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大木昌の雑記帳

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フランシスコ教皇とウクライナ戦争(2)―“白旗”発言への賛否両論―

2024-03-26 07:38:30 | 国際問題
フランシスコ教皇とウクライナ戦争(2)
  ―“白旗”発言への賛否両論―

前回は、佐藤優氏と手嶋龍一氏による、ローマ教皇の“白旗”発言に対する評価を説明しました
(BSFUJI 3月12日の『プライムニュース』)。

この二人は、教皇の発言は、少なくともカトリック教徒が多いウクライナ西部のガリツィア地
方の住民に対しては、”白旗“すなわち「停戦」へ向かうことへの影響がある、との立場でした。

それにたいして今回取り上げるのは、翌3月13日放送分についてです。ゲスト・コメンテー
タは、岡部芳彦氏(神戸学院大学教授。ウクライナ研究会会長・ロシア・ウクライナ協会常任
理事)と遠藤亮介氏(産経新聞外信部次長・論説委員)、そしてもう一人東郷和彦氏(元外務
省欧亜局長、在ロシア大使館次席公使を経て、静岡県立大学客員教授)もゲスト・コメンテー
タとして加わっています。

遠藤氏は2006年から11年8か月、ずっとモスクワ支局長を務めたジャーナリストで、2022
年のロシアによるウクライナ侵攻以後、しばしばウクライナを訪問しています。

岡部氏も遠藤氏も親ウクライナの立場を鮮明にしています。

今回の放送分では、フランシスコ教皇の発言は、あまり多くの時間を占めていませんが、それ
でも、前回の佐藤・手嶋氏のコメントを合わせて考えると、非常に参考になります。

まず、教皇の“白旗”発言に対して岡部氏は、まともに受け取る必要がない、といったコメント
でした。

岡部氏によると、フランシスコ教皇は“失言王”で、これまでも失言が限りなくある、今回の
“白旗”発言も、その失言の一つだ、と切って捨てています。

彼が挙げた“失言”とは、たとえば今回の戦争で最も残忍なのはロシアの少数民族のブリアート
人だ、と言ったようですが、これは人種差別だ、と岡部氏は述べています。

また、10年ほど前に、教皇は教会の出世主義は伝染病のようなものだ、と言って、伝染病
患者から批判を受けた、という事例も語っています。

しかも、今回の発言はテレビのインタビューなので、公式声明かどうかも分からない。

岡部氏は、知り合いのウクライナの人達からも、“教皇、何を言っているんだ”、という怒りの
のメッセージがきていると述べています。

そして、岡部氏によれば、ウクライナのカトリック教会(正確には「東方典礼カトリック教
会」)は、教皇の発言に対して、ウクライナはロシアに屈伏することはないし、これまで通
り今のまま進んでいく、との声明を出しているそうです。

遠藤氏は、教皇の発言に対して、どのように感じたか、反論は、と司会者から聞かれて、
“ウクライナからはいろいろ反論は出ていますが・・・う~~ん。私も岡部先生と同じように
に受け止めているんですけれどね”、と言って具体的にはこの件についての見解はありません
でした。

東郷氏は、これまで一刻も早く停戦、これが私が考えるべき、そして多くの人に考えてもら
いことだという立場を述べました。

東郷氏は、教皇の、“白旗”発言の意図は、白旗を掲げて停戦するためには交渉しなければなら
ない、そのためにはイニシアチブが必要だ“ということにある。東郷氏は、教皇の発言はその
イニシアチブの一つなのだ、という解釈のようです。

そして東郷氏は、“非常に僭越な言い方をさせていただければ(教皇の発言は)、“我が意を
得たり”という気持ちですね、と述べました。

司会者から、“ということは今回のフランシスコ教皇の発言は結果的にロシアの利害に沿った
発言になるんですね”、との問いかけに東郷氏は、“今の時点のプーチン氏の立場は、タッカー
・カールソン氏とのインタビュー(2月8日に公開)で繰り返し繰り返し言っているのは、
できるだけ早く停戦なんですね”、そして、その手掛かりとして2022年3月29日(ロシアの
和平案―筆者注)があるじゃないか“ということなんです、と答えています。

続いて東郷氏は、この時プーチンの“最も早く停戦”という言葉と、今回の教皇の発言は機を一
にしていると思うので、できるだけ皆そのことに注目していただいて、できるだけ早く交渉が
始まって欲しいとい、との立場を述べました。

ガリツィア地方はカソリック教徒の多い地域であり、その地域のカソリック教徒に向けて、
“今こそ白旗を掲げて交渉に入るべきだというのは、カソリックの教皇から主要なメッセージ
が来ていると考えるべきだと思う”、と述べています。

しかもこの地域が“ウクライナで最も強硬な主戦派ですから、教皇様がこのようなメッセージ
をたしたということはとても重要なことだと思っています”、というのが東郷氏の評価です。

さて、以上の議論は、できるだけ忠実にコメンテータの言い分の重要な部分を要約したもの
ですが、大きく分けると、

教皇の発言は影響を与え得るという立場と(佐藤・手嶋、東郷)、教皇の発言はまともに受け
取るに値しない、“失言”にすぎない、だから影響はない、との立場に分かれます。

確かに、今回の教皇の発言において“白旗”という言葉が適切であったかどうか多少の疑問があ
ります。しかし、仮に今回の“白旗”発言が“失言”だとしても、そう簡単に意味がない、と片付
けてしまうことには疑問を感じます。

教皇の真意はあくまでも、人の命を大切にすること、そのためにまずは停戦に向かって努力す
べきだ、という点にあります。3月の“白旗”発言に先立って、教皇はロシアの侵攻2年にあた
り、日曜の講話で次のように語りました(注1)。
    
    多くの犠牲者と負傷者が生まれ、破壊と苦痛が起こり、涙が流されている。この戦争
    は恐ろしく長期化し、終わりが見えない。地域を破壊するのみならず、憎悪と恐怖の
    世界的な波を引き起こすものだ。
    公正で永続的な平和の模索に向け、外交的解決の環境を整えるためにほんの少しの人
    間らしさを見いだしてほ    しい。

私は、教皇の発言が重要な転換点になる可能性があると思っています。

その理由の一つは、今回の教皇の発言は、これまでのいくつかの“失言”と違って、一国の運命
がかかっている重大問題なので、果たして、これまでのいくつかの”失言“と同列に扱うことに
は問題があるからです。

二つは、前回の記事で書いたように、教皇とバチカンには世界からあらゆる情報が集められ、
バチカンの国務省はそれらを慎重に分析した結果、このままウクライナが抵抗を続け戦争が長
引けば、死者が増えるだけなので、早く停戦に向かうべきだ、との結論に達したものと思われ
るからです。

手嶋氏の言葉を借りると、教皇の発言は軽はずみな”失言“などではなく、”練りに練った“うえ
で発せられたメッセージの可能性が多分にあります。

三つは、最近ではヨーロッパのNATO諸国の中には、ウクライナとの二国間の安全保障を締結
する動きがある一方、他方で、ウクライナ戦争への支援をいつまで、どこまで続けるのかにつ
いて再検討する意見も無視しえないからです。

四つは、世界の目は、日々死者が増えてゆくこの戦争をこのまま続けさせてはいけない、とい
う国際世論が徐々に高まっているからです。

教皇の発言は一刻も早く停戦し、命が失われることを止めようというメッセージですから、一
部のNATO諸国やそれ以外の多くの国が停戦を後押しする一つのきっかけになる可能性は十分
あります。

その時、佐藤優氏が言うように、教皇自身、あるいはバチカンがイニシアチブをとって停戦の
仲介の労をとることは決して荒唐無稽の空論ではないと思います。


私が最も恐れるのは、このまま戦争がずるずると続き、そこで尊い命が失われ続けることです。

言うまでもなくウクライナからすれば、現状で停戦となれば、国土の20%ほどをロシアに割
譲することになり、とうてい受け入れられないでしょう。

しかも、NATO諸国はますますウクライナへの軍事支援を強化すると公約しており、フラン
スのマクロン大統領のように、NATOは部隊をウクライナに送ることも排除すべきではない、
との勇ましい発言もあります。

こうなるとウクライナは、最後の1人まで戦うという方向に自らを追い込んでゆかざるを得な
くなり、それは双方にさらに多くの命が失われることを意味します。

NATO諸国は、ウクライナへの軍事支援と同時に、停戦への道筋を探る努力もしてくるべき
だったと思います。

いずれにしても、この戦争はいつかは終わらせなければならないし、その時、教皇は、中立的
な立場から物が言える仲介者の一人になり得ます。

その点で今回のフランシスコ教皇の発言は、後々、重要な意味をもってくると思います。

さて、フランシスコ教皇の停戦提案に対して日本では、一部のウェッブ・サイトで多少の扱い
はありましたが、全般的にほとんど話題にもなりませんでした(注1)。

日本においては、カトリック教の宗教的権威の影響力は無視し得るほどですから当然といえば
当然ですが、それでもこの戦争の停戦に対して何ができるかを真剣に考える必要があるのでは
ないでしょうか?


(注1)REUTERS (2024年2月26日午後 2:51 GMT+925日前更新)
     https://jp.reuters.com/world/ukraine/EERHR46CHBKTRDWZ3VT2F7OKS4-2024-02-26/







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フランシスコ教皇とウクライナ戦争(1)―“白旗”発言の波紋―

2024-03-19 08:39:57 | 国際問題
フランシスコ教皇とウクライナ戦争
  ―“白旗”発言の波紋―

カトリック教の頂点に立つフランシスコ教皇は、3月9日、スイスメディアとのインタビューを公開しました。

その中で、ウクライナ戦争についてのメッセージが世界を驚かせました。
    状況をみつめ国民のことを考え
    白旗を掲げる勇気
    交渉する勇気を持っているものが最も強い

私はこのメッセージに触れた時、これは誰かのフェイク情報ではないか、と疑いました。

というのも、まず、教皇はローマ・カトリック教徒の頂点に立つ宗教的な最高権威者で、その人物が生々しい戦
争に関して発言するということがあり得あるのだろうか、と直感的に疑問を抱いたからです。

つぎに、ウクライナ戦争とは、ロシアによるウクライナへの一方的な軍事的侵攻であり、少なくとも西側諸国の
メディアは、プーチンは悪、民主主義の敵であり、ウクライナは自国の国民と国土、そして世界の民主主義を守
るために闘っている、と喧伝しています。

それを考えれば、ウクライナに対して「白旗を掲げ」とは、つまり降参して停戦協議に入りなさい、と言ってい
るように聞こえるので、今回の教皇の発言には私も非常に驚きました。

しかし以下に説明するように、後日に教皇庁は、「白旗を掲げ」とは教皇自身の言葉ではなく、降参すべきと言
っているわけでもなかったのです。

いずれにしても、なぜか日本のメディア特に新聞などでは上記の教皇の発言に対してほとんど反応せず、その意
味合いや影響などについての論評はほとんどありませんでした。

おそらく、日本のメディアにとって教皇の発言の真意や影響についてコメントすることが難しかったのかも知れ
ません。

そんな中で、BSFujiの『プライムニュース』が3月12日と13日にそれぞれ、コメンテータを招いて約2時
間にわたって取り上げています。

12日には、作家で元外務省主任分析官、そして在ロシア日本大使館勤務の経験をもつ佐藤優氏と、外交ジャー
ナリストの手嶋龍一氏がゲスト・コメンテータでした。

なお、佐藤氏自身もキリスト教徒(プロテスタント)で、同支社大学の神学部在学中の1回生の時に洗礼を受け
ています。

この二人は、教皇の発言の意味や影響を重視する立場でコメントしています。

二人のコメントに入る前に、教皇の発言が公表された後の、ウクライナとロシア側の反応を見てみましょう。

まずウクライナのゼレンスキー大統領は、
     (ウクライナの)聖職者は祈り・対話・行動で私たちを支えている。これこそ人々とともにある教
     会なのだ。
     2500キロも離れたどこかで、生きたいと願う人と 滅ぼしたいと願うひとを仲介するようなこ
     とではない
と、教皇の発言に強く反論しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ゼレンスキー大統領のコメントには、聖職者とは、そもそも国民のために祈り支えるべき存在なのに、(教皇)
は遠く離れたバチカンから、生きるために必死で戦っているウクライナの国民と、それを滅ぼそうとしているロ
シアとの仲介をすることなどとんでもない越権行為で、教皇にそんな資格はない、という反感がはっきり示され
ています(注1)。

ただしローマ教皇庁の報道官は、一般的に「降伏」を意味する「白旗」という言葉を使ったことについて、「イ
ンタビュアーの質問を引用したもので、敵対行為をやめ、交渉する勇気によって達成される停戦を示すためだっ
た」とコメントし、ウクライナ側に降伏を促したものではないと釈明しました(注2)。

教皇は、9日に公開されたスイスメディアのインタビューで「最も強いのは国民のことを考え白旗をあげる勇気
を持って交渉する人だ。負けたと分かったときや物事がうまくいかないとき、交渉する勇気が必要だ」と補足し
ています。

12日になってバチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿がイタリアメディアの取材に対して、ロシアがま
ず侵略を停止するべきだと語っています(注3)。ここでは、ロシアこそ侵略をやめて停戦すべきだ、と軌道修
正されています。

13日の一般謁見は「白旗」発言後では初めての公の場での教皇の発言だった。今回教皇はウクライナや他の紛
争地域を特定しないまま「大勢の若者が(戦争での)死に向かっている」などと聴衆に語りかけました。

さらに、教皇は「いずれにしても敗北でしかないこの戦争の狂気」に終止符が打たれるよう祈った(注4)。

他方のロシアのペスコフ大統領報道官は
    残念ながらローマ教皇の発言も
    ロシア側の度重なる発言も完全に拒否されている
とのコメントを出しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ペスコフ氏のコメントは短く、確かなことは言えませんが、おそらく前段の部分では、ウクライナは停戦に応じ
て交渉に入るべきだという教皇の発言を拒否し、同様にロシアが何回ももちかけt停戦もウクライナ側に拒否さ
れた、という意味だと思われます。

在バチカン・ロシア大使館はX(旧ツイッター)に英語で「フランシスコ教皇は、ヒューマニズム、平和、伝統
的価値観の真の誠実な擁護者だ」「世界の諸問題に関する真に戦略的な視点を持つ数少ない政治指導者の一人」
と賞賛し、教皇の多幸を祈念したという(注5)。

以上が、フランシスコ教皇の発言に関する導入部で、以下に佐藤氏と手嶋氏の解釈とコメントを見てみましょう。

まず佐藤氏は、ゼレンスキー氏の反論において、本来は主語となるべきフランシスコ教皇の名前がないことに着
目し、彼はもし名前を出してしまうと、ウクライナに住むカトリック教徒に当然影響を与えるだろう、というこ
とを計算したうえで、名前を出さなかったのだろうとコメントしています。

ウクライナにおいて教皇が影響を及ぼすことができるのは、カトリック教徒が多い西部、とりわけガリツィア地
方です。

ここは対ロシア戦争で最も強硬な姿勢をとり続けてきた地域で、少なからず動揺しているが、それでもロシアに屈
して停戦と和平支持というわけにはゆかないだろう、と佐藤氏は推測しています。

それでは、教皇の発言は無意味で全く影響をもたないものだったのだろうか?

佐藤氏は教皇の意図を推察して、教皇は(ゼレンスキー大統領やウクライナ国民の―筆者注)心に訴えているのだ
という。すなわち、このまま戦争を続けても人はどんどん死んでゆくでしょう。人の命は取り返せない。だから、
ここで局面を変えた方がよい。

このままの流れで目標を達成する(つまり占領された領土を全て取り戻す―筆者注)ことはできないでしょう。だ
から、外交、平和的な方法でウクライナの目標を実現することに切り替えた方が現実的ではないか。“あなた自身心
に照らしてみて、どちらが正しい道であるか”を(国民の)一人ひとりに聞いてみては・・(この最後の部分の意味
は筆者には不明)。

ここで、もっとも核心的な問題に入ってゆきます。司会(キャスター)の反町理氏は、それでは、教皇があそこま
で踏み込んでおいて、後は当事者間で話し合ってください、という、いわば投げる形なのか、教皇ご自身とは言い
ませんが、バチカンが何らかの形で仲介の労をとる可能性があるのか、と問いかけました。

佐藤氏は間髪を入れず、“ここまで言っている以上、仲介の労をとります”と即答します。ただ、それはバチカンだ
けではなく他の国も(一緒に)・・・。“その時意外と日本も出てくる可能性がありますよ”、とも語っています。

ここで手嶋隆一氏が、とても参考になる言葉を発します。
    フランシスコ教皇というのは、日本から見るように、ただのお坊さんではありません。同時にバチカンは世
    界最小の国の一つですね。(しかし、それだけではなく―筆者注)偉大なインテリジェンス強国。ある意味
    でイスラエルと比べられるようなインテリジェンス強国。つまり、エージェント(情報機関や情報員)を世
    界に合法的に配している。そこから情報が流れてくるということになりますから、大変なインテリジェンス
    大国なんです。それを全部取りまとめてバチカンの国務相が読みに読みぬいてこの時期に(言葉が不明。お
    そらく“教皇の発言があった”と手嶋氏は言いたかったと思われる―筆者注)・・・。

手嶋氏は、カソリック教徒が強い西部ガリツィア地方は反ロシア意識も強いが、全体の戦局が大変厳しくなっている
ので、ローマ教皇が広い意味で根回しをし、交渉のテーブルを用意してくれるならば、ということで皆さんの心情は
揺れ始めている、と考えていいと思う、と述べています。

手嶋氏の解説を引き継いで佐藤氏は、最も反ロシアの意識が強い、最後の一人まで戦うと言っている西部地域の人た
ちを対象としてローマ教皇は“白旗を挙げ”(交渉につく)る方がいいよと言っているのです、と補足しています。

さて、冒頭のテレビ番組では、日本のウクライナ支援の実態、国益の追求などの議論に移ってゆきますが、以下では
フランシスコ教皇の発言の波紋と影響、という観点から整理したいと思います。

教皇の発言はどちらかと言えば、この戦争でウクライナに勝ち目はないという判断に傾いており、このまま戦争を続
けても、大切な命が失われるだけだから、ロシアと停戦協定を結んだ方が良い、というものです。

問題は二つあります。一つは、教皇の発言がたんなる思い付きのものなのか、それとも世界各地からの情報を精査し
た結果からでてきたのか、という点です。

二つは、教皇(バチカン)は実際に、他の国と一緒に仲介の労を取ろうとするのか否か、という点です。

これらに点については、次回に、今回登場した二人とは異なる立場から発言した放送に基づいて検討した後に、もう
一度戻ってきたいと思います。

(注1)BBC.com 2024年3月11日https://www.bbc.com/japanese/articles/ckrx1nd2804o
(注2) NHK NEWS WEB 2024年3月11日 17時20分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240311/k10014386521000.html
(注3) REUTERS 2024年3月14日午後 1:30 GMT+921時間前更新https://jp.reuters.com/world/ukraine/K3BWJJJHSBLWDOAV4L54IFIX6Q-2024-03-14/
(注4) Yahoo News Japan (3/14(木) 9:13 https://news.yahoo.co.jp/articles/269914fa4c199faf925c8e8e2866aa1690822151 (AFPBB NEWS 翻訳・編集)
(注5)(注4)参照。


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グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

2024-03-12 07:18:20 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

『週刊エコノミスト』(毎日新聞社刊)の2023年4月11・18日合併号は、同誌創刊100
周年記念号になります。

同誌は特集として「台頭するグローバル・サウス 地盤沈下するG7」に焦点を当てています。
つまり、本ブログの前回記事のタイトル「グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変
動―」とほぼ重なります。

編集部が、記念すべき創刊100周年の記念号にグローバル・サウスをテーマを選んだことの背
景には、今が歴史の転換点にあるとの認識があったものと思われます。

全体は大きく、(第一部に相当する)『「分断」を拒否する新興国 中印がもくろむ世界新秩序』
と第2部「追い込まれる西側先進国」に分かれ、前者に14本、後者に5本の論考が掲載されて
います。

ここではグローバル・サウスに焦点を当てて、それらの諸国の実態や行動原理に焦点を当て検討し、
合わせて、“地盤沈下”しつつあるG7の一角を占める日本の立ち位置について考えてみたいと思い
ます。

まず、編集部による特集の巻頭論考から見てみましょう。そこでは大まかな傾向を示すために、国
際通貨基金の統計から編集部で作成した購買力平価(PPP)でみた国内総生産(GDP)の世界
トップ20か国を20年ごとに示した表(表1)を掲げています。

表1 購買力平価でみた国内総生産世界トップ20の変遷
   
出典『週刊エコノミスト』2023年4月11日・18日号:15。

購買力平価は、物価水準を反映し適正な為替レートで計算した国内総生産(GDP)で、より実態
に近いといえます。

表1では、G7(青色)を押しのけて、新興国・途上国(グローバル・サウスと置き換えてもよい)
が1982年から2020年にかけてトップ20に食い込んでいることがはっきり
分かります。

特に注目されるのは、ロシアとロシアの制裁に加わっていない9か国(赤色=中国以外はグローバル
・サウスでもある)の台頭は目覚ましく、22年には中国が米国を抜いて世界1位に、3位のインド
は4位の日本を金額で倍近く引き離している事実です。

さらに、G7の合計と9か国(赤色の国々)の合計を比べると、02年時点では9か国はG7の6割
に過ぎなかったのに対して22年は130%にまで成長しています。

グローバル・サウスの国々は、ロシアのウクライナ侵攻は許されないが、欧米主導の対露制裁はサプ
ライチェーン(エネルギー、食料、肥料など)を分断し、そのしわ寄せは最終的に最貧国に向かう、
との立場から対露制裁に参加していません(中国問題グローバル研究所所長遠藤誉氏 前掲雑誌:15)。

グローバル・サウスの台頭を示す他の指数に民間組織の「Correlates of War」プロジェクトが公開し
ている「総合国力指数」があります。

この指数は、その国の軍事費・軍人・エネルギー消費・鉄鋼生産・都市人口・総人口の6指標から独
自に計算されたものです(『週刊エコノミスト』2023年4月18日・19日、16ページのグラフ)。

それによると、戦後米国の値は世界でも圧倒的に高い水準にありましたが、その後徐々に低下し、冷
戦期と重なる70年代~80年代中盤にはロシア(旧ソ連)と拮抗する水準に低下しました。

一方、その陰で中国が徐々に指数を上げ、90年代中盤には米国を抜いて1位となりました。また、
インドの指標が80年代後半から一貫して上昇していることも見逃せません。

国際政治に詳しい福富満久一橋大学教授は、「総合国力指数」には多少技術的な問題はあるが、
「90年代半ばに中国がこの指標で1位だった時に、世界はまだ中国の経済成長に気づいていなか
った」、そして、「インドが徐々に順位を上げており、世界で影響力を発揮する可能性が見て取れ
る」、「今後はいかに米国が覇権を次世代の国に譲れるかが焦点となる」と解説しています。つま
り、米国はその覇権を他国に譲らざるを得ない段階にきていることを指摘しています。

上記雑誌の第二部は、ウクライナ戦争の長期化が予想される中、欧米諸国はウクライナ支援の経済
的な負担に加えて急激なインフレも相まって、世界経済において相対的に地盤沈下が進んでいるこ
とが詳しく説明しています。

この状況を編集部「米国覇権の終焉」という見出しで説明しています。その背景には、世界秩序の
中心は徐々にG7から中国と、インドを中心としたグローバル・サウスに移りつつあるという認識
があったものと思われます。

なお中国は、グローバル・サウスの範疇には入りませんが、それらの国々への経済支援を通じて結
びつきを築いていること、アメリカの世界的覇権(一極支配)にたいする反発という点で、グロー
バル・サウスの国々と利害や行動を共有する傾向があります。

中国は、国際政治の舞台で外交を積極的化しています。昨年の2月24日には「ウクライナ危機の
政治的解決に関する中国の立場」という12項目からなる和平案を発表し、「対話」により解決す
べきことを訴えました。

世界を驚かしたのは、この和平案のすぐ後の3月10日、北京においてイランとサウジアラビアと
の7年ぶりの国交回復を仲介したことです。

というのも、宗教的には同じイスラム教ではありますが、イランはシーア派の大国で、サウジアラ
ビアはスンニ派の大国で、これまで敵対関係にあったからです。

これは、グローバル・サウスの国々に対して「中国は話し合いによって解決した平和を重んじる国
であるというメッセージでもありました。

また、イランはアメリカによる厳しい制裁を受けて敵対関係にあり、サウジアラビアは逆に、これ
までアメリカの影響下にありました。その二国を中国がアメリカ抜きで国交を回復させたことは、
アメリカの覇権に少なからず打撃を与えたことになります。

前出の遠藤誉氏によれば、ここには米国による一極支配から抜け出し、グローバル・サウスを味方
に付けた多極的な世界秩序を構築したいという中国の狙いがあるという。

もっとも中国は、毛沢東時代に周恩来首相が参加した1955年のバンドン会議以来の国家戦略と
思想に基づき、「非同盟」の原則の下でアジア・アフリカの発展途上国(中東を含む)と関係を深
め経済発展を達成しようとしてきました(前掲『週刊エコノミスト』2023:18)。

現在の中国は当時と同じ理念で行動しているとは言えませんが、援助を通じてアジア・アフリカの
途上国との関係を深めていることは確かです。

上に述べた、中国によるグローバル・サウスへの積極的な外交的成功はインドに大きな衝撃を与え
ました。そこでインドはアジア・アフリカ・中東で中国に対抗するために積極的に働きかける行動
にでるようになりました。

インドのモディ首相は、昨年のG7広島サミットに参加するため訪日直前に『日本経済新聞』の単
独インタビューに答え、
    民主主義と権威主義の二極ではなくグローバル・サウスの一員として多様な声の架け橋と
    なり、建設的で前向きな議論に貢献する。
    インドは安全保障上のパートナーシップや同盟に属したことはない。その代わり、国益に
    基づき世界中の幅広い友人や志を同じくするパートナーと関わりを持つ。
などと語りました。

インドは特定の国と同盟を結ばずにどこの国とも等距離に付き合うことで、相手国に左右されるこ
となく外交や安全保障をインドが自主的に決める、という伝統的な外交方針である「戦略的自律主
義」を貫く考えを示しました。

そして、日米豪印が参加する「クワッド」について、もしこれが中国封じ込めの意図を持つならば
インドは参加しないと明言しています(注1)。

さらにインドのモディ首相は、2023年9月9日・10日にニューデリーで開催されたG20サミッ
ト(注2)では議長国としてイニシアチブを発揮しました。会議の総括である首脳宣言では、ウク
ライナ戦争に関してロシアを名指しすることなく、一般論でとどめました。他方でモディ首相はむ
しろウクライナとロシアの調停に向けて積極的に仲介する姿勢を示しています。

インドは新興国(グローバル・サウス)の代弁者として振舞っていますが、ブラジルのルラ大統領
もグローバル・サウスの盟主を自任しています。

ルラ大統領は、広島サミット終了直後の記者会見で、ウクライナ問題を持ち込もうとするG7国に
対して「ウクライナ問題はロシアと敵対するG7の枠組みでなく、国連で議論すべきだ」と反対を表
明しました。

そしてルラ大統領は、「バイデン大統領がロシアへの攻撃をけしかけている」「和平を見出したいが、
ノース(北=欧米日。筆者注)はそれを実現しようとしない」と批判しました。そして ゼレンスキー
大統領も参加したセッションでも、ルラ大統領は「ヨーロッパ以外にも平和と安全の課題がある」と
演説し、欧米日のウクライナ支持への偏重を批判しています(注3)。

アフリカについていえば、その多くはかつて欧米の植民地支配を受けたり、あるいはアメリカの軍事
介入で大きな犠牲を払ってきたため、これらの国々に対する反感は非常に強い。彼らは、はっきりと
反欧米の態度をとるか、グローバル・サウスの中立的な立場を維持します(注4)。

日本はグローバル・サウスをどのようにみているのでしょうか。昨年のインドのニューデリーで開催
されたG20会議ではたモディ首相がリーダーシップを発揮しましたが、外相会合には「国会優先」
を理由に欠席し、インドを大きく失望させました。おそらく日本はグローバル・サウスを重視してい
ないとの心証を与えたと思われます。

ところで、今後の世界秩序の在り方は、長期的にみてどのようになるのだろうか?

学習院大学特別客員石井正文教授(元インドネシア大使)は、2030年代はアメリカ・中国・インドの
「3G」が世界の趨勢を決める、その後にはGDP4位の日本、5位に成長著しいインドネシア、そ
して統一を維持していればEU、ロシアと続くとしています。

さらに石井氏は、上記7か国・地域が“新G7”を構成し、それはA(米・EU・日本)――B(インド
・インドネシア)――C(ロシア・中国)という3大勢力から成り、Aの西側先進国、その対極にCの
ロシア・中国があり、両者の間にBの非同盟の大国インド・インドネシアがくる、という図式を描いて
います。

インドネシアが世界主要国の一角を占めることは意外かも知れませんが、インドネシアは世界第4位の
2億7000万人の人口を持ち、平均年齢32歳の若い国で、経済成長が著しく40年代にはGDPで日本
を抜いて世界第四位に浮上すると期待されています。

また一昨年にインドネシアのバリ島で行われたG20サミットでは、不可能と思われた共同声明をまと
め上げ、国際的影響力も増しています(前掲『週刊エコノミスト』2023年:32)。

なお、Bの背後にはインドやブラジルなどのグローバル・サウスの国々が存在していると考えられます。
グローバル・サウスの国々はウクライナ戦争に関して中立的な姿勢をとっているのに、日本は欧米と一
体となってロシアを批判し制裁を実行しています。

冒頭の雑誌の編集部の記事は、「日本はウクライナをめぐる外交も、ウクライナを支援する一方で、ロ
シアの非難・制裁に徹することが本当に国益にかなうのか。日本の国際感覚が今、問われている。」と
結んでいます。

日本はすでにアメリカと軍事同盟を結んでいるのでインドのような戦略的自律主義を貫くことはできま
せんが、あまりにも露骨に欧米(とりわけアメリカ)に追随ばかりしていると、グローバル・サウスを
含むBの国々とCの国々から信頼されなくなる可能性があります。

とりわけ、パレスチナにおいて非人道的な殺戮をおこなっているイスラエルを擁護している米欧を、日
本はただ追認していると、世界のグローバル・サウスや途上国の信頼を得ることは難しいでしょう

世界経済のなかで没落しつつある日本の将来は、文字通り発展しつつグローバル・サウスの国々を上か
ら目線で援助するという姿勢ではなく、対等の立場で協力し合い共存共栄を図ることにかかっています。

(注1) (注1)IWJ (2023年5月20日号)https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516087
(注2) G20サミットの正式名称は「金融世界経済に関する首脳会議」で、G7の7か国(プラスEU)に、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコの首脳が参加して毎年開かれる国際会議。
(注3)IWJ (2023年5月24日号)https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20230524#idx-1
『エコノミスト Online』2023.4,3 https://weekly-  economist.mainichi.jp/articles/20230418/se1/00m/020/025000c
(注4)アフリカのグローバル・サウスについては、別府正一郎『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』集英社新書、2023:10章、11章を参照。

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グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

2024-03-05 10:34:09 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

今回のテーマは、「グローバル・サウス」と呼ばれる国々の台頭により世界秩序が変化しつつある
ことを、経済的、軍事的、政治的な変化という背景に焦点を当てて検討することです。

そして、次回、これらの国々が実際、どのように行動し、日本はこの状況にどのように対応すべき
かを検討します。

このテーマを取り上げたのは、日本では「グローバル・サウス」についてあまり注目されていませ
んが、日本と世界の将来を考えた時、非常に重要な存在となると考えているからです。

そこで、確認のため、そもそも「グローバル・サウス」とは何なのか、それはどんな背景で生まれ、
今日の世界でどのような位置を占めているのかをごく簡単に説明しておきます。

私たちが世界の国々を見るとき、暗黙のうちに何らかの共通の特徴で分類されたグループとして理
解します。「グローバル・サウス」もその一つです。

たとえば「先進国」と「後進国」というグループ分けです。これは、政治、経済、社会、文化など
国のさまざまな領域を総合的に評価して、「進んだ国」と「遅れた国」に分ける“上から目線”の、
ある種、差別的なグループ分けです。

さすがに最近ではこのような区分はほとんど使われなくなりました。というのも社会や文化が「進
んでいる」とか「遅れている」ということはできないからです。しかし、残念ながらこのような表
現を使う人もごくわずかですが現在でもいます。

私たちになじみのある分類として、経済的な豊かさや発展段階を基準とした「先進工業国」(ある
いはたんに「先進国」)と対比される「発展途上国」(以前は「低開発国」という表現も使われた)
という分類もあります。

これは、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置
しているからです。

単なる分類上の問題ではなく、先進工業国と発展途上国との貧富の格差や、前者による搾取や援助
など広範な問題を総合的に表す表現として「南北問題」といいう表現も用いられます。

というのも、先進工業国の多くは気候が温暖な赤道以北に位置しており、反対に発展途上国の多く
は、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置して
いるからです。

その後、先進国と発展途上国の中間に「新興工業国」というカテゴリーが登場します。

これは、開発途上国のうち、20世紀後半に急速に経済成長した国と地域で、1979年の経済協力開
発機構 (OECD) レポートでは韓国、台湾、香港、シンガポール、メキシコ、ブラジル、ギリシァ、
ポルトガル、スペイン、ユーゴスラビア(1990年に分裂)が、このグループに入ります。

さらに2000年代以降に著しい経済発展を遂げた国として、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、
インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)の五か国を、それらの頭文字を合
わせてBRICS(ブリックス)と呼ばれる新たなグループが登場しました(注1)。

ブリックスは、たんに経済発展が顕著であるたけでなく、広い国土と多くの人口、豊かな天然資
源をもとに今後大きく成長することが見込まれるという意味合いも含んでいます。

現在は5か国ですが、さらにアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、
UAE6か国の参加を予定しています。これらの国々も、おおむねグローバル・サウスと重なり、
しばしば米欧日のG7に対抗する勢力となる点も注目されます。

以上を念頭において、改めてグローバル・サウスの意味を考えてみると、実は、この言葉には明
確な定義はありません。

「グローバル・サウス」とは、最も広義では南半球ないしはそれに近い地域に位置する発展途上
国の総称で、しばしば北半球に集中する先進国と対比する際に用いられ、「第三世界」と呼ばれ
ることもあります。

具体的には、インド、インドネシアやタイなど一部の東南アジアの国、ブラジルなどの南米の国
や南アフリカなどの新興国が含まれます。

ここで、グローバル・サウスを構成する国のほとんどが、かつて欧米・日本による植民地支配を
受け、搾取と抑圧にお苦しんだ経験がある、という歴史を確認しておく必要があります。この歴
史経験は、グローバル・サウスの立ち位置や言動を理解するうえで非常に重要な意味をもってい
ます。

なお、拡大される国々も含めてブリックス諸国も、グローバル・サウスと共通する立ち位置にあ
ります。

このほか、欧米日の西側先進諸国はしばしば、民主主義国と権威主義国とのというイデオロギー
的な対立軸で世界の国々を分類します。

たとえば欧米日の先進国は、近年のウクライナ戦争を権威主義国ロシアによる民主主義国ウクラ
イナへの攻撃と捉え、この戦争を、民主主義を守る戦いと位置付けています。

またアメリカは米中対立を、民主主義のアメリカと権威主義国の中国との対立という構図でとら
え、両者の分断と対立は激しさを増してきています。

一方で、次回に詳しく説明しますが、これらグローバル・サウスの国々は「中立」の立場を示し、
どの国にも加担せず、対立に取り込まれることを避けます。

こうした状況の中で、特に大国インドはグローバル・サウスの声を拡大する必要性を訴え、リー
ダーとしての地位を強調するような動きを見せています(注2)。

世界における経済成長性や、その立ち位置から、グローバルサウスは新たな勢力として存在感を
増してきています。これは、2023年のG7広島サミットにG7以外で招待された8か国のうち、
オーストラリアと韓国を除く6か国(インド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、
ベトナム)などのグローバル・サウスの国々であったことにも現れています。

日本政府はG7広島サミット開催にあたり、ロシアによるウクライナ侵略を背景に「法の支配に
基づく国際秩序の堅持」「グローバルサウスへの関与の強化」という「2つの視点」を掲げてい
ました。

言い換えると、G7はもはや自分たちの政治経済的利益を守るためにも、グローバル・サウスを
取り込む必要に迫られたことを意味しています。

しかしこれらの国は、アメリカ主導による世界秩序(パックスアメリカーナ)のダブルスタンダ
ードに苦しめられてきた歴史を持っており、ウクライナ紛争に対しても中立の立場をとり、対ロ
シア制裁に参加していないなど、G7の目論見通りに行動していません。

その背景にはアメリカの凋落とグローバルサウスの成長という世界秩序の大きな変化があります。

エコノミスト田代秀敏氏は、国際通貨基金(IMF)が公表している「購買力(PPP)換算国内総
生産(GDP)の世界シェア」から作ったグラフを示し、G7諸国のGDP合計は2000年に新興・発
展途上国のGDP合計に追い越され、2010年代後半には、新興・発展途上国の中のアジア諸国だけ
のGDP合計にも追い抜かれていることを明らかにしました。

さらに田代氏によると、今年2023年には、日本とアメリカのGDP合計が、中国1国に抜かれる
「記念すべき年」になると予測しています。
 
とりわけ深刻なのは工作機械の分野で、中国は世界の約30%と占めています。日本は約15%、
ドイツもほぼ同じ15%、イタリア、アメリカに至っては7%、8%に過ぎません(注3)。

G7諸国はもはや世界経済リードする余裕はなく、G7サミットでは経済的に台頭する新興・発展
途上諸国から、G7諸国の利益を保護することに汲汲とする有様でした。

実際、議長国日本政府が発表したG7広島サミットの「主要議題」の筆頭には、「対ロシア制裁、
ウクライナ支援、『自由で開かれたインド太平洋』」という「地域情勢」が掲げられていますが、
「世界経済」という議題は設定されていません。

エコノミストの田代秀敏氏はこれには主に二つの要因が関係していると指摘しています。

一つは、サミットの議題ともなった「法の支配に基づく国際秩序の堅持」について、経済の視点
からすると、アメリカが主導して設立された、IMFや世界銀行などの国際機関にもとづき、アメ
リカ合衆国ドルを基軸とする国際金融システムや、それを土台とする世界経済秩序が揺らいでい
る状況です。

田代氏は、アメリカによる世界秩序、つまり「パックス・アメリカーナ」は、米国の圧倒的な経
済力と軍事力が前提となっていましたが、米国の経済力の衰退、銀行破綻リスク、米国債のデフ
ォルト、アフガン戦争の敗北などによって、「失われつつある、あるいは、既に失われている」
と指摘しています。

広島サミットのもうひとつ、「グローバル・サウスへの関与の強化」について、田代氏は、「中
国包囲網の形成の一環だ」と指摘しています(注4)。

GDP世界シェアで急成長を続けるインドを、G7諸国の側に引き入れることができれば、中国を
経済的に包囲できるという願望を込めて、インドのモディ首相を広島サミットに招待したことは
明らかです。

現在の世界秩序は、「ますます重要性を増すグローバル・サウスと、慌てふためく先進資本主義
国」という構図です。

次回は、具体的に「グローバル・サウス」のリーダーたちの言動を取り上げ、合わせて、日本は
どのように対応すべきかを検討します。

(注1)第一生命経済研究所https://www.dlri.co.jp/report/ld/279639.html
(注2)日本経済研究所 https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
    三菱UFJリサーチ&コンサルティング https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
(注3)(AERA 2023年6月19日号、11ページ)。
(注4)IWJ 2023.5.31  https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516159




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パレスチナ“戦争”の実態

2023-11-17 09:21:39 | 国際問題
パレスチナ“戦争”の実態

最近のパレスチナ・ガザの状況についてグテーレス国連事務総長は、ガザが「子どもたちの
墓場になりつつある」と、その惨状と残酷さを訴えています。

私たちはテレビや新聞を通じてパレスチナで起こっている惨状を日々目にしていますが、私
は、あまりの残酷さを目にしてこのブログで書く勇気が出てきませんでした。

とりわけ、ガザ市の中心にあるガザ最大の病院、シファ病院は、電気、水、食料を絶たれた
状態で新生児や未熟児が多数入院しています。

現在、ガザの医療機関はすべて機能を停止しているので、新生児だけでなく一般の病人やけ
が人は何の医療も受けられないままただベッドに横たわっています。

こうした状況にあるシファ病院に15日未明、イスラエル軍が突入して占拠しました。

実際、新生児や特別なケアを必要とする乳幼児が日々亡くなっています。こうした子ども
たちの親の悲痛な気持ちを考えると私は言葉を失ってしまいます。

アメリカのABCテレビは、15日、イスラエル軍が突入したガザ地区の最大の病院、シファ
病院の医師の話としてICU=集中治療室で治療を受けている63人の患者のうち、7割近くに
あたる43人が医療用酸素が尽きたことで死亡したと伝えました(注1)

イスラエル政府は、シファ病院の地下にはハマスの指令所があり、そこには武器があった
と主張し武器の映像を世界に向けて発信しています。

しかし、ハマスは、この映像はイスラエルが作成した安っぽいプロパガンダ画像だと全面
的に否定しています。武器については、イスラエルが持ち込んだ物であると言っています。

米国安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、イスラエル軍の突入の前日、
ハマスがシファ病院を含む複数の病院やトンネルを人質拘束などで軍事利用していること
を確認したとし、「国際法違反だ」と記者団に語っています(『東京新聞』2023年11月
16日)。

さらに彼は、突入した15日には「イスラエル軍がこうした施設を隠れみのとして利用
するハマスの能力を取り除きたかったことは理解できる」と述べました。

同日、バイデン大統領も「先にハマスが病院の下に司令部を隠し置くという戦争犯罪を
起こしているという状況がある。それは事実であり、実際に起きたことだ」とハマス側
を非難しました。

こうしたイスラエル擁護のコメントがアメリカから発せられることで、イスラエルの言
動にお墨付きを与えるという構図が、日本を含めて世界のメディアに流されています。

いずれにしても、新生児や病人のいる病院を攻撃することこそ「国際法違反」であり、
さらに人道的に許されない行為です。

WHO=世界保健機関のテドロス事務局長は15日、ジュネーブで開かれた記者会見で、
「到底、容認できない。病院は戦場ではない」と強い言葉でイスラエルを非難しまし
た。

いまもシファ病院の医療従事者と連絡が途絶えていることを明らかにしたうえで彼は、
「国際人道法の下では医療施設や医療従事者、救急車、そして患者は、あらゆる戦争
行為から守られ、保護されなくてはならない」と訴えました。

WHOによりますと、ガザ地区の36の病院のうち26の病院が建物の損傷や燃料切れな
どのため閉鎖され、地区全体の病床数も3500床から1400床まで大きく減っているとい
うことです。

テドロス事務局長は「医師や看護師は、誰が生き、誰が死ぬのか、不可能な決断を迫ら
れている」と述べ、医療施設への攻撃の停止と支援物資の搬入の必要性を強く訴えまし
た。

ところで、アメリカとイスラエル側から発せられる映像や言動の真偽について、私はか
なり疑いをもっています。

というのも、これまでアメリカは何回も虚偽の作り話を戦争に利用してきた“実績”があ
るからです。

たとえば1990年、イラクによるクウェート侵攻の際、「クウェートの少女」の話がメデ
ィアを賑わしました。15歳の少女がボランティアをしていた病院にイラク兵が入ってき
て、保育器の赤ん坊を投げ捨てていったというのです。

実はこれはヒルアンドノウルトンというPR会社が仕組んだ嘘の話だということが、後
の取材によって明らかになりました。戦争反対と言っていた若者たちが「イラク許すま
じ」とデモを起こすほどの意識の変換が、メディアの情報操作で可能になったわけです。
アメリカをはじめとする多国籍軍の参加する戦争に突入するのを支持する傾向になりま
した。これが湾岸戦争の始まりです。

またアメリカはイラクのフセインが大量破壊兵器を隠し持っているとの説を流し、ご
丁寧にも大量破壊兵器を制作したと称する塩ビ管を国防相がテレビで見せ、それを根
拠にイラクに侵攻してフセインを倒したのです(イラク戦争)。

しかしこの時もアメリカが主張する大量破壊兵器は見つからず、後に、この話は単に
イラクを攻撃するために作られた嘘であることが判明しましたのです。

今回も、あるシファ病院にいた女性が、ハマスの兵士がやってきて薬品などを奪って
いったと証言する映像がイスラエル側から配信されましが、ハマス当局によると、こ
の女性が話すアラビア語には明らかなイスラエルなまりがある、と指摘しています。

さらに今朝(11月17日)のテレビ朝日のニュースによれば、フランスのメディア
は、イスラエルの報道が疑わしい、としています。

といのも、これまでイスラエルはシファ病院の地下に指令室がありそこの武器もある
と盛んに喧伝してきたのに、その映像も証拠も提示していないからです。

ただ、病院への攻撃を正当化し、国際的な非難をかわすために何らかの映像を出さざ
るを得なかったのでしょう。

それでもバイデン大統領は何の証拠も根拠も示さず、シファ病院の地下にはハマスの
指令室があること、「これは事実だ」とメディアに語っています。

病院で撮影された動画には、医療用機器MRIの隣に袋に入った銃が少し映っている
だけです。おそらく、アメリカ以外のヨーロッパ諸国の中でイスラエル側の映像と主
張をそのまま信じている国はあまりないと思われます。

いずれにしても、現在進行している事実は、毎日数百人のパレスチナの人々が殺され、
武器をもたない200万人を超えるパレスチナの人々の命が危機に陥っていることです。

現在、国連のグテーレス事務総長、WHOのテドロス事務局長だけでなく、世界の多く
の市民が、イスラエルのガザにたいする攻撃に反対の声を上げつつあります。

アラブ諸国やイスラム教徒の多い国が、イスラエルを非難しパレスチナを支持すること
は十分理解できますが、最近は、この傾向はそれ以外の国でも国際的に強まってきてい
ます。

当初、ハマスの突然の攻撃に対しては、ハマスを批判していた人たちも、イスラエルの
容赦のない攻撃はイスラエルの「生存権を守る」「自衛権」水準のはるかに超えた、大
虐殺、民族浄化であるとイスラエル非難を強めています。

例えば、アメリカでは特に若い世代の間では次第にイスラエルを非難し、パレスチナを
支持する人が増えており、ニューヨークでは大規模なデモが行われています。

またイギリスでは土曜日ごとに30万人規模のデモが行われています。フランスでは、
イスラエルを非難し、親パレスチナを支持するデモが行われ警察と衝突して逮捕者が出
ています。

日本でも欧米ほどの人数ではありませんが、やはりイスラエルを非難するデモが行われ
ました。

こうした背景にはイスラエルがパレスチナ人を出口のない狭い空間に閉じ込め、水、燃
料、電気、食べ物など生きるために必要な物資の搬入を認めていなかった、という事情
があります。

これは、武器や爆弾による一般市民を殺すのではなく、生きる手段を奪ったうえで餓死
による緩やかな大量殺人で、これこそが本当の「人道の危機」です。

しかも、燃料の枯渇、電気のない状態で電話も携帯電話も使用できず、ガザで何が起こ
っているかを内部から発信することができず、外から連絡をとることができません。

こうなると、イスラエルはやりたい放題の軍事作戦を行うことができ、それはパレスチ
ナの人々にとって想像を絶する危機が迫っていることを意味します。

イスラエル国内では、世界一の諜報機関の「モサド」も気が付かないうちにハマスが周
到な準備をし、少なからずイスラエル国民が死亡し、外国人を含む220人ほどお捕虜
を出してしまったことは、ネタニヤフ首相の大失態であるとみなされています。

イスラエルの異常ともいえるガザ住民の殺戮は、ハマスの攻撃以前からネタニヤフ首相
の人気は低迷し続けており、そこにハマスの攻撃を防げなかったことに対する国内での
批判が加わったたことで激高し、自らの失態を覆すために前後の見境なくガザの住民を
殺戮しているというのが実態ではないかと思います。

大切なことは、何をおいても停戦を実現することです。そのために日本にできることは
あるはずです。

(注1)NHK NEWS WEB (2023年11月16日 14時55分)。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231116/k10014259511000.html
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シファ病院で手当てを受ける子供                                   シファ病院で医療用機器の後ろにあったとされる銃など(イスラエル側の画像)

出典 (注1)                                           出典(注1)



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広島G7サミット(2)―無視された核軍縮―

2023-06-01 21:54:02 | 国際問題
広島G7サミット(2)―無視された核軍縮―

前回は、サミット初日の5月19日に、参加首脳は、結局、原爆資料館本館の展示物
を見なかったのでないか、との私見を書きました。

岸田首相は会議の開催前から、参加者には「被爆の実相」に触れて、「核なき世界」
へのきっかけにする、と盛んに喧伝していました。

しかし、米英仏の核保有国が「被爆の実相」にふれることに強い拒否的であったため、
本館の視察は実現せず、岸田首相の意気込みは無残にも不発に終わりました。

それにも増して被爆者と核兵器廃絶を訴える諸団体や多くの日本人の心を逆なでした
のは、「核のフットボール」と呼ばれる、緊急時に核攻撃を命じる通信機器や認証シ
ステム、携帯電話などが入っているカバンをもった軍人が大統領に付き添っていたこ
とでした。

これは、アメリカの変わることのない核戦略なのでしょうが、せめて人目につかない
ような配慮はできなかったのでしょうか?

ところで、サミット会議初日の19日の午前中には、原爆資料館と平和記念公園での
献花の後、その日のうちに、岸田首相は、核軍縮に特化した共同文書「核軍縮に関す
る広島ビジョン」を取りまとめました。

そこではロシアによる核兵器の威嚇・使用はゆるされない、中国の核戦力増強は世界
の安定にとって脅威、北朝鮮の核保有、イランの核開発に反対、を強調しています。
その一方で、2021年に発効し、68カ国が批准している「核兵器禁止条約」には触れ
ていません。

「広島ビジョン」は、将来的な核廃絶という理想に向けた、歴史的な意義をもつ共同
文書であることを強調していますが、その中身と、二国間で行われた内容をみると、
「核なき世界」とは程遠いものになっています。

「広島ビジョン」は、G7自身の核兵器保有は、その抑止力として「防衛目的」のた
め必要であることを強調しています。

つまり、「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、
侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」と、ずい
ぶん自分たちにとって都合のいい理屈を述べています(注1)。

他方で、翌日(20日)に発表された「G7首脳声明」ではロシアを最も強い言葉で
非難し、核戦力の不透明な増強を続ける中国を非難しています。

広島で被爆し、カナダを拠点に核兵器廃絶を訴えている被爆者のサーロー節子さん(91
歳)は21日、広島市で記者会見し「G7広島サミットは大きな失敗だった。胸が潰れる思
いがした。首脳たちの声明からは体温や脈拍を感じなかった」と批判しました。

サーローさんは「広島ビジョン」については次のように批判しています。
    資料館に行って、78年前に起きたことをまた考える機会があったはずの人た
    ちがああいう文書が書けるとは思わなかった。
    (中略)
    非常に一方的ワンサイドでしたね。核兵器を最初に作ったアメリカ、イギリス、
    フランス その代表がここにいますよ。インドの代表もいる。だけどその人た
    ちは自分たちのことをちっともえないで、他の人たちばかり非難していた。
    「ロシアが悪い」「北朝鮮が悪い」「中国」「イラン」と・・・・。

言い換えると、「広島ビジョン」はG7などの核兵器は「良い核兵器」でロシア、中国
などその他の核兵器は「悪い核兵器」だ、と言っているのです。

半年前に出されたG20での「バリ首脳宣言」では、すべての国を対象に「核の使用は
許されない」となっていたのに、「広島ビジョン」ではロシアと中国の核兵器だけが批
判の対象となっています。

2001年にノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペー
ン」(ICAN)の国際運営委員を務める川崎哲氏は、首脳らが「被爆の実相」に触れ
たことは一定の評価をするが、成果文書は「失敗」と酷評し、「被爆地が踏みにじられ
た。深く失望し、憤りを感じる」と批判しています。

川崎氏は、原爆資料館への視察が完全非公開で行われたことの問題を指摘したうえで、
「広島ビジョン」と「首脳声明」の中身についても非難しています。

「広島ビジョン」についていえば、川崎氏は、核兵器なき世界を「究極の目標」と位
置付けたものの、中ロへの対抗を念頭に「全ての者にとっての安全が損なわれない形
で」「責任あるアプローチを通じて」などの条件を付けており、これは、米英仏の核
保有を合法化することを意味しています。

しかも、米英仏の核削減の目標も掲げていませんし、そもそも核拡散防止条約(NP
T)に全く触れていません。

そして、「やらないための言い訳を並べ、核廃絶を達成するという政治的意思がない」
と問題を指摘しています(『東京新聞』2023年5月22日)。

なぜ、このような形での文書になったのでしょうか?それは、文書化する前日の18日
にG7首脳と二国間交渉を行いました。特に、日米首脳会談では「米国の核の抑止力が
安全保障に不可欠」との認識を確認していました(『東京新聞』2023年5月22日)。

他の首脳とも同様の確認をしていると思われますが、いずれにしても、米英仏の核は必
要かつ合法的であるとの認識を会議が始まる前に岸田首相は了承し、それを前提に「広
島ビジョン」は書かれているので、最初から「核なき世界」という謳い文句は矛盾して
いたのです。

G7の首脳が核軍縮に消極的なのは、40ページにおよび「首脳宣言」の中で、「核軍
縮と不拡散」の記述は1ページの半分にも満たない分量しかないことにはっきり表れて
います。

これでも岸田首相は、今回の広島サミットとその成果文書が「核なき世界」へ向けての
歴史的意義をもつと主張するのでしょうか。

ところで、アメリカの大統領が広島を訪れたのは、2016オバマ前大統領の以来、バイデ
ン大統領が二人目です。

その際のスピーチの中でオバマ大統領は、「私の国の(つまりアメリカ 筆者注)よう
に核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しな
ければなりません」と、高らかに謳いました(注2)。

この時から比べると、今回のバイデン大統領は核軍縮に関しては非常に消極的であり、
むしろ核も含めた軍事増強に主たる関心があるようです。

今回の広島サミットは、唯一の被爆国として日本側が「核なき世界」に向けて、他の
G7や参加国、さらには世界にどれほど説得力のあるメッセージを出せるかが、最重要
の課題であったはずですが、結果をみると、米英仏の核兵器は合法的で、しかも必要で
ある、という全く逆のメッセージを発してしまったことになります。

広島G7サミットは、核軍縮の他に、さまざまな問題について議論することになってい
ました。それらは、一応「首脳声明」で取りまとめられました。

首脳声明には12項目にも及ぶテーマが書き込まれています。ここでそれらを検証する
ことはできないので、代表的なテーマだけを挙げておきます。

まず、ロシアの非難とウクライナへのゆるぎない支援、核軍縮・不拡散、開かれインド
太平洋を支持、気候変動(2050年までに温室効果ガス「実質ゼロ」を達成する目標とす
るパリ協定の堅持)、食料安全保障、ジェンダーの平等と全ての女性の地位向上、地域
情勢(中国と積極的に関わり安定的な関係を構築する)などが盛り込まれています(詳
細は『東京新聞』2023年5月21日を参照)。

しかし、この「首脳宣言」が出されたのは20日でしたから、各国が中身を討議する時
間はほとんどありませんでした。

というのも、この「宣言」は、20日には前日まで秘密にされていたゼレンスキー大統
領の電撃参加によって、「首脳宣言」の印象が霞んでしまうのではないかという懸念か
ら、外務省が大急ぎで作成した文書でした(『東京新聞』同上)。

このため、ここには何ら新しい理念やメッセージはなく、悪く言えば、今までで言われ
てきたことを無理矢理寄せ集めただけのものになってしまったのです。

ゼレンスキー大統領が到着した以後のサミット会議は、もっぱらロシア非難とウクライ
ナ支援一色となりました。これについてもサーロー氏は「武器支援びことばかりで、話
し合いによる解決策が聞こえてこない。広島でそうした話をされるのはうれしくない」、
と複雑な心境を語っていました。

先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の拡大会合に参加したブラジルのルラ大統領
は22日、広島市で記者会見し、ロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する米国の
バイデン大統領はロシアへの攻撃をけしかけていると批判しました。

また、平和実現のためには「意味がない」と述べ、ウクライナ問題はロシアと敵対する
G7の枠組みではなく国連で議論すべきだと訴えた。

G7広島サミットでは、「グローバルサウス」と呼ばれ、ウクライナ侵攻で中立的な立
場を取る国も多い新興・途上国との連携強化が焦点の一つでしたが、その有力な一角の
ブラジルとG7の足並みの乱れが一連の会議終了直後に露呈した形となりました

ロシアの侵攻が続くウクライナ情勢について、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上
国は停戦や和平への出口を望んでいるにもかかわらず、欧米諸国が実現しようとしてい
ないとして痛烈に批判、双方の溝を際立たせた格好になりました(注3)。

おそらく同じ日の会見と思われるニュース映像では、ルラ大統領が、我われは気候変動
の問題を話しに来たのに、G7は戦争のことばかり話していると不満を述べていました。

ルラ氏はウクライナ和平への仲介に前向きだが、紛争は対話によって解決されるべきだ
としてウクライナへの武器供与には反対する。 サミット出席のため、電撃訪日したウ
クライナのゼレンスキー大統領にはグローバルサウスの国々を取り込む狙いがあったと
されます(注4)。

しかし、結果的にはG7とゼレンスキー大統領は、グローバルサウス側の不信と反感を
買っただけで、これらの国々をG7側に引き込んだとは言えないようです。

(注1)外務省ホームページ https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100506500.pdf
(注2)https://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to- hiroshima_n_10160172.html
(注3)『熊本日日新聞』電子版2023年6月1日 https://kumanichi.com/articles/1052767
(注4)『静岡新聞』電子版 2023年5月22日 https://www.at-s.com/sp/news/article/national/1244755.html?lbl=553
   『岩手日報』電子版 2023年5月22日。https://www.iwate-np.co.jp/article/kyodo/2023/5/22/1083314


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広島G7(1)―首脳は何を“見なかった”のか―

2023-05-27 20:38:04 | 国際問題
広島G7(1)―首脳は何を“見なかった”のか―

2023年の先進主要国首脳会議(G7サミット)が5月19日~21日に広島で開催
されました。

会議にはG7の正規のメンバー7カ国(日本・アメリカ・イギリス・フランス・カ
ナダ・イタリア)のほか、いわゆる「グロ-バルサウス」と呼ばれる8カ国(オー
ストラリア、ブラジル、コモロ(アフリカ連合―AU-議長国)、クック諸島、イ
ンド、インドネシア、韓国、ベトナム)が招待国として参加しました。

さらに、さまざまな国際組織(EU)などの代表、そして途中からウクライナがゲ
スト国としてゼレンスキー大統領が参加しました。

今年は、日本が議長国で岸田首相は地元(といっても生まれも育ちも東京・渋谷で
すが)の広島開催ということで、外から見ていてもかなり張り切っていました。

本来なら、討議の結果とその意義について書くべきですが、その前に、第一日目の
重要な行事である原爆資料館の視察について何点か検証したいと思います。

会議初日の19日、首脳一行は岸田首相の案内で原爆資料館への視察を行い、続い
て平和記念公園の原爆死没者慰霊碑へ向かって献花を行いました。

私は、原爆資料館の視察こそが、今回のG7サミット会議の中での最重要のハイラ
イトだと思います。なぜなら、核兵器の非人道性を具体的な物をとおして各国の首
脳に知ってもらうことが広島で開催したことの重要な意義だからです。

G7の核保有国で現職の首脳が広島入りするのは2016年のオバマ大統領(当時)が
初めてで、以後、米国のバイデン大統領、英国のスナク首相、フランスのマクロン
大統領は初めて。G7首脳がそろって、原爆資料館を視察するのも過去に例があり
ません。

議長の岸田首相は広島サミットでは、視察のテーマにずばり「被爆の実相」を掲げ
ていました。

犠牲者の写真や遺品などが並び、それをもっとも感じられる本館で展示品を見ても
らうことが必要で、「被爆の実相」にふれることを通じて持論の「核なき世界」の
実現にむけた機運を高めたいとの考えでいました。

では実際の視察はどうだったのでしょうか?

首脳は資料館で、八歳で被爆した小倉桂子さんの実体験の話を聞き、40分の滞在
を終えたことになっています。

オバマ大統領の時には、資料館の東館のロビーで10分間いただけですから、それ
と比べるとずいぶん長くいたように感じます。

しかしその中身をみると、視察の時間は必ずしも長くはなく、しかも重要なことが
隠されていました。

まず、視察時間ですが、首脳がそれぞれ芳名帳に記帳した時間と、小倉さんの体験
談を聞いた時間(本人は10分以上話したと言っています。『東京新聞』2023年5
月20日)を差し引くと、展示物を視察した時間はいくらも残されていません。

ざっと展示品を見るだけでも1時間はかかる(『東京新聞』2023年5月20日)と
言われているのに、これでは到底、「被爆の実相」にふれることはできません。

しかし、問題は視察時間だけではありません。資料館の視察は完全な非公開で、メ
ディアを排除した状態で行われたのです。

G7首脳が館内をどう回り、東館だけなのか本館に足を運んだのかも一切明らかに
していません。

したがって、首脳が視察で何を見たのか、あるいは何を見なかったのかも日本政府
は明らかにしていません。

外務省関係者によると、各国との調整は難航し、本館での展示品を見ることに、特
に米国とフランスは非常に慎重(というより、はっきり言えば拒否的で)だったと
いうことです。

フランスは今年1月、核兵器を「防衛の要」と位置づけた中期防衛計画の骨格を発
表したばかりですから、核兵器の負の側面を見たくなかったのでしょう。

アメリカは、「戦争終結のために原爆投下は必要だった」との国内世論が根強いこ
とが影響しているという。

バイデン大統領がじっくり視察すれば、国内で原爆を使ったことを反省していると
受け取られて批判を浴びる可能性をおそれたのかもしれません。

いずれにしても、日本政府の海外の首脳にたいする忖度を考えるなら、彼らが本当
に「被爆の実相」にふれる展示をたかどうかは非常に疑問です。この点は後にさら
に検証したいと思います。

もっと深刻なことは、もし重要な展示物を見なかったことが分かってしまうと、被
爆の悲惨さをしっかりと見てもらい、核兵器の廃絶につながることを期待していた
多くの日本人の気持ち裏切ることになるのを日本政府は恐れたのでしょう。

前嶋和弘教授(上智大学)は「本館にいったかどうかを含めて公開していいはず。
核なき世界を訴える機会としては残念だった」と述べていますが同感です。

19日夜も政府は、記者団に詳しい内容を説明せず「準備の過程で非公開にするこ
とになった」と、と話しただけでした(『東京新聞』2023年5月20日)。

こうして、行事の最初の入り口で、岸田首相の思惑は頓挫したといえます。

ところで、今回の首脳は原爆資料館で芳名帳に記帳しており、後に、それらを紹介
しますが、その内容を見る前に、いくつか確認しておくべきことがあります。

まず、これらの記帳はどの時点で、また東館と本館のどちらで行われたのかを政府
は発表していませんが、これは重要な点です。

というのも、本当に生々しい「被爆の実相」にふれる展示物は本館に展示されてい
るからです。これに対して東館には写真や映像資料を中心としています。

通常、芳名帳への記帳は、その会場に入った時に行うものです。この通常の手順に
従えば、首脳は展示物を見る前に記帳したと思われます。

政府はこの時の一行の時系列と順路を発表していませんが(悪意に解釈すれば隠し
ていますが)、『東京新聞』(2023年5月20日 朝刊)の図を見ると、「19日11時
20分に原爆資料館に到着し、G7首脳そろって見学」と書かれています。この時
の原爆資料館として東館に矢印が示され、本館ではありません(下の図を参照)。

     図 首脳の視察経路と時間
  
     『東京新聞』2023年5月20日 朝刊より

この間45分。つまり、東館に40分滞在して、5分後に歩いて慰霊碑に着いたという
ということになります。これは、資料館に40分滞在という報道と一致します。

そして12時05分に原爆慰霊碑で献花となっています。この時系列と地図に示された
移動の経路図をみると、首脳一行は東館に立ち寄り本館の前を素通りして慰霊碑に向
かったことがはっきり示されています。

いずれにしても、一行は本館へは立ち寄っていなかった、したがってそこの展示物を
見ていなかったことは確認できます。

以上の経緯を念頭に置いて、以下に、首脳が記帳した言葉の一覧を示しておきます。

 日本 岸田文雄首相 歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に
  「核兵器のない世界」をめざすためにここに集う。

 フランス マクロン大統領 感情と共感の念をもって広島で犠牲となった方々を追
   悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが、私たちに課せられた
   使命です。
 米国 バイデン大統領 この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの
   私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、
   そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きま
   しょう!
 
 カナダ トルドー首相 多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島
   と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛なる弔慰と敬意を表します。
   貴方の体験は我々の心に永遠に刻まれることでしょう。
 
 ドイツ ショルツ首相 この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。私たち
   は今日ここでパートナーたちとともに、この上なく強い決意で平和と自由を守っ
   ていくとの約束を新たにする。核の戦争は決して再び繰り返されてはならない。
 
 イタリア メローニ首相 本日、少し立ち止まり、祈りを捧(ささ)げましょう。本
   日、闇が凌駕(りょうが)するものは何もないということを覚えておきましょう。
   本日、過去を思い起こして、希望に満ちた未来を共に描きましょう。
 
 英国 スナク首相 シェイクスピアは、「悲しみを言葉に出せ」と説いている。しかし、
   原爆の閃光(せんこう)に照らされ、言葉は通じない。広島と長崎の人々の恐怖と
   苦しみは、どんな言葉を用いても言い表すことができない。しかし、私たちが、心
   と魂を込めて言えることは、繰り返さないということだ。
 
 欧州連合(EU) ミシェル大統領 80年近く前、この地は大いなる悲劇に見舞われま
   した。このことは、われわれG7が実際何を守ろうとしているのか、なぜそれを守
   りたいのか、改めて思い起こさせます。それは、平和と自由。なぜならば、それら
   は人類が最も渇望するものだからです。
 欧州連合(EU) フォンデアライエン欧州委員長 広島で起きたことは、今なお人類
   を苦しめています。これは戦争がもたらす重い代償と、平和を守り堅持するという
   われわれの終わりなき義務をはっきりと思い起こさせるものです。
   
   以上(『中国新聞』電子版 2023年5月26日 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/308318)

芳名帳の記帳は公式行事として行われるもので、その文章は国や組織を代表して後々まで
残る歴史的な外交文書となることが分かっています。

したがって、記帳された言葉は個人的なその場の思い付きの印象ではなく、予め考え抜か
れた文章であることは間違いありません。

そのことを差し引いても、私には、これらの文章は建前を語っていて、生々しい「被爆の実
相」にふれた後に感じた気持の痕跡をみることはできません。

会議そのものの内容については、次回以降に詳しく検証したいと思います。





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ウクライナ戦争のもう一つの真実(3)―多様な見解と日本の立ち位置―

2023-02-06 15:21:09 | 国際問題
ウクライナ戦争のもう一つの真実(3)―多様な見解と日本の立ち位置―

2023年1月1日、NHK第一で『混迷の世紀 第7回 2023年巻頭言1 平和と秩序を取り戻せるか』
と題する、番組が放送されました。

今回は、混迷する現代世界について、世界の識者7人へのインタビューを行い、ウクライナ戦争を含む安
全保障、核兵器、エネルギー、食料を取り上げています。インタビューアーはNHK解説委員の河野憲治
氏です。

ウクライナ戦争に関しては、まず、ベラルーシの作家でジャーナリスト、ノーベル文学賞の受賞者、スベ
トラーナ・アレクシェービッチ氏(女性)が、ロシアの市民の声を集めてこの戦争の実態を語っています。
中でも私が注目したのは、彼女によれば、この戦争に対するロシア人の考えが変化しつつある、という点
です。

一つの流れは、主に中年以降の人たちで、プーチン大統領(以下敬称略)がテレビで語る言葉を信じ、戦
争を肯定する風潮が次第に強くなっていることです。

これに対して若い世代はプーチンが遂行している戦争には懐疑的ないしは反対です。ただ、戦争に反対す
る声は権力によって抑え込まれてしまい、今のところ大きな勢力にはなりえないのが現状だというのです。

次に、イアン・ブレマー(アメリカの国際政治学者、コンサルティング会社ユーラシアグループ社長)
へのインタビューで、彼はロシアによるウクライナ侵攻について開口一番、次のように語っています。

    アメリカのウクライナ支援がロシアの侵攻をもたらした。アメリカは、開発途上国の貧困には無
    関心であったが、突如ヨーロッパにウクライナ(の問題―筆者注)が登場すると、ウクライナに
    飛びついた。これは途上国からすると偽善であると感じられた。アメリカは途上国にも気候変動
    にも無関心。トランプは自国中心で、バイデンはアメリカの中間層の復活に熱心。このアメリカ
    だけを例外とする考え(exceptionalism) が分断を生んだ。

誤解のないよう断っておきますが、ブレマーは決して親ロシアではなく、むしろ、アメリカ政府と同様、
ロシアの侵攻には強く反対しています。

それにも関わらず、「アメリカのウクライナ支援がロシアの侵攻をもたらした」と明言しているのです。

この言葉の意味するところは、次にインタビューを受けたフランスの元外交官の発言で明らかになります
が、その前に、ブレマーが指摘しているもう一つの点について触れておきます。

ブレマーによれば、欧米は途上国にたいして無関心であったため途上国との間に溝ができつつあった。ウ
クライナ侵攻で途上国は苦境に陥ったが、アメリカは無関心だった。このためウクライナへのロシアの侵
攻に関して途上国はアメリカを支持しなかった。

実際、国連の場ではロシア制裁決議などの投票で、棄権という形で多くの途上国が欧米への不信や不満を
表しました。

いずれにしてもブレマーは、ロシアの弱体化、そして世界のリーダーではなくなったアメリカによって、
政界の地域的な紛争は・対立は増える、と予測しています。

次に、ユベール・ウェドリーヌ(元フランス外相)へのインタビューの内容を紹介しよう。ウェドリーヌ
は米ロ冷戦の解消に立ち会った外相で、両者の立場を理解している西欧の外相です。

彼によれば、ウクライナ侵攻の一つの大きな要因は「アメリアがロシアを追い詰めた」と要約しています。

つまり、旧ソヴィエトが崩壊した1992年から西側、特にアメリカはロシアに対して勝手気ままで高慢
で不遜な態度をとってきた。

これが端的に表れたのは、2008年にルーマニアのブカレストで行われたNATO首脳会議でブッシュ
は、ジョージアとウクライナがNATO(北大西洋条約機構)への加盟を希望することを歓迎すると演説
したのです。

アメリカはウクライナのNATOへの参加を画策したが、ロシアの反発を考慮して多くの国が反対したた
め失敗しました。そして、この問題は将来決めること、ということで会議は閉会しました。

ウェドリーヌは、「これは最悪の中の最悪の決定だった。参加の加入か否かを決定すべきだった」と述べ
ています。というのも西側諸国はいつかロシアと向き合わなければならない。お互いを殲滅しようとした
冷戦時でさえ、対話は続いていたのだから、と述べています。

つまり、当時のNATO諸国は、ブッシュの提言に賛成しなかったことからもわかるように、この時にN
ATOへの加盟をはっきりと否決すべきだった、と言いたかったのでしょう。

その代わり、ヨーロッパ世界はずっとロシアと向き合ってゆかなければならないのだから、軍事的な拡張
ではなく、冷戦期にも続けていた対話で問題を解決すべきだ、と考えていたのです。

実は、このNATO会議に先立つ2008年4月1日、ジョージ・ブッシュ米大統領はウクライナの首都キエフ
(キーウ)を訪れ、ビクトル・ユーシェンコ大統領と会談をしていました。

この際、ブッシュはウクライナとグルジアのNATO加盟について「全面的に」支持すると表明しました。

当時、両国の加盟についてはフランスやドイツが難色を示しており、ロシアからの強い反発も予測される
ことから、2日からルーマニア・ブカレストで開催されるNATO首脳会議での協議は、難航するとみら
れていました。

フランスのフランソワ・フィヨン首相は、2国の加盟については欧州各国の関係を損ないかねないとして
反対姿勢を示していました。

つまりブッシュは、欧州各国の同意を得ないまま、勝手にジョージアとウクライナをNATOに加盟させ
る意図があることを公に発表してしまったのです。

ブッシュは、米政府は旧ソ連圏のウクライナとグルジアがNATO加盟につながる「加盟行動計画」の承
認を得ることを願っているとし、各加盟国からロシアは「拒否権を発動しない」との確証を得ていると述
べました。

しかし、本当にロシアが「拒否権を発動しない」という確証を得ていたとは考えられないので、これはブ
ッシュの一方的な希望的見解を述べただけなのでしょう。

何しろブッシュには、2003年にイラクが大量破壊兵器を保持している、と何の証拠もないのにでっち
あげの言いがかりをつけ、突如軍事侵攻を開始し、50万人とも推計されるイラク国民の命を奪った“前科”
がありますから。

ウクライナがNATOに加盟するということは、アメリカをはじめNATO諸国の軍隊がロシア国境まで
配備されることを意味しています。

そうなれば、戦後、ずっとウクライナがNATOとロシアとの緩衝地帯としてヨーロッパ世界の安定に寄
与してきたことを、根本的にひっくり返すことを意味しており、欧州を不安定にさせる可能性があります。

だからこそ、欧州各国はNATO会議で、ジョージアとウクライナをNATOに加盟させようとするブッ
シュに賛成しなかったのです。

日本のメディアは英米とウクライナからの情報を基に、ロシア=悪、ウクライナ=善という報道一色ですが、
上に見たように欧米世界にアメリカの責任を指摘する声があるのです。さらに、最近明らかになった、ウク
ライナ政府・軍幹部の汚職を見れば、ウクライナ絶対善とはとうてい言えません。

ところで、このNHKのインタビューによる番組で、日本の立ち位置というか、NHKの立ち位置がはっき
りと出ていました。

すなわち、イアン・ブレマーもユベール・ウェドリーヌも、そもそもロシアのウクライナ侵攻はそもそもア
メリカがロシアにたいして勝手気ままで傲慢な態度をとっていたこと、そしてロシアを追い詰めた結果であ
ることを明言していますが、インタビューを担当したNHKの河野解説員は、これらの点について、一切触
れず、話題を他の問題に振り向けてしまったのです。

やはり、NHKは、そして日本政府もアメリカに忖度して、せっかくのインタビューで引き出した、貴重な
見解を無視することになったと、私は思いました。

結局、追い詰められたロシアの侵攻が始まってしまえば、対話路線は吹き飛んでしまい、アメリカに引きず
られる形でNATO全体が対ロシア攻撃に直接間接に加わることになってしまったのです。

以前、このブログで、軍事力の拡大が戦争を招くこと、ロシアが(ウクライナに)侵攻した背景にNATO
の拡大と武器の大量供与があったこと、それが国境線に緊張を生み、ロシアが挑発されて愚かな行動を取っ
た、という記事を書きました。

そして、この“挑発”には、バイデンのアメリカは直接軍事介入をしないという公の声明も含まれと思われます
(本ブログ2022年5月11日、9月4日、12日、17日の記事)

主権国家ウクライナへの侵攻は決して許されるべきではありません。他方で、ゼレンスキー大統領は英雄視
されNATO特に米英の強力な支持を得て、徹底抗戦を呼びかけていますが、それにより本当に多くのウク
ライナ人とロシア人の命が失われていることを忘れてはなりません。

今のままでは、ウクライナの国民が血を流して米英強硬派の代理戦争を戦わされているに等しい悲劇が続く
ことになってしまいます。

こうしたおびただしい死と破壊は本当に必要だったのでしょうか?私には、大いに疑問です。当事者同士に
よる停戦は現段階では困難ですが、朝鮮戦争のような「休戦」の模索も必要だと思います。

(注1)AFP/BBC News 2008年4月2日 4:52
    https://www.afpbb.com/articles/-/2372790


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ウクライナ戦争のもう一つの真実(2)―米英の狙い―

2023-01-30 08:18:46 | 国際問題
ウクライナ戦争のもう一つの真実(2)―米英の狙い―

ウクライナ戦争に関する日本での報道は、アメリカやNATO発の情報原のニュースや見解
を無批判・無検証のまま、ほぼ垂れ流し的に流しています。

しかし、戦時におけるさまざまな情報は、基本的に「情報戦」であることを前提として受け
取ることが必要です。

しかし、その一方で、この戦争が一体どんな構造や思惑で戦われているのかが、日本人の目
にはますますわからなくなっています。

そんな中で、書店で最も売れている経済誌『週刊ダイヤモンド』の電子版に上久保誠人氏
(立命館大学政策科学部教授)が寄稿した2つの論考は、いくつかの疑問に答ええてくれる
と同時に、この戦争の背後に何があるかを示唆してくれる点で重要です。

一つ目の論考は、この戦争が始まって間もない5月に『ロシア停戦に米英が「本気を出さな
い」2つの理由、紛争長期化でも得る恩恵とは』というものです(注1)

以下に、これらを紹介する形で戦争の経緯と背景を順次考えてゆきます。

この論考によれば、2022年3月末の時点では、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ある程
度ロシアに妥協する形で停戦交渉を進めていました。

具体的には「2014年にロシアが併合した南部クリミア半島の帰属棚上げ」を提案し、「東部
ドンバス地方で親ロシア派勢力が侵攻前に支配していた領域についても、ロシアによる占領
を一時的なものとして容認する」と、ゼレンスキーは表明していたのです。

そして、「その他の地域からはロシア軍が全面撤退し、占領地の帰属は今後の協議に委ねる」
とするなど、具体的な妥協案を提示してロシアと交渉していました。

しかし、4月にキーウ(キエフ)に侵攻しようとしたロシア軍をウクライナが追い返した頃か
ら、停戦交渉の雲行きが変わりました。ロシア軍が去ったキーウ周辺で、ロシア軍が住民を
虐殺した実態が明らかになったことが大きな理由だといわれています。


虐殺問題に加えて、米英などによる支持と軍事支援を取り付けた結果、ゼレンスキー大統領
はこの妥協案を破棄して、今では徹底抗戦しているだけでなく「ロシア軍を完全にウクライ
ナ領から追い出す」「戦争の勝利」を目標とするようにと言い始めています。

上久保氏は、米英の軍事支援がウクライナ戦争においていかに強力かを示している、とコメ
ントしています。

ただし、ここで重要なことは、米英はウクライナを軍事支援しているが、ロシアと直接戦っ
ているわけではないという事実だ。米英は自ら手を汚さず、自国の若者を犠牲にすることな
く、ウクライナをロシアと戦わせ続けている、という冷徹な事実です。

上久保氏は、“米英は、なぜ紛争解決に積極的ではないのか”、と問いかけ、その要因として
経済面・政治面の大きく二つ挙げています。

経済については、欧州諸国がロシア産石油・ガスを禁輸すると、制裁を加える側にも大きな
ダメージをもたらすが、米英のダメージは相対的に小さい。

米英はロシアから石油・ガスのパイプラインを引いておらず、ロシアからの輸入に依存して
いないからです。

また、かつて「セブン・シスターズ」と呼ばれた、シェル、BP、エクソンモービルなどの英
米系「石油メジャー」が、世界中の石油・天然ガスの利権を確保していることも重要です。

英米系石油メジャーは、「サハリン1・2」などロシア国内の油田・ガス田の利権から撤退し
てしまいましたが、世界中に利権を持つメジャーには、ロシア利権は微々たるもので経営に
悪影響はほぼありません。

むしろ、その利権を中国系やインド系にそれを売却すれば、巨額の売却益を得られます。

何より重要なのは、米英系石油メジャーが単にロシアから石油を購入していただけではなく、
ロシアに石油掘削、精製などの生産技術を提供してきたことです。

こうした英米の企業が撤退すれば、ロシアは技術を失い、石油・天然ガスを輸出できないだ
けでなく、生産そのものが停滞し、油田は次々と閉鎖に追い込まれることになることが想定
されます。
 
他方、ロシア産石油・天然ガスの禁輸措置は、結果的に、米英にとって欧州の石油ガス市場
を取り戻す千載一遇の好機となったのです。

というのも、1960年代後半以降に、ロシアと欧州の間に天然ガスのパイプライン網が敷かれ
るようになる前は、欧州の石油・ガス市場は米英のメジャーの牙城だったからです。

実際、ロシア産石油と天然ガスの禁輸措置以降、ヨーロッパ諸国はそれらを高い価格で米英
メジャーから買うようになったのです。

もう一つ見逃してはならないのは、今回の戦争で、アメリカの軍事産業は、世界中からの武
器の注文で笑いが止まらない状態にあります。これもアメリカにとっての大きな利益で、戦
争が長引けば長引くほど、巨額の利益が転がり込んでくる仕掛けです(注2)。

次に、政治的に見ても、米英にとってウクライナ紛争が長期化し泥沼化しても何ら不利益は
ありません。

ロシアは、ウクライナへの軍事侵攻という「力による一方的な国境の現状変更」を行いまし
た。これは、大国からの介入を常に恐れる多くの中堅国・小国にとって、絶対に容認できな
いことでした。これにより、ロシアは国際的に完全に孤立してしまいました。

こうした状況で、紛争が長引けば長引くほど、プーチン大統領は追い込まれ、軍事行動が失
敗だったと多くの国民が気づけば、大統領の失脚、暗殺、政権転覆、クーデターの動きが出
てくるかもしれないのです。これこそ、米英やNATOが望んでいる事態でしょう。

実際、アメリカ最大のシンクタンクの一つ、ランド研究所は2019年には、『ロシアの力を使
い果たさせる―有利な立場からの競争(Extending Russia -Competing from Advantageous
Ground)』という報告書を出しており、ここで、どのようにロシアの経済、軍事、政治力
を弱体化させるか、の展望を示しています(注3)。

ここでは直接にウクライナ戦争に言及しているわけではありませんが、事態の推移をみると、
ウクライナ戦争は、アメリカが望んだとおりに進行しています。

いずれにしても、米英にとってウクライナ戦争は、自ら手を汚さずにプーチン大統領を弱体化
させ、あわよくば打倒できるかもしれない「千載一遇の好機」であるとも言えます。
 
このように、経済的・政治的な利点があるからこそ、米英にとっては積極的に紛争を止める
必要性はありません。

上久保氏の二つ目の論考は、『ロシアと中国が限界を露呈、世界には今「コンパクト民主主
義」が必要だ』といタイトルで、その中に「必ずしもNATOは正義の味方とはいえない」
という見出しの部分があり、日本の報道では無視されてきた重要な点に鋭い分析を加えてい
ます(注4)。

すなわち、この戦争で多くのウクライナ人とロシア人の命がすでに失われています。開戦後
はウクライナが予想外に善戦しているが、それは米英の支援があるからで、そのことは戦争
を長引かせ、両国の死者を増やす結果をもたらしています。

上久保氏は、多くの人命が失われるきっかけを作ったという意味では、米英を中心とするN
ATOの責任も大きい、と指摘しています。

というのも開戦前、米英はロシアの動きを完全に把握しながら、それを阻止する動きもせ
ず、むしろロシアを挑発して戦争を誘発したとさえいえる言動をしてきたからです。

そして、いったん戦争がはじまると、米英は“火に油を注ぐ”(戦争をさらに燃え上がらせる)
ような軍事援助をします。

以上を要約すると、米英には、この戦争を経済的にも政治的にも積極的に停戦させる理由が
ないのです。この意味で、米英を中心とするNATOはウクライナ戦争が始まる前から、既にロ
シアに勝利していたとの見方もできるのだ、と上久保氏は論評しています。

今回は上久保氏の論考を紹介しつつウクライナ戦争の背景を考えてみましたが、次回は別の観
点からアメリカの政治学者とフランスの元外交間の見解と、私自身の見解を述べてみたいと思
います。


(注1)『DIAMOND ONLINE』(2022.5.31 4:05)
     https://diamond.jp/articles/-/304037
(注2)JBress(2022年12月31日)
    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73342
(注3)『日刊IWJガイド』(2022年8月22日)https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/51210#idx-3
(注4)『DIAMOND ONLINE』(2023.1.11 4:15)
    https://diamond.jp/articles/-/315834



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2023年の世界と日本を予測する

2023-01-03 15:53:31 | 国際問題
2023年の世界と日本を予測する

2022年は、日本にとっては前年に引き続いてコロナ禍と円安、それと密接に
関連した物価上昇が私たちの日常生活に大きな影響を与えました。

一方、世界に目を向けると、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻が大きな
衝撃を与えました。

もっとも、ウクライナはや何といっても多くの日本人にとてって、遠く離れた国
の問題で、どれほどの人が自分の問題として感じられたかは疑問です。

しかし、この戦争がもたらした全く別の副作用として、ロシアの石油や天然ガス
の供給が世界の市場で激減し、それにともない価格は暴騰しました。

エネルギー資源の9割と輸入していると日本も、この事態の影響をまともに受け
て、あらゆる物価の高騰の一要因となりました。

さて、世界と日本にとって2023年はどんな年になるでしょうか? もちろん、
これに対する見解は人によって異なります。

ここでは、イギリスの『フィナンシャル・タイムズ紙』(Financial Times)が毎
年発表している予測を中心に検討してみたいと思います(注1)

今年は、2023年1月1日午前〇時に配信された今年の重要な問題を20項目に絞
って、それぞれの項目について簡単に説明がつけられています。なお、それぞれ
の項目に対する答えは別々のスタッフが担当しています。

今回は、私の独断で20項目のうち5項目を選んで紹介し、私のコメントを書き
添えようと思います。参考までに昨年(2022年)の予測は20項目中、5項
目が外れたということです。

①ロシアとウクライナの戦争は停戦に至るか?
これに対しては「至らない」と答えています。2023年は正式な和平調停はお
ろか、長期的な停戦の条件がそろう可能性も低いだろう。

現状を凍結するのではロシアもウクライナも満足しない。ロシア政府はウクライ
ナの独立を打ち破ることも、22年9月に強引に「併合した」東・南部4州さえ完全
に支配できていない、というのがその理由です。

しかも、ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアに制圧されたドンバス地方と
14年に一方的にロシアに併合された南部クリミアに加え、2月の侵攻以降に失っ
た領土を奪還しない限り停戦に応じることは考えられない。

これらの領土奪還には、西側諸国としては供与したくないと考えるであろう武器
が必要になる。他方、ロシア側は長期戦に備え、部隊の再編や準備を進めている。
長期にわたる過酷な戦いがまだ続くだろう。

私もほぼ同感ですが、戦争には想定外の要素が加わることがあります。

たとえば、ウクライナに対するNATO側、特にアメリカからの武器支援が予定
より少なかったり、ロシアの武器弾薬が突然尽きてしまったりした場合、戦況は
一挙に変わってしまいます。

また、プーチン大統領が精神的に追い詰められて突然辞任したり、あるいはロシ
ア国内の反プーチン運動の高まりで、大統領の地位から引きずり降ろされる可能
性もあります。

②ヨーロッパで停電は発生するか?
これに対する答えは「発生する」です。この冬が厳しい寒さになれば4月までに発
生する可能性があるが、問題はその後、今年から来年にかけて到来する冬だ。

天然ガスの備蓄は現在こそ満タンに近いが、寒さが終わる23年春に補充するのは
極めて難しい。22年はロシアからのガス供給が6月まではおおむね通常通り続いた
が、23年はほぼゼロに落ち込むので、液化天然ガス(LNG)で不足を賄うのは難し
しそうだ。

停電のリスクを減らそうと欧州は、残念だがガスから石炭の利用へと逆戻りしつつ
ある。フランスの原子力発電所のメンテナンスを巡る問題は収まるだろう。しかし、
欧州全体のエネルギーシステムはこの18カ月間逼迫しており、突発的な事態が起き
るリスクは高まっている。

筆者が気になっているのは、ヨーロッパにおける停電問題の陰に隠れた、二つの問
題です。

一つは、ロシアの天然ガスへの依存度が高いドイツは、これまでの脱炭素(脱温暖
化)と脱原発に向けて政策を進めてきたのに、今回は、また石炭と原発を復活させ
ようとしていることです。

二つは、世界的なエネルギー危機に対応してヨーロッパ諸国がとった資源の買い占
めがもたらす途上国や貧困国への深刻な問題です。

2022年に、ヨーロッパ各国はなりふり構わず、ロシア産、アメリカ産、中東産
の天然ガスと石油を高値で買いまくって備蓄を増やしました。

このため、途上国や貧しい国は天然ガスを買うことができませんでした。こうした
ヨーロッパの自国優先主義的行動がもたらす負の側面も忘れてはなりません。

③中国は台湾に攻撃または封鎖を仕掛けるか?
これには「しない」と予測しています。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席
がいずれ台湾を攻撃、もしくは封鎖する決断を下す可能性はあるが、それは23年で
はないだろう、との予測です。

というのも、侵攻はとてつもなく大きなリスクをともなう賭けとなるからだ。もし
台湾侵攻が想定通り進まなければ、習氏は米国と戦争をすることにもなりかねない
わけで、その場合、彼は権力を失い、中国に永遠に取り返しのつかないダメージを
与えることになるからです。

中国は台湾に対し中国に屈服するよう強い圧力をかけることができるから、むしろ
侵攻よりも封鎖に踏み切る可能性の方がはるかに高いと想定される。

④中国は経済成長率5%を再び実現できるか?
これにたいしては「実現できる」との予測です。中国は22年末に新型コロナウイル
スを封じ込める「ゼロコロナ」政策を緩和しました。中国が新型コロナと共存して
いく「ウィズコロナ」をひとたび体得すれば、経済活動は力強く回復するだろう、
と予測しています。

世界にとっても日本にとっても、中国の経済動向は非常に大きな影響を与えます。
私は、期待を込めて、中国は5%の経済成長を実現できると思います。

⑤日銀は金利操作YCCを継続するか?
最後に、日銀のYCC政策ですが、答えは「継続する」です。YCCとは長短金利
操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)のことです。

日銀は昨年12月20日に決めた長期金利の許容変動幅を0.25%から0.5%に拡大し、市
場に大きなショックを与えました。

日銀は否定していますが、これは実質的な金利の値上げです。これによって、住宅
ローンなどの長期金利が即座に上昇したことは記憶に新しい。

今年の4月から黒田東彦現総裁に変わって新総裁が就任します。『フィナンシャル・
タイムズ』の評者は、世界経済の低迷が予想されているだけに、日銀は、23年にYCC
を解除して、金利を市場に任せるのは時期尚早だとの判断をするだろう、と予測し
ています。

以上、は『フィナンシャルタイムズ紙』が独自に設定した予測項目ですが、これ以外に、

本について、他の予測を補足しておきましょう。

それは「、アメリカの国際政治学者のイアン・ブレマー氏が『日経ビジネス』(電子
版)に寄稿した、「円安は日本経済の弱体化に原因」と題する記事です。

日本経済では一方で円安が進行し、他方で現在物価の上昇にみられるようにインフレ
傾向が顕著になっています。

ブレマー氏は、『日経ビジネス』側から「日本の政権はインフレや円安を収められま
すか」と問われて、次のように答えています。少し補足を加えて紹介します。

現在の日本の中央銀行がインフレを抑えるために他国と同じように金利を上げることは
非常に難しいと思います。政権がどうこうというより、日本の経済そのものが弱まって
いるからですと、いきなり核心を突いた点を指摘しています。

ドルに対して円が安いのも、日本経済の弱体化に原因があります。世界的なインフレは
先に触れた通り構造的な問題なので日本だけでできることは少ない。残念ながら、この
状況は23年も続くでしょう、との見立てです。。

つまり日本経済が弱体化しているので、金利を上げる体力がない、と言っているのです。

上に、フィナンシャル・タイムスの記事で、昨年末に日銀は超短期金利の変動幅を0.25
%から0.5%に引き上げたこと、そして、そのことが事情にショックを与えたこと、住宅
ローン金利がすぐに反応したことを述べました。

この場合わずかに0.5%ですが、欧米の金利値上げは5%以上です。わずか0.5%で市場が
大慌てするほどの衝撃を与えることを考えると、5%の金利引き上げは到底考えられない
でしょう。

それだけ、日本経済は体力がないことの証です。この状況は23年も続くでしょう、との
見立てですが、これは、引き続きインフレ、つまり価格の上昇は続くことを意味します。

給料は上がらず、物価だけが上がる、という、国民にとっては苦しい1年になりそうです。

(注1)『日経ビジネス』(電子版)2023年1月1日 0:00
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB280PD0Y2A221C2000000/?n_cid=NMAIL007_20230102_A
(注2)『日経ビジネス』(電子版 2022年12月23日)https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00525/122000007/

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ウクライナ戦争(2)―戦争報道はどれほど信用できる?―

2022-09-12 16:05:24 | 国際問題
ウクライナ戦争(2)―戦争報道はどれほど信用できる?―

事の背景は複雑ですが、独立国にいきなり侵攻し、多くの市民を殺しているロシアの行為
は許されるべきではありません。

こうした怒りを背景に、つい2か月くらい前までは、テレビのニュースでは、ウクライナ
戦争の戦況に関して逐一報道されていましたが、残念なことに現在ではずいぶんトーンダ
ウンしています。

最近では、何か大きな変化があった場合に、とりわけウクライナ側に攻勢があった場合に
取り上げられるくらいの状況になっています。

たとえば、ウクライナ軍が9月10日、北東部ハルキウ州のロシア軍占領地への攻撃を進
め、ロシア軍の補給基地とする町を奪還したこと、そしてロシア軍が同州で東部制圧を狙
うための重要拠点としてきた都市イジューム周辺から部隊を撤退させたことが報道されて
います。

ロシアの軍当局が、この地域からの撤退し、ロシア軍当局は南部への移動と発表している
ことから、ウクライナ軍の攻勢は間違いないでしょう。

ただし、このニュースからは、果たしてウクライナ軍とロシア軍が闘った結果、ウクライ
ナ軍がロシア軍を追い出したのか、ロシア側が何らかの理由(例えば南部に兵力を集中す
るため)に移動したのかは分かりません。

メディア学が専門の佐藤卓己京都教授は、「Voice」9月号で、「戦争報道に『真実』を求
めてはいけない」という文書を寄稿していますが、そこでは、「戦時報道は突き詰めれば
戦争プロパガンダです。当事者が自身に都合の悪い情報を出す理由はないですから、戦争
報道の多くは戦争宣伝になるのです」と、至極当然のことを言っています(注1)。

したがって、そこで感情的になったり、伝えられるプロパガンダをそのまま「真実」であ
ると鵜呑みしてしまうことは危険です。

これは、かつて日本人が「大本営発表」の戦争報道ですっかり騙された苦い過去を思い起
こすべきです。 

では、現在進行中のウクライナ戦争に関する日本の戦争報道はどうでしょうか?

これについてノンフィクション・ライターの窪田順生氏は、日本のメディアがウクライナ
戦争をどのように報道しているかを検証しています(注2)。


ロシアの侵攻当初、「国際社会は経済制裁をしてプーチンを追いつめろ!」と威勢のいい
ことを言っていたが、思っていたほど効果が出ていない。むしろ、これまで散々世話にな
っていたロシアの天然資源が入らなくなって、自分たちの首を締めている」。

そして、最近の欧米にはウクライナ「支援疲れ」が見えるようになっている。

佐藤氏は、日本でも侵攻直後は「ウクライナと共に!」と芸能人たちが呼びかけ、ワイド
ショーも毎日のように戦況を紹介し、スタジオで「どうすればロシア国民を目覚めさせら
れるか」なんて激論を交わしていた。今はニュースで触れる程度で、猛暑だ!値上げだ!
という話に多くの時間を費やしている、という現実を指摘しています。

この結果「打倒プーチン」と大騒ぎをしていたことがうそだったかのように、日本のマス
コミではウクライナ問題を扱うテンションが露骨に落ちてきています。

佐藤氏は、改めて日本のウクライナ戦争に関するマスコミの戦争報道の偏向を厳しく検証
しています。

例えばわかりやすいのは、侵攻直後に耳にタコができるほど報じられ、今も盛んに叫ばれ
ている「ロシアは国際社会で孤立してもうおしまいだ!」という方向のニュースです。

また、国連非難決議 ロシアの孤立が明白になった(読売新聞3月4日)
結束強めれば孤立も ロシアと国際社会の間で揺れ動く中国の苦悩(毎日新聞3月11日)

佐藤氏は、多少皮肉を込めて、これらのニュースを真に受けた純粋な日本国民は狂喜乱舞
した――ロシアは国際社会から追放され、ズブズブの関係だった中国も距離を置き始めて
いる。あとは、ロシア国民が「洗脳」から目覚めて、プーチンの首を取ってくれれば世界
に平和が訪れる――、などの反応を示した、と書いています。

しかし残念ながら、これは典型的な戦争プロパガンダです。西側諸国と西側にくっついた
日本の立場的に「こうだったらうれしいな」という願望が多分に盛り込まれた、かなりバ
イアスのかかった偏向報道なのだ、というのです。

こうした状況が最も露骨に現われたのが、6月15日から18日にかけて、ロシアのサンクト
ペテルブルクで開催された、第25回サンクトペテルブルク国際経済フォーラムでした。

これは例年140カ国ほどの国が参加しているが、今年は欧米諸国の政府要人は軒並み欠席
しており、米国政府などは他国にボイコットを呼びかけました。今やロシアは世界中の人
々から批判される「悪の帝国」であり、国際社会で孤立無縁の状態なのだから当然だと思
われるかも知れませんが、なんと今年も127カ国が出席したのです。

つまり、アメリカによるボイコットの呼びかけと圧力にもかかわらず、例年の90%の国
が参加していたのです。

私は当時の某テレビ局のニュースをはっきり覚えていますが、多くの人が参加した例年の
映像と、あまり人がいない今年の会場のシーンを並べて映していました。この映像そのも
のが、どの時間帯でどのような状況で撮られたのかも、気になります。

また、その最中にプーチン大統領は今のG7を中心とした世界秩序に代えて、新興国と途上
国から成る「新しいG8」(中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、
メキシコ、イラン)の結束を呼び掛け、そのスピーチの場では盟友・習近平氏のビデオメ
ッセージが公開されていました。

ちなみに6月28日、ロシアが入っているBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア
フリカ)の枠組みにイランが正式に加盟を申請した。また、ロシア外務省によれば、アル
ゼンチンも加盟を申請しているという。

マスコミが「国際社会で孤立している」と報じていたロシアに、なぜ127もの国が集って
いるのか。なぜイランやアルゼンチンのように経済的連携を強化しようという国まで現れ
ているのか。

ここにきてロシアの国際的なイメージが急速にアップすることがあったのでしょうか。

それでも、日本人の中には、「そりゃ世界には親ロシアの国もあるだろうが、国際社会で
主導権があるのはやはりアメリカやEUなんだからロシアが孤立していることは間違いない
」と口を尖らせて反論する人もいるだろう。しかし、実はそういう「国際社会」の認識こ
そが、西側諸国のプロパガンダの賜物なのだ、と佐藤氏は警告しています。

「国際社会」の代表みたいな顔をしている西側諸国は、実は世界の人口の15%しか占めて
いません。一方、ロシアと中国を含めたBRICSは5カ国だけで人口30億人以上(世界人口
の38%以上)を擁して、経済規模も世界のGDPの約24%を占めているのです。

今、マスコミが報じていることをそのまま信じるなら、ロシアは孤立していて、旧式の兵
器しかなく、しかも弾薬はもうすぐ尽きそうで、兵士も相当数死んでおり、総合的に見て、
ロシアは瀕死の状態にある、ということになります。

それに対して、私たちはウクライナ軍の死傷者については何も知りません。以前、ウクラ
イナのメディアについて現地で取材したドキュメンタリー番組で、スタッフはウクライナ
側の損害については報道しない、と語っていました。

ウクライナでは18才から60才までの男性は出国禁止となっており、その幾分かは必要
に応じて軍に編入されているでしょうから、兵員数では圧倒的にウクライナ軍が優位を保
っていると思われます(前回の記事も参照)。

これまでのロシア軍は最大で15万人、しかも2月24日に侵攻した軍は若く、経験の浅
い兵士から編成されており、訓練であると言われてウクライナに侵攻しました。

私には、旧式の兵器、経験の浅が浅く少ない兵士で、相手国に侵攻したロシア軍がまだ、
壊滅や敗退していないことが不思議です。

ところで、今回のウクライナ戦争の副産物として見逃すことができない、事態が静かに進
行しつつあります。

それは、米ドルを基軸通貨とする世界の経済・貿易の決済システムに変化が生まれつつあ
ることです。

一つは、ロシアの海外ドル資産が凍結され、従来の国際決済システムから締め出されたロ
シアのルーブルは一時暴落しましたが、ロシアのガスや石油を輸入する国は、ドルではな
くルーブルで支払うよう要求しました。

この結果、ヨーロッパ各国はルーブルを買い集め、ルーブルは再び経済制裁以前の水準を
回復しています。

もう一つ、長期的にはさらに大きな意味をもつ変化が起こっています。ロシアは先に言及
した新興国と発展途上国同士の連携を呼びかけています。

ロシアが唱えている「新しいG8」やBRICSにたいして影響力を強めているロシアは、欧米
諸国にとっては皮肉にも経済制裁をきっかけとして、ドル支配の経済システムから離れ、
新たな非ドル経済システムへの道を歩み始めています。

ロシアは「新しい世界における新しい機会」への道を進み始めています。米国の対露攻略
戦略は完全な裏目にでてしまったのです(注3)。

私は、欧米による経済制裁は長期的には確実にロシアを追い詰めてゆくと思います。とり
わけ先端技術やITの分野では、中国に依存せざるを得ないでしょう。

しかし、欧米のうちヨーロッパ諸国は、ガス価格(10倍に跳ね上がっている)や石油価
格の高騰によって、国民経済が非常に痛みつけられる、という負のブーメランに悩まされ
ています。

日本においても、ロシアへの経済制裁の副作用は、部分的にはすでに到達しつつあり、今
後さらに強まると予想されます。

私たちは、物事を複眼てきな目で見てゆくことが絶対に必要です。

(注1)『毎日新聞』(デジタル版)2022年9月11日  https://mainichi.jp/articles/20220909/k00/00m/040/239000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20220911

(注2)DIAMOND Online(2022年6月30日  4:00)
https://diamond.jp/articles/-305661?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20220630
(注3)IWJ 2022.9.3(9月2日号)(https://iwj.co.jp/wj/open/archives/510285)


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ウクライナ戦争の背景(1)―本当のことを知りたい―

2022-09-04 09:19:30 | 国際問題
ウクライナ戦争(1)―本当のことを知りたい―


ロシア軍が、かつてソヴィエト連邦を構成していたウクライナに軍事進攻した2022年2月24日
は戦後世界における一つの大きな転換点として記憶されるでしょう。

侵攻から半年たった今、もう一度、この戦争の経緯を振り返りつつ現状を考えてみたいと思います。
というのも、これまでウクライナ侵攻に関して、私にはいくつかの疑問があるからです。

まず、今年2月24日に侵攻が始まるかなり前から、すでにいろいろな動きがアメリカ(NATO
諸国)・ロシア・ウクライナの間にあったことが分かっています。

まず、2014年にクリミアがロシアに併合されて以降、アメリカはウクライナへの大量の武器を供与
するとともにウクライナ軍の訓練(戦略や武器の使用法など)や情報システムなどの支援を行って
います。

また、侵攻前年の2021年8月30日にはゼレンスキー・ウクライナ大統領はバイデン大統領との会
談で、クリミアを奪還するためにアメリカの支援を要請したようです(本ブログの5月17日「ウ
クライナ戦争の残酷なリアル」参照)。

そして10月20日には、バイデン大統領はウクライナを含めた15ヵ国の多国籍軍による大規模軍事
演習が行われ、10月23日にはウクライナに180基の対戦車ミサイル・システム(シャベリン)を供与
しています。

この時点で、バイデンは近い将来、ロシアがウクライナに侵攻を予測していたと思われます。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアのプーチン大統領が10月末から11月初旬にかけて、ウ
クライナとの国境周辺に10万人ほどのロシア軍を集めてウクライナを囲む陣地配置に動いたことを
彼のウエッブサイトを通じてビデオメッセージを発信しました(注1)。

12月7日になると、バイデンは強引にプーチンとの会談を持ち掛け、会談後に、米軍をウクライナ国
内に派遣してロシアの軍事侵攻を阻むことを「検討していない」と、米軍の軍事介入に否定的な考え
を示しました。

これは「プーチンがウクライナに軍事侵攻してもアメリカは阻止しないというシグナルを発した」こ
とになります。

筆者の第一の疑問は、バイデンはなぜ、誰が考えてもプーチンにウクライナ侵攻を決意させるであろ
う“誘い”となるようなことをわざわざ自分の方から言い出したのか、という点です(注2)。

バイデンの真意について確かなことは分かりませんが、さまざまな推測や憶測が出されています。た
とえば、青山学院大学の羽場久美子名誉教授は、ウクライナ侵攻を大きな視点でみて、次のように端
的に総括しています。
    軍事力の拡大が戦争を招く。ロシアが(ウクライナに)侵攻した背景にNATOの拡大と武
    器の大量供与があった。それが国境線に緊張を生み、ロシアが挑発されて愚かな行動を取っ
    た(前出、このブログの2022年5月17日の記事を参照)。

ここで“挑発”には、バイデンのアメリカは直接軍事介入をしないという言葉も含まれと思われます。

私自身は、上に述べたバイデンの言葉の背景には二つの意図があったと推測しています。

一つは、これまでのアメリカの行動から、バイデンは現在NATO諸国とロシアとの緩衝地帯となって
いるウクライナをNATOに組み込み、NATO軍が直接ロシアとの国境線まで進出できる状態を作り
たかったのではないか、そのためには、ロシアがウクライナに侵攻し、それを理由にアメリカが武器・
兵器を供与するという形でウクライナ戦争に介入する、という意図です。

二つは、ただしその場合、アメリカが直接軍隊を派遣すると、ロシアとアメリカの全面衝突となってし
まうので、それだけは絶対に避けなければならない、という意図です。

これにはさらに、実際に闘うのはウクライナ兵でアメリカの若者が直接に軍事介入して死傷者を出すよ
うなことになると、国内で反発が大きいので、これも絶対に避けなければならない、という配慮です。

これは悪く言えば、アメリカの対ロシア代理戦争としてウクライナを利用しようとする考えです。

第二の疑問は、これまでロシアはほどなく敗退する、という日本を含む西側諸国ではまことしやかに言
われてきたのに、9月の今現在、まだロシア軍が全体として敗退した、というニュースが伝わってこな
いのはなぜか、というものです。

私たちが見聞きする“戦況”のニュースは、ロシアは当初より軍事的に失敗続きで、多くの将軍たちもウ
クライナ軍によって殺害され軍の士気も下がっている、さらにウクライナ軍はアメリカを始め、40カ
国からの最新式の武器を供与されているのに対して、ロシアは旧式の武器しかもっていない、ロシア軍
が制圧した地域も、ウクライナ軍の反撃によってロシア軍は押し戻されている、など、ロシアの劣勢、
ウクライナの優勢を伝えるものばかりです。

武器だけでなく、ウクライナは情報という点で、アメリカその他の国から詳細な軍事情報を得ているの
に、ロシアは相変わらず、携帯電話のような、簡単に傍受されてしまう通信手段しかもっていません。

5月ごろの夜の情報番組で、ある著名な評論家は、6月後半にはウクライナに大量の武器が入るので、
ロシア軍は敗退し、ロシアという国家そのものも崩壊する、とまで言っていました。

ここで、ロシアとウクライナの軍事力を比較してみましょう。軍事の専門家、田岡氏によれば、侵攻し
たロシア軍は15万人、それと協同している親露派民兵は約4万人だから計19万人とみられます。

西側の発表によれば、この2カ月余りで4万5000人の死傷者が出ているとみなされている。これが正し
いとすれば ロシア軍には約24%の人的損害が生じていることになります(注2)。

今回の戦争の主力は戦車ですが、ウクライナ戦線に投入されたロシア軍の大隊戦術グループ(BTG)
の戦車は合計1200両ほど。その500両以上が撃破され、ロシア本国からの補充を待つ状態に置かれて
います。

その上、ロシアの兵器が全般に旧式のものが多いうえ、今ある兵器を使い切ってしまったら補充はな
かなか困難です。

日本では、いかにもウクライナ軍の戦力が劣勢のように報道されますが事実は逆です。

まず、ウクライナ陸軍は12万5000人、空挺軍2万人、海軍歩兵6000人で地上戦兵力は計15万1000人。
さらに内務省管下の国土防衛隊6万人、国境警備隊4万2000人を加えれば地上戦兵力は計25万3000人
で、侵攻したロシア軍を上回ります。

そのほか徴兵制の兵役を終えた予備役兵が90万人とされ、若い予備役兵の一部だけを動員しても人数
では、圧倒的にウクライナが優勢です。

ウクライナ軍は主力の旧ソヴィエト時代のT-72戦車とその改良型をはじめ約2600両の戦車を備えてき
た。実戦投入可能なものを1000両弱として、今回の戦闘で損耗した分を差し引き、稼働率を考慮して
も相当数が残っています。これにポーランドとチェコからの200両以上も加わります。

通常、攻める側の戦力は守る側の3倍は必要と言われているのに、兵員数でも主力の戦車でも近代兵
器(精度の高いミサイルなど)でも実際にはロシア軍の方が戦力的には劣勢なのです。

ウクライナ軍はアメリカから供与された対戦車砲ジャベリンを多数装備し、これらがロシア軍の戦車を
次つぎと破壊してきました。

加えて、アメリカやノルウェーが供与したハームやハイマースなど高性能ミサイルは正確に対象をピン
ポイントで攻撃できる超高性能ミサイルの近代兵器があります。

これに対してロシアにはレーダーやコンピュータで誘導されるミサイルはありません。

こうした兵器におけるロシア軍の圧倒激な脆弱さに加えて、侵攻前に国境地帯での演習に集まっていた
部隊は実戦に十分なだけの予備燃料や弾薬・食料などを初めから持参していなかったため、越境して間
もなく補給が不足し、60キロもの停滞が発生。そこを対戦車ミサイルで攻撃され大損害を受けました。

おまけに、侵攻したロシアが頼りにしていた戦車は、温暖化の影響で地面が泥濘(でいねい)と化して、
キャタピラを履いた戦車でさえ足を取られてしまいました(注3)。

ロシアにはベラルーシという友好国があるとはいえ実態としては単独で闘っているのに対して、ウクラ
イナにはアメリカを筆頭に30ヵ国のNATO加盟国に日本など西側諸国10カ国ほど、計40ヵ国ほど
が武器・情報・資金援助をしています。

ロシアは、主力の戦車、兵力、武器の量と質でウクライナに劣っているのに、なぜ、侵攻から6カ月経
った現在でも戦争を続けていることができるのでしょうか? その方が私には大きな疑問です。

以上の疑問点について、メディアはあまり取り上げませんが、何か大事な情報や事実が報道されていな
いのではないか、と思わざるを得ません。

何が真実なのか、私たちは、本当に正しい情報を与えられているのだろうか?

次回は、ウクライナ問題に関する報道について検証してみたいと思います。

(注1)REUTER https://www.reuters.com/world/europe/ukraine-says-russia-has- nearly-100000-troops-
    near-its-border-2021-11-13/
(注2)DIAMOND Online (2022.5.19 3:55)https://diamond.jp/articles/-/303369
(注3)『毎日新聞』デジタル版(2022年5月18日)
    https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20220517/pol/00m/010/005000c?cx_fm=mailpol&cx_ml=article&cx_mdate=20220522 
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夏が終わりに近づいている今でも、家の垣根などにアサガオの花が咲いています。
 



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ウクライナ戦争の残酷な「戦争のリアル」

2022-05-11 07:21:41 | 国際問題
ウクライナ戦争の残酷な「戦争のリアル」

2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻を始めて、5月8日現在2か月半
になりますが、一体、この戦争がどのような形で結末を迎えるのか、多くの人が
危惧を抱いています。

この戦争の結末は不透明で簡単に言うことはできませんが、そもそもこの戦争は
なぜ起こったのか、を現在の時点で考えてみることは重要です。

それによって、今後の展開が少しは見つかるかもしれないからです。

ちょっと、時間を昨年に戻すと、まだロシアの侵攻がほとんど話題になっていな
かった7月、ゼレンスキー・ウクライナ大統領はバイデン大統領と会談を申し入
れ、アメリカ側は彼と8月30日に訪米することになっている、とサキ報道官が
発表しました。

サキ報道官によれば、ゼレンスキー氏はバイデン米大統領に、同国南部クリミア
半島を実効支配するロシアに対抗して「ウクライナの主権、領土保全に対する米
国の揺るぎない支持を確認する」ことが狙いだとし、アメリカとの関係強化と自
国の安全保障を支援してくれるよう依頼したようです(注1)。

しかし、8月30日に、実際に二人は会ったのか、もし会ったとしたらどんな話
し合いが行われたかは明らかにされていない。

実は、テレビのニュース番組でも報道されたように。これに先立つ6月には、ア
メリカは大量の武器をウクライナに送り、アメリカ兵がウクライナの軍人にその
使い方の訓練を行っていました。

こうした経緯をみると、NATO入りを希望するウクライナはかなり早い段階で
ロシアの反発を想定し、それをアメリカが全面的に支持するという構図が出来上
がっていたことが分かります。

今回のロシアによるウクライナ侵攻に関して、日本のメディアは、一斉にロシア
=プーチンの一方的な野心から、ウクライナをロシア併合しようとした無謀で理
不尽な戦争、という位置づけで報じています。

しかし、これとは別の解釈をする研究者もいます。

ジャーナリストの金平茂紀氏が5月7日、TBS系「報道特集」に出演し、安倍
首相の日本の防衛費の増額や「核シェアリング」について、思慮のなさが“恥ずか
しい”と手厳しく批判した後で、ロシアのウクライナ侵攻に関して、青山学院大学
の羽場久美子名誉教授にインタビューしました。

羽場氏は、このウクライナ侵攻を大きな視点でみて、次のように端的に総括して
いています。

軍事力の拡大が戦争を招く。ロシアが(ウクライナに)侵攻した背景にNATO
の拡大と武器の大量供与があった。それが国境線に緊張を生み、ロシアが挑発さ
れて愚かな行動を取った。

羽場氏の言葉を少し補足すると、まず、アメリカを筆頭とするNATOが勢力範
囲を東に向けて拡大する一方、その最前線にあるウクライナへの大量の武器の供
与、をしてきたことが、大きな動きとしてあった。

ウクライナがNATOの勢力圏に入ることは、ロシアとの国境線までNATO軍
が進出することを意味します。

これをロシアからみると、四六時中、のど元にナイフを突きつけられることにな
ります。これが、羽場氏の言う、「国境線に緊張を生む」事態であり、「挑発」
です。

こうした緊張に挑発にされて、ロシアがとった軍事侵攻を「愚かな行動」と青山
氏は断じています。

私もこの解釈にまったく同感です。ロシアの軍事侵攻は「愚かな行動」であるこ
とは間違いありません。

今や、アメリカを中心に、NATO加盟の30か国が大量の最新兵器と弾薬をウ
クライナに送って軍備の増強を図っています。どう考えても、30対1ではロシ
アに勝ち目はありません。

ところで、この「戦争」には一見、不可解なことがいくつかあります。

その最大の問題は、現実にロシアに対して侵攻の抑止や停戦を説得し得るのはア
メリカだけなのですが、アメリカは、停戦のために全力で動いてきませんでした。

もし、この戦争をロシアによる一方的で理不尽な戦争、市民を巻き込む残酷な戦
争であると憤っているなら、なぜこれまでNATO諸国と一丸となって停戦を実
現しようとしなかったのでしょうか?

それどころか、大量の武器をウクライナ供与することによって戦争は激化し長期
化することは目に見えています。

一方、ゼレンスキー大統領は、NATO諸国から武器弾薬の供与を訴え続けていま
す。これも、攻められた国としてはしごく当然の対応だと思います。

ゼレンスキー大統領は、アメリカとNATO諸国の支援を受け、ますます強気にな
り国民に徹底抗戦を呼びかけています。

しかし、青山氏も言うように、「軍事力の拡大が戦争を招く」ので、ウクライナの
軍事力が増強されれば、ロシアの攻撃はさらに激しさを増すことは避けられません。

こうして、戦争当事者であるウクライナ側にもロシア側にも死者は増加し続けるこ
とになります。

これが、第一の残酷な「戦争争のリアル(現実)」です。

第二の残酷な「戦争のリアル」は兵器産業の活況です。

NATOが供与している武器の多くはアメリカ産です。ウクライナ戦争が長引けば
長引くほど武器弾薬の消費は増大します。

兵器産業というのは、戦争がなければ“失業”状態にありますが、今回の戦争で膨大な
量と金額の武器弾薬が消費され、兵器産業は空前の利益を上げています。

人が死ぬ戦争で、カネもうけをする“死の商人”は、陰でほくそ笑んでいるでしょう。

第三の残酷な「戦争のリアル」は、これこそが私が最も注目していることです。それ
は、アメリカのウクライナ戦争に対する最初からの狙いかどうかは分かりませんが、
最近、はっきりしてきたことです。

先日、アメリカのオースチン国防長官は会見で、アメリカはロシアの「弱体化」を目
指している、と発言しました。

これが意味するところは、ウクライナに武器をどんどん供与し、戦争が長引けば、ロ
シアは遠からず、武器も弾薬も尽き、さらに経済は徹底的に破綻をして、国家として
弱体化させる戦略である、ということです。

おそらく、事態はそのように進んで行くでしょう。言葉には出していませんがオース
チン氏の発言から私は、プーチン体制を倒し、ロシアという国家の解体までも視野に
入れているニュアンスを感じました。

これは一種の、現代版「兵糧攻め」です。おそらく、ロシア国民はこれから、長く貧
困に苦しむことになるでしょう。

しかし、問題は、この「兵糧攻め」が行われている間、ウクライナの兵士・市民と、
ロシアの兵士にも多くの血が流されることです。

アメリカにとっては、ウクライナの徹底抗戦でどれほどの死がもたらされたとしても、
それは長期的にロシアが弱体化すれば、それもやむなし、というところでしょう。

これが、私が心配する「過酷な戦争のリアル」です。

ただ、一つだけ断っておかなければならないことは、以上は全てアメリカをリーダー
とするNATO諸国(日本やオーストラリアも加えて)の思惑通りに事が進んだ場合
です。

弱体化したロシアは経済的にも、科学技術の面でもますます中国に依存せざるをえな
くなります。

中国は今のところ静観していますが、中・ロが一体化してアメリカをはじめNATOを
対峙するようになることは、アメリカが最も恐れる事態です。

なぜなら、アメリカにとっての最大の敵は中国だからです。

ウクライナ情勢に関する日本や世界的のニュースは、ほとんどがアメリカを中心とした
西側諸国から発信されたもので、それ自身がすでに、何らかの意図をもって発信されて
います。

したがって、私たちは、自分で調べ自分で考えて判断する必要があります。これが面倒
なら、日夜垂れ流しされる“情報”をただ受け入れることになります。

そして、これはかつての日本の“大本営発表”と同じく、知らない間に間違った方向に社会
が引っ張られていってしまう危険性があります。


(注1)『京都新聞』デジタル版(2021年7月22日 7:02)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/603681 




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ウクライナ侵攻(3)―冷静に”事実”を知る難しさ-

2022-04-05 16:59:48 | 国際問題
ウクライナ侵攻(3)―冷静に”事実”を知る難しさ-

ウクライナと欧米など西側諸国から流れてくるニュースは、ロシア軍は首都のキーウ
(キエフ)から撤退し、そのほかの地域でも、ウクライナ軍が一旦はロシアに制圧さ
れた地区を奪還したことが盛んに伝えています。

その一方で、ウクライナの市民に多大な犠牲が出続けています。

後退したとはいえ、ロシア軍はまだまだかなりの兵力を保持しており、他方、ウクラ
イナのゼレンスキー大統領は徹底抗戦を呼びかけ、実際、多くの市民が戦闘に参加し
ています。

こうなると、闘いは長引き、そして犠牲者は増え続けます。

こうした状況で、主に欧米などのNATOやウクライナ側から、さまざまな“情報”が
日夜流され続けます。

日本のメディアの多くは、「ゼレンスキー 正義」、「プーチン悪者」というスタン
スから、情報と映像を垂れ流しています。

しかし、こういう戦争状態にあるときの、“情報”は多少とも”情報戦“の一環である、と
の冷静な受け止めが必要です。

もう一つ、心理学者の富田氏がウクライナ侵攻に関する報道の仕方に関して警告して
いるように、私たちは、一旦、レッテルを張ってしまうと、そこで思考停止状態に陥っ
てしまうことにも、気を付けなければなりません(注1)。

今は、プーチン・ロシアの残虐・非道を断罪する機運が西側諸国や、日本にも満ち満
ちています。

私も、最近、テレビで日夜流されている映像を見るたびに、ロシアに対する憤りを感
じ、21世紀のこの時代になって、こんな戦争が行われているのか、やりきれない思
いに駆られます。

そして、うっかりすると、「悪者ロシア」を何としても排除しなければ、と冷静さを
失って、思考停止状態におちいってしまいそうになります。

そんな時、『毎日新聞』デジタル版(2022年3月5日)の“「プーチン悪玉論」で済ま
せていいのか 伊勢崎賢治さんの知見”という記事を読んで、虚を突かれたおもいでし
た(注2)。

東京外大教授の伊勢崎賢治さんは、国連メンバーなどとしてアジア、アフリカ、中東に
みずから赴き武装解除などを進めてきた国際法と紛争解決のプロです。

私の帰国では、アフガンでのタリバン対策などに尽力したことなどで、しばしば登場し
た伊勢崎さんを尊敬しできました。

伊勢崎さんが、ウクライナ問題について語った内容には、とても考えさせられました。

伊勢崎さんは、ロシアの行為はひどいものだが、ウクライナを善玉、ロシアを悪玉に当
てはめてロシアを糾弾するだけでは停戦はできない、と言う。

インタビューをした記者に向かって口にした批判はプーチンだけでなく、むしろその矛
先は「プーチン悪玉論」が覆う日本などに向けられていました。

事実は、それほど単純ではない、という。

例えば、ウクライナのゼレンスキー大統領も、僕は責められるべき点はあると思う、と
も語っています。

    ロシアの侵攻後は、ゼレンスキー氏は国民に武器を与え、火炎瓶の作り方まで
    教えて「徹底抗戦」を呼びかけました。市民をロシア軍に立ち向かわせるとい
    うのです。これは一番やってはいけないことです。ロシア軍に市民を敵として
    攻撃する口実を与えることになりかねない。戦闘は軍人の領域であって、一般
    市民を戦闘に巻き込んではなりません。市民に呼びかけるのなら、非暴力の抵
    抗運動です。

私たちは、一般の市民男女や年齢を問わず、自らの意志で武装し、祖国のために闘う姿
をテレビを通じて何度も見てきたし、その度にそのような人たちを英雄として賞賛しが
ちです。しかし、本当にそれは正しいのか否か、考えさせられます。

さらに続けて、
   あえて付け加えるなら、ロシアもひどいですが、ウクライナも純真無垢(むく)
   の国などではありません。民主派を弾圧するミャンマーの軍事政権に多くの武器
   を売却してきたのはウクライナですし、日本が脅威とする中国初の空母「遼寧」
   は、もともとウクライナの中古空母を改装したものです。

実は、東南アジアに少しばかり関わりのある私にとって、ずっと気がかりだったのは、
ミャンマーにおいて、軍事政権に対する抗議をする市民やロヒンギャと呼ばれるイスラ
ム系住民をかなり残虐な方法で殺していますが、その軍事政権に武器を売ってきたのが、
ウクライナだったのです。

そもそも、ロシアのウクライナ侵攻そのものが、国連憲章違反である、との議論もしば
しば行われます。これも、決して単純ではありません。

しかし、それでは国連憲章はこのような国家間の紛争に関してどのように規定している
のか、そして、私たちは、その条文に至るまで、どれほど具体的に知っているだろうか?

くわしい、説明は(注2)の記事を読んでいただく他はないが、これまでの、アメリカ
によるベトナム侵攻、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争も、全て集団的自衛権を根
拠としており、この点は、今回のロシア侵攻も同じ論理で行われている、ことを具体的
に解説しています。

要するに、事態は、一見するほど単純ではない、ということです。

さて、今回のロシアによるウクライナ侵攻に関して、語るべき問題はたくさんあります
が、私個人としては、何よりも、一国も早く停戦を実現し、無益な殺人を終わらせるこ
とが、最重要で緊急を要する問題です。

そのためには、やはり、アメリカのような大国がその仲介に大きな役割を果たすことが
絶対に必要です。

ところが、この点に関しては、必ずしも楽観できません。というのも、アメリカはこれ
まで、停戦に向けた努力と何ひとつしてこなかったし、これからも仲介に出る方針は打
ち出していません。

それどころか、現在は、武器の供与をさらに増加させています。

確かに、ウクライナの危機を救うためには、武器を供与することは重要かもしれません。
しかし、ウクライナがもっと戦闘を続けられるように、という停戦とは、停戦とは逆の
方向です。

アメリカだけでなく、NATO諸国も停戦への努力よりも、武器の援助に力を入れてお
り、これでは戦争は長引き、死者は増え続いてゆきます。

私は、ウクライナの侵攻に関する最初の記事で、ロシアによるウクライナ侵攻を「大義も
勝ち目もない」戦争と書きました。

しかし、今思えば、他から見ていかに身勝手であれ、ロシアにとっては何らかの「大義」
があったかも知れません。

それを検討することなく、このように言い切ってしまったことは浅はかで反省しています。

ウクライナ問題に限らず、私たちは、多方面から事実を知る努力をすべきで、テレビやS
NSで流されている、“情報”と称するものをただそのまま信じることは危険だということ
を痛感します。

ある情報に接したら、その情報の出所とその信頼性、情報操作なのか否かを、自分で確認
し、判断する必要があることを痛感しています。

(注1)『富田隆のお気楽心理学』Mag2 (2022.03.13) https://www.mag2.com/p/news/531478
(注1)『毎日新聞』デジタル版(2022/3/5 14:00、最終更新 3/6 00:31)https://mainichi.jp/articles/20220304/k00/00m/040/254000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20220305

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戦争を繰り返す人類は、果たしてしんかしているのか退化しているのか




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ウクライナ侵攻(2)―プーチンの誤算―

2022-03-23 10:17:25 | 国際問題
ウクライナ侵攻(2)―プーチンの誤算―

ロシア軍がウクライナに侵攻した今年の2月24日から現在まで、1か月
になろうとしています。

しかし、この戦争(と言っていいのかどうか分かりませんが)、いつどの
ような形で収束するのか、誰にも分かりません。

ただ、プーチンは最終的には“勝てない”ということは、どうやらはっきり
してきました。すくなくともプーチンが思い描いた勝利はない、ことは。

ここで、”敢えて最終的には“と言ったのは、ロシアが一時的にウクライナ
の一部を軍事的に制圧することができても、他国に侵入してそこを長期間
占領し続けることは不可能だからです。

しかし、そうはいっても、こうしている間にも、ウクライナの軍人と民間
人、ロシア側の兵士の血が流れています。

とりわけ、最近ではロシアがウクライナの病院や学校、さらには一般市民
の住宅にまで砲弾を撃ち込み、多数の死者を出しています。

最近の戦況は、プーチンが思い描いていただろう状況から大きく後退し、
ウクライナ側の反撃でロシア軍は攻めあぐんでおり、一種の膠着状態に陥
っています。

今や、世界の多くの国で、反プーチン、反ロシアの声が日増しに高まり、
経済制裁、武器・兵器の供与など、ロシア包囲網が強化されつつあります。

こうして、“プーチンの戦争”は今や、戦線膠着から戦線後退に少しずつ傾き
始めた感があります。

プーチンにしてみれば、“こんなはずではなかったのに”との思いが強いと思
います。

それでは、どこにプーチンの計算違い、誤算があったのでしょうか?

米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は3月8日の下院情報特別委員会の
公聴会に出席して、プーチン氏が侵攻前にどのような構想を描いていたのか
を証言しました。

なお、バーンズは元職業外交官で、2005~08年に駐ロシア大使を務め、ウク
ライナを巡って緊張が高まっていた21年11月にプーチン氏と水面下で会談し
たと報じられています。したがって、彼のプーチンに対する評価や推測はあ
ながち見当外れとは言えません。

バーンズは、3月8日の時点で、すでにロシアの戦いは行き詰まることを予
測し、それはプーチンの3つの誤算に由来する、としています。その3つと
は以下の通りです。

 1 ウクライナが弱く、近代化したロシア軍が決定的勝利をすぐつかめる。
 2 大統領選を控えたフランスや首相が交代したばかりのドイツはしっかり
   した対応はできない。
 3 制裁にもロシア経済は耐えられる
 
バーンズは、このような誤算が生じたのは、「(プーチン氏に)助言できる人
がどんどん少なくなり、プーチン氏の個人的な信念がより重きをなしている」
と解説しています。

そして、プーチンが想定したことがらは全ての点でまちがっていた。と結論し
ています。(注1)

以上は、あくまでも、バーンズが8日の時点でプーチンの胸の内を想像して挙
げた誤算ですが、こうした誤算があったことは、十分あり得ます。

ここで、少し補足しておくと、もしプーチンが「ウクライナが弱い」と思い込
んだとしたら、なぜなのか、という疑問があります。

私の個人的な見解ですが、2014年のクリミア半島の併合が、あまりにもうまく
ゆきすぎたので、その成功体験がプーチンの判断を誤らせたのだと思います。

およそ、戦争に限らず、私たちの行動を左右しているのは「過去の成功体験」
なのではないか、と私は常々思っています。

しかし、「成功」とは、さまざまな好条件がたまたまそろった、「幸運」のた
まものだと思っています。それを自らの実力であると思いこむことが、失敗の
原因なのです。

かつて、野球の野村監督が、「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負け
なし」との名言を残しています。

つまり、なぜか理由は分からないが、不思議に試合に勝つことがある、つまり、
運が良かっただけの勝ちもある。しかし、負ける時には、理由のない負けはな
く、必ず負ける必然的な要因がある、ということです。

クリミア併合について言えば、当時、ウクライナ側には戦争の準備もできてお
らず、兵器も近代化されていなかったため、ほとんどロシア軍の一方的かつ迅
速な占領が成功してしまったのです。

ところが、クリミア併合以降、アメリカを中心に西側諸国は、軍事顧問団をウ
クライナに送り、軍の訓練を行うと同時に大量の最新鋭の武器・兵器を供与し
てきました。

したがって、現在のウクライナ軍は、かつてのウクライナ軍とは違うのです。
それを見誤ったプーチンは、自らの成功体験に酔い、最新の実情を把握してい
なかったのです。

2番目の、フランスとドイツに関しては、ある程度、何とか外交的方法で問題
の解決をしようとの、努力をずっと続けてきた、という意味では、たしかにア
メリカに一方的に引きずられることはありませんでした。

それは、ヨーロッパ諸国、特にドイツはエネルギー源としてロシア産の天然ガ
スと石油への依存度が大きいので、強力な経済制裁には慎重でした。

しかし、アメリカの強い説得で最終的にはロシア産の天然ガスと石油の輸入、
金融取引禁止、財産の差し押さえには賛同しました。

3番目の、ロシア経済ですが、プーチンが言っているように、制裁にも耐え
られる、とはどんな根拠があったのでしょうか。

プーチンには、いくらロシア経済に制裁を加えても、天然ガスと石油エネル
ギー、そしておそらく希少金属へのロシア依存が高いヨーロッパ諸国は、強
行に出ることができないとの読みでしょう。

これは、ある程度当たっています。というのは、ドル建ての金融決済システ
ム(SWIFT)から排除するといっても、現時点では、エネルギー関係は
制裁対象からはずされているからです。

しかし、現在、ロシアの貨幣、ルーブルの信用は落ちるところまで落ちてし
まい、物価は急速に上昇しています。

こうなると、これまで海外から輸入していた、あらゆる物資の供給が逼迫し、
価格が暴騰します。

さらに、外国資本が急速に引き上げられていて、最新の技術も確保できない
し、独自に技術開発(特にIT技術)もできません。すると、長期的にはロ
シア経済は急速な悪化の道をたどることになりかねません。

最近になって、ウクライナのゼレンスキー大統領のリーダーシップ、とりわ
け国民にロシアへの戦いを鼓舞するメッセージが、ウクライナの兵士に勇気
を与え、それがロシア軍との戦いでの強力な抵抗力となっています。

同時に、ベレンスキーによる各国の議会に向けての演説は、ロシアに対する
国際的な非難の声を高め、大きな力になりつつあります。

こうした、新しい時代の闘いの在り方、とくにITを駆使した戦争において、
ロシアが決定的に遅れをとっていることが明らかになりました。

ロシア軍の最高指揮官が5人(一説にはは6人)も戦死しているのは、アメ
リカの通信傍受の情報を受けたウクライナ軍が、ロシア軍の行動を追跡し、
ピンポイントで攻撃したことによります。

これからの戦争は、兵器戦だけでなく、情報戦であることがはっきりしまし
た。この情報戦の中には、相手の行動を傍受し、あるいは電子的に妨害・攪
乱させることの他に、国際社会を味方につけるイメージ戦略が勝敗を分ける
重要な要素となります。

独裁的なプーチンに対して客観的な意見を言う人物は疎んじられ、プーチン
の周囲には、彼が喜びそうなことだけを言うイエスマンしかいなくなります。

これこそが、プーチンの思惑通りにいっていない最大の要因ではないでしょ
うか。

(注1)『毎日新聞』デジタル版(2022年3月9日)https://mainichi.jp/articles/20220309/k00/00m/030/028000c




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