年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

政令指定都市になった堺市を歩く1

2008年02月12日 | タクワン
政令指定都市になった堺市を歩く1
JR堺市駅はどちらかといえば堺市のはずれで駅のそばに不釣合いな施設があって、何も知らない東京人はいきなり驚かされた。堺市に予定外の訪問のため地図もない。堺市駅前にある与謝野晶子の文学館で堺市の観光地図をもらい、祥雲寺の場所を尋ねたが知らないと言われた。仕方なく沢庵和尚の関係する南宗寺に行くことにしたら、地図に祥雲寺が在ったため、タクシーに乗って堺市駅から向かうことにした。運転手さんに地図で場所を示しながら話すと大相撲3月場所の出羽の海部屋の宿舎というのではないかと言う。大阪夏の陣にて焼失した祥雲寺は堺の豪商谷正安の援助によって、寛永5年(1628)、沢庵を開山にして海会寺跡に祥雲寺を創建したという。谷正安と言う人物の略歴が東京では見つからないのでとにかく現地まで行ったのだがあいにく堺市の郷土資料館は休みのため、現地を散策して江戸時代初期の堺の風景を想像しつつ、祥雲寺~南宗寺~南海電車・堺東駅~JR堺市駅まで戻るコースを歩いていった。約6km位でしょうか。現地を歩いて堺市という町は戦国時代に繁栄したと言うが熊野詣でと大和川水運とか瀬戸内の海運の要衝と言うことがわかる。沢庵漬に必要な空樽をいつごろ誰から堺にて沢庵和尚が手に入れたのだろうか。まだ判らない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする