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とりがら時事放談『コラム新喜劇』



初めて買ったパソコンはシャープから発売されたばかりのX1という機種だった。
購入のポイントは「美しいグラフィクスが作れること」。
1982年の当時としては随分と乱暴な要望だった。しかし、大学で映像を専攻していた私にとって、CGを描くということ以外に高価なパソコンを買う理由はまったくなかった。

実はこのX1を購入したとき、とある雑誌で目を留めて欲しいと思ったパソコンがあった。
しかしその時は高価すぎて買うことの出来なかった。
それがAppleだった。

今週、アメリカの調査会社が「今、最も優れたCEO」は誰かという調査結果を公開した。
一位がマイクロソフトのビル・ゲイツ会長。
パソコン業界を実効支配する帝王だ。
そして二位がスティーブ・ジョブス。
有史以来マイクロソフトのライバルとして存在してきたアップルコンピューターの最高経営責任者だ。
過去二十数年、業界をリードし現代の産業革命を起こしてきたこの二人が最も優れたCEOに選ばれたことは尤もなことだろう。
一方私たち一般の者にとって、二人はパソコン用オペレーションシステムの覇権を争ってきた単なるライバル同士、というようなイメージしか持ちあわせていない。
しかしIT草創期の頃ならいざ知らず、21世紀の今、その状況はかなり異なってきているのだ。
OSという分野ではもはやアップルがいくら努力してもマイクロソフトにはかなわない。
電脳世界はウィンドウズPCが席巻し、天変地異にも似た異変でもない限り、かなりの期間現在の状況は続くだろう。
だからといって、かつてのパーソナルコンピュータの雄であるアップルが滅びてしまったかと言えばそうではない。
今、アップルはマイクロソフトが真似ようとしても太刀打ちできないことを可能にしつつある。
つまりそれはコンピュータが単なる道具ではなく、ライフスタイルの一部であるというカルチャーを創出するものといったことの証明だ。

1980年代にして「Cool!かっこいい」
という要素がコンピュータには必要だというアップルのコンセプトは、優れたグラフィック性能を生み出した。
このあまりに奇抜なコンセプトと個性のためアップルとジョブスは一度滅びかけた。
ところがジョブスがアップルを追放されていた15年という歳月の間に、上質のワインが酒蔵の中で育まれるように双方を発酵熟成させ、ついにまったく新しいコンセプトで蘇ったのだった。

本書「iConスティーブ・ジョブス 偶像復活」はそのアップルコンピューターの創業者、スティーブ・ジョブスの伝記である。
しかし単なる伝記にとどまらず、今や神話となっているアップルが巻き起こした80年代の旋風と、その後に続く醜いまでのアップルとジョブスの没落が克明に描かれている。
そして一番興味深いのは、これまでのコンピュータ文化を扱った書籍と違い映画界の裏の世界を克明に描いていることだ。
多くの人々は、大のお気に入りの「トイストーリー」や「モンスターズインク」「Mr.インクレディブル」を製作したアニメーションスタジオのCEOとアップルのCEOが同一人物であることを知らずにいる。
15年間の間にジョブズがいかに映画の世界と関わることになったかを知ることで、ゲイツ率いるコンピューターの世界から別の世界へ飛び出したアップルの世界を理解することができるようになる。
そう、コンピューターメーカーのアップルはiMacの登場から現在独走するiPodの快進撃に見られるようにマイクロソフトが支配しているPC世界とはまったく異なった文化を生み出しているのだ。

本書はここまでに至る波乱の歴史を多数の証言と取材によりスリリングでエキサイティングに描いたドキュメントだ。
そしてさらに一つのベンチャー企業とそれを生み出した一人の男の大河ドラマといえるだろう。

~「iCon スティーブ・ジョブス 偶像復活」ジェフリー・S・ヤング、ウィリアム・サイモン著 井口耕二訳~

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