政治、経済、映画、寄席、旅に風俗、なんでもありの個人的オピニオン・サイト
とりがら時事放談『コラム新喜劇』



雨は激しくはなかったが、まだ降り続いていた。

ヤンゴンを出発後暫くすると、車窓には田園風景が広がってきた。
とっても日本の田舎とよく似た風景だ。
田んぼを隔てて線路と同じ方向に走る道路を大型のバスやトラックが走っている。
これも日本の田舎と似た光景だ。
おまけにトラックやバスには「○○運送」とか「○○交通」などという、それらが日本を走っていたときそのままの塗装が消されることなく走っているので、まるっきり日本と同じ光景なのだった。
ただ田んぼの中にある集落やこんもりとした森を見ると、明らかに日本と異な風景が点描されていた。
高床式でニッパヤシを葺いた屋根の家々。
板を渡しただけのクリークを渡る橋。
ココナツの木々やバナナの木。
放牧されている水牛たち。
などなど。
雨に煙る風景は、昨年この国を訪れたときと同じで、それはそれで風情がある。
昨年はシッタン川を渡るときに見た景色がミャンマーだけどまるで水墨画の世界であったことに大いに感動したものだった。

出発から約二時間が経過したころ、列車は比較的大きな街を通過した。
バゴーの街だ。
自動車でもヤンゴンからバゴーまでは1時間半ほどかかる。
そこをトロトロ、ホアンホアン走る列車は2時間で通過した。
列車はここまで東に向かって走っていたが、ここで方向を北へとる。
バゴーの駅のポイントを通過するとき列車はスピードを落とした。
ガチャガチャ、ガチャガチャとポイントを通過する音と、連結器がドタガチャ鳴る音が賑やかだ。
私たちの列車はぐんとカーブして北へ進路を変えた。
単線のレールが真直ぐ西へ分かれて行く。
あの線路は昨年訪問したチャイティーヨーパゴダの近くの街チャイトーを通り、モーラミャインへ向かう鉄路なのだ。
そしてそして、あの線路こそ半世紀以上も前、ビルマ・タイ国境を越えてタイのカンチャナブリからバンコクへ通じる日本が建設した「泰緬鉄道」そのものだったのだ。

などと旅情に浸っていると、列車は徐々にスピードを上げはじめた。
モーラミャインへ続く旧泰緬鉄道の線路は単線であったが、私たちが走る本線は意外なことに複線であった。
この一つだけの事実でも、この鉄道が保線不十分とは言いながらミャンマーの大動脈であることを教えてくれていた。

「ちょっと上で休んできますね」
とTさんは雨漏りで湿った寝台へ上っていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
大丈夫なわけはないのだが、少々頑固なところのあるTさんなので、諦めて降りてくるまで放っておこうと思ったのだった。
で、隣の座席を見ると石山さんが読みかけの文庫本を半ば閉じて眠っていた。
このガチャガチャ揺れる列車の中でよくぞ文庫が読めるものだ、と感心していたら、寝ていたのだ。
ご苦労さんである。

暫く景色を眺めていたが、やがて夜の帳が下りてきて真っ暗になってきた。
線路の周囲は田んぼや畑ばかりなのか街灯一つ見えない真っ暗がりなのだった。
真っ暗がりでも列車はガチャンガッチャン、ホワンホワン、ユッサユッサと揺れながら走り続けている。
さしてスピードは出ていないのだろうが、音が喧しいのと揺れが激しいのが相まって、猛烈なスピードで走っているような錯覚を起こすのだった。

「どのあたりを走っているのかな」
と思いつつボーと真っ暗な窓を見つめていると、Tさんが座っていた向かい側の座席にシャンの男性がスチロール製の弁当箱を下げてやってきた。
自分の席では石山さんがのんびりと寝ているので遠慮して私の前にやってきて弁当を食べようというのだろう。
彼は私に微笑みかけて折りたたみ式のテーブルを起こし弁当の蓋を開けた。
「美味そうだな」
と私は心で呟き、ニッコリ笑って彼の食事を羨ましそうに眺めた。
私は次の停車駅タウングーに着くまで食事にありつくことができない。
シャンの男性は焼き飯らしき弁当を美味そうに食べている。
列車が激しく揺れるので少々食べにくそうだが、これも旅の楽しみ。私も景色を見ながら列車の中で弁当を食べるのが大好きだ。
最近は出張の時でも弁当を食べることが少なくなった。
東京への出張が終っても、東京駅から大阪の私の家までは三時間半ほどしかからないので、高価な駅弁を我慢して家で食べることにしているので弁当を食べる機会がすっかり少なくなってしまったのだった。
最近買った駅弁は2年前に鳥取への出張の帰りに購入した「かに弁当」だった。1つ千円という高直なことはさておき、すこぶる美味い弁当であった。
ミャンマーの駅弁もなんとなく楽しみであった。

弁当を食べ終ったシャンの男性はスチロール容器の蓋を閉じてビニール袋に入れた。
そして再び私に向かって満足げに微笑んだ。
そりゃ満足であろう。
こっちは腹ぺこである。でも「よかったね、おいしかった?」という意味合いを込めて私も微笑んだのだった。
そして彼は窓を開けた。
きっと満腹で、外の夜風にあたりたいのかな、と思った。
雨も止んでいたし、客車内のエアコンは故障で止まっていたので、私も少し外気を吸いたいところだった。
すると彼は食べ終った弁当の容器をビニール袋ごと、おもむろに窓から車外に放り投げたのだった。
そして何事もなかったように窓を閉めると、またまた私に微笑みかけたのだ。
私も微笑み返してはいたが「なんちゅーことすんねん」と驚愕した心臓がドキドキと激しく脈を打っていたのだった。
こういう場合どうすれば良いんだ?
「こら! 窓からゴミを捨ててはいかん!」と怒るべきなのか?
それとも文化の違いなのか。
どうリアクションして良いのか悩んでいるうちに、彼は微笑みながら自席へ戻って行ったのであった。

つづく

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )