餅つき

2021-12-28 20:32:25 | 日記

 年末のこの時期色々世話しく暮らしている。

冬支度といっても、都会のマンション暮らしの人には実感がないと思われる。

当の本人もなんでこんなに色々あるんだろう。とおもうくらいだから。

 沢庵漬けが済んでから、大根を畑に埋めたり、水源地の掃除やポンプの点検などとある。

それから糀造り第2弾が始まり、それができて味噌仕込み。

これは大豆を蒸して、蒸し上がったものを臼で突く、それから塩切り糀と言って

糀に塩をまぶしたものを、団子状になった大豆と練り合わしていく。

今年は大豆の量を減らして40キロにしたから、仕上がりは6斗樽ぐらい。

2年寝かして仕上がる。

 翌日は餅つき、この日も朝6時から竈門に火を入れる。

竈門は4連で蒸籠は23あるから、大釜の上にその蒸籠がずらりと並ぶことになる。

味噌は2蒸籠ずつ入れて、それを3、4人で杵でつく。これはえっしゃえっしゃと、

掛け声が出て臼の周りを跳ねている感じ。餅つきはご存知のように突き手と手返しをする人の間で

する。けれど、最初からペッタンペッタンと突くやり方もあるが、ここではやはり

味噌の時と同じく杵を持つ者が、3、4人いて少し餅状になるまでつくのだ。

そしてさぁとばかり突き手が登場して、やんやの中始まる。なにせ子供たちも入れて

30人ほどの人がいるからギャラリーが賑やかしいのだ。

女の人もつくことになるから、それはとてもとても黄色い声かけもすごい。

昼はその突き立てのお餅6升、3臼分をその大勢の人たちで。

大根おろし、納豆、きな粉、餡子とあってみなして食べるからついつい食べ過ぎてしまうのだ。

なにせ玄米もちも入れて70キロほどのお餅をつく。片付けが終わるとほぼ夕方で。

この日、手巻き寿司パーテーでまたまた盛り上がっている。若者連中は深夜夜半まで

続くが。こちらなぞは早々にダウン状態である。

そして今日明日と大掃除にかかっている。

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大荒れ

2021-12-17 21:27:23 | 日記

 やはり天気予報通り大荒れで、夕闇迫る頃から一気に荒れ出し瞬く間に屋根から雪が滑り落ちる音が。

こうなるだろう、と慌てるようにして冬支度をやっきた。

昨日ようやく沢庵干してあったものを下ろして。

こう言う作業も何かと手間暇かかるのだ。その前の日は

漬物樽4斗樽が3つある。そのうちの一つはまだ漬っていて、

これを取り出して、3つの中のいい糠状態のものを使って、

もう一度漬け直す。そんなだから3年ものも入っていて、

もうこのぐらいのものになると乳酸菌たっぷりでまた格別のものに

なっている。だから醗酵ものはやめられん。美味しいのだ。

とうぜん樽や重しなどの洗いなどとやっていると、すぐ夕闇がせまるのだ。

 下ろした大根のへたを切って、菜葉と切り落とす。

この菜葉は、最後大根を漬け終わった後に糠をたっぷり入れながら

蓋をするようにして載せるのだ。そして仕上げは重し。塩が薄い分

どうしても重しは重くなる。一連の作業が終わる頃には腰もイテテ状態

なれど、気分は安堵感でいっぱいなのだ。

 ともあれ大荒れの時は、なんとも困った事態になることが多いから

要注意なんだ。けんど雪起こしの雷(1時間ほども雷さまが鎮座)の時も

そうだけれど、なんだかわくわくしてしまうようだ。

きっと想像するに太古の頃より師父たちが、大荒れの時こそ力が入って

身構えた名残りが今のこんなへなちょこのところまできている。

などと思うと愉快な気分になってくる。

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三日月

2021-12-09 20:39:43 | 日記

 今日は久しぶりの青空。こういう日は外にいる方が気持ちいい。

庭木の剪定がまだ終わってなくて、三脚を立ててうっーんと

手な具合でこちらをパチリこっちもかパキンとハサミやノコギリを

使っていると、すっかり植木屋気分でいいのである。

 夕闇せまる前に迷犬と散歩、ひょいと空を見上げれば三日月が

もう輝いている。なんだか嬉しくなっちまう。

 今朝まだ薄暗いなか、山の端を見ると真っ黒い雲が木々の上、層になってあり

その黒い層の上は蒼い空で、それに一瞬目が引き寄せられた。

一瞬の光芒なのだろうけれど、うつくしさってなんだろう?

どうして引き寄せられるんだろうって。おもったな。

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初冠雪

2021-12-02 19:59:49 | 日記

 朝まだ空けやらぬ頃、寒くて布団の中でもぞもぞしていたんだ。

で、目覚ましで起き出して薄暗い外を見ると、おおぅ真っ白。

なんていうのか、もうこの初冠雪も見飽きるほど見ているはずなのにおおぅ、なのだ。

風景が一変する。真っ白世界に様変わっていることの不思議さは、ちょっとね。

 先日京都へ仲間たちと、比叡山などの郊外はもうだいぶ散っていた。

それが桂離宮などの市中はまだ真っ盛りで、これだもの。

これは島国の良さなんだろうな。

 比叡山などは50年前にある先生に連れられて来たんだ。

その時の印象がとても強くいい感じで残っていたものだから、

今回京都の旅には是非と思っていた。しかし観光化というのか。

こちらに刺さるものが何もなく、だった。それはこちらの問題でもあるね。

桂離宮のことはやはり以前から知ってはいたが、そんなところは

ご縁のないところと思っていた。しかしながら古文の会で平安文学を

開いていると、その当時の京都、大宮人貴族たちの暮らしの片鱗でも分かれば、

という思いと。この京都の庭や建築様式がこの島国の至るところで

大きな影響を与えているに違いなく。

それはちょうど、ローマやギリシャの建築様式が

その後のヨーロッパやアメリカに多大な影響を及ぼしているのと

同じことのように思えるからだ。

 とまれ。古文の会の仲間達と出かける旅は、

同じものを学んでいるものならではの共生感とでもいうのか。

安心感があってこういうこと、若い頃には考えもしなかったことに違いない。

 

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