大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

広島・長崎の平和祈念式典と「ダブル・スタンダード」―分断・後味の悪さ・混乱―

2024-08-13 08:15:14 | 国際問題
広島・長崎の平和祈念式典と「ダブル・スタンダード」
―分断・後味の悪さ・混乱―

今年も、広島と長崎に原爆が投下された8月6日と9日に79年目の平和祈念式典が行われました。

しかし、今年の祈念式典にはこれまでにない違和感と後味の悪さが残りました。

広島、長崎両市はこれまで、日本に大使館のある全ての国の駐日大使らに式典への招待状を送っ
てきました。

しかし2023年10月以降、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルを巡り、広島市
と長崎市とでは対応が異なりました。

広島市の松井市長は当初、ロシアを招待する方向で検討していたが、(メディアの表現では)外務
省と「協議」し、「ロシアと(同盟国の)ベラルーシを招くと式典の運営に支障が出る恐れがある」
として両国の招待を見送った、という

ここで、広島市が主催する祈念式典に外務省と「協議」したこと自体、違和感を覚えますが、その
結果、イスラエルは招待し、ロシアとベラルーシとパレスチナを最終的に招待しないことを決定し
ました。

広島市によれば、パレスチナを招待しないのは日本政府が国家として承認していないからだという。
しかし広島市は、ロシアとベラルーシを招くと式典の運営にどのような「支障」が出る恐れがある
のかを明らかにしていません。

わざわざ外務省の役人が広島に出向いて「協議」したのは、ロシアとベラルーシを招待しないよう
にという、外務省側の意向を伝え、おそらく圧力をかけるためだったと、私は推測します。

しかも、今回の祈念式典をめぐる全体の構図をみると、広島市は独自に「ロシア・ベラルーシ=悪」、
「イスラエル=善」という図式を何らかの合理的な根拠に基づいてというより、親イスラエルのアメ
リカへの忖度から排除したものと思われます。

広島市長=広島市側は、どうやら今年の春ごろには、ロシア・ベラルーシ排除の方針を固めたようで
す。

広島市は5月の市議会で「(ロシアが)ウクライナ侵攻に関し事実に反する主張をすることなどで誤
ったメッセージが発信され、式典本来の目的が達成できない恐れがある」が、「イスラエルについては
「そのような可能性はないと考えている」と説明してきました。

ただここで、「ウクライナ侵攻に関して事実に反する主張をすることなどで誤ったメッセージが発信
され」とありますが、それは具体的に何を指すのか市長は明らかではありません。

しかし、もしそうだとしたら、イスラエルによるガザでの殺戮行為とういう厳然たる事実があるにも
かかわらずイスラエルを招待することこそ、世界にイスラエルの殺戮を認め正当化する、という「誤
ったメッセージ」を発信することにならないだろうか?

いずれにしても、明確な根拠も示さずに「イスラエルについてはそのような可能性はない」と断定す
ることに国際社会で納得が得られるだろうか?

このように広島市側の言い分には矛盾があり、ロシア・ベラルーシを排除し、イスラエルを招待する
という結論が最初にあって、その矛盾を無理やり理屈にならない理屈で押し通したという印象を受け
ます。

広島市側のあいまいさや矛盾を生み出した理由として考えられるのは、外務省と広島市のアメリカに
対する忖度です。

この市議会の決定に対して駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム大使は毎日新聞の取材に
「イスラエルを招待したことは恥ずべきだ」と非難し、日本の被爆者団体などは「ダブルスタンダー
ド(二重基準)ではないか」と批判しました。これについては後に再び触れます。

広島市によると、イスラエルを招待したことについて手紙やメールなどで約3200件の意見が寄せ
られ、その大半が批判的なものだったという(注1)。

これこそが、一般市民の正常な反応だと思います。というのも、原爆の直接に被害にあった広島市民
としては、記念式典は紛争や対立を超えて世界が一体となって核兵器の廃絶と平和を訴える大切な機
会だからです。

今回の広島市の対応では、むしろ世界の分断をますます先鋭化し深めることになってしまいます。

私個人としては、この祈念式典の趣旨は核兵器の廃絶と平和の達成を訴えることで、核兵器を保有す
るイスラエルもロシアも招待し、原爆の悲惨さをじっくりと見てもらうことが最善だと思います。もし、
どうしてもそれができないなら、両国とも招待しない方法をとるべきです。

広島市の松井市長とはどんな考えをもった人物なのかしりませんでしたが、前文科省事務次官の前川喜
平氏が参考になる事実を新聞で書いています。

松井市長は毎年の新規採用職員研修で戦前の「教育勅語」を引用してきたそうです。このこと自体、彼
の保守的な姿勢を表すだけですが、昨年、市の平和学習教材から、原爆の悲惨さを描いた『はだしのゲ
ン』からの引用を削除したことは、平和祈念式典の意義そのものにかかわる重要な問題です(『東京新聞』
2024年8月12日 「本音のコラム」)。

松井市長と広島市が、原爆(核兵器)の悲惨さを訴えた名作としてずっと語り継がれてきた『はだしのゲ
ン』を、どのような理由で削除したのか聞きたいものです。

長崎市は、イスラエルとロシアへの招待にかんして広島市とは異なった対応をしました。

すなわち、長崎市は7月末、「式典で不測の事態が発生するリスクへの懸念がある」として、8月9日の平和
祈念式典にロシア・ベラルーシとイスラエルを招待しないと発表し、実際に招待状を出していませんでし
た。

長崎市の平和祈念式典をめぐっては、7月19日付けで、平和祈念式典への招待を受けたG7=主要7か国のう
ち、日本を除くアメリカやイギリスなど6か国とEU=ヨーロッパ連合の駐日大使らが連名で懸念を示す書簡
を鈴木市長に書簡を送り、駐日大使らの参加見合わせを表明しています。

とりわけイスラエルを招待しないことに関して強硬に反対したのはアメリカでした。アメリカ大使館による
と、エマニュエル大使は長崎市の鈴木市長宛てに8月6日に書簡を送り、イスラエルを式典に招待しなかった
のは政治的な決定だとしたうえで、そのために自身は欠席を余儀なくされたと伝えたと言うことです。

こうした中、鈴木市長は8月8日、報道陣の取材に応じ「決して政治的な理由で招待していないわけではなく、
平穏かつ厳粛な雰囲気のもとで式典を円滑に実施したいという理由だ。苦渋の決断ではあったが、そういう
考えで決定した。判断に変更はない」と述べ、市の立場を改めて説明し、理解を求めました。

また、大使らの参加見合わせを表明している各国について「残念だが、来年以降参加いただければと思う。
今回に限らず、長崎にとっても日本全体にとっても大切な国々なので、われわれの真意が正しく理解いただ
けるように、必要に応じてあらゆる機会を捉えてお話しできればと思う」と述べました(注2)。

この経緯からわかるように、鈴木長崎市長は、アメリカをはじめ欧米からの圧力に屈することなく、毅然と
して自らの考えを通したと言えます。

さらに日本人からすれば、日本に原爆を使ったのはアメリカで、そのアメリカがイスラエルを招待しないこ
とに強く介入することは、核兵器の非絶を目指す記念式典の意義を無視しているとしか思えません。

ひょっとすると、この背景にはエマニュエル米大使の出自が関係しているのかもしれません。すなわち、彼
のフルネームはラーム・イスラエル・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)で、「イスラエル」というミド
ル・ネームをもつ、ユダヤ系アメリカ人です。彼の父はイスラエルのエルサレム出身で、前はイスラエル右
翼民兵組織「イルグン」のメンバーでした(Wikipedia)。こうした背景がが、イスラエルを招待しないことに
強く反発したのかも知れません。

ここで、先ほど触れた「二重基準」(ダブルスタンダード)について補足説明をしておきます。

日本を除くG7とUE代表が鈴木市長に送った書簡は、もし「イスラエルを式典に招かれていないとロシア
やベラルーシのような国と同列に扱うことになり、不幸で誤解を招く」などと懸念を示しています。

同列に扱うべきでないとする理由について、フランス大使館はNHKの取材に対して「中東での状況は、主権
国家に対するロシアの侵略戦争と比較することはできない。イスラエルは去年10月7日のテロ攻撃の被害国だ。
われわれはイスラエルが自国を防衛する権利を支持する」とコメントし、ウクライナに軍事侵攻しているロシ
アと、イスラム組織ハマスによる大規模な奇襲攻撃を受けて戦闘を続けているイスラエルを区別する姿勢を強
調しました(注3)。

しかし、ここには重大な事実の歪曲があります。アメリカとそれに追随するヨーロッパ諸国は、去年の10月7
日の事件をもって、イスラエルが被害国であると主張しています。

しかし、実はイスラエルによるパレスチナ自治区(ガザとヨルダン川西岸)への”国国境”を越えての攻撃は何
十年も続いていており、昨年の10月の出来事はそのなかのごく一部の出来事にすぎません。

従って10月7日のテロ攻撃が全ての事の発端であるとはいえません。しかも、たとえ現在のガザの住民に対す
るイスラエルの攻撃が「自国を防衛する権利」(生存権)に基づくとしても、その殺戮の甚大さは「生存権」
の範囲をはるかに超えている、との認識がG7以外の国際社会の共通認識です。

ハマスの撲滅を口実に行われた攻撃で、これまでに亡くなったガザの民間人の総死者数は発表されているだけ
で3万5000人(実際にこの数倍といわれています)ほどですが、とりわけ子供の死者数の多さは異常です。

ガザ地区の支援を担っているUNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関のラザリーニ事務局長はガザ地区で亡
くなった子どもの数が、ことし2月までの4か月間で、2022年までの4年間に世界の紛争地で亡くなった子どもの
犠牲者数を上回ったと明らかにしました(注4)。

この現実を前にして国連は、イスラエルを「子どもの権利を著しく侵害した国」のひとつに新たに指定したこと
を明らかにしました。これに対してイスラエルは、「イスラエル軍は世界で最も道徳的な軍隊だ」などと強く反
発しています(注5)。

私たちは、ガザで殺されていく子供の実態を映像で見てきましたが、このイスラエルの言い分を本当に認め、子
供の殺戮は正当だ、と公然と言えるでしょうか?

国連にはアメリカもその他のG7諸国も参加しており、その国連の場でイスラエルをこのように指定しているに
も関わらず、イスラエルの行為は「自衛権」の範囲で侵略でもなく、虐殺でもない正当なもの、だからロシアと
イスラエルを同列に扱うのは不当だ、と言い張ることが、「二重基準」なのです。

現在では軍事力においても経済力においても飛びぬけて強大なアメリカが国際社会のなかで圧倒的に大きな影響
力をもっており、正面切ってアメリカに異を唱えることが難しい状況にあります。

アメリカにとってイスラエルは自分たちが作り上げた国家であり、何が何でも守らなければならない、との考え
が底流にあり、そのことが多少無理やりにでもイスラエルに関しては「二重基準」を持ち出します。

イスラエルによるガザでの民間人の大量殺戮だけでなく、パレスチナ自治区「ヨルダン川西岸」でのイスラエル人
の入植という実質的な領土の浸食をしていること(力による現状の変更)、今年4月にはシリアにあるイランの領事
館を空爆し将官7人を殺害したこと、イランの首都テヘランでハマスの最高指導者ハニヤ氏を精密誘導弾で殺害した
ことなど、明らかな国際法違反、あるいはその可能性が極めて高いにたいしても、アメリカはイランの自制を求め
るだけでイスラエルを非難することはありませんでした。

湯崎英彦広島県知事は祈念式典で
    強い者が勝つ。弱い者は踏みにじられる。現代では、矢尻や刀ではなく、男も女も子どもも老人も銃弾で
    打ち抜かれミサイルで粉々にされる
と述べました。

湯崎知事が何を念頭においてこのような発言をしたのか分かりませんが、パレスチナ問題で言えば、イスラエルと
それを武器と資金で支援するアメリカは圧倒的に「強い者」で、パレスチナは「弱い者」であることは明らかです。

欧米を中心とする「二重基準」の問題は、今回のパリ・オリンピックの際に、ロシア・ベラルーシは参加できなか
ったのに、イスラエルが何の問題もなく参加していたことにも現れており、私は強い違和感を持ちました。

ところで、アメリカの二重基準の問題は日本政府にとっても他人事ではありません。長崎市がイスラエルを招待し
なかったことに関連して、8月9日の長崎市での記者会見で、政府が長崎市と米側の間に立って調整を図るべきだっ
たのでは、との質問に対して岸田首相は「市の主催行事で、外交団の出席を含め政府としてコメントする立場にな
い」と明確な返答を逃げています。

林芳正官房長官も川上陽子外相もほとんど同じことを答えています(『東京新聞』 2024年8月10日)。

日本は、ロシアとウクライナの問題に関しては、ウクライナ側に立つことを鮮明にしていますが、イスラエルとパレ
スチナの対立に関しては、一応、アメリカに追従する姿勢を見せつつ、態度を鮮明にせず、「あいまい戦略」を続け
ています。

広島市は「二重基準」批判などを受け、被爆80年を迎える25年は招待方法を再検討するとしています。国際社会の
分断が深まる中、犠牲者を追悼し、核廃絶と平和のメッセージを発信する場であり続けるために、市の姿勢が問われ
ています(注6)。いずれ、態度を鮮明にしなければならないでしょう。


(注1)『毎日新聞』電子版 2024/8/6 20:16(最終更新 8/6 20:20)https://mainichi.jp/articles/20240806/k00/00m/040/310000c
(注2)NHK MEWS(電子版) 2024年8月8日 22時15分
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240808/k10014541441000.html
(注3)(注2)と同じ。
(注4)NHK NEWS WEB 2024年3月13日 18時24分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240313/k10014389491000.html
(注5)『日経新聞』電子版(2024年6月14日 12:36) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB143JA0U4A610C2000000/
『TBS NEWS DIG 』 2024年6月8日(土) 12:07 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/- /1219475?display=1
    NHK NEWS WEB(2024年6月14日 11時39分)  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240614/k10014480711000.html
(注6)(注1)と同じ。




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカ大統領選第二幕―カマ... | トップ | 検証:岸田首相(1)ービジ... »
最新の画像もっと見る

国際問題」カテゴリの最新記事