アヴェ・マリア!
キリエ・エレイソン! 主よ憐れみ給え!
兄弟姉妹の皆様、
聖ピオ十世会の「ウィリアムソン司教様のブログ」をご紹介します。
といっても、ウィリアムソン司教様の書かれた記事を、Stephen Heiner 氏がブログ形式でアップして紹介しているウェッブ・サイトなのですが、DINOSCOPUS
Dinoscopus : A collection of occasional thoughts from Bishop Richard N. Williamson, of the Society of St. Pius X, from his post in Argentina です。
イタリアのローマに滞在中のウィリアムソン司教様の記事(10月6日)によると、聖ピオ十世会イタリア管区では、聖伝のミサの捧げ方を説明したチュートリアルDVDを、望む司祭に無料で提供していますが、既に600部、もうすぐ700部の注文に到達するそうです。
(因みに、聖ピオ十世会では、聖伝のミサの捧げ方を説明したDVDを制作し、それを望む司祭には無料で提供していますが、ドイツ管区では約1600名の司祭から、フランス管区、約1500名の司祭から、スペイン、約150名の司祭、ポルトガル、約100名の司祭からDVDの申し込みがあったそうです。初版の3000部は全て配布されてしまったそうです。)
イタリア管区が発送した600部以上のDVDの送り先の九割が司祭あるいは神学生だそうです。草の根の、名も知れないこれらの司祭たちが、聖伝のミサに関心と情熱を持っているのですが、司教様たちは冷たい反応を示しています。
イタリア北部の三名の司祭は、十年以上前に神学校の同窓生でした。この三名の司祭は数ヶ月前から聖伝のミサの捧げ方を習っていました。そのうち二名は、新しいミサを二度と捧げない、と決心しました。もう一人は、対面祭壇を壊してしまいました。
この三名は、司教様に教区民のために聖伝のミサを捧げる許可を願いました。司教様の答えは、「ローマが言いといえば良い」でした。
そこで三名はローマに行ってそれを願いました。エクレジア・デイ委員会の答えは、「対立がないなら良い」でした。
第二バチカン公会議主義は、聖伝に対して殺すか殺されるかの死闘を繰りひろげているのに、「対立がない」わけがありません。
三名の司教様は、この司祭たちに「従順」を要求しました。これは昔から何回も繰り返されてきたワンパターンのストーリーです。「新しいミサを捧げよ、さもなければ出て行け」です。聖伝のミサを捧げるかぎり、新しいミサの小教区からは追放される、お決まりのパターンです。
しかし、ウィリアムソン司教様は、司教様や当局ではなく、救霊のために命がけで働こうとしているこれら草の根の神父様たちに希望の光を見出しています。
全能の天主よ、御憐れみによりて、この三名の司祭を守り給え!
キリエ・エレイソン!
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■ 第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
■ 現在、教会に危機は存在するか?
■ 教会における現代の危機の責任は、司教様たちなのか?
■ 教会における現代の危機の責任は、司教様たちなのか?(つづき)
■ イエズス・キリストは、市民社会の王であるか?
■ イエズスは「自分の王国はこの世からのものではない」と言われたのではないか?
■ 第二バチカン公会議はどこが特別なのか?
■ ミサ聖祭とは何か?ミサがいけにえであるということを誰が否定したのか?
■ 新しいミサの第二奉献文(Prex eucharistica II)は、極めて古代のものではないのか?
■ 決して廃止されたことのないこの古い典礼を求める新しい刷新された関心 聖伝のミサは廃止されているか?
■ どのように御聖体拝領をすべきか?
■ 現在手による聖体拝領を拒むことは、進歩への跳躍と発展をも拒むことであるか?
■ ミサ聖祭はラテン語でなければならないのか?ベネディクト十六世教皇のラテン語奨励はいいアイデアか
■ カトリック典礼が普通に有するべき三つの性質:新しいミサはこの三つの特徴を満たすか?
■ モンシニョール・クラウス・ガンバー(Msgr Klaus Gamber)の「ローマ典礼の改革」
■ 新しいミサの神学的な問題点: 新しいミサの基礎になっている考えとは何か?
■ ミサ聖祭とは何か? (『聖ピオ十世の公教要理』による説明)
■ 新しいミサについて(第二ヴァチカン公会議が始まるわずか数年まえのピオ十二世の言葉)
■ 新しいミサに関するベネディクト十六世教皇の言葉
■ 新しいミサについての権威者のコメント
■ ミサ聖祭とは何か。1952年の「公教要理」による説明と今の流行の説明
■ 聖伝のミサの自由化:リベラルな司教様たちは反対、何故か?
■ 「信教の自由」と新しいミサの多くのオプション。「平信徒の声を聞く、開かれた教会、今までの権威主義ではない信徒のための信徒による信徒の教会、手作りの教会、草の根の教会」というモットー。しかし跪いての口での御聖体拝領は厳禁。何故か?
■ 第二バチカン公会議の全ての文書を捨て去らなければならないのか?
■ 聖ピオ十世会は教会認可の正式な修道会と思ってよいか
■ 離離は深刻なことではないか? 聖アウグスティヌスの言葉についてどう思うか。
■ 松浦悟郎司教さまが呼びかけ人になって、良心の自由を理由に「日の丸」と「君が代」の拒否をすすめているが、どう思うか
■ 異端とは何か? 離教とは何か?:ダブルスタンダード?! 聖伝主義に対する態度とエキュメニズム
■ ヨハネ・パウロ二世の書簡「エクレジア・デイ」について
■ 「聖ピオ十世会のミサは有効であり主日の義務を果たすか」
教皇庁立委員会エクレジア・デイの回答
■ 聖ピオ十世会、聖伝ミサに関する問い合わせ
■ 新しいミサでは「王であるキリストの祭日が終末を表す年間最後の主日に定められていることも意義深いものです」
■ 「王たるキリスト」祝日の根拠
■ 「自身の良心に従う」とは?
■ 第二バチカン公会議とは?
■ 第二バチカン公会議のモットー
■ 新しい「光りの玄義」について
■ 東方正教会
■ カトリックのエキュメニズム運動
■ 過ぎ越しの神秘
■ ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿とその思想は?教皇ベネディクト十六世の考えをよく理解するために
キリエ・エレイソン! 主よ憐れみ給え!
兄弟姉妹の皆様、
聖ピオ十世会の「ウィリアムソン司教様のブログ」をご紹介します。
といっても、ウィリアムソン司教様の書かれた記事を、Stephen Heiner 氏がブログ形式でアップして紹介しているウェッブ・サイトなのですが、DINOSCOPUS
Dinoscopus : A collection of occasional thoughts from Bishop Richard N. Williamson, of the Society of St. Pius X, from his post in Argentina です。
イタリアのローマに滞在中のウィリアムソン司教様の記事(10月6日)によると、聖ピオ十世会イタリア管区では、聖伝のミサの捧げ方を説明したチュートリアルDVDを、望む司祭に無料で提供していますが、既に600部、もうすぐ700部の注文に到達するそうです。
(因みに、聖ピオ十世会では、聖伝のミサの捧げ方を説明したDVDを制作し、それを望む司祭には無料で提供していますが、ドイツ管区では約1600名の司祭から、フランス管区、約1500名の司祭から、スペイン、約150名の司祭、ポルトガル、約100名の司祭からDVDの申し込みがあったそうです。初版の3000部は全て配布されてしまったそうです。)
イタリア管区が発送した600部以上のDVDの送り先の九割が司祭あるいは神学生だそうです。草の根の、名も知れないこれらの司祭たちが、聖伝のミサに関心と情熱を持っているのですが、司教様たちは冷たい反応を示しています。
イタリア北部の三名の司祭は、十年以上前に神学校の同窓生でした。この三名の司祭は数ヶ月前から聖伝のミサの捧げ方を習っていました。そのうち二名は、新しいミサを二度と捧げない、と決心しました。もう一人は、対面祭壇を壊してしまいました。
この三名は、司教様に教区民のために聖伝のミサを捧げる許可を願いました。司教様の答えは、「ローマが言いといえば良い」でした。
そこで三名はローマに行ってそれを願いました。エクレジア・デイ委員会の答えは、「対立がないなら良い」でした。
第二バチカン公会議主義は、聖伝に対して殺すか殺されるかの死闘を繰りひろげているのに、「対立がない」わけがありません。
三名の司教様は、この司祭たちに「従順」を要求しました。これは昔から何回も繰り返されてきたワンパターンのストーリーです。「新しいミサを捧げよ、さもなければ出て行け」です。聖伝のミサを捧げるかぎり、新しいミサの小教区からは追放される、お決まりのパターンです。
しかし、ウィリアムソン司教様は、司教様や当局ではなく、救霊のために命がけで働こうとしているこれら草の根の神父様たちに希望の光を見出しています。
全能の天主よ、御憐れみによりて、この三名の司祭を守り給え!
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■ 第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
■ 現在、教会に危機は存在するか?
■ 教会における現代の危機の責任は、司教様たちなのか?
■ 教会における現代の危機の責任は、司教様たちなのか?(つづき)
■ イエズス・キリストは、市民社会の王であるか?
■ イエズスは「自分の王国はこの世からのものではない」と言われたのではないか?
■ 第二バチカン公会議はどこが特別なのか?
■ ミサ聖祭とは何か?ミサがいけにえであるということを誰が否定したのか?
■ 新しいミサの第二奉献文(Prex eucharistica II)は、極めて古代のものではないのか?
■ 決して廃止されたことのないこの古い典礼を求める新しい刷新された関心 聖伝のミサは廃止されているか?
■ どのように御聖体拝領をすべきか?
■ 現在手による聖体拝領を拒むことは、進歩への跳躍と発展をも拒むことであるか?
■ ミサ聖祭はラテン語でなければならないのか?ベネディクト十六世教皇のラテン語奨励はいいアイデアか
■ カトリック典礼が普通に有するべき三つの性質:新しいミサはこの三つの特徴を満たすか?
■ モンシニョール・クラウス・ガンバー(Msgr Klaus Gamber)の「ローマ典礼の改革」
■ 新しいミサの神学的な問題点: 新しいミサの基礎になっている考えとは何か?
■ ミサ聖祭とは何か? (『聖ピオ十世の公教要理』による説明)
■ 新しいミサについて(第二ヴァチカン公会議が始まるわずか数年まえのピオ十二世の言葉)
■ 新しいミサに関するベネディクト十六世教皇の言葉
■ 新しいミサについての権威者のコメント
■ ミサ聖祭とは何か。1952年の「公教要理」による説明と今の流行の説明
■ 聖伝のミサの自由化:リベラルな司教様たちは反対、何故か?
■ 「信教の自由」と新しいミサの多くのオプション。「平信徒の声を聞く、開かれた教会、今までの権威主義ではない信徒のための信徒による信徒の教会、手作りの教会、草の根の教会」というモットー。しかし跪いての口での御聖体拝領は厳禁。何故か?
■ 第二バチカン公会議の全ての文書を捨て去らなければならないのか?
■ 聖ピオ十世会は教会認可の正式な修道会と思ってよいか
■ 離離は深刻なことではないか? 聖アウグスティヌスの言葉についてどう思うか。
■ 松浦悟郎司教さまが呼びかけ人になって、良心の自由を理由に「日の丸」と「君が代」の拒否をすすめているが、どう思うか
■ 異端とは何か? 離教とは何か?:ダブルスタンダード?! 聖伝主義に対する態度とエキュメニズム
■ ヨハネ・パウロ二世の書簡「エクレジア・デイ」について
■ 「聖ピオ十世会のミサは有効であり主日の義務を果たすか」
教皇庁立委員会エクレジア・デイの回答
■ 聖ピオ十世会、聖伝ミサに関する問い合わせ
■ 新しいミサでは「王であるキリストの祭日が終末を表す年間最後の主日に定められていることも意義深いものです」
■ 「王たるキリスト」祝日の根拠
■ 「自身の良心に従う」とは?
■ 第二バチカン公会議とは?
■ 第二バチカン公会議のモットー
■ 新しい「光りの玄義」について
■ 東方正教会
■ カトリックのエキュメニズム運動
■ 過ぎ越しの神秘
■ ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿とその思想は?教皇ベネディクト十六世の考えをよく理解するために