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スピノサウルス類の骨密度



スピノサウルスとスコミムスでは骨の組織像が全然違うということは2014年にわかっていたわけだから、今回新しいのはバリオニクスのデータである。スピノサウルス類の中でもほとんど同じ体形のバリオニクスとスコミムスで生態が異なる、というのが面白いところである。

陸生脊椎動物である羊膜類が二次的に水中生活に戻る現象は、独立に30回も起きており、非常によくみられることである。その中で非鳥型恐竜は例外的で、ほとんど陸上生活に限られるとされてきた。その概念を打ち破ったのが、スピノサウルスのネオタイプの発見である。
 水中での摂食subaqueous foragingや深い潜水deep divingのような水中生活への適応は、ボディプランの基本的な変更を伴う大きな進化的移行である。にもかかわらず、クジラ類や海生爬虫類のように高度の水生適応を示すグループでさえ、この変形には数百万年かかっている。いくつかの現生種や、最も特殊化した水生動物の系統でも初期の化石種では、比較的わずかな骨格上の変化しか示さない。例えばカバやごく初期のクジラ類などである。よって、現在陸生だったと考えられている恐竜の中にも、実は水生適応の初期段階にあったり、半水生だったりした種類がいるかもしれない。
 骨密度の増加は、水中生活への適応として現生の羊膜類に広く生じており、ワニ形類、鳥類、海生爬虫類、クジラ類のような絶滅した四肢動物で水中生活を示唆するのに用いられてきた。骨密度は従来、1つの系統の中で古生態を考察するのに用いられてきたが、骨密度が水生適応の指標として有用であるかどうか評価するためには、もっと系統的に広範な検討が必要である。
 そこでFabbri et al.(2022) は、206の現生および174の絶滅した羊膜類について、大腿骨の骨幹と肋骨の近位部の骨密度を定量化した。これらのデータは(1)水中摂食するかどうか(2)飛行するかどうかなどのスコアをつけられた。鳥類では飛行もするし潜水もする種もあれば、飛行できず潜水する種もある。データの中には議論の余地なく水生である現生種と絶滅種、例えば海生哺乳類(クジラ類、鰭脚類)、主竜類以外の海生爬虫類(魚竜類、鰭竜類、モササウルス類)、水生の主竜類(メトリオリンクス類、現生ワニ類)、潜水する鳥類(ペンギン、アビ、カイツブリなど)も含まれている。

最も相関が高かったのは骨密度と水中摂食で、つまり羊膜類全体で“頻繁な水中摂食”は、大腿骨と肋骨の骨密度の増加と相関していた。“頻繁でない水中摂食”や水面上からの摂食は、骨密度の増加と相関していなかった。これは渉禽類(サギ、ペリカン、フラミンゴなど)は陸生の動物と同様の骨密度をもつことと一致する。

ゾウや竜脚類のような巨大な陸上動物では、大腿骨の骨密度が増加する傾向があった。また魚竜類、モササウルス類、クジラ類、アザラシのように深く潜水する動物では、浅く潜水する水中摂食者と比べて低い骨密度を示した。これらの深く潜水する動物では緻密骨が海綿骨に置き換わり、多数の骨梁や血管で占められている。これは水圧への適応や代謝の増加と関連して説明されている。よって高い骨密度は、水生適応の初期段階の良い指標となるが、水面を歩く動物、深く潜水する動物、陸生動物を区別することはできないと考えられた。

著者らの解析の結果、非鳥型恐竜の中でスピノサウルス類だけが、はっきりと水中摂食者と判定された。スピノサウルス類の中でも多様性があり、スピノサウルスとバリオニクスは水中摂食者と予測されたが、スコミムスの骨密度は他の陸生の獣脚類と同様で、水中摂食者でないと判定された。スコミムスの大腿骨はティラノサウルス、ティラノティタン、トルボサウルスなどの大型獣脚類と似ていたが、スピノサウルスとバリオニクスは大きく異なっていた。
 オルニトミムス類、ハルシュカラプトル、鳥脚類など他の非鳥型恐竜はすべて、中空の骨髄腔をもち、水中摂食者とは予測されなかった。それに対してバリオニクス(背側肋骨、肩甲骨、恥骨、座骨、大腿骨、腓骨)とスピノサウルスのネオタイプ(背側肋骨、胴椎と尾椎の神経棘、大腿骨、脛骨、腓骨、手の指骨)では多数の骨に高い骨密度が観察され、水中摂食者という予測は確実と思われた。
 系統的な比較から、スピノサウルス類の祖先は水中摂食をしていたと考えられ、スコミムスは二次的に高い骨密度を失ったと考えられる。骨密度が高くないからといって、スコミムスが水辺の環境に依存していたことを否定するものではない。長い吻や円錐形の歯などの形態学的特徴は主に魚食性であったことを示している。従来から想定されたように、スコミムスは河岸あるいは浅瀬に立って魚を捕らえるハンターだった可能性が高い。形態学的には同じように見えるバリオニクスとスコミムスで、潜水するものとしないものという大きな生態学的違いがあったことになるが、これはバリオニクス亜科に限ったことではなく、ウ科やカバ上科にもみられるという。これは河川や沼などの水辺がまばらに分布していたなどの環境要因が関係しているかもしれないとある。

つまりバリオニクス「重い爪」は爪だけでなく、体の骨も重かったというオチである。

参考文献
Fabbri, M., Navalón, G., Benson, R.B.J. et al. Subaqueous foraging among carnivorous dinosaurs. Nature 603, 852–857 (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-04528-0
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