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アリオラムス・アルタイ



 一般にティラノサウルス類は、獲物を骨ごと噛み砕くような捕食様式に対応して、丈の高い頭骨、頑丈な下顎、太い歯など強く咬むことに適応した形質をもつが、1976年に記載されたアリオラムス・レモトゥスは細長い顎などから、ティラノサウルス類の主流から外れた種類として、「異なる枝」と命名された。しかし模式標本は断片的であるため、その形態や系統学的位置などについて詳しい研究は困難であった。
 2001年にモンゴルの白亜紀後期の地層(ネメグト層、マーストリヒト期)から発見された新しいティラノサウルス類の標本が、研究の結果、アリオラムスの新種アリオラムス・アルタイとして今年2009年に記載された。同一個体に属する一連の骨格で、ほとんど完全な分離した頭骨、完全な頸椎、数個の胴椎、仙椎、数個の尾椎、腰帯、後肢の大部分などが含まれる。前肢、肩帯、恥骨などは失われている。

 アリオラムス・アルタイは、以下のような固有の形質をもつティラノサウルス類(いわゆるティラノサウルス科、ティラノサウリド)である。上顎骨のpromaxillary fenestra の後背方に副次的な含気孔がある;maxillary fenestraが大きく前後に伸びている;頬骨に側方に突き出した角がある;外翼状骨の背面に厚い稜がある;歯骨に20個の歯槽をもつ;頸椎の横突起の前面に含気性の窪みがある;胴部の肋骨に含気孔がある;腸骨の側面の中央の稜が前背方に傾いている、などである。
 アリオラムス・アルタイとアリオラムス・レモトゥスは、模式標本同士がほぼ同じ成長段階と考えられるが、両者は次のように異なっている。アリオラムス・アルタイでは、前眼窩窓の下で上顎骨の表面が背方に伸びて前眼窩窩との間に溝を作っているが、これはレモトゥスにはない。レモトゥスでは鼻骨の正中線上に6個の顕著な隆起があるが、アルタイでは3個の隆起でそれほど発達していない。またアルタイでは上顎骨歯が17、歯骨歯が20であるが、レモトゥスではそれぞれ16と18である。
 アリオラムス・アルタイの模式標本は幼若個体であるが、タルボサウルスの幼若個体とは多くの点で異なる。タルボサウルスの亜成体では、より上顎骨の丈が高く、歯の生えている部分も丈が高い。maxillary fenestraはより円形で、promaxillary fenestra とmaxillary fenestraの間隔がより狭い。涙骨の角はより低くはっきりしない。後眼窩骨の突起は大きい。鼻骨の隆起は低い。また上顎骨、歯骨ともに歯の数が少ない。

アリオラムス・アルタイの頭骨は、他のティラノサウルス科の頭骨と比べて顕著に長く丈が低く、吻が頭骨の長さの2/3を占める。後頭部の各骨は普通の比率であるのに対して、上顎骨、鼻骨、頬骨など吻部の各骨が長く延びている。また他のティラノサウルス科の頭骨よりも装飾的な突起が発達している。涙骨の角、後眼窩骨の角状突起、頬骨の腹側縁の角状突起は他のティラノサウルス科にもみられるが、アリオラムス・アルタイにはこの他に頬骨の側面に突出した角と、鼻骨の正中線上に3つの隆起がある。
 上顎骨は高度に含気性で、広い前眼窩窩には特徴的な大きなmaxillary fenestraと、小さなpromaxillary fenestra、その後背方に副次的な含気孔accessary pneumatic foramenがあり、さらに上行突起の側面にも細長い窪みがある。上顎骨の腹側縁は他のティラノサウルス科のように強くカーブしておらず、まっすぐに近く、17個の歯槽をもつ。鼻骨は左右が癒合し盛り上がっており、ティラノサウルスにみられる涙骨と結合する突起を欠いている。涙骨の背方には多くのティラノサウルス類の幼体にあるような、はっきりした円錐形の角がある。頬骨は広範囲で前眼窩窓に関与しており、その部位で高度に含気性である。後眼窩骨の角状突起は粗い稜状で、他のティラノサウルス科のような膨らんだ角状には発達していない。後眼窩骨の腹側突起は、他のティラノサウルス科のように眼窩内に(suborbital flangeとして)突出していない。鱗状骨、方形骨、口蓋骨、外翼状骨には大きな含気性の窪みがある。細長い歯骨は前方で膨らんでおらず、顎間結合は弱く、他のティラノサウルス科よりも多い20個の歯槽をもつ。大型のティラノサウルス科では、歯骨の後方の骨は癒合したり互いに組み合って顎を強化するような構造をもつが、アリオラムス・アルタイにはみられない。
 11個の完全な頸椎が保存されており、他のティラノサウルス科と比較して含気性が顕著である。固有の形質として、頸椎の横突起の前面に含気性の窪みpneumatic pocketがあり、centrodiapophyseal laminaの背面にも含気性の窪みがある。さらに胴椎の肋骨が含気性であり、これはティラノサウルス科の中でユニークな特徴である。

 系統解析の結果、アリオラムス・アルタイとアリオラムス・レモトゥスは同属にまとめられたが、これらアリオラムス属の共有する形質は、丈の低い頭骨、丈の低い上顎骨の水平突起、未分化な後眼窩骨の角状突起、長い鱗状骨の後方突起、16以上の上顎骨の歯槽、などである。アリオラムスの系統上の位置については従来、ティラノサウルス科の外側の基盤的なティラノサウロイドとする考え(Holtz, 2001;2004)と、タルボサウルスに最も近縁な「アジアのティラノサウルス亜科」とする考え(Currie et al., 2003)があったが、今回のBrusatte et al (2009)ではティラノサウルス亜科の中で最も基盤的なものとしている。
 後肢の骨の組織学的解析から、アリオラムス・アルタイの模式標本は9才と考えられたが、推定される体の大きさは7~8才のアルバートサウルスやゴルゴサウルス、5~6才のダスプレトサウルスやティラノサウルスに相当するという。これは成長曲線が作成されている北アメリカのティラノサウルス類と比較して論じているが、タルボサウルスとの比較も知りたいところである。つまり成体同士を比べると、ゴルゴサウルスよりもひとまわり小さいくらいということだろうか。
 復元頭骨をみると、確かに顔は細長いし歯の数も多いなど違うのはわかるが、全体としてはやはりタルボサウルスの幼体に似ている。またCurrie et al., (2003)が注目したように、アリオラムス・アルタイでも上顎骨・鼻骨・涙骨の関係はタルボサウルス型のようである。

参考文献
Brusatte, S.L., Carr, T.D., Erickson, G.M., Bever, G.S. & Norell, M.A. (2009) A long-snouted, multihorned tyrannosaurid from the Late Cretaceous of Mongolia. PNAS 106, 17261-17266.
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