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「私」ということ 2

2014-02-24 20:56:21 | 書簡集

 「私」というのは、歴史的所産でもあります。たとえば、現代日本人に決定的な影響として大きいのは、昭和に入ってからの戦争、そして敗戦、経済復興でしょう。

 その戦争も末期の頃、鬼畜米英、神国日本と盛んに鼓舞されたのでした。ですから大人の大半がそうでしたが、当時の少年少女は固くそう思ったのでした。今から思えば、なんだか滑稽な話で一笑されてしまうところですが、真剣にそう思っていたのでした。それが敗戦とともにそれこそ一晩で価値観が変わってしまった喪失感と、それ以後もつづいた食糧難や物資不足のありようは、ともかく精神的なことより、食べ物が、お金が、なによりも経済的に豊かでなければ、人間らしい暮らしはできないという現在の下地をつくったのでした。

 現在の私たちの「私」には、「自分」ということ、「個」ということ、「自我」ということがごちゃごちゃになっていて、それで「私」を生きるのが難しくなっているとおもうのです。この「自分」「個」「自我」ということを、はっきりと整理しなおすということが、今私たちの目的というか、学んでいくことと思うのです。

 その戦争の時代から百年前というと、江戸時代です。今から160年前というとなんだか随分昔のこと。侍の時代なんて想像するだけで、大昔のように思ってしまいますが、私たちの祖父や曾祖父の時代で手の届く範囲なのです。「私」というあり方を探っていくのも、ここら辺りから調べていくと、現代との違いがはっきり解るかもしれません。

 江戸時代のも学校はありました。侍の子は藩が運営する藩校へ、町民や百姓の子たちは近くの寺子屋で、読み書きそろばんを習ったのでした。今の県にあたる藩は三百余藩。一部の商人や侍を除いて、つまりはほとんどの庶民は藩から外へでることなく、一生涯をその地で過ごしたのでした。このことの意味はずいぶんと大きいことだと思います。私たちの意識はほとんど見た目というか、見聞覚知で占めているのですから、狭い村社会のなかで一生涯を送るということは、素直で従順なものが育つことだろうと思います。

   つづく。


「私」ということ

2014-02-23 21:05:55 | 書簡集

 樹齢五百年というヤマモミジを見に行きました。ヤマモミジの紅葉は、赤、緑、黄と一本の木にそれぞれの色を織り込んで、それは見事としかいいようがないものとして、そこにおりました。そこは山里の小さなお寺。その境内のほとんどを占めるかのように、枝を広げていました。幹の直径が1、5mもあるような巨木なのですが、ヤマモミジの葉は小さくそして切れ込みが深いせいか、圧倒されるような威圧感はなく、ふわりふわりとやわらかさのなかに、つつまれているようでした。

 古の人たちは、こんな巨木に出逢うとそこに精霊を見て、静かに手を合わせたでしょう。けれど現代の私たちは、ひたすら観賞するだけです。観賞するというのは、その対象を客観化してこちらが主体となって、それを観察する行為から入っています。拝むというのは、そこに同じ生きとし生けるものとしての、おおらかさ、おごそかさを全身で感応したのです。

 拝むと言うことと、観察するということの違いは、その人自身の持つ資質の違いということももちろんあるでしょう。しかし、それよりももっと大きな違いは時代の違いではないでしょうか。今、私たちは「私」をどう生きたらよいかという、基本的な人生観を見失った時代だといわれています。そのことは、個々の私の責任ということよりも、時代、社会の持っているあり方の方が、じつは大きな要因があるのではないかと思うのです。

 「私」というものが、時代とともにどう変遷して、今ここに現代人として立っているのかということを、はっきりさせたいと思うのです。私だけの悩みや困りごとというよりも、もっと大きな流れのなかに位置しているあり方を、つかまえる。そうすると「私」をわたし自身として、しっかりと生きていけるように思うのです。

 「私」というのは、それぞれのものですし、それこそ十人十色です。ここではそういう性格的な違いや、または文化的な違いということではなく、それでも共通する「私」というありかたを、つかまえようと思うのです。

     つづく。


学ぶ

2014-02-21 20:57:16 | 書簡集

 ほんとうは自分のこと、周りのことなんにもわかっていないよ。しかしどんなわけだか、なぜだか自分のことも周りもなんとなく知ったような気になってる。

 なにを知っているのかと問われると、とうぜんうまく答えることができない。できないけれどいうてみれば既視感、すでに見たもの、小さき頃から見慣れたものだから、というのがどうも理由らしいのだ。

 ぼくってものはなぜだか思い込みでできている。よくは知らない、わかってはいないんだけれど、名前も知っているしよく見慣れているというだけで、知っているつもりでしかもガンコである。自分のなかで改めてそのことを問題にすることもないからだ。

 思い込みというのは、自分勝手に思い入れているということだから、とうぜんそれはまちがいだよ。ぼくたちは本人がそう自覚してもしなくとも真実というものにのっかって暮らしている。真実というのは、このもののことをぼくだといっているそれのことなんだ。

 真実そのものをぼくたち誰もが暮らしているにもかかわらず、思い込みで自分というものや周りのことを振り回しているから、そのつどかんちがいするし、ずれるし、困り、流れるよ。だからぼくたちは学ぶより手がないんだ。

 言葉のひとつひとつにしろ、数字にしろまたは建築や料理や家族のこと、そして平和のこと戦争のこと、それから恋、友情、愛、真実、生、死、芸術、人生のぜんぶ、そこに人間が何百年何千年何万年もかけて築き、磨いてきたものだからそれぞれ深い意味や意義がある。なにかこんなふうに書いてしまうととてもたいそうなかんじなのである。そのたいそうなまま、じつは知らぬまに学んではいるんだ。

 それをやっぱりはっきりと、意識しないとだめなんだと思う。学びそのものが、生きることの力そのものになっているということを。


さびしさ 3

2014-02-18 20:07:48 | 書簡集

 そこには問いは、必要とされなかったのだ。そこには共同体が文化がそしてなによりも時間、空間が人のぬくもりとしてあったのだと思う。

 さて、一つの商品の開発、変化、進展が私たちの暮らし、時間、空間を大きく変えさせてきたのは、前述のとうりである。この経済効率の流れは、人をも一個の商品になった。その結果、家族、共同体などの枠組みから無理やりはがされるようなかたちで、ひとり孤独感をそれぞれがあじわうようになる。この寂しさから逃れるために、紛らわすために、色んな運動があり、事件があるのだろう。

 この孤独感と一個の商品であるというあり方は、表裏一体の関係にある。一個の商品、言いかえれば、私が私にたいしての思い入れなどが一切通じないもの、ただの一個のものであるという自覚は、古来から宗教、哲学的に問われてきた大きな命題ではなかったのか。そのことが時代の流れ、商品化のなかでこの一個のものであるというあり方が、いやおうなく私たちに顕わになってしまったのが、現代なのではないかと思う。

 古の師父や先人たちは、この一個のものという自覚をえるために、その時代の共同体、世間、常識と闘ってそれらを突き破るようにして獲得してきた、いわば少数の人たちであり、大いなる知恵であり、自らを培ってきた一番の栄養源なのだと思う。ところが、現代では誰でもこの状態を見せつけられているのにもかかわらず、そのあり方をはっきりと認識できないでいるのが、今の私たちの姿なのではないか。

 宗教よりも科学の合理性に、活路を見出して、私たちは歩んで来た。そしてその科学的合理性に裏付けされた経済学を、政治を試みながら失敗を繰り返して現在にいたっている。これからの私や、人類未来の先行きがまったく見えない状况にいま立たされている。かつてのような宗派的宗教はよみがえらないし、復活しても困る。さりとて、これからの思想原理などと模索しても、混迷を深めるばかりなのだろう。

 今、私たちが味わっている孤独感を、あらためて見つめなおす時がきたのだと思う。この孤独感の寂しさから逃れることなく、紛らわすことなく生きるのには、どうしたらいいのかと思う。それは却ってこの寂しさをこそ大切にするということが、私が私を生きていく道を開いていく。それが私自身を生きていく力への意志となっていく。

 寂しさを大切にするということは、どういうことなのだろう。私たちはともすると1人で居ることは、寂しいこと、辛いこと、つまらないことと感じている。けれど、実際的に大勢の人の輪のなかでいるときや、気のあった友人たちといる時の方が、寂しさや孤独感をひそかに感じている時もある。そして、1人になったときいつもテレビや音楽をつけて、1人という空間をそのまま放っておくことをさせないで、うつろいでいる。

 そんな自分から解放させて、ともあれボーとした時間をしばらく自分においてやる。寂しさから、これまで無意識的、自意識的に遠ざけていたのを、寂しさはつらいことだけじゃない、大事なことでもあるぜと、自分にいいきかせてやる。そうして、ひとりという空間を少しずつあじわっていくと、一杯の水やごはんが腹の底からうまいと言うだろう。空の青さに、星の輝きに吸い込まれてしまうだろう。名も知らぬ花が、いま私に向ってはなしかけているのを、うけとめるだろう。今、息を吸ったり、吐いたりしている自分にびっくりしたり、今そばにいる人がこんなにも、あたたかいことかと驚くだろう。

 そんなひとりという場から、あらためて今の私のありようを、社会をとらえなおしてゆく。そのあたりまえのさびしさという場からしか、この私はいつも出発できぬものとして、おかれてある。

   おわり


さびしさ 2

2014-02-17 20:28:15 | 書簡集

 そしてこの喪失感は、人間だけのことではない。農薬、化学肥料漬けになった田んぼは、この四十年の間にほとんど土は瀕死の状態。田んぼに虫などが住める環境でないところから穫れたお米が、人のいのちを育む食べ物といえるだろうか。

 この構図は鶏、牛、豚などもまったく同じである。余計な運動ができぬように狭いゲージに閉じ込め、高タンパク質の飼料で効率的に太らせる。その結果とうぜん免疫力は低下、抗生物質の投与という姿はまるで今の人間社会の縮図である。およそこの商品の流れはとどまるところを知らず、知識や情報もむろんのこと、人間自身も一個の商品になっている。

 イラク戦争や各地の紛争、そしてグローバリゼーションという名のアメリカ主義の世界化も、じつはこの商品化、経済効率のあいだで起きていることが根幹である。時間の問題も同じようなことになっている。商品は、日進月歩する。たとえば電話の変わりようはすごい。ケイタイと呼ばれる、色んな機能満載のものは、これからも日々進化進歩するものとしてある。この商品の進化のリズムが、何故か人間にもあてはまるような錯覚を抱いてしまっている。幼児期から少年期、青年期そして会社へはいってからも遅れることがダメなのだと、どんどん進化することを要求されるのは、それら商品のもつ進化性の映しになっているのだろう。

 ここでも人は、1人のひとであることよりも、仕事ができる有能な商品たることを常に要求されてしまっている。時間も空間も、もはや生物たる人の範囲をはみでて、経済効率という商品がもつ幻想にひきずりまわされている。

 私たちは、家族という人間関係のなかから生まれ、育まれ、やがて社会という共同体のありようを習得していく。そして世間、国家、世界というものがあることを学んでいく。しかし、多くの場合この与えられた知識が、情報がすべてであると思っていて、疑うことができないでいる。問いが自らのなかで欠落していて、答えばかりを探しているのだと思う。

 およそ、百五十年ほど前の人たちは、仕事するとはどういうことか、生きるとは、人間とは、夫婦としてあるということはなどといった問いは、ほとんど不要だったはずである。侍の子は侍に、百姓は百姓に、商人は商人の道を生きるのがふつうのことであり、そのありように疑いも、問いも特別の例を除いて、なかったと思える。その時代のありようぜんたいが、現代社会から見れば神話的世界のなかで、すっぽりと納まっていたからである。    つづく。