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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



中東以東、世界史上アジアの国々の中で植民地にならななかった国はタイと日本の2カ国しかない。
中国は植民地にはならなかったが、主要な都市には治外法権の外国人の街が作られ、経済は完膚無きまで外国人に握られた。
私たちとタイとが他国に侵略されなかった理由はいったいなにか。
それをつらつらと考えてみると次のようなことが挙げられる。
まずタイは西欧列強が最もその影響力をアジアに及ぼしていたとき、現チャクリ王朝が誕生したことが幸いした。
現在のプミポン国王に見られるように、チャクリ王朝の歴代王様は時代を見る目が機敏で、かつ強力な指導力を持っていた。
しかもその指導力はロシア帝国のごとき一方的な専制主義ではなく、国民に愛される半専制君主制であり、それがためプミポン国王若かりし日に立憲君主制国家へと速やかに移行することができたのだ。

「われわれがアメリカやイギリスの宣教師たちと交際しているのは、科学や芸術についての知識を欲しているからであって...(中略).....わが国は、あなた方の考えているような(未開野蛮の)国ではない。なぜならば、われわれは古来、道理と礼節をわきまえているからである。(中略)ユダヤ人の宗教などはしょせん比ぶべくもないのである」(石井米雄著 タイ仏教入門 めこん刊より)
というのは、1833年シンガポール・コロニクル紙に掲載されたモンクット親王のお言葉である。
モンクット親王とは映画やミュージカルにもなった「私と王様」のモデル、後のラーマ4世王のことだ。
このような凛とした指導者をいただいたタイ王国も列強の植民地になることは免れたものの、領土の一部は切り取られるという屈辱は味わっている。
「メコン川以北を抛棄したら、軍事行動を控えてやる」というフランスの脅しに屈して手放した領土が現在のラオスであり、イスラム教徒の人口が多く、度々テロが発生している南部の一部はイギリスに盗られたものを、日本軍が力づくで取りもどしてタイにひっつけた地域なのだ。

では、なぜ私たちの日本が植民地にならずに済んだのか。
その原因は、まず19世紀の半ばは欧州、米国ともに大きな紛争問題を抱えていたことが挙げられる。
フランスとプロシャ(ドイツ)は一触即発の状態にあり、米国にはリンカーン大統領が出現し、今にも南北戦争が始まらんとしていた時なのだ。
そして大英帝国もインドを手中に収め、アヘン戦争で中国を破壊しはしたものの、前線が延びきって、大艦隊を日本まで送るだけの余裕を失いつつあった。
しかし、これらの国際的要素よりも、もっと大きな原因が日本国内に存在していてことを、学校は教えないし、テレビも新聞も伝えないのだ。
1854年(嘉永6年)にぺーリー提督率いるアメリカ東洋艦隊が浦賀沖に現れた時点で、日本国民の識字率を上回る欧米列強の国はまったくなかった。
この嘉永6年の時点で全国の学校にあたる寺子屋は1万件以上。特別な理由がない限り、ほとんどの国民が仮名と簡単な漢字を読むことができたのだ。
そして列強より進んだ資本主義経済体制があった。
学校教育では明治維新以前の日本社会は「封建主義」と言われているが、実際は高度な資本主義社会で、すでに株式相場や先物取引、飛脚に代表される通信事業に国道整備の宿場制が驚くほどに機能していたのだ。
為替制度も完璧で、三井住友銀行、UFJ銀行の前身はすでに「両替商」という名称で、現在とほぼ似たりよったりの事業を行っていた。
そこへ「我らは文明。我らこそ神の名の下に高度な文明(キリスト教を基盤とする資本主義)を伝えるミショナリー」とやって来た欧米列強は異文化にしてすでに近代社会へ突入していた日本という謎に満ちた未知の国にであったのだ。
武力が日本を救ったのでもなく、運が日本を救ったものでもなかったのだ。
つまり高度な教育体制と、経済システムが日本を無意識のうちに植民地化の陰謀から救ったのだった。

「日本」といえば、欧米では未だに「フジヤマ、ゲイシャにニンジャにスモウにスシ、トウフ」といったイメージが強いようだ。
これはひとえに日本人が自分の国を宣伝しないこことにあると思えるのだが、たとえば海外に住む、その日本人自身が満足な歴史教育をなされておらず、母国に対する知識に乏しいため外国人に十分な説明をすることができないことに原因があるのではないかと思われてならない。

「驕れる白人と闘うための日本近代史」は、このような海外で活躍する日本人ばかりでなく、全ての日本人が目を通すべき書籍といえるのだ。
著者の松原久子さんは長年ドイツで生活し、現在はアメリカに居を構える正統日本人の論客だ。
日本に対する誤ったイメージを得意のドイツ語と英語を駆使し、相手を説き伏せて行くことのできる数少ない日本人なのだ。
本書を読むことで、なぜ日本が突如世界史に登場し、そのまま列強の仲間入りをし、戦争に負けはしたがそのまま現在に至ったかを、読者は客観的かつ具体的に知ることができるだろう。

~「驕れる白人と闘うための日本近代史」松原久子著(原著はドイツ語) 田中敏訳 文藝春秋社刊~

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