強烈な光があたりを照らすのと同時に、ぺたぺたとスリッパを引きずる音が床をかすかに揺らす振動と共に聞こえてきた。俺たちは物陰に隠れて奴が通り過ぎるのを待つ。
運悪く見つかれば間違いなく命はない。奴らはそういう生き物だ。俺たちの仲間が毎日にように無残に殺されていく。あるものは、捕らえられて衰弱して、またあるものは毒ガスで処理されて、またあるものは撲殺だった。
だが、俺たちはその運命を甘んじて受け入れるしかなかった。逃げ回るだけ・・・・・・。時には自分たちの運命をのろい、そして自由に生きることができる日々を夢見る。だが、毎日を生き延びることこれで精一杯で、運命を変えようとする余裕はなかった。
たぶん、どこの世界でもそうなのだろう。そんな風に世の中はなっているんだ。
俺は物陰に隠れながら、家で待っている飢えた子供たちのことを思った。今日の出掛けに見送ってくれた後、俺の姿が見えなくなってから、「パパぁ!早く帰ってきてね」と大きな声が聞こえてきた。もうすぐまた子供も生まる。ますます責任が重くなる。だから、今、俺は死ぬわけにはいかないんだ。
奴が通り過ぎた。だが、まだそんなに遠くには行っていない。もう少し、様子を見ることにしよう。ここは一番大きな通りだ。ここを渡らないとどこにもいかれない。だが、途中に隠れる所がないため、特に危険な場所なのだ。
仲間が様子見に行く。意を決して全力で走りだす。俺は仲間が無事に渡るのを確かめてから渡ることにした。用心にこしたことはない。仲間は渡りきり、こっちを振り向く。しめた。奴はまったく気づいていない。
いよいよ俺が続く。音を立てずに走る。大丈夫だ、行ける。まっすぐ前を見て走るのだ。向こうで待ってる仲間のところへ。
大丈夫だ。奴は気づいていない。
通りを渡りきった俺たちは、建物の陰に急いだ。建物の中を覗き込んだ仲間は、ぎょっとして声をもらした。扁平な形をした建物。その入り口に設けられたスロープの向こうには、我々の仲間たちの死骸がいくつも転がっていた。そのなかに、まだ息があるのかかすかに動いている者もいた。死のトラップだった。生存者を助けようと建物のスロープに足をかけた仲間を俺は制した。
「行くな。近づいたらお前も動けなくなる」
「しかし!」
「かわいそうだが置いていくしかない」
一人の仲間の命より、残された者たちの生活が大切なんだ。
俺たちはさらに進む。振り返らずに無言で歩いた。永遠に続く地獄の日々。でも、この悲惨な現実から逃れることはできない。
「見つかった!逃げろ!」
仲間が叫んだ。
「早く走れ!」
次の瞬間、ガスが我々を襲った。
仲間の悲鳴が響く。
姿が見えない。完全にガスで視界が遮られている。
意識がもうろうとしてきた。
地面にひざを突き、倒れ込む。締め付けられるような頭痛が襲ってくる。ガスは神経を麻痺させつつある。全身の筋肉が勝手に伸縮をはじめる。だめだ。もう動けない。体を起こす事さえ無理だ。
俺は死ぬんだ・・・・・・。
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「うわー、気持ちワル!」
女はそう言いながらティッシュを取り出し、
一匹のゴキブリを捨てた。