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 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

福島県立博物館研究紀要

2010年11月21日 | 福神漬
福島県郡山出身の石井研堂を調べるうちに会津に福島県立博物館研究紀要を読みたくなった。今回は「平島松尾」と『石井研堂』が一冊に入っている2009年版と立川にある都立の雑誌を中心として所蔵している所に向かった。久しぶりなので『斯民』と交互に出してもらった。広尾や国会図書館と違って直ぐに本が出て来る。『石井民司著「福島縣地理問答」について』を読んだ。やはり石井研堂は上京した時、福島県人の人脈で活動していたようである。
 明治の20年頃の福島県の重要産物は米に次いで養蚕だった。明治6年(1873)、政府拝借金による二本松製糸会社が二本松城跡に創立した理由であった。今では女工哀史のイメージで長野県や群馬県を想像するが富岡に次いでの製糸工場が福島県という理由となる。ここにも二本松藩と三菱の関係が現れてくる。戊辰戦争の時、福島地方に進軍したのは土佐藩板垣退助・大垣戸田藩であった。

福島民報の創立者平島松尾の紀要を読んだがやはり福島県人でない花香恭次郎の新史料は無かった。
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