつかの大統領令を出しました。その中に、以前より公約していたTPPからの離脱が含まれています。

安倍首相は、今年1月のアジア太平洋諸国訪問で、TPP実現を説得して回っていました。そして、トランプ大統領がTPP離脱を発表した
まさにそお同じ日、日本政府はニュージーランに、日本はTPPに関する国内手続きを全て完了したことを伝えました。

いずれにしても、安倍政権のこうした言動は、国際社会からみると、恐ろしいほどの政治音痴というか、この上なく間抜けな言動に移ります。

昨年のトランプとの会談の後、トランプ氏を「信頼できる指導者だと確信した」とはしゃいでいましたが、国民の過半数が支持しない大統領
を、どうして「信頼できる指導者」だと確信したのか、首をかしげてしまいます。

トランプ氏は、選挙運動期間には何を言っても、いざ政治を始めれば、現実的に変わるだろう、という日本政府の希望的観測は、見事に打
ち砕かれてしまったのです。

TPPに続いて、基地の存続問題、基地の費用負担問題についても、「アメリカ第一」の徹底したリアリズムで日本に接すてくることは間違い
ないでしょう。

これを期に日本も、そろそろアメリカからの「乳離れ」する必要があります。

(注1)英語の原文書き起こしは『毎日新聞』(電子版)(2017年1月21日)http://mainichi.jp/english/articles/20170121/p2g/00m/0in/004000c?fm=mnm#csidxbceda62f2543599be6316b2f5ce2fdb による。(Copyright 毎日新聞)

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1月中旬の関ヶ原は、雪国のようでした。(新幹線の車窓より)


紺碧の空に映える京都平安神宮


同じ日、静岡は快晴、温暖。ロマネスク風の旧静岡市役所


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検証:日・ロ会談はなぜ安倍首相の完敗に終わったのか

2016-12-31 07:39:30 | 国際問題
検証:日・ロ会談はなぜ安倍首相の完敗に終わったのか

2016年度の最後を飾るはずだった、安倍首相とロシアのプーチン大統領との日ロ会談(12月15-16日)は安倍首相の完敗に終わりました。

この会談について安倍首相と官邸は、早くから、歯舞諸島・色丹の2島返還、国後・択捉の2島は共同管理、という筋書きを公式・非公式に
アナウンスしていました。

安倍首相は、15日には地元山口県長門でプーチン大統領を迎え、かつての中曽根首相がロアメリカのナルド・レーガン大統領を八王子の
別荘に招いて、親密さを演出した「ロン・ヤス会談」の再現を狙っていました。

しかし、結果をみると、一部で予想されていたように、領土問題には全く進展はなく、ただ、日本からロシアへの3000億円規模の投資を含
む共同経済活動だけが合意されました。

ロシア側からすると、100点、あるいは120点満点の結果となりました。

反対に、日本側は、歯舞群島・色丹島を平和条約締結後に日本に「譲渡」するとしていた、1956年の日ソ共同宣言に言及することさえでき
ませんでした。

敢て成果を挙げるとすれば、元住民が祖先の墓参のための往来を人道的な観点から規制を緩めることをロシアが認めたことでしょう。

今回の会談に関して北海道大学名誉教授の木村汎氏は、「日本完敗 合意は負の遺産」と題する記事で次のように書いています。

    会談は日本側の完敗だった。平和条約交渉は事実上行われず、同条約の関する声明や文書が出なかったばかりか、
    四島での「共同経済活動」の協議開始すら合意してしまった(『東京新聞』2016年12月17日)。

しかも、この共同経済行動にしても、ロシア側はロシアの法律の下で行う、という原則を一歩も譲ってはいません。

したがって、もし日本がロシアの法律の下で共同経済活動を行えば、それはロシアの領有権を認めたことになってしまいます。

16日の会談後に出されたプレス向けの声明(共同声明ではない)では共同経済活動について、「平和条約締結に向けた重要な一歩に
なり得る」と語りましたが、ロシアが原則を捨てて平和条約の締結と領土の変換に向かおうとするかどうかは、はなはだ疑問です。

会談後、与党自民党内部からも失望の声が聞こえた。二階俊博幹事長は「国民の大半ががっかりしていると、われわれも心に刻む必要
がある」との声明を出しました(『東京新聞』2016年12月17日)。

今回の会談が完敗に終わったのは、どこかで読み違えがあったと思われる。以下に、そのいきさつを、時系列を追って検証してみましょう。

出発点は今年5月にロシアのソチで行われた安倍・プーチン会談で、領土交渉を「新たなアプローチ」で進める方針で両者は一致しました。

ただ、「新しいアプローチ」とは何かにつて具体的には定まっておらず、ソチから帰国する政府専用機内で、ある政府高官から「何が『新しい』
のか」と問われた谷内正太郎国家安全保障局長は「実はまだ私も十分に分かっていない」と漏らしていました。 

主権や帰属など難しい問題はいったん脇に置くべきだ」とうのか、今井尚哉首相秘書官や長谷川栄一首相補佐官ら首相周辺の経済産業省
出身者の意見でした。

一方、外務省には「官邸はロシアの巧みさを知らずナイーブだ」と慎重論がありました(注1)。

首相にも、経済協力が先食いされる懸念がありましたが、9月、ウラジオストックでの首脳会談で首相が四島での共同経済活動について話す
とプーチン氏は、「非常に前向きな提案だ」と応じました。

安倍首相が、「日本には経済協力だけ先食いされるとの懸念は多い」とクギを刺すとプーチン氏は、「私を信じてほしい」と答え、12月15日に、
首相の地元・山口で会談すると合意しました。

首相はプーチン氏の返答に意を強くし、会談後、記者団に「手応えを強く感じとることができた。交渉を具体的に進めていく道筋が見えてきた」
と楽観的な見通しを強調しました。

帰国後の首相は交渉進展への自信を隠さなかった。9月27日の衆院本会議では、「交渉を具体的に進める道筋が見えてくるような手応えを強
く感じた」と発言しています。

政府内には、プーチン氏が「平和条約締結後の歯舞、色丹引き渡し」を明記した日ソ共同宣言(1956年)に言及したことから、少なくとも「2島
返還」が実現するとの楽観論が広がりました。

「結構いけそうだ」。首相は周囲に漏らし、その後、政府・与党では領土問題での楽観論が広がりました。12月の首脳会談で北方領土問題が
進み、衆院解散に踏み切る「領土解散」の観測さえ広がりました(注2)。

この時点では、 政府は四島の帰属の解決策として両国がともに主権を行使する共同統治案も検討していました。

ロシア側の北方領土の主権に対する立場は硬いが、施政権などで折り合えば、事実上の共同統治につながる可能性があると見ていたのです。

しかしこのころ、後で大きな問題となる事態が進行していいました。

谷内国家安保局長とプーチン氏の側近、パトルシェフ安全保障会議書記が進める安全保障の協議が難航していたのです。

ロシアは北方領土周辺での米軍の展開を警戒しており、日本は「地域への米軍の関与は、対中国の意味でロシアにも恩恵がある」と説いていまし
たが、ロシア側は全く受け付けませんでした。ここに、政府の、一つの誤算というか、国際関係に対する無神経さがあたったのです。

アメリカは日米安保条約に基づいて、日本領土のどこにでも、無期限に基地を設ける権利をもっているので、もし、4島でも2島でも日本に返還した
ら、アメリカは間違いなく、ロシアののど元にナイフを突きつけるような位置にあるこれれらの島に軍事基地を作るでしょう。

日本はこのアメリカのこの要請を拒否できません。ロシアがいだくこの懸念を日本は過小評価していました。

「期限を決めるのは不可能で、有害ですらある」。10月末、プーチン氏は国内の会合で日本をけん制しました。「日本の楽観論がロシア側の不信感
を高めてしまった」と外務省幹部は振り返っています。

11月に入ると、日本にとってさらに困難な状況が生まれたました。

11月8日の米大統領選では親ロ路線を採る示すトランプ氏が当選しました。クリミア・ウクライナ問題でアメリカを始めG7の制裁に頭を悩ましていた
ロシアでしたが、米ロ関係が改善するなら、日本に譲歩する必要性は少なくなります。これは日本にとって想定外でした。

「楽観的に言い過ぎたかな」。11月のペルーでの日ロ首脳会談直前、首相は周囲に漏らしましていました。

ペルーでの会談は再び共同経済活動を協議しましたが、ロシア側は4島の主権の扱いで一歩も譲らず強硬でした。

このペルーでの会談で、安倍首相の楽観的な見通しは雲散霧消してしまいます。ロシア側は予想以上に強硬な姿勢から、会談の後、首相は「そう
簡単な課題ではない。一歩一歩、山を越えていく必要がある」と以前よりずっと後退した言い回しに転じました。

トランプ勝利に加えて、さらに日本に不利な事態が起こりました。11月末、石油輸出国機構(OPEC)の減産合意で原油価格が持ち直すと、産油国
ロシアの立場はさらに強まったのです(注3)。

日本の楽観論の背景には、現在、ロシアは主要な収入源である石油・天然ガス価格が低迷しているため経済的に苦境にたっており、日本の経済援
助は、喉から手が出るほど欲しいはずだ、だから領土問題でも譲歩する可能性が高いという、根拠のない、希望的な想い込がありました。

ここにも、日本側の誤算というか、読みの甘さがありました。

しかし、以上の状況を考えれば、ロシアが原則を曲げて領土問題で譲歩するとは考えられません。

もし、経済活動を4島で行うとすれば、現状ではロシアの法体系の下で行うしかありませんが、これは、日本側としてはとうてい受け入れるわけには
ゆかないでしょう。

両首脳は山口県長門市と東京で夕食会を含めて約6時間会談し、16日午後、共同記者会見に臨みました。

首相は「北方四島の未来図を描き、その中から解決策を探し出す未来志向の発想が必要だ」と呼びかけましたが、プーチン氏は「1945年、ソ連は
サハリンだけでなく、南クリル(北方四島)も取り戻した」と述べ、北方四島はもともとロシア領だったとの認識を示しました(『毎日新聞』2016年12月
18日 朝刊)(注4)。

安倍首相は16日の会談後、「戦後71年を経て、なお日ロ間には平和条約がない。この異常な事態に私たちの手で終止符を打たなければならな
い」と語りました。

しかしプーチン氏は会談後の記者会見で、領土問題が「すぐに解決できるという素朴な考えは放棄しなければならない」と述べました。北方四島の
返還は、ますます遠のいたことを感じさせます。

日本は一方で、クリミア問題でロシアを非難し、他方で日本国内のどこでも基地を作ることができる安保条約をもっている状況で、北方領土の返還
を勝ち取る、という極めて難解な方程式を解かなければなりません。

プーチンは、ロシアに経済制裁を課しながら、平和条約の交渉などできるだろうか、と日本の二枚舌(ダブルスタンダード)を鋭く突いています。

さらに、プーチンが日本に放った強烈な矢は、「日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。我々は何を期待できるのか。最終的にどのような
結果にたどり着けるのか」、と日本に対して非常に失礼な発言をしています(注5)。

もちろん、暗に日本はアメリカの意向に逆らってまで、独自の行動ができるのか、と言っているわけですが、「もちろんできる」と反論できないのが、
日本の現状です。

日本が、名実共にアメリカから「独立」しない限り、北方4島の返還交渉さえ、なかなか大変な状況です。

(注1)『日本経済新聞 電子版』(2016年12月20日: 1:27)
     http://www.nikkei.com/article/DGXLZO10865710Q6A221C1PP8000/?n_cid=NMAIL002
(注2)『毎日新聞』電子版(2016年12月18日)
     http://mainichi.jp/articles/20161218/ddm/001/010/127000c?fm=mnm
(注3) (注1)と同じ。
(注4)http://mainichi.jp/articles/20161218/ddm/001/010/127000c?fm=mnm
(注5)『YOMIUR ONLINE』(2016年12月14日 03時46分)
    http://www.yomiuri.co.jp/politics/20161214-OYT1T50007.html

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アメリカ大統領選(7)―日本への影響と日本の対応―

2016-12-24 07:17:24 | 国際問題
アメリカ大統領選(7)―日本への影響と日本の対応―

トランプ氏の当選は、日本政府に大きな衝撃と脅威とを与えました。

衝撃とは、トランプの当選が想定外だったこと、それに関連して、トランプとの人脈がほとんどないことで、政府はパニック状態となりました。

脅威とは、トランプの、日本は安全保障の面で全面的に経費を負担するか、そうでなければ米運を引上げるとの発言、そしてTPP(環太平
洋戦略的経済連携協定)からの離脱発言です。

これらの発言が、果たして実際に政策として実現するかどうかは、現段階では分かりません。

というのも、政策の実現には議会の承認が必要であり、共和党が議会で多数を占めているとは言え、共和党の議員が全てトランプの政策
に賛成しているわけではないからです。

ただ、それでもトランプの選挙中の発言や、当選後の発言から、安全保障とTPPからの離脱派、現在すでに日本に多大な影響を与えつつ
あります。

まず、安全保障面からみてみましょう。

トランプは日本に、在日駐留米軍経費を全額負担せよ、と発言してきました。実際には、日本は75%を負担しています(残りは軍人の給与
です)。

日本の多くのメディアは、トランプは安全保障について無知だからこのような発言をしているのであって、実態を知れば、やがてこのような
発言をしなくなるだろう、との楽観論もあります。

しかし、私は、トランプにもアドバイザーがおり、こうした事実を知らないはずはない、と思っています。

トランプがどの程度、日本の駐留米軍について知っているかとは別に、日本への負担増加と米軍の撤退発言は、すでに日本に多大な影響
を与えています。

よく知られているように、彼は独特の“deal”(取引)でこれまでビジネスを行ってきました。

それは、相手に思い切り多大な要求をふっかけ、交渉の過程で、自分が欲する落としどころを手に入れる方法です。

ちなみに、英語の ”trump”という語 の名詞には、いわゆるトランプゲームでいう“切り札”“最後の手段”と言う意味があり、動詞には、“切り札
を出す”“奥の手を出す”“でっち上げる”“捏造する”という意味があります。なんとなく意味深な苗字であはあります。

今回の駐留軍の経費について言えば、たとえ全額100%を要求し、それば満額受け入れられなくても、たとえば日本側が80%でも85%でも、
従来より多額の負担をすれば、それは、まさに、トランプ流の“deal”は大成功です。

トランプ勝利が確実となった直後から、日本の政府とメディアは、日米同盟がどうなるのか警戒・不安・とまどいの論調が噴出しました。

『朝日新聞』(2016年11月10日朝刊)は、「日米同盟堅持へ:首相『絆』を強調、在日米軍の削減警戒」という見出しで、政府が最も警戒するの
は在日米軍の兵力削減の提案や駐留経費の日本側負担の増加要求だ、と指摘しています。

外務省幹部はトランプ政権の「対外政策がどうなるか分からないので不安だ」と、とまどいを隠せません。

『毎日新聞』(2016年11月11日朝刊)も、「社説」で、米国がアジア太平洋地域への関与を低下させれば冷戦構造の残る東アジアは「力の空白」
が生じ、不安定化は避けられないだろう、とトランプ氏の発言に不安を表明しています。

また、同「社説」で指摘しているように、国内では早くも在日米軍駐留経費の増額はやむを得ないという意見や、この事態を利用して日本の防衛
費の大幅増額論、「自主防衛論」、「核保有論」、それにともなう憲法9条改正論すら上がっています(『東京新聞』2016年11月12日「社説」)。

このような意見がでるこの時点で、トランプの出した切り札“trump” の効果は十分に発揮され、「取引き」”deal“は大成功です。

日本政府が最終的にどのような方向に動くかは分かりませんが、駐留経費支出の増額に応じる可能性はかなりあります。

さらに、米軍の削減に備えて日本は防衛力を増強する必要があるから、という理由で、防衛省の防衛費の増額要求も強まるでしょう。

具体的には、アメリカから戦闘機をはじめとする武器の購入を増やすことが考えられます武器の価格は一般の商品とは比較を絶して高額ですから、
もし日本が軍備増強に動けば、アメリカにとって、これほど好都合な取引(deal)はないでしょう(注1)。

次にTPPから離脱発言に対する日本の対応を見てみましょう。

トランプは、選挙運動中も当選した後も、アメリカの労働者の仕事を奪うTPPは有害で、大統領に就任したら第一に目に、離脱を宣言すると、公言し
ていました。

これは、安倍政権にとって、成長戦略の中心にTPPを据えており、発展する新興国の経済的機会を取り込む、といってきました。

こうなると、安倍政権の成長戦略は、事実上、頓挫することになってしまいます。そこで安倍首相は、日本が率先して批准しておいて、アメリカを説得
してゆく、と発言してきました。

事実、11月10日の衆議院で通過し、事実上、TPPと関連法案は承認されました。しかし、発効の見通しがたたないTPPが承認されても意味がない
ことは分かっているので、与党には無力感がただよっていたといいます。

ある自民党の中堅議員は「TPPはもう発行できない。日本側が承認を目指すのは見栄でしかない」と本音を漏らしています(『毎日新聞』2016年11月
11日朝刊)。これが本当のところでしょう。

それにしても、日本にとって限りない利益をもたらすとあれほど吹聴し、強行採決してまでTPP法案を通過させた安倍政権は、振り上げたこぶしの降
ろし所を失ってしまいました。

安倍政権にとって深刻なのは、TPPがなくなると、めぼしい成長戦略としては、先日国会で承認されたカジノと武器輸出しか残りません。しかし、いず
れも健全な経済の方向とはいえません。

TPPは、非常に多くの問題を含んでいて、私は参加すべきではないとの立場なので、これが消滅することには全面的に賛成です。しかしトランプが考
えているのは、TPPよりはるかに日本にとって厳しい政策になるのではないか、と危惧します。

オバマ政権が日本に圧力までかけてTPPへの参加と内容の譲歩を求めてきたのは、それがアメリカ経済にとって有利だと判断したからです。

TPPはオバマ政権にとって、数少ないレガシー(後世にのこる業績)となるはずでしたが、トランプはそのレガシーを潰そうとしています。

TPPが潰れたからといって、日本としては安心できません。トランプは、二国間での交渉で、さらにアメリカにとって有利な「取引き」をしようと考えてい
るからです。

これまでTPPへの参加を表明しているのは12カ国ですが、GDPで見ると、アメリカが67%、日本が24%で、この二カ国だけ91%を占め、日米を除く
10カ国を合わせても9%にしかなりません。

このGDPの割合からみても、アメリカが貿易で利益を得ようとすれば、日本以外の国はほとんど重要性を持ちません。

それならば、何もこれら10カ国と面倒な交渉をしてまでもTPPにこだわる必要はない、と考えても不思議ではありません。

それよりも、本当にアメリカにとって利益を得られる国とだけ二国間の貿易協定を結んだ方がずっと効果的です。

うがった見方をすれば、アメリカにとって日本以外の10カ国は、日米協定の本質を隠すダミーのような存在なのです。

しかし、二国間ならば、他の国のことに煩わされることなく、アメリカは日本から徹底的に利益を絞り取る厳しい貿易協定を押しつけてくることは間違い
ありません。

日本政府はこれまで、アメリカの要求を拒否したことはないので、おそらくトランプ政権は日本にとって、これまで以上に手強い相手となりそうです。



(注1) 例えば、2015年度の概算要求では最新鋭のステルス戦闘機F35Aの6機分として1249億円、一機当たり280億円です。

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アメリカ大統領選(6)―慌てふためく安倍首相と日本政府―

2016-12-17 07:14:10 | 国際問題
アメリカ大統領選(6)―慌てふためく安倍首相と日本政府―

「話が違うじゃないか!」。大統領選の開票終盤、安倍首相のいら立ちが頂点に達し、外務省に怒りをぶつけました。

というのも、今年9月の訪米に際して外務省はクリントン勝利を疑わず、クリントンとだけ会談をセッティングし、トランプを無視したからです(注1)。

トランプの勝利が確実となった11月9日、安倍首相はさっそく電話で、「トランプ候補が次期大統領に選出されたことに心からお祝い申し上げる」
と祝意を表しました。

その後、安倍首相は首相官邸で記者団に
    トランプ次期大統領は類い希なる能力によりビジネスで大きな成功を収め、米国経済に多大な貢献をされただけでなく、強いリーダーとし
    て米国を導こうとされている。
また、日米同盟については、
    普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟だ。その絆をさらに強固なものにしていきたい」・・・
    次期大統領と世界の様々な課題にともに協力して取り組んでいきたい。一緒に仕事することを楽しみにしている」と語っています
    (『毎日新聞』(2016年11月10日);『経済新聞』2016年11月10日。

安倍首相が「普遍的価値」という時、頭の中にはどんな価値が想定され、その価値によって本当にトランプと結ばれているのでしょうか?

同じようにトランプの勝利直後にお祝いのメッセージを送ったドイツのメルケル首相はもっと冷静に、むしろ、批判的に、トランプに対して電話で次
のように言いました。
    血統、肌の色、宗教、性別、性的嗜好、政治的立場に左右されず、民主主義、自由、人権と、人への尊厳への敬意という価値観の共
    有に基づき、トランプ次期大統領との緊密な協力を申し出たい。 

メルケル首相の意図は、もしオバマ大統領とは一致できていた価値観を今後も共有できなければ、アメリカに対してといえどもお付き合いお断り、
と言っているのです。

何と格調高い「お祝いの言葉」でしょうか!これが、世界で通用する「普遍的価値」というものです。

ミュンヘン在住のジャーナリスト、熊谷徹氏は、このメッセージを「トランプ氏への『毒矢』」と評しました(『東京新聞』2016年12月7日)。

この意味を安倍首相は分かるでしょうか?安倍首相は、「普遍的価値」ということに対する何の思想も哲学もなく、ただ、「普遍的価値」という言葉
をつまみ食いしただけです。

トランプは選挙運動を通じて、人種差別、イスラム教徒への敵意(宗教的差別)、女性蔑視、同性愛への差別など、メルケル首相の掲げる「普遍的
価値」をことごとく否定する発言をしてきました。

では、安倍首相は、トランプのどこに「普遍的価値」見出したのでしょうか?

安倍首相とメルケル首相との格の違いが、絶望的に大きく感じられます。

11月9日に当選を決めてから、トランプは少なくとも9カ国の首脳と協議したようです(いずれも会談した相手国の発表)。

その中の、テロ対策にとって重要な中東各国の首脳にたいしては好意的に対応したようです。

例えばエジプト大統領府によれば、トランプはエジプト大統領に「当選が決まった後、世界で最初に電話をしてくれた大統領だ」と謝意を述べたという。

さらにトルコ、サウジアラビア、イスラエル、メキシコ、カナダとも電話会談を行ったことが分かっていますが、イギリスやドイツと電話会談をしたかどうか
は分かりません(『朝日新聞』2016年11月11日 朝刊)。

一方日本ですが、政治経験のない異例の“素人大統領”とのパイプがほとんどないことに焦った安倍政権は、10日朝、電話会談を申し入れ、早くも
「直接会談」を取り付けることに成功しました。

でこうして、安倍首相は17日、トランプタワーで世界に先駆けてトランプ次期大統領と会談を持つことができました。

日本のメディアは、初めてのトランプ次期大統領との直接会談にこぎつけたのは、あたかも日本外交の成果のように持ち上げていますが、本当にそう
でしょうか?

メルケル首相が大慌てでトランプ詣でをしたとは考えられません。

トランプとの会談後、安倍首相は記者団に対し、「胸襟を開いて率直に話ができた」と述べました。次期大統領としてのトランプについては「信頼できる
指導者だと確信した」と話しました。

何をもって「信頼できる指導者だと確信したの」のか不明であり、しかも90分の会談(といっても通訳の時間を入れれば実質30分ほど)で「確信」など
持てるのでしょうか?

いずれにしても、具体的に何を話したのかという会談の中身については、まだ次期大統領であり、今回は非公式会談ということで「お話しすることは差し
控えたい」とするに止めました。

会談では日米関係全般について意見を交わし、首相側は大統領選でのトランプ氏の言動の真意を探るとともに、日米同盟の重要性も指摘したとみられ
ますが、確かなことは分かりません(注2)。

このため、実際に何を話し、何か成果があったかどうかは分かりません。政府側は、とにかく会ってパイプを作ることに意義があったという立場でしょう。

この安倍首相とトランプとの直接対話をどのように評価するかは、立場によって異なる。

私個人は、とにかく、予想に反した結果に慌てふためいて、取るものもとりあえず、トランプの元に飛んで行った、世界で最初の「トランプの太鼓持ち」、
という印象で、むしろ恥ずかしさを覚えました。

白井聡氏はもっと辛辣に安倍首相の行動を批判しています。
    「夢を語り合う会談をしたい」と言って。夢みたいなことを言うなよと思いましたね。
    安倍さんは選挙戦中クリントン氏には会った一方で、トランプ氏をスキップしてしまった。それを挽回(ばんかい)したかったのでしょう。
    飼い主を見誤った犬が、一生懸命に尻尾を振って駆けつけた。失礼ながら、そんなふうに見えました。恥ずかしい。惨めです。それを指摘
    しないメディアもおかしい。
(注3)(太字は大木)
futoji

まったく同感です。日本のメディアのほとんどは、安倍首相が世界に先駆けて会談を、むしろ誇るべき戦果のように褒めたたえていますが、これはジャー
ナリストの批判精神が欠落しているとしか言えません。

また、『Yahoo News』(11月18日)でフリージャーナリスト志葉玲氏は「安倍トランプ会談で世界にさらした恥―ドイツ・メルケル首相が見せた格の違い」
と題する寄稿で、
    安倍晋三首相は、次期米国大統領とされるドナルド・トランプ氏と、本日の朝(日本時間)に会談した。日本の政治史から観ても、首相がまだ
    就任もしていない次期大統領に会うことは異例だが、そもそも、移民やイスラム教徒の追放や温暖化対策の世界的な枠組みであるパリ協定
    からの脱退など、その発言が物議を醸しているトランプ氏に、先進国のリーダー達はやや距離を置いて様子を見ている。そんな中、真っ先に
    トランプ氏に会い、握手して「トランプ氏は信頼できるリーダーだ」とまで言った安倍首相は、いかがなものか(注4)。

志葉玲氏が言うように、今のところ先進国のリーダーたちは距離を置いて様子を見ています。実際、安倍・トランプ会談を積極的に評価している先進国の
リーダーはいません。

トランプとしては、日本の首相が真っ先に飛んできてくれたことが嬉しかったのでしょう。

しかし、彼は現実主義者です。安倍首相としては、次期大統領との間に信頼関係を築くことができた、とアピールしたその直後、TPPからの離脱を世界に
向けて宣言したのです。

TPPは安倍首相のアベノミクスの成長戦略の中心であり、これを批准するようトランプを説得することが、今回の訪米の大きな目的であったはずです。

これほど屈辱的な扱いを受けても、政府も日本のメディアも安倍首相の訪米を持ちあげていることは、ちょっと理解に苦しみます。

会談では日米関係全般について意見を交わし、首相側は大統領選でのトランプ氏の言動の真意を探るとともに、日米同盟の重要性も指摘したとみられま
すが、これも含めて次回は、トランプ新大統領が就任した場合、日本にどのような影響が及び、日本はどのように対応すべきかを考えてみたいと思います。

(注1)『スポニチ Sponichi Annex』(2016年11月11日)http://www.sponichi.co.jp/society/news/2016/11/11/kiji/K20161111013699590.html
(注2)(朝日新聞 デジタル:2016年11月18日)http://www.asahi.com/articles/ASJCL2RVXJCLUTFK005.html
(注3)2016年11月25日05時00分  朝日新聞 デジタル http://digital.asahi.com/articles/DA3S12674631.html?rm=150
(注4)http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20161118-00064583/
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アメリカ大統領選(5)―反グローバリズム・自国中心主義・ポピュリズムの波紋―

2016-12-10 09:55:50 | 国際問題
アメリカ大統領選(5)―反グローバリズム・自国中心主義・ポピュリズムの波紋―

前回は、トランプ勝利の要因やその歴史的意義を考えました。要約するとそれは、グローバリズムにより発生した貧困、失業、格差の拡大
などに対する、とりわけ白人の中低所得者層の反乱であったと言えます。

彼らは自分たちを「取り残され 忘れ去られた」人間だとの、恨みと怒りをふつふつとため込んでいたのです。

トランプは、欧米社会でも台頭しつつあった、ポピュリズム(大衆迎合主義)という政治手法により、排外主義的な反グローバリズム(自国
中心主義)を強調しました。

ブッシュ前政権は国際問題への過剰な武力介入しましたが、オバマ現大統領はその反面教師として、「米国は世界の警察官ではない」と
の方針を採ってきました。

この点はオバマとトランプと同じようですが中身は全く違います。オバマは、環境問題で「パリ協定」を積極的に推し進めるなど、国際社会
との協調路線はとるけれども、アメリカには軍事力によって自ら世界の紛争解決に乗り出す余力はない、との認識に立っていました。

これにたいしてトランプは、「世界のめんどうなことに首をつっこむのは一切やめよう」、と語り、安全保障だけでなく「パリ協定からの脱退」
「TPPからの離脱」も宣言しています。

ピューリサーチセンター(10月)による調査で「米国は自国の問題に専心すべきか」という質問に、「そうすべき」は54%で1995年の41%
から13ポイント増えていました。トランプ支持者だけをみると73%は「そうすべきだ」と答えています。

こうした調査結果をみると、国民の過半数は、「もう、他人のことよりも、自分たちの国の問題を第一に考えるべきだ」と思っている「内向き
志向」であることが分かります。

こうした空気を読んだうえでトランプは、「モンロー主義」と呼ばれたかつての孤立主義への祖先返りともいえる方向を示して支持を得ました。

恐らく多くのアメリカ国民は、中国、インドなど、新興国の台頭で、米国は経済的にも、かつてのような群を抜く存在ではなくなっており、偉大
なアメリカから遠ざかっていることを肌で感じているのでしょう(『東京新聞』 2016.11.11 「社説」)。

いずれにしても、トランプの勝利はグローバリズムと、「パックス・アメリカーナ(米国主導の平和)が終わりを告げ、世界は本当に指導的な国
が存在しない『Gゼロ』時代に入った」ことは確かです(『日本経済新聞』2016年11月11日。米政治学者イアン・ブレマー氏)。

グローバリズムの盟主だったアメリカが、反グローバリズムの先頭を切って走るのは、何とも皮肉な歴史の巡り合わせです。

ところで、今回の米大統領選でトランプはポピュリズムという、いわば「パンドラの箱」を開けてしまいました。

大衆迎合主義と訳される「ポピュリズム」とは、客観的な事実に基づく説明や説得よりは、情緒や感情に訴える政治手法のことで、国民の間
にある不満や怒りの感情を煽り立てて広い支持を得ることがあります。

トランプの選挙運動の手法は、一方で、中低所得の白人の怒りや不満の感情を煽り立て、他方で相手を徹底的に非難する、という典型的な
ポピュリズムでした。

こうして煽り立てられた怒りは身近な「敵」に向けられます。実際、アメリカでは大統領選投票日(11月8日)から14日までのわずか1週間で、
黒人や女性などを脅す事件が437件も起きました。背景には白人(男性)至上主義の高まりがありました。

「トランプの過激な言動が、封印されていた民衆の憎悪や差別意識を野に放ち、黒人や女性などへの嫌がらせを助長した」ものと考えられま
す。(『毎日新聞』2016年12月2日)

ポピュリズムの動きはヨーロッパでは、ここ数年、はっきりとした形で現れています。その発火点ともいえる出来事は、今年6月に行われた国
民投票で、イギリスがEU離脱を選択してしまったことです。

冷静に判断した結果ではなく、EUの束縛からの解放、移民受け入れ反対という離脱派の訴えに、多くの国民が感情的に反応して離脱を決め
てしまいました。

しかし、離脱が確定した後のインタビューで、もしもう一度投票するとしたら離脱反対に投票する、と言った人たちも多数いました。実際、イギ
リスはEUからの離脱を決定したものの、その後の展望はひらけていません。

イギリスの国民投票の結果も、ポピュリズムの典型的な事例です。EU諸国には、ポピュリズムの台頭に対する警戒感が広がりましたが、そこ
に、トランプ勝利のニュースが飛び込んで、世界に衝撃を与えました。これに対する代表的な反応を挙げてみます。

イギリス
 メイ首相:「米英両国は貿易や安全保障で強く密接な同盟国であり続ける」
 ファラージュ英独立党前党首(EU離脱派の旗手):「勇敢な闘いだった」
フランス
 オランド仏大統領:「不確実時代の幕開けだ」
 ルペン国民戦線党首(極右政党党首):「われわれの国にとって良いニュースだ」「過度な貿易自由化の阻止や米ロ関係の改善などが実現
  すれば、フランスにとっても利益になる」
ドイツ
 メルケル首相「(民主主義や人権といった):共通の基盤の下、緊密に協力していきたい」
 ペトリ「ドイツのための選択肢」党首(移民政策反対の代表):「確実な国境管理と良識をもって自国の問題に専念する政治が支持された」
  「今回の結果はドイツと欧州を勇気づける。トランプ氏は政策変更の手綱を手中に収めた」。
 『南ドイツ新聞』:「トランプ政権誕生により、ドイツや欧米が困難な時期を迎える、という意味で「やすらぎの時は終わった」。
オランダ
 ウィルダース自由党党首(EU離脱、イスラム移民反対):「歴史的勝利だ。革命だ」
ハンガリー
 オルバン首相(移民反対派):「素晴らしい知らせだ。民主主義はまだ生きている」
(以上 (『東京新聞』2016年11月12日より)。

以上のコメントについて少し補足しておきます。

イギリスのBBCは「首都ワシントンのエリートたちに怒り、グローバル化に取り残されていると感じている労働者層に火をつけた」と評し、ガーデ
ィアン紙は「米国はもっとも危険な指導者を選んだ」との記事を掲載しています(『日本経済新聞』2016年11月10日)。

オバマ政権との連携を維持してきたドイツのメルケル首相は、トランプ大統領には警戒感を抱いています)。

というのも、来年の総選挙に出馬することになっている右派の新興政党のペトリ党首は、中東からの移民・難民に寛容なメルケル首相への批判
を取り込むことで勢力を急速に伸ばしているからです。

ヨーロッパの将来を占う、選挙が12月4日、イタリアとオーストリアで行われました。まず、イタリアから見てゆきましょう。

イタリアでは、レンツィ首相が提案した憲法改正案(上院の権限を制限して事実上、下院の支配を強める憲法改正)は、国民投票の結果、賛成は
40.89%、反対59.11%(投票率は65.47%)で否決されました。

この国民投票の趣旨は、国会での意思決定をもっと迅速にするための憲法改正案でしたが、首相が、もし否決されたら首相を辞任する、と述べた
ため、首相の信任投票となってしましました。そして、レンツイ首相は辞任することを発表しました。

イタリアではEUに懐疑的で、それを推し進めてきたレンツィ首相に批判的な勢力が台頭しつつありました。その代表が、コメディアンのジュゼッペ・
グリロ氏が立ち上げた「五つ星運動」で、既に、同党出身者が、トリノとローマの市長を務めています。

その他、マテオ・サルヴィ二氏が率いる「反ユーロ」や移民排斥を掲げる右翼政党「北部同盟」も勢いを増していました(注1)。

イタリアの国民投票の場合も、事柄の客観的な是非よりも、既存の政権とエスタブリッシュメントを否定する、という感情に訴えるポピュリズム的な
手法が用いられました。

次に、同じく12月4日に投票が行われたオーストリアの大統領選を見てみましょう。

オーストリアでは、左派「緑の党」出身のアレクダンダー・ファン・デア・ベレン氏と、元ナチス党員が1958年に結成した極右「自由党」党首、ノベルト・
ホーファ氏との一騎打ちとなりました。

「自由党」の支持者は低所得の男性が中心で、支持率上昇の理由の一つは、経済のグローバル化でした。

オーストリアはヨーロッパでも裕福な国で人件費が高く、企業が低賃金の途上国に移転するようになったため、失業率が悪化していました。

もう一つの理由は、難民・移民、とりわけイスラム系の移民に対する不安です。

「自由党」は、アメリカのトランプ勝利に勢いづいて、国民の不安を煽り、政敵のベレン氏を攻撃し続けました。

しかし「自由党」は、難民・移民阻止の他、これといった独自の政策をもたなかったこと、オーストリアの国際評価が急落することを恐れ、最終局面で
リベラル系に傾いていったようです(『毎日新聞』2016年12月2日)。

投票結果は、ベレン氏51・7%で、極右「自由党」のホーファー氏の48・3%をわずかに上回り、何とかベレン氏の勝利に終わりました。

ヨーロッパに極右大統領が誕生しなかったことで、周辺国に安堵が広がりました。「大衆迎合主義(ポピュリズム)に理性が勝った」とドイツのガブリエ
ル副首相はコメントしました。

ただ、極右候補は負けたとはいえ48%の票を集めたことは、極右の台頭をはっきり示しており、政党別の支持率でも第1党の勢いです。大統領選で
の雪辱を次回の議会選で狙っており、同国のポピュリズムが抑え込まれたわけではありません(注2)。

こうした状況は、移民・難民を抱えるヨーロッパ諸国には、自国第一主義(孤立主義)、移民排斥、自由貿易からの離脱、極右勢力(国家主義)の台頭
という潮流があることを指示しています。

アメリカでは、白人至上主義の秘密結社「クー・クラックス・クラン」(KKK)がトランプの勝利を祝ってバレードを企画するなど、不気味な動きがあります
(『東京新聞』2016年11月15日)。

またヨーロッパでは、上に挙げたイタリア、オーストリア、ドイツと同様、フランス、スウェーデン、デンマーク、オランダ、イギリスでも極右政党が伸びて
います。

しかも、これらの現象には、ポピュリズムと右傾化(排外主義的ナショナリズム)が結びつく、という共通性があります。

これらの背景には、1970年代初めまで、政治的・経済的・社会的に白人の絶対的優位が確立していたのに、それ以後、アラブ諸国、中国、日本など、
アジア諸国が台頭し、白人の絶対的優位が崩れてきたことに対する、危機感、焦燥感があったのではないか、と思われます。

トランプ勝利によって浮き彫りにされたのは、欧米の白人社会が、かつての「古き良き時代」への強烈な郷愁があるようです(『朝日新聞』2016年11月
10日)。

ポピュリズムという「パンドラの箱」を空けてしまったトランプ勝利の余波は、これからも欧米だけでなく、日本を含む世界の政治に大きな影響を与える
ことは間違いありません。

次回は、トランプ当選と日本の対応について考えてみたいと思います。

(注1)『日経ビジネス ONLINE』(2016年12月6日、蛯谷 敏氏の署名記事) http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/120500505/?i_cid=nbpnbo_tp&rt=nocnt.
(注2)『日経デジタル』(2016/12/5 2:43)http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H2Z_U6A201C1000000/?n_cid=NMAIL001
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アメリカ大統領選(4)―トランプ勝利は歴史の転換点か?―

2016-12-03 06:11:44 | 国際問題
アメリカ大統領選(4)―トランプ勝利は歴史の転換点か?―

トランプ氏の主張について、これまでのメディアの論調は、次の2点に要約できます。

①経済的には、グローバリズム(自由貿易システム)➡安い製品の流入➡国内製造業の衰退と移民の流入→白人の雇用が減少➡
アメリカの利益第一主義➡自由貿易の制限➡保護主義(TPPからの離脱)へ、という流れとして理解できる。

②外交、安全保障に関して、アメリカは世界の警察官ではない、自分の安全は自分で守る。

つまり、経済面の「反グローバリズム」と「保護主義」、外交・安全保障面では、自国の利益にならない国際問題には首を突っ込まない
という意味での「孤立主義」と要約できます。この意味で、トランプは「モンロー主義への回帰」という人もいます。

今回のトランプ勝利に関して二人の学者が興味深いコメントをしています(注1)。

一人は、イマニュエル・ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)で、「近代世界システム論」で有名なアメリカの社会学者です。彼は
『朝日新聞』のインタビューに答えて、トランプ大統領の登場の意味を、長期の歴史的文脈で語っています。

彼は開口一番、「この選挙の影響については一言で表現できます。米国内には大きなインパクトがありますが、世界にはほとんどない
でしょう」と、と大胆な結論を述べます。

米国内から世界に目を向けると、トランプ大統領の誕生がそれほど大きな意味を持たないとの見解は、次の理由からです。
    米国のヘゲモニー(覇権)の衰退自体は50年前から進んできた現象ですから、決して新しい出来事ではない。米国が思いの
    ままに世界を動かせたのは1945年からせいぜい1970年くらいまでの間にすぎず、そのころのような力を簡単に取り戻すことは
    できません。今の米国は巨大な力を持ってはいても、胸をたたいて騒ぐことしかできないゴリラのような存在なのです。
    ・・・・(中略)・・・『米国を偉大にする』ほどの力があるわけではない。

世界には多くの失業者がおり、経済的に苦しんでいるという事情がある。しかし、
    米国はもはや世界の製造業の中心ではなく、何もない中から雇用は作り出せないし、・・・今は高揚感がひろがっていますが、
    トランプ氏の支持者も1年後には、「雇用の約束はどうなったか」と思うのではないでしょうか。

つい最近まで、私たちはソ連崩壊後の世界は「アメリカの一極支配」であり、「アメリカは世界の警察」という、アメリカの絶対的覇権
を信じてきました。   

しかし、ウォーラーステインは、そのような状態は1945年の第二次世界大戦終結から1970年ころまでの、せいぜい25年と少しの間
にすぎないと言います。

そして、アメリカの衰退は、そもそも世界の「資本主義システム」「近代世界システム」の構造的危機という大きな歴史的転換過程の
中で起こっていることであり、アメリカはその混乱を止める手段をほとんど持ち合わせていない。

以上が彼の議論ですが、インタビューでは説明を大幅に省いていますので、少し補足しておきます。

1970年代に入ると、アメリカはスタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上がるインフレが進行している状態)に見舞われ、
71年~72年には、ついに金本位制から完全に離脱しました。

アメリカは戦後の1950年代初めの朝鮮戦争、50年代末から70年代半ばまで続くベトナム戦争、イラク、中南米での紛争や謀略、
ベトナム以外の東南アジア諸国での戦争など、戦争や紛争の連続でした。

これらの戦費を賄うためにアメリカは膨大な財政赤字を抱え、途方もない金額のドルを刷り、それを世界中にばらまきました。

これ以後、ドルは基軸通貨としての地位は保ちますが、その価値は下がり続け、ついに金(地金)に裏打ちされた貨幣ではなく、
信用貨幣(信用だけを前提とした貨幣)になってしまいました。

1970年代に起こった数度の「石油危機」(オイルショック)は、それまで安いエネルギーに依存していた資本主義国に大きなダメージ
を与えました。

加えて、アメリカは製造業の分野で他国(たとえば日本)との競争に敗れ、マネーゲームと金融による利潤追求へとひた走りました。
アメリカ経済は金融資本主義への依存を急速に強めていったのです。

大企業や、ウォール街の金融取引で巨額の利益を得ている金融業者はごく一部の富裕な人たちだけで、その一方で、多くの労働
者が失業や賃金の低下という苦しい生活を強いられています。

しかし、その金融資本主義も2008年のリーマンショックで破綻してしまいました。

トランプは、これら全ての悪の根源は、ヒト、モノ、カネの移動が自由なグローバリズムだ、だからTPP(環太平洋経済連携協定)や
NAFTA(北米自由貿易協定)から離脱すべきだ、という保護主義への回帰を訴えました。

経済の国際化と自由化は、一定期間、先進資本主義国に利益をもたらしますが、やがてそれは、国内的にも国際的にも、極端な
経済格差を生み出してきました。

ウォーラーステインの主張を要約すると、トランプ勝利の背景には、世界の資本主義システム自体が長期間続いている構造的危機
を迎えていること、それを克服できなくなりつつあることを示している、ということになります。

ついでに言えば、アメリカだけでなく、フランス、ドイツ、オランダ、イタリアなどで起こっている、民族的排外主義、極右政党の伸張な
どは、その政治的表現です。

さて、次に、もう一人、ドイツの経済学者、ウォルフガング・シュトレーク氏の見解を見てみましょう。(注2)

シュトレークも、ウォ-ラーステインとほぼ同じ点を指摘していますが、『朝日新聞』とのインタビューで、もう少し具体的に資本主義
システムの危機を説明しています。
    私たちが目にしてきた形のグローバル化が、終わりを迎えようとしているのかもしれません。自由貿易協定も、開かれすぎた
    国境も、過去のものとなるでしょう。
    米大統領選はグローバル化の敗者による反乱でした。国を開くことが、特定のエリートだけでなく全体の利益になるというイデ
    オロギーへの反乱です。
    技術の進歩やグローバル化の恩恵にあずかれず、「置き去りにされた」という不満が、米国だけでなく世界で渦巻いています。
    しかも、格差の広がりは、自由市場の拡大がもたらした当然の結果です。国際競争で生き残る、という旗印のもと、それぞれの
    国家は市場に従属するようになりました。政府が労働者や産業を守ることが難しくなったのです。

増大する格差を、国家が何とか減らすことができればよいのですが、「国家までが国際競争にさらされた結果、福祉国家であることが
とても高くつくように」なったのです。

グローバル化した資本は動きやすくなる一方、働き手は簡単には移動できない。このため資本の支配力・影響力がどんどん優位にな
り、国家はもはや労働者を保護することができなくなってしまいました。

ストレークもまた、資本主義システムの変質、転換期を1970年代の「石油危機」と、それに続く世界的な景気の後退(成長なきインフレ)
であると、見なしています。
    低成長を放置すれば、分配をめぐる衝突に発展しかねません。それを回避し、人々を黙らせておくために、様々なマネーの魔法
    によって『時間かせぎ』をしてきた、というのが私の見方です。
    まずはインフレで見かけの所得を増やしました。それが80年ごろに行き詰まると、政府債務を膨らませてしのいだ。財政再建が
    求められた90年代以降は、家計に借金を負わせました。その末路が2008年の金融危機です。今は中央銀行によるマネーの
    供給に頼りきりです。いずれも、先駆けたのは米国でした。『時間かせぎ』の間に、危機は深刻さを増しています。

つまり、1970年代に資本主義の構造的問題が発生し、それを解決するために、財政赤字を膨らませ、やがて金融危機をむかえてしま
った、というのがストレークの主張です。

ウォーラーステインの見解もシュトレークの見解も説得力はありますが、寺島実郎氏は、アメリカに焦点をあてて、やはり、近代資本主
義の行き詰まりを指摘しています。

つまり、寺島氏は、資本主義は格差と貧困を生み出したが、それを解決する手段をもたないまま、金融だけが肥大化してしまった、と
指摘しています。
    産業を活性化し新たな雇用を生み出すはずの金融は自己増殖し、リーマンショクを引き起こしたサブ・プライムローンのように
    投資家や金融機関が自分で利ざやを稼ぐための金融に傾斜してきた。金融資産をもち恩恵を受ける人と、置き去りにされる人
    とのギャップがひろがり、米国では上位1%の帆の所得が富の21%を保有する構図になった(『東京新聞』2016年11月18日;
    『毎日新聞』2016年11月11日)。      

上記のような現象は他の資本主義国でも同様で、とりわけ日本も金融国家への誘惑に駆られて、「異次元の金融緩和」を実施してきて
いますが、アメリカと同様の危険が待ち構えています。

トランプは11月30日、新政権の財務長官に米ゴールドマン・サックス出身のスティーブン・ムニューチン氏(53才)、商務長官に投資家の
ウィルバー・ロス氏(79才)を起用する人事を正式発表しました。

トランプは、選挙運動中に、「ウォール街」のエリートたちをさんざん批判してきましたが、新政権の主要閣僚ポストには、まさに「ウォール
街のエリート住民」を据えたのです。

トランプの経済再建は、本当に労働者の雇用を増やし、中低所得者の生活を向上させることができるのでしょうか?来年からの具体的な
政策とその効果を見守る必要があります。

(注1)Immanuel Wallerstein, 1930年生まれ。ニューヨーク州立大学名誉教授。「世界システム論」で知られる。(以下は『朝日新聞』2016年11月11日)。
(注2)Wolfgang Streeck, 1946年生まれ。独マックス・プランク社会研究所名誉所長。邦訳された『時間かせぎの資本主義』(みすず書房)が話題に。
    2016年11月22日05時00分 『朝日新聞』デジタル版 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12669687.html?rm=150


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家の近くの公園:イチョウの落ち葉
                 

               埼玉県 長瀞の紅葉
                 

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アメリカ大統領選挙(3)―アメリカ社会の亀裂と地殻変動―

2016-11-26 06:06:41 | 国際問題
アメリカ大統領選挙(3)―アメリカ社会の亀裂と地殻変動―

ヒラリー・クリントンは敗北を認めた直後の演説で、「私たちが思ったよりも深く国が分断されていた」と語りました(『毎日新聞』2016年11月10日 夕刊)。

この短い言葉の中に、現代のアメリカ社会が抱える深刻な分断や亀裂と、それをもたらした地殻変動ともいうべき深刻な変化が起こっていることが凝縮
して示されています。

クリントンは、敗北の真の原因を、広範で深い分断の存在を過小評価していたことを告白したのです。

逆にトランプは、アメリカ社会のあちこちに走っている「分断」、「断絶」「溝」を意図的に鮮明にあぶり出し、選挙運動に利用してゆきました。

この意味で、トランプの勝利は、単に選挙戦略・戦術においてうまく勝ち取った“表層なだれ”的勝利と言うより、もっと根源的な“底なだれ”のような勝利
であった、と言えます。

では、その「分断」「亀裂」はどこに、どのようにして発生してしまったのでしょうか?

今回の選挙を象徴する「分断」は、相互に関連したいくつかの対立構造として長年にわたり社会の深部に抑え込まれていましたが、その不満や怨念が
大統領選挙で噴出したのです。

「分断」「亀裂」はさまざまな言葉で表現されます。たとえば、「白人対非白人」、「エリート(エスタブリッシュメント)対庶民」、「富裕層対中間・貧困層」、
「マジョリティー対マイノリティー(イスラム教徒・女性・同性愛者など)」、「都市と田舎」などです。

まず、アメリカ社会全体について言えることは、富裕層と、中間・貧困層との間の格差が後者の人々にとって我慢できないほど拡大したことです。ここで、
政治家、官僚、財界のエリートと富裕層とはほぼ一致し、庶民は中間・貧困層とほぼ一致します。

こうした全体的分断構造の中で、入れ子状態で「白人対非白人」という亀裂が進行していったのです。

しかも、この対立構造はさらにいくつかの分断を内包しています。

まず、「白人と非白人」という枠組みでは、白人は非白人に対して優位で支配的な立場におり、非白人は経済的・社会的に不利な立場に置かれていて、
その差別に不満をもっていました。

しかし、同じ白人でも労働者と、ごく一部の富裕層との間には深い亀裂がありました。かつて労働者は、自分たち「99%の貧困層と1%の富裕層」、とい
う言葉を掲げて、ウォール街の財界エリート層に抗議のデモを行ったこともあります。

今回の大統領選で起こった大番狂わせは、生活が良くならない「白人労働者の反乱」、中間層から貧困層に転落した、あるいは転落しそうな「白人中間
層の反乱」(『毎日新聞』2016年11月10日 朝刊)をもたらした、という側面があります。

クリントンは、ウォ-ル街の企業から選挙資金を得ていたため、彼女は富裕層、エスタブリッシュメントのシンボルでもありました。

他方で、こうした白人中間層は、移民のために職を奪われ賃金を安く抑えられてしまっている、という移民に対する敵愾心を抱いていました。ここにも、
大きな亀裂が存在しました。

これまでの民主党政権は、民主主義、人種、価値の多様性を認める「ポリティカル・コレクトネス」を謳ってきましたが、白人中間層や貧困層が抱く、こうし
た不満にあまり注意を払ってきませんでした。つまり彼らは「忘れられた人々」だったのです。

トランプは、白人労働者の失業や貧困化をもたらしたのは、グローバル化によって、安い製品がアメリカに流入したこと、アメリカの企業が海外に出て行っ
てしまったことが原因だ、と訴え続けました。

白人労働は、国内では移民によって、国際的にはグローバル化の中で、置き去りにされてしまったと感じていました。

トランプは、「この国で忘れられた人々が、もはや忘れられることはない」と強調し、これらの白人層の支持を確実につかんでいきました(『朝日新聞』2016
年11月10日 朝刊)。

映画監督のマイケル・ムーア氏はトランプの勝利を予測していました。彼は選挙前、「メキシコで製造してアメリカに入ってくる自動車に35%の関税をかけ
る」、というトランプの発言が、鉄鋼業や製鉄業が廃れた「ラストベルト」の有権者に「甘美な音楽のように響いた」と指摘しています(『東京新聞』2016年11
月15日)。

こうした事情は、同じ白人でありながら、中間層や下層の白人労働者が、どれほど強い不満や怒りをワシントンの政府や財界にどれほど強く抱えていたか
を示しています。

トランプが当初からTPPに反対していたのは、これらの人々の鬱屈した気持ちを分かっていたからだった。

白人中間層や貧困層と非白人との間には、さらに別の亀裂がありました。

白人中間層は、移民が職を奪っているとの不満の他に、非白人の人口比率は高まっているのに、白人の人口比率はずっと低下し続けていることに対して
恐怖にも似た危機感をもっていました。

実際、白人の人口比率は年々低下しており、アメリカ統計局の推計では、2010年の63.7%から2015年には61.6%へ、2.1ポイントも低下してしまい、今世紀半
ばまでに半数を切る見通しです。

こうなると、白人を支持基盤とする共和党にとって、選挙での勝ち目は薄くなる一方です(日本経済新聞』2016年11月10日 朝刊)。

トランプ氏の勝利を、「白人」とバックラッシュ(揺り戻し)を混ぜた造語の「ホワイトラッシュ」と表現するメディアもありました。

つまり、国内で経済的、社会的、文化的に影響力をうしないつつあると危機感を失いつつある危機感を抱く白人有権者による「揺り戻し」という見方です
(『毎日新聞』2016年11月11日 朝刊)。

人口比率の低下に対する危機感の問題は直接的には言葉としては出てきませんでしたが、トランプの「(メキシコ移民)は麻薬や犯罪を持ち込む。彼らは
強姦魔だ」、という感情的な表現や、「イスラム教徒のアメリカ入国を禁止すべきだ」といった敵意むき出しの言動は、結局のところ、白人の優位が脅かさ
れていることに対する危機感を代弁したの表れでもあったのです。

ところで、トランプがイスラム教徒にたいする敵意を口にすることには、いくつかの背景があったと思われます。

一つは、何といっても、「9・11事件」の記憶を呼び起こし、多くの共感を得るためでした。二つは、ヨーロッパでも生じている、イスラム系移民排斥の動きと
連動して、思うように生活が向上しない怒りの矛先として、イスラム教徒をターゲットにしたことです。

三つは、宗教的な溝として、キリスト教対イスラム教という、古くて新しい対立の構図を鮮明に浮かび上がらせたことです。

前回の記事「アメリカ大統領選(2)」でも書いたように、今回の選挙でトランプ=共和党が強かったのは、かつて鉄鋼業や製造業、とりわけ自動車産業で
栄えた「ラストベルト」と並んで「バイブルベルト」でした。

アメリカの中央から南部にかけて広がる「バイブルベルト」は、敬虔で保守的なキリスト教徒が多い共和党の牙城で、トランプもこの地域を集中的に遊説し
ています。

興味深いことに、民主党の地盤は東西の沿岸地域であり、共和党の地盤は大陸の真ん中で、これは選挙結果(図1)にも現れています(注1)。
                               図1 民主党・共和党の選挙結果                 
                                

今年の3月、選挙活動を取材した日本人記者は、「ラストベルト」に属するオハイオ州のある労働者とのインビューで次のような言葉を聞かされました。
    大型ハンマーも削岩機も知らない、ショベルの裏と表の区別もつかない政治家に俺らの何がわかる? 年金の受給年齢を引き上げようとする
    政治家は許さない。ヤツらは長生きするだろうが、俺の体は重労働でボロボロだ。
    15歳から製鉄所の食堂で働き、高卒後は最もきつい溶鉱炉に入った。トランプが、社会保障を守ると言ったことがうれしかった。
    溶鉱炉の同僚の半分は早死にした。政治家なんて選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなり。信用できない。

また、7月に同じくオハイオ州を訪れた記者は、労働者(失業中?)とのインタビューの最中に、ニューヨークの反トランプのデモをテレビで見ながら次のような言葉を聞きました。
    東海岸は政治家、大企業、銀行、マスコミで、西海岸はハリウッド俳優やシリコンバレー。どっちもリベラルの民主党支持者で、
    物価の高い街で夜ごとパーティーで遊んでいる。テレビが伝えるのは、エスタブリッシュメント(既得権層)のことばかりだ。
    大陸の真ん中が真の米国だ。鉄を作り、食糧を育て、石炭や天然ガスを掘る。両手を汚し、汗を流して働くのは俺たち労働者。今回
    は真ん中の勝利だ
と言って、それを地図で表わしました(図2)
                        図2 大陸の真ん中が真のアメリカ
                        


今回の選挙には、「都市と田舎」とのあまりにも大きな亀裂をもあぶり出しました。

トランプは、アメリカ社会の分断という傷口を巧みに利用して勝利を獲得しました。しかし、こうしてあぶり出された分断を縫い合わせアメリカ社会をまとめ上げることを、非常に
困難にしてしまったことも事実です。

次回は、今回の大統領選挙の結果を、もう少し時間的に長いアメリカの歴史と、世界史的な文脈の中でどのように位置づけられるのかを検討したいと思います。

(注1)以下の図1、図2、そしてインタビュー記事は、『朝日新聞」デジタル版 (2016年11月13日01時31分)より引用(2016年11月15日閲覧)
    http://digital.asahi.com/articles/ASJCD23KGJCDUHBI006.html?rm=998


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アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

2016-11-19 07:25:36 | 国際問題
アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

どちらも嫌い、と言われた嫌われ者同士のトランプとクリントンの大統領選は、トランプの勝利に終わりました。ただし、これはアメリカの特殊な
選挙制度のためであり、得票数ではクリントンの方が20万票ほど多かった事実は確認しておく必要があります。

というのも、今回の大統領選挙は、はからずも国内に深い亀裂が存在する実態をさらけ出したからです。

トランプの勝因とクリントンの敗因についての分析は、現在までほぼ出尽くした感があります。

たとえば、今回の大統領選の大番狂わせは、「忘れ去られた白人労働者の不満に基づく反乱」とも言われています。

これは一つの重要な要因ではありますが、勝因にせよ敗因にせよ、それぞれには選挙戦略・戦術の面と、もっと本質的なアメリカ社会に起きて
いた変化の両面があります。

まず、今回は両候補の勝因と敗因のうち、選挙戦略・戦術の面から見てみましょう。

「暴言王」の異名をもつトランプは、数々の暴言を吐いてきました。「有名人には女性は何でもやらせる。思いのままだ」「イスラム教徒の米国入
国を完全に禁止すべきだ」「国境に巨大な壁を作る。メキシコが費用を払う。100%だ。不法滞在者を強制送還する」などなど、枚挙にいとまが
ありません。

女性蔑視、人種差別、ヒスパニック系の流入に対する、極端な阻止姿勢など、一見すると、有権者の反感を買いかねない言葉を次々と口にし
ました。

これらの暴言によって、トランプから離れた有権者、特に女性とヒスパニック、有色人種、同性愛者などのマイノリティーはいたはずです。

しかし、私は、これらの暴言は計算された、トランプのメディア戦略だったと思います。

恐らく彼は、2年前の党大会での失敗から学んだのでしょう。その年の共和党大会で彼は前座を務め、時折、漫談のような語り口で会場から笑
いをとってはいましたが、熱気に乏しかったようです。

今やトランプ主義の代名詞となった「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(米国を再び偉大に)」という言葉に拍手も起きなかった。誰も気に
留めていませんでした。

ところが、昨年6月の立候補表明で「メキシコ人は麻薬や犯罪を持ち込む」と言い放つと、暴言の数々とそれへの反発をメディアが連日報じたの
です。人と違ったことをしたり、相手とやり合ったりするとメディアは喜び、金がかからず、効果も大きい--と、トランプ氏は計算済みでした。

わずか3%だった支持率は上がり続け、翌7月には党内首位に立ちました。

米国には、増加する移民や非白人に対する白人の焦り、経済のグローバル化の波にのまれた労働者の不満、与野党対立で動かない政治への
いら立ち、人種や宗教などで差別を助長しない表現「ポリティカル・コレクトネス」を重視する社会への反発、などが漂っています。

トランプ氏がツイッターで火を付けると、支持者らの差別的感情むき出しの投稿がツイッターにあふれました。トランプはこれを巧みに利用します。

昨年12月のトランプ氏による「イスラム教徒の入国禁止」発言をしました。信教の自由に関わるだけに国内外から非難が殺到しました。

しかし直後にネバダ州で開かれた集会で、支持者はことごとく「トランプ氏は正直だ」「我々が思っていることを言ってくれる」とまくし立てました。

この集会を取材した日本人記者は、「人々の心の奥底にある差別意識や敵意が、トランプによって表出する怖さを感じた」と述べています。集会で
は当初は支持者が「壁を築け!」と大合唱して一体になっていただけですが、本選が近づくと「クリントン氏を投獄しろ!」に変わっていったのです
(『毎日新聞』2016年11月16日 朝刊)。

暴言は「正直の証」になったのです。ポピュリズムの怖さを感じます。

トランプは、ツイッターを多用します。現在、彼のフォロワーは1500万人ほどです。ツイッターの場合、通常でも言葉はどんどん過激になってゆく
傾向にありますが、トランプ支持者の間では、長年の不満と怒りの爆発という要素があるため、一層、過激になったのでしょう。これは、クリントン
には無かったメディアの使い方です。

今回の大統領選では、2年前には見向きもされなかった、「アメリカを再び偉大に」というメッセージは、強いインパクトと共感を呼びました。

それでは、暴言も含めて、彼の選挙戦略は、どのような投票結果を生んだのでしょうか? それを検証してみたいと思います。
                  
CNNは投票日に出口調査を行いました。出口調査ですから、その結果は、調査側の期待や推測ではありません。ただし、出口調査であっ
ても、トランプに投票したのに、クリントンと答えた人かなり多かったと思われます。(日本経済新聞 11月10日 朝刊)。

なお、女性は全体ではさすがにクリントンに投票した人数の割合(54%)の方が多いが、白人女性だけを見ると、逆に、
トランプへの投票がクリントンへの投票(43%)より10ポイント多く(53%)なっています。

これを見ると、白人女性は、女性差別的暴言にもかかわらず、トランプ支持を変えなかったことがわかります。

白人男性だけをみると、トランプへの投票は63%と、クリントン(31%)の倍でした。つまり、トランプの女性差別発言に対して白人男性の場合、
ほとんど問題にしていないことを示しています。

暴言のたびにメディアがトランプを取り上げたため、それが、とりわけ白人の男性にはかえって格好の選挙宣伝になった可能性すらあります。

トランプの選挙資金はクリントンの半分ほどでしたが、こうしたメディアの対応がトランプの選挙運動を結果的に助けた面もあります。

パーセントだけをみると、人種差別発言の影響がもっとも顕著に表れたのは、白人全体と非白人の投票です。

白人の58%がトランプに、クリントンへの投票は37%でした。ところが、非白人の投票を見るとトランプへは21%、クリントンへは74%にも達し
ていました。

学歴でみると、大卒以上のトランプ支持は43、クリントン支持は52%で、高学歴になるとクリントン支持者が優位となります。

他方、高卒以下の白人は出口調査の34%を占め、このうちトランプに投票したのは67%と圧倒していました。トランプ自身は超富裕層なのに
労働者層の支持を得たのは、ビジネス手腕で経済を立て直すとの主張が浸透したためでした(『日本経済新聞』2016年11月10日)。

党派別では民主党員の89%が民主党に、共和党員の90%が共和党に投票しており、ここでほとんど差は着きませんでしたが、無所属の有権
者のうち、トランプへの投票が48%であったのに対して、クリントンへの投票は42%にとどまりました。

恐らく、当初、サンダースに期待をかけた若い人たちの中には、クリントンのエリート的発想を毛嫌いし、棄権やトランプへ投票した可能性さえ
あります。

多くの激戦区は、両者の得票数は非常に接近していたことを考えると、この無所属の人たちの投票率が6ポイントもトランプ優位であったことは、
最終結果(選挙人獲得数)に大きな影響を与えたと思われます。

ところで、アメリカ北部、五大湖周辺は製鉄・鉄鋼業を中心とした、いわゆる「ラストベルト」(「錆びた鉄地帯」)と呼ばれ、製造業地域で、伝統的に
労働組合が強く、民主党の地盤だった。

トランプは、この地域を集中的に狙い、「敵陣」の切り崩しに力を注ぎました。経済の衰退で失業者が増え、不満と不安がうっ積していました。民主
党はこれまで、こうした労働者にあまり目を向けてきませんでした。

既成政治への批判と自由貿易反対を掲げ、「変化」を訴えるトランプ氏が「私があなた方の声になる」と集中的に語りかけのです。

こうして、ラストベルトで最大の選挙人20人を割り当てられたペンシルベニア州はクリントン氏やや優位と予想されたが、形勢を逆転。勝率80%
以上でクリントン氏盤石のはずだったウィスコンシン州までトランプは手中にしました(注1)。

トランプの「ラストベルト」への訪問回数は、クリントンの倍でした。これは、トランプ陣営の緻密な戦略に基づく戦略的勝利と言えるでしょう。

「ラストベトの攻防」については多くのメディアが指摘していますが、もう一つ、今回の選挙で明らかになったことがあります。

図1にみられるように、サンベルトと並んで、アメリカ南部と中西部にまたがる「バイブル(聖書)ベルト」と呼ばれる、敬虔で保守的なキリスト教徒が
多く住む州が、ほぼ全て、トランプ陣営に勝利をもたらしました(注2)。この問題については、次回に再び触れようと思います。

                       図1  ラストベルトとバイブルベルト
                           

トランプが「アメリカを再び偉大に」、「変化」、「アメリカ第一」「仕事を取り戻す」と、理想主義と現実的・切実なメッセージを訴え続けたのに対して、
クリントン陣営は、これらに対抗する説得力のあるメッセージを発してこなかったのです。

クリントンの売りは、経験と実績、女性初の大統領です。そして、民主党の伝統である福祉重視(特に、オバマケアと呼ばれる医療制度)、人種、宗教、性別に
基づく差別の否定、多様性の肯定、国際社会への積極的参加(地域紛争や戦争への関与を含む)などです。

しかし「経験と実績」は、既成政党に対して不満を抱いている有権者には、新鮮さがなく、エリート支配の象徴として、かえって攻撃の対象となってしまいました。

オバマ現大統領は、「チェンジ」(CHANGE=変化)を前面に出して国民の熱狂的な支持を得て民主党の政権奪取に成功しましたが、8年経ってみると、多くの国
民は自分たちの生活を向上させる何の変化を感じていなかったのです。“Change Yes We Can”と言うメッセージは今や虚しい空念仏になってしまったのです。

むしろ、貧困層や貧困層に転落しそうな中産階級の人々は、8年間のワシントンでのエリートによる政治にうんざりしていると同時に反感を抱いていたようです。

また、国際社会への参加は、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、シリア・IS問題などに関与して、多くの若者の血を流し、巨額の国家予算を浪費しただけで、
国民の多くは何の恩恵も受けてこなかった、などなど、否定的な側面だけを国民に印象付けてしまいました。

次回は、トランプの勝利の背景を、アメリカ社会に生じていた変化について考えてみたいと思います。



(注1)『朝日新聞 デジタル』(2016年11月10日) http://digital.asahi.com/articles/ASJC9741LJC9UHBI06M.html?rm=58
    (2016年11月11日閲覧) 
(注2)『日本経済新聞 電子版』(2016年11月12日 3:30)
    http://www.nikkei.com/article/DGXMZO09424890R11C16A1000000/?n_cid=NMAIL003
   (2016年11月12日閲覧) 


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アメリカ大統領選(1)―なぜ、トランプの勝利を読めなかったのか―

2016-11-12 07:13:33 | 国際問題
アメリカ大統領選(1)―なぜ、トランプの勝利を読めなかったのか―

代45代アメリカ大統領選は、2016年11月8日(現地時間)、大方の予想に反してドナルド・トランプ候補が、ヒラリー・クリントン候補
を破って当選しました。

今回の選挙は、どちらも選択したくない、極端に言えば、嫌いな候補者同士の選択、とも言われていました。

アメリカの有権者も、日本をはじめ外国の政治学者、ジャーナリズムも、投開票が始まった8日朝まで、この結果を誰も予想していな
かったでしょう。

今回の大統領選に関して、なぜトランプが勝ち、ヒラリーが負けたのか、それは一体、何を意味しているのか、そして、今後アメリカと
世界、とりわけ日本はどうなってゆくのか、といった、考えるべき大切な問題がたくさんあります。

これらの問題については、これからじっくりと検討するとして、今回は、取りあえず、「なぜ、トランプの勝利を予想できなかったのか」と
いう点に絞って考えてみたいと思います。

トランプが勝つことを予想できなかった理由は幾つか考えられます。

最も代表的な理由付けは、「暴言王」の異名をもつトランプ氏が選挙運動中に公の場で発した暴言、とりわけ女性蔑視的暴言、ヒスパ
ニック系移民を犯罪者のように罵る人種差別的暴言、イスラム教徒の入国を禁止するなどの宗教的差別発言、などの差別的・排外主
義的暴言は、多くの女性、リベラルな人々、ヒスパニックや黒人の強い反発を招いていたからです。

次は、いわゆる「隠れトランプ」の存在を過小評価していた可能性です(『東京新聞』2016年11月10日)。

今回の大統領選挙では、メデイァの調査で大きな見損じをしたのは、調査の現場で、自分はトランプ支持であることを表だって言うと、
差別主義者であると思われるのがいやで、本当のことを言わなかった可能性があったからです。

さらに、政治経験も軍隊経験もないトランプがアメリカの大統領に就任したら、アメリカの経済や社会・政治がどうなってしまうのか、
という広範な不安があり、まさかトランプの勝利はあり得ない、と多くの人々が思い込んでしまったことです。

対するヒラリーは、長年、政治の表舞台で活動してきた、いわばベテラン政治家です。

多くの人は、常識的に考えれば、大統領候補として、どちらが的確かは明らかであると、これも一方的に思い込んでいました。

他にも、トランプ氏に対するいくつかの「思い込み」があったと思われます。

この「思い込み」は、漠然とした期待をも含んでいるのに、いつしか、それが現実であるかのごとく信じてしまうことです。

ただし、アメリカ内外のメディアやアメリカ国民が、こうした「思い込み」を持つにいたった原因の一つには、世論調査の結果があり
ます。

たとえば、アメリカのニュース専門の放送局CNNは10月27日、10月25日までに不在者投票と期日前投票を行い、35州730万人
分の調査結果を2012年の投票と比較して発表しました(注1)。

同メディアはその総合評価として「激戦州でクリントン氏に勢い」と表現し、とりわけ、「激戦が予想される12州では、民主党が共和党
を上回っている」、と分析しました(注2)。

CNNのような、アメリカでは権威があるメディアがこのような発表をしたことで、多くの有権者、そして恐らくクリントン陣営も、民主党の
勝利は間違いない、と考えたのも無理はありません。

確かに、不在者投票や期日前投票を行った人たちは、それだけ政治にたいする関心が高く、初の女性大統領の出現を期待して、クリ
ントンに投票した人も多かったかもしれません。

このような事前の予測があったため、最終結果でトランプの勝利を耳にしたとき、多くのアメリカ国内外の人々に、「予想に反して」とい
う驚きを与えたのでしょう。

しかし、問題は、選挙の終盤にいたるまで、確かな証拠もなく、漠然とした「クリントン有利」という全般的な評価や雰囲気が変わらなか
ったことです。

こうした評価を、『ニューヨークタイムズ』『ワシントンポスト』などの有力紙もずっと流し続けていました。

今回の選挙とメディアとの関係について、明治大学、研究・知財戦略機構総合研究所フェローの岡部直明氏は、今回の世論調査の予
測をくつがえしたトランプ氏の選出は、アメリカ・メデイアの責任が大きい、と指摘しています(注2)。

岡部氏は、メディアが予測を見誤っただけでなく、トランプを過小評価し、その暴言を許してきたのは大きな問題だ、と述べています。

普通なら、セクシャル・ハラスメント、ヘイト・スピーチの規制対象となる暴言に対して主要メディアは徹底的に批判するのではなく、むし
ろメディアを盛り上げる格好の題材、話題程度ですましてしまったのです。

メディアの問題に関して、岡部氏は、次のように論評していいます(注2)。
 
    主要メデイアは、大統領選の大詰めで一斉に反トランプで足並みをそろえたが、時すでに遅しだった。本来、共和党の大統領
    候補の選出段階でトランプ氏にノーを突きつけるべきだった。主要メディアには差別発言のトランプ氏の大統領選参戦で紙面
    が盛り上がれた、それでいいという姿勢がみてとれた。選挙ビジネスを優先して、言論報道機関の役割を後回しにした米メディ
    アの罪は歴史に残るだろう。

岡部氏の、「メディアの罪」という評価に、私も賛成です。さらに付け加えれば、「メディアの敗北」でもありました。

ここで、注目すべきことは、アメリカのメディアは、日本と違って、政治的立場を明確にしていることです。

日本では、「表現の自由」が憲法で認められているにもかかわらず、「メディアは中立的でなければならない」、という風潮があり、とりわ
け安倍政権は選挙の前などでは厳しくメディアを監視しています。

この点を別にして、アメリカにおいても、メデイァによる世論調査の方法に問題があり、それが有権者の投票行動を左右することがあり
ます。

今回の例で言えば、この記事の最初の方で引用したCNNの調査結果です。

CNNに限らず、メディアによる世論調査は通常、固定電話を通じて行われます。しかし、現実には、携帯電話で生活し、固定電話を持た
ない人も多くいます。

また、たとえば固定電話をもっていても、住人が家にいるとは限りません。

このような条件のもとでの調査では、有権者の投票行動を正しく把握することはできません。

これをインターネットでの調査に切り替えても、やはり全ての人がインターネットのサイトをチェックして答えるとは限りません。

以上の条件を考えると、このような選挙に関する世論調査には限界があることが分かります。

ひょっとすると、イギリスのEU離脱の時と同様、まさか本当にトランプが勝利するとは思わず、投票に行かなかったり、あるいはトランプ
に投票してしまい、あとでびっくりして後悔している人もいるかも知れません。

もっと憶測を含めて言えば、一番びっくりしているのはトランプ自身かも知れません。

(注1)http://www.cnn.co.jp/usa/35091219.html
(注2)(注2)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/111000011/?i_cid=nbpnbo_tp


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