雑草

2018-07-31 21:15:58 | 日記

 能登門前のあすなろ通信79が届きました。そこから転載します。

「ー略 一番大切な食べ物は、何と言っても美味しい空気と水。これさえ充分にあれば、一日の始めは、良いスタートが切れる。

 畑に出かけるのは、七時過ぎ。その時刻で、もう日差しが激しく、すげ笠を被って、野良仕事をする。今はカラカラに渇いた野菜に水をあげるのが仕事だ。野菜だって、こんなに暑くてはやりきれない。冷たい水も欲しいのに決まっている。幸いに近くにある井戸水をもらっている。井戸水は触れているだけで、ヒンヤリして気持ちがいい。雑草は野菜と違って、どんな強い日差しでもびくともしない。その強さ、たくましさは、雑草の雑草たる所以だ。その強い雑草のお陰で畑が守られている。育てなければいけない野菜は、放っておくと雑草に圧倒されてしまうが、近頃のような水不足には、強い味方となって、野菜を保護してくれる。自然には、本来無駄なもの、要らないものは、一つもない。ただ私たちのその時々に、都合が良いか、悪いかで振り回すだけだ。ー略」

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スイカ

2018-07-30 21:03:05 | 日記

 風呂薪造り、今日で目出度く終りました。雨除けのトタン板を乗せたり、周りの木屑をきれいになどとやっていたら、結局一日かかったのです。昨日スイカを持ってきてくださる方があり、そのスイカをその汗だし作業のあいまに食べました。ほんのり甘くて、つめたくて、乾いた喉や気分がいっぺんに解消されるようなきもち。夏の醍醐味のひとつなのですね。

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鬼百合

2018-07-28 21:38:38 | 日記

 この夏は早いのだと思う。紫陽花が日陰のところ、この青空の下でもけなげに咲こうとしているものが、いる。が、季節はたしかに動いているのだ。蜩の大合唱はあいかわらずなれど、そのあいまに、蝦夷蟬のギィーが混じってきているし、鬼百合や百合系の花が咲きはじめたりしている。台風が今晩上陸するとか八丈島の方から来て、伊豆半島そこから南の方に行くそうである。広島の豪雨のところにまたいくらしい。当地しばらく雨が降っておらず、この台風にすこし望みをかけていたのだ。要らぬところに降り、欲しいところには降らない。まことにままならぬ。人の思わくをとうに超えているものね。

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扇風機

2018-07-26 21:05:43 | 日記

 例年この時期、我が家のストーブ用の薪と風呂薪1年分を造っている。ストーブ用の薪は終り、風呂薪である。これは輪島市内の製材所から木っ端と呼んでいる製材の切れ端をもらってきている。ふだんはチップの業者が大きなトラックで持っていく。その合間を縫うようにして、というか邪魔をしながら、往復1時間あまりのところを、日に3回から4回運んでいるのだ。4mの長さ一束の直径が1mほど、それを2段重ねにして(加重オーバーなのだ)ゆっさゆっさしながら運ぶ。それを長さ約65㌢程に切りそろえて、積み上げていく。汗まみれである。息子の遼雲さんは、東京で荷揚げ屋というきつい仕事をやってきたから、体力的にも暑さにも強い。けれど、この日向での作業は、もう汗まみれである。で、扇風機のはなしである。さすがにこの山のなかでも暑い。夜になっても扇風機が回っているなどということ、10年前には考えることもできなかった。眠る前は窓もきちんと閉めて寝ていたのだ。ところがである。この夏はさすがに特別なかんじだ。昼間の火照った身体が冷めやらぬということもあろうが、ともあれ窓ひらっきぱなしで、扇風機である。それも各自の部屋に1台ずつなのだ。まさに扇風機さまさまのくらしです。

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ユリアヌスのこと

2018-07-23 20:30:46 | 日記

 ユリアヌスのことをすこし語りたいと思います。実在の人物です。360年頃のローマ皇帝です。彼の大叔父はコンスタンティヌス大帝、この大帝がローマよりコンスタンティノポリスに首都を移し、キリスト教を国教とした人物。キリスト教は300年ほど迫害されてきてようやくつかんだ座なのだ。キリスト教の神を信じ崇めることと、皇帝を崇めることと同義とすることでその勢力を拡大した。この大帝の弟がユリウス副帝。ユリウス副帝の息子がこの小説の主役であるユリアヌス。大帝が死んだ時、大司教が大帝の息子コンスタンティウス(猜疑心が強い)が即位したあと、ユリウス副帝は狂信的な新興の宗教を嫌っていたこともあり、大司教にたぶらかせるようにしてユリウス副帝を殺害、そのときユリウス関係の多くも断罪された。偶然のようにして取り残された息子ユリアヌス。幽閉生活を送る哲学書生で、およそ政や人の前に立って何かをするような人柄ではない。それが・・・。という物語である。ともあれ辻邦生のなかでも傑作中の傑作なのではないか。

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