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 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

ポストコロナで行きたいところ

2020年05月24日 | 宅老のグチ
 
一番初めの飲食店で風評被害が今でも続いている屋形船/釣新
ここはまだコロナ感染が屋形船と報道される前に覗いていた。ネットで見ていると個人客は少ないようで団体客が多い感じがしていた。厩橋のたもとで閑なときに父の取材を兼ねて飲食したいと思っていた。今の住所は本所1-3でと思う。本所1-3-7が父が働いていた大正の終わりから昭和の初めがライオン歯磨(現ライオン本社)の厩橋の工場だったようだ。父の勤めていた漬物屋は本所1-4にあたる。
 どうやら店の案内では浅草となっている。やはり地方の人から厩橋付近は浅草で両国とは言わないようだ。
 関東大震災と昭和20年3月の東京大空襲で下町は廃墟となった。震災の慰霊堂が厩橋に近いので父の勤め先だった漬物屋は関東大震災後の設立だろうか。この件での資料はどこへ行くと知ることが出来るのだろうか。
 もし関東大震災前の漬物業界の資料が見つかると山田箕之助の子孫が見つかる可能性がある。それは深川に移転したという。漬物屋はけっこう栄枯盛衰が激しい。

コメント
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