山形の森 保守醒論

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2011年10月、山形大学生(死去)の救急車要請事件、山形市消防本部の救急対応はヤッパリおかしい。

2014-08-05 16:16:13 | Weblog
8.2のフジテレビ放送「一秒でも早く ―― 消防署の最前線」を見て、3年も前のことになるのだが、山形大学理学部生が死去した119番救急車要請事件(2011.10.31)での山形市消防本部の救急対応は、ヤッパリおかしいと感じた。
放送は横浜市消防局の取材を通して、消防通信指令センターの119番通報から2分以内で発車する(救急車発車システム)模様を描いている。
1. 「最初に、火事か救急かを聞く」、発車車両は消防車か救急車かの判断。
2. 「住所を聞く」、到着先を確認して、この時点で(救急車)発車態勢。
3. (発車後)その後に状況や症状を聞き取る対応。
画面には、「(救急対応は)状況や症状よりも先に住所を確認して、まずは救急車を現場に急行させる」とテロップが流れる。
署員の行動の素早さは、危機管理に相応しい「一秒でも早く」の緊張感がみなぎっていた。
翻って、山形市消防本部の対応は、(横浜市消防局)指令センターとは真逆なものと感じ取れる。
これ(およそ6分間に及ぶ通話ののちに出動見送り)が、山形市消防本部の救急対応マニュアルとすれば、根本的な見直しを図らなければならないだろう。
(死去の山大生)大久保さんの母親が山形市を相手に起こした損害賠償訴訟について、「(消防本部の対応と死亡との)因果関係」が問われるとしているが、裁判の行方とは別に山形市消防本部の救急体制が全国的先進のシステムマニュアルになっていないことは明白である。
判決後に損害賠償に応じたとしても、対応不足の責任は免れないものだ。
2011年10月、山形大学生の救急車要請事件、山形市消防本部の救急対応には大きな過失責任がある。
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