Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

【質問】聖ピオ十世会は教会認可の正式な修道会と思ってよいか

2007年04月04日 | 質問に答えて

アヴェ・マリア!


【質問】
 聖ピオ十世会は教皇庁認可の正式な修道会と思ってよろしいのでしょうか。ルフェーブル司教は本当は破門されておらず、今も正式なカトリックの司教と認められていると考えて、よろしいのですね。


【答え】
 ご質問をありがとうございました。
 聖ピオ十世会はカトリック教会認可の正式な修道会です。
 ルフェーブル大司教は本当は破門されていません。


【聖ピオ十世会はカトリック教会認可の正式な修道会】
 何故なら、聖ピオ十世会は、ルフェーブル大司教によって、1970年11月1日スイス、フリブールのシャリエール司教から正式な認可を得て、カトリック教会法典に則って創立されたカトリック教会の1つの修道会からです。


 1971年2月18日 聖職者聖省の長官ライト枢機卿は、聖ピオ十世会の会憲を称賛しています。

 1971年~1974年 -ローマは、聖ピオ十世会の修道院がカトリック教会法典に従ってスイスの2つの司教区とイタリアの司教区において設立することを許可しました。
 つまり、ローマは3名の修道司祭らが聖ピオ十世会に入会し、聖ピオ十世会が彼らを所属させる(incardinate)することを許可しました(「所属」のない司祭は、司祭職を行使することが許されない。)。
 また、シオン司教区(スイス)のアダム司教は、聖ピオ十世会が複数の司教区にまたがる修道会として、一般にどの司祭でも所属させることが出来ると判断しました。


 しかし、フランスの司教評議会は、神学上の理由のために新しいミサを拒否する聖ピオ十世会とその神学校を廃止させるように動き出し、エコンにある聖ピオ十世会の神学校を「野蛮な神学校」と非難しました。その内の一人、バチカンの政務長官ヴィヨ枢機卿(Cardinal Villot)は、パウロ六世に「ルフェーブル大司教は自分の司祭たちに教皇様に反対する声明にサインさせている」と偽証さえしました。


 1974年11月11日から13日の間、エコンの神学校に教皇視察団が訪問しました(これがローマの普通のやり方)。ガロンヌ枢機卿(Cardinal Garonne)によればエコンの神学校は「新しい典礼を使っていないことと、何か少しの反公会議の精神があるということを除けば、極めて良い」ものでした。しかし、ローマからの視察団の異端的な発言は神学生たちを躓かせたのです。

 そのために、1974年11月21日 ルフェーブル大司教は、聖伝のローマを支持するという宣言をしました。

 1975年2月13日 および1975年3月3日に、ルフェーブル大司教は1974年11月21日の宣言のために3人の枢機卿から成る即席の「委員会」の前で「裁判のまねごと」を受けました。ルフェーブル大司教はこの「裁判」の性格についてなんらの通知も受けておらず、弁護士を付けることも許されず、その内容を記録することも許されませんでした。(証拠記録を許すと約束だけはありましたが、約束は守られませんでした。)


 1975年5月6日 規定によらない即席「委員会」は、1974年11月21日の宣言が「全ての点で受け入れられない(ママ)」と、ルフェーブル大司教を断罪しました。「委員会」はスイスのマミー司教(フリブールのシャリエール司教の後継者)に、前任者の認可を取り消すように通達しました。


 しかし、教会法によれば、地方の司教が一度修道会を認可すると、その後は教皇だけがそれを廃止することが出来るのです。つまり、後継者には前任者の認可を取り消すことが出来ないのです。カトリック教会法典493条。)
Can. 493. Quaelibet religio etiam iuris dioecesani tantum, semel legitime condita, etiamsi unica domo constet, supprimi nequit nisi a Sancta Sede, cui etiam reservatur de bonis in casu statuere, semper tamen salva offerentium voluntate.

 1975年6月5日 ルフェーブル大司教は教会法に従ってローマの最高裁判所(Signatura Apostolica)に訴えました。

-私の「宣言」の内容については教理聖省が吟味するはずだが、そうではなかった。
-教理聖省を飛び越して「委員会」が裁判をするためには、教皇からの特別の任命書が必要。
-枢機卿らの「委員会」が教皇から特別任命を得たという証拠を提示して欲しい。(注:これは現在に至るまで一度も証明されていない。法の有効性に疑問がある場合は遵守の義務はない。教会法15条、新教会法14条。「委員会」の「権威」と「正当性」に疑問がある場合はなおさらである。)
-もしも私に過失があったとしても、それは私が処罰されるべきであって、教会法に従って創立された聖ピオ十世会が処罰を受けるには当たらない。
Can. 15. Leges, etiam irritantes et inhabilitantes, in dubio iuris non urgent; in dubio autem facti potest Ordinarius in eis dispensare, dummodo agatur de legibus in quibus Romanus Pontifex dispensare solet.

 1975年6月10日 ヴィヨ枢機卿の介入により、ルフェーブル大司教の訴えは裁判所に受理されませんでした。裁判長のスタッファ枢機卿はルフェーブル大司教の訴えを受理するならば解任されるとの脅しを受けたほどです。ルフェーブル大司教は裁判を受ける権利さえも拒否されたのです。


 1975年6月29日 枢機卿らの働きかけで、教皇パウロ6世は、自分は枢機卿らの委員会がしたことを認める、という内容の手紙をルフェーブル大司教に書きました。しかし6月の教皇承認は、2月の委員会の会合を遡及的に有効化できないのです。(教会法8条§1、17条§2、新教会法7条、16条§2。)
Can. 8. par. 1. Leges instituuntur, cum promulgantur.
Can. 17. par. 2. Interpretatio authentica, per modum legis exhibita, eandem vim habet ac lex ipsa; et si verba legis in se certa declaret tantum, promulgatione non eget et valet retrorsum; si legem coarctet vel extendat aut dubiam explicet, non retrotrahitur et debet promulgari.


 ルフェーブル大司教は、これらを経てこう言っています。
私たちは裁判も受けずに、自分を弁護することさえもできずに、警告もなく、いかなる書面もなく、控訴することも出来ず、排斥されたからです。

 カトリック教会法典以前の問題として、自然法が守られるべきという問題です。自然法によると、犯罪が指摘され得もせず、裁判する者の権威とその正当性が疑わしい時、処罰を受ける義務はないからです。


 実際に、ローマは「聖ピオ十世会の廃止」が無効であったことを暗黙のうちに承認していました。何故なら、1988年5月、ラッチンガー枢機卿は、聖ピオ十世会の司祭の中から1人の司教が聖別されるという原則を認めていたから、また、1987年12月8日、教皇代理訪問者であったガニョン枢機卿は、ルフェーブル大司教の司教荘厳ミサに与り、「廃止」されたはずであった聖ピオ十世会への入会の儀式に、高位聖職者として公式に参与したからです。

 

【ルフェーブル大司教は本当は破門されていない】
 さて第二のご質問のルフェーブル大司教様について言えば、カトリック教会法典に従えば、破門されていません。


 1986年10月27日にヨハネ・パウロ二世教皇様の指導のもとに行われた、アシジでの諸宗教の祈りの集いを知った後、ルフェーブル大司教様は、必要の状態(緊急状態)に迫られて、ヨハネ・パウロ二世教皇様の許可なく司教を四名聖別しました。大司教様は繰り返しこれは必要状態に迫られてのことであると言い、決して「ローマ首位権」という権威そのものを「拒否する」ことではないと言っています。
 ルフェーブル大司教様は、カトリック教会の緊急状態に迫られて司教聖別を行わなければならない良心上の義務があったと考えて善意で司教を聖別しました。

 ルフェーブル大司教は、カトリック司祭職が継続するため、天主に従順であるため、必要の状態に迫られて司教聖別を行わなければならない良心上の義務があったことをはっきり宣言しています。


 そのような場合には、カトリック教会法典によれば、少なくとも自動破門に当たりません。

 

 何故なら、
(1)必要の状態(緊急状態)に迫られて法を犯す人は、刑罰の対象にならない(カトリック教会法1323条の4)からです。


 またたとえ、そもそも客観的に見て「必要の状態」などというものがたとえ存在しなかったとしても、
(a) もしも誰かが必要の状態があると過失なく思いこんで、その行為を行った場合、----> 刑罰を受けない(カトリック教会法1323条の7)からです。
(b) もしも、必要の状態があると、過失的に思ったうえで、この行為を行った場合、
----> 自動的刑罰は受けない(カトリック教会法1324条§3及び§1の8)からです。

 

 さらに重大なことは、実定法は、永遠法と自然法の奉仕のためにあります。カトリック教会法典は、天主の法の奉仕のためにあります。いかなる人間権威も、カトリック信仰の教えとカトリックの秘跡とを妥協させるように司教に強制することはできません。いかなる権威も、カトリック教会の破壊に協力することを強制できません。ルフェーブル大司教様は、聖伝のカトリック信仰を守り通すことができるために、自分になさらなければならないことをしたのです。カトリック信仰に留まるために、従って本当の意味での教皇様の職務に従順であるために、司教聖別を行ったのです。

 

 

参考資料:

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ「第19章 エコンの神学校とローマ

【質問】聖ピオ十世会とは何ですか?

【質問】聖ピオ十世会の歴史はどのようなものですか?

【Q and A】 ヨハネ・パウロ二世の書簡「エクレジア・デイ」について

聖ピオ十世会だより: マニラの eそよ風 (第252号)

1988年6月30日の4人の司教聖別

司教聖別の教会法的考察

WHAT IS THE SOCIETY OF SAINT PIUS X?


 これでご質問にお答えできたと期待します。


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●トレント公会議(第19回公会議)決議文
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●第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
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●聖ピオ五世教皇 大勅令『クォー・プリームム』(Quo Primum)
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●新しい「ミサ司式」の批判的研究 (オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿)Breve Exame Critico del Novus Ordo Missae
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