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カルカロドントサウルスが獲物を持ち上げる力



Copyright 2015 Henderson & Nicholls “Double Death” という作品

過去に話題になったかもしれないが、私は最近知った。変わった研究があるものである。著者の一人はアーティストで、2頭のカルカロドントサウルスが竜脚類の亜成体を持ち上げている絵を作成した。それを見て実際にこんなことが可能なのか、という疑問から研究が開始された。筆頭著者はHendersonで、いろいろな動物の3次元デジタルモデルを作る人である。スピノサウルスの浮力や安定性についてもシミュレーションしている(「スピノサウルスは沈まない」の記事)。実際にカルカロドントサウルスはどのくらいの重さの獲物を持ち上げて、よろめかずに立っていられるのか、ということを真面目に研究した。

そのためにまず、コンピューター上でカルカロドントサウルスの3次元デジタルモデルを作成した。胴体についてはアロサウルスやアクロカントサウルスを参考にしている。例によって尾部は重く、前半身は含気性の骨や気嚢系があって軽いので、それぞれに適切な密度を与えている。その結果、カルカロドントサウルスのモデルは全長12.5 m、体重6.23 tとなった。一方の竜脚類の方は、カルカロドントサウルスと共存したレッバキサウルスが不完全なので、アルゼンチンのレッバキサウルス類リマイサウルスの3次元デジタルモデルを作成した。絵の中でカルカロドントサウルスが12.5 mとすると、竜脚類は10.9 m、1.91 t と推定された。

著者らは3つの観点から考察している。1)重心の移動、2)頭を持ち上げる力、3)顎でくわえる力、である。1)重心の移動については、カルカロドントサウルスのモデルの横断切片の重量を計算し、加算することで、重心の位置を決める。後肢を少し前後に開いた自然な立ちポーズで、重心は骨盤のすぐ前方にきた。獲物を口にくわえた場合、重心は前方に移動する。あまりにも重いものをくわえると、重心が前方に行き過ぎ、前のめりになって立っていられないわけである。その限界は重心が前に出した足の上にあるかどうかとした。
 この計算式を解くと、1頭のカルカロドントサウルスが持ち上げて立っていられる荷重の上限は、2,510 kgとなった。2頭がかりだと5,020 kgとなり、最初の絵の竜脚類が1,910 kgなので、十分可能に思われた。つまり重心の移動という観点だけからは、最初の状況が可能にみえる。しかし実際には、首や顎の筋力の限界の方が小さいので、それらに制約されることがわかった。

2)頭を持ち上げる力については、獲物をくわえた頭全体を、首の背側にある軸上筋で支えるわけである。最も重要なのは後頭部に付くm.transversospinalis とm.complexusという2つの筋肉で、これらは大体頭頂骨の後部に付着する。片側のm.transversospinalis とm.complexusの断面積はアロサウルスで36.3 cm2 と 33 cm2と計算されている。カルカロドントサウルスの頭骨長はアロサウルスの2.26 倍であり、断面積は長さの増加の2乗に比例するので、2.26の2乗で5.125倍と推定された。また恐竜の筋力の推定値には幅があるが、ここでは40 N/cm2とされた。頭骨と頸椎が関節する後頭顆の位置を支点として、これらの首の筋肉は頭を持ち上げる(上に回転させる)ように働く。一方、頭自体の重量と口にくわえた獲物の重量は、頭を下げる(下に回転させる)ように働く。そこで
 頭を持ち上げる力(モーメント)=頭自体の重量で下がる力+獲物の重量(最大荷重)で下がる力
という方程式を立てた。これを解くと、持ち上げられる獲物の重量の最大値は424 kgとなった。2頭がかりだと848 kgとなる。848 kg のリマイサウルスは8.29 mとなるので、最初の絵の3/4の大きさならなんとか可能という結果になった。

3)顎でくわえる力については、下顎と獲物の重量を、顎を閉じる筋肉(下顎内転筋)の力で支えることになる。アロサウルスの咬む力は歯列の前方で4,179 N、後方で6,809 Nと推定されているので、歯列の中央では5,494 Nとなる。下顎内転筋の断面積は長さの増加の2乗に比例する。頭骨長がアロサウルスの0.72 m からカルカロドントサウルスの1.63 mにスケールアップすると、下顎内転筋の断面積は2.26の2乗倍に増える。そして咬む力が断面積に比例するとすると、カルカロドントサウルスの咬む力は5,494 N x 2.26の2乗 = 2.82 x 10の4乗 N となる。これが最大の荷重(獲物の重量)と拮抗するという方程式を立てた。これを解くと獲物の重量の最大値は512 kgとなった。




Copyright 2015 Henderson & Nicholls

以上の結果から著者らは、より実際にありそうな絵を描きなおしている。最初の絵と同じくらいリアルだったらなお良かったが、このくらいの幼体なら持ち上げられそうな感じになった。ただしこの400-500 kgというのも上限なので、通常はずっと小さいものを持ち上げただろうと述べている。400 kgとするとウシは無理だがブタくらいなら持ち上げられるのかもしれないが、重量挙げのように一瞬の間だろう。
 ずっと小さい獲物をくわえただろうという理由の一つとして、小さい物体は首、頭、顎の動きによってより簡単に扱うことができるということがある。多くの肉食爬虫類はinertial feeding という摂食方法をとる。これは小型の獲物を口にくわえて、すばやく首を振り、獲物を回転させて飲み込みやすい向きにするというものである。ティラノサウルスではinertial feedingの能力について研究されており、50 kgの肉塊をinertial feedingでくわえなおすことが可能らしい。カルカロドントサウルスでも同じような大きさの塊をinertial feedingで扱った可能性が高い。

感想として、元々の設定に無理があるのではないか。最初の絵は直感的に見て、これはちょっと重すぎて無理ではないかと思えた。そのことを、3次元モデルを作成して実証した研究ということになる。この2頭のカルカロドントサウルスが竜脚類を持ち上げている様子は、「公開処刑」を見せつけているように見えて、人間の発想に思える。(だから作品としてインパクトがあるのだろうが。)そもそも2頭の獣脚類が、それなりに重い竜脚類の体全体を地面から持ち上げる理由がない。ごく小さい幼体なら飲み込もうとして持ち上げる、または2頭で引っ張り合いをした結果持ち上がることはあるだろう。しかしそれなりに大きい獲物の場合は、獣脚類が持ち上げるのは飲み込める大きさに引きちぎった肉塊のはずである。獲物の体を地上に置いたまま解体し、ちぎっては食べ、ちぎっては食べる方が自然である。

参考文献
Donald M. Henderson, Robert Nicholls (2015) Balance and Strength—Estimating the Maximum Prey-Lifting Potential of the Large Predatory Dinosaur Carcharodontosaurus saharicus. THE ANATOMICAL RECORD 298: 1367–1375. https://doi.org/10.1002/ar.23164
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