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バリオニクスは潜水したとは限らない(上)


スピノサウルス類の生態については、主に魚食性であることから水辺に依存した生活をしていたことは一致しているが、その摂食行動については対立した意見があり、現在も論争が続いている。バリオニクス以来の半水生で河川や沼地などの岸辺から、あるいは浅瀬に立って水面上から魚を捕食したという伝統的な考え方と、2014年以後のスピノサウルスについて体形や尾の形状から、水中で活発に魚を追跡する捕食者とする説である。
 2022年にFabbri et al.は、大腿骨と肋骨の組織像から骨密度(global bone compactness, Cg)と最大直径(maximum diameter, MD)のデータをとり、様々な生活様式の羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)で生活様式ごとに比較した。飛行するものとしないもの、潜水するものとしないものなどをスコアし、phylogenetic flexible discriminant analysis (pFDA)という統計学的手法で解析した。その結果、スピノサウルスとバリオニクスは高い骨密度をもち、完全に水中で獲物を追跡する水中捕食者であり、一方スコミムスは浅瀬に立って魚を捕らえる捕食者であると結論した。(「スピノサウルス類の骨密度」の記事)
 今年2024年になって、これに反論する研究が出版されている。Myhrvold et al. (2024) は、Fabbri et al.の論文で用いられたデータや解析方法を詳細に再検討した結果、多くの問題点があり、彼らの結論は無効であり、定量的な意味がないと指摘している。

二次的に半水生となったある種の動物で、高い骨密度がバラストとして役立つという考えは、過去の文献でよく研究されており、そこではbone ballast hypothesisと呼ばれてきた。しかしFabbri et al.はbone ballast hypothesisの長い研究を単純化し、誤って解釈しているという。半水生や水生の四足動物にとって骨密度が有利となるかどうかは、生活様式によって大きく異なる。骨密度が高いと体全体の密度も高くなり、肺の容積が大きくても潜水は容易となる。しかし重量が大きいと体の操作性は低下する。Taylor (2000)によると、高い骨密度は、水底の植物や無脊椎動物を食べるような遅く泳ぐ動物や浅瀬に潜る動物にとっては有利である。例えば、カイギュウ類、原始的な鰭竜類(ノトサウルス)、板歯類、ラッコである。Taylorや他の研究者はそれ以外の生活様式は高い骨密度と適合しないことを見出した。実際に、速く泳ぐ動物や獲物を追跡する捕食者には高い骨密度はみられない。
 ところがFabbri et al.の言い回しは、マナティーのような場合と水中で獲物を追いかける捕食者を一緒にしている。このことはTaylorや他の研究者から批判されている。つまり高い骨密度と半水生や水生の動物における優位性の関係は単純ではない。カイギュウ類ジュゴン(Cg = 0.994)やアメリカマナティー(Cg = 0.977)は非常に高い骨密度をもち、水底の植物を食べるのにエネルギーを節約している。ラッコ(Cg = 0.908)は潜水して貝類を食べるが、追跡することはほぼ必要ない。ニタリクジラ(Cg = 0.611)のより低い骨密度は小魚の群れを追いかけることと対応しており、ゼニガタアザラシ(Cg = 0.436)はさらに低い骨密度をもつ。Fabbri et al.は、生活様式が大きく異なるこれらの動物を同じグループに入れている。
 これらの知見を考えると、スピノサウルスやバリオニクスの高い骨密度は、泳ぐのが遅い動物ということを示唆しており、水中で活発に魚を追跡する捕食者という水生説のイメージを支持することにはならないというわけである。

水中摂食subaqueous foragingの定義とデータの内容が一致しないとも指摘している。Fabbri et al.の書き方だと水中摂食は完全に潜水した状態での摂食行動と考えられる。よって水中摂食者subaqueous foragerは日常的に潜水し、水中の獲物を追いかける捕食者(アザラシ)か、日常的に潜水し水中の植物を食べる草食動物(マナティー)のはずである。だが、データがそうなっていない。
 Fabbri et al.のデータセットでは、なぜか水中摂食者のカテゴリーに水中では摂食しない動物が含まれている。カバ、コビトカバ、アメリカバク、マレーバク、ビーバーなどである。これらの動物は確かに半水生の適応を示すが、主にあるいはもっぱら、陸上で摂食する。これらの動物は捕食者を避ける避難所として日常的に水中を利用している。さらに、アメリカアリゲーターやナイルワニも、成体はほとんど陸上の獲物を捕食するにもかかわらず、水中摂食者のカテゴリーに入れられている。これらのワニは獲物に忍び寄るための隠れ場として水中に潜むが、実際の捕食行動は陸上(水面上)で行われる。一方で真に水中の魚を捕食するガビアルは含まれていない。
 このようなデータの内容では、スピノサウルス類の摂食行動について結論することはできないというわけである。



参考文献
Myhrvold NP, Baumgart SL, Vidal D, Fish FE, Henderson DM, Saitta ET, et al. (2024) Diving dinosaurs? Caveats on the use of bone compactness and pFDA for inferring lifestyle. PLoS ONE 19(3): e0298957. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0298957
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