なにかね 詩を読みたくなって
本棚を探したよ 色々手にとって
ぱらぱらとその時の
こちらの気分にあうものは ないかと
高村光太郎、敗戦後の智恵子抄が有名だけど
その以前のものだろう
当然事
あたりまへな事だから
あたりまへな事をするのだ。
空を見るとせいせいするから
崖を出て空を見るのだ。
太陽を見るとうれしくなるから
盥のやうなまっかな日輪を林中に見るのだ。
山へ行くと清潔になるから
山や谷の木魂と口をきくのだ。
海へ出ると永遠をまのあたり見るから
船の上では巨大な星座に驚くのだ。
河のながれは悠悠としているから
岸辺に立つていつまでも見ているのだ。
雷は途方もない脅迫だから
雷が鳴ると小さくなるのだ。
嵐がはれるといい匂だから
雫を浴びて青葉の下を逍遥するのだ。
鳥が鳴くのはおのれ以上のおのれ声のやうだから
桜の枝の頬白の高鳴きにきき惚れるのだ。
死んだ母が恋しいから
母のまぼろしを真昼の街にもよろこぶのだ。
女は花よりもうるはしく温暖だから
どんな女にも心を開いて傾倒するのだ
人間のからだはさんぜんとして魂を奪ふから
裸という裸をむさぼって惑溺するのだ。
人をあやめるのがいやだから
人殺しに手をかさないのだ。
わたくし事はけちくさいから
一生を棒にふって道に向かふのだ。
みんなと合図したいから
手をあげるのだ。
五臓六腑のどさくさとあこがれとが訴へたいから
中身だけつまんで出せる詩を書くのだ。
詩が生きた言葉を求めるから
文ある借衣を敬遠するのだ。
愛はじみな熱情だから
ただ空気のやうに身に満てよと思ふのだ。
正しさ、美しさに引かれるから
磁石の針に化身するのだ。
あたりまへな事だから
平気でやる事をやろうとするのだ。