彦四郎の中国生活

中国滞在記

日本の大学生たちが日本語教育実習に来た—大学構内の広場が蓮華(レンゲ)のピンクに染まる季節

2019-03-14 09:14:34 | 滞在記

  3月1日(金)から3月13日(水)までの日程で、日本の神戸市にある神戸松蔭女子学院大学の学生たち8人と担当教員1人が閩江大学にやってきた。「3月4日(月)から教育実習に入ります。日程は以下の通りです。よろしくお願いします。」と神戸の大学の担当教員から突然のEメールが入ったのは、2日前の2月末だった。」実習期間、私が担当している授業でも4つのコマ(1コマ90分)が実習生たちの参観や実習生たちの授業に割り当てられていたので、授業計画を大きく修正しなければならなくなった。

「そういえば、去年の今頃も教育実習生たちが来たなあ」と思い出したが、なにがなんでも2日前の連絡はないだろうが‥」と思った。閩江大学の担当者にいたっては、実習授業が始まる前日の夕方に、この件に関する連絡が初めて入った。中国の社会は「突然の連絡」というパターンは社会を覆っているが、大学組織でもこのような感じであるので、あきれ果て怒ることもばかばかしい。相手のことをあまり考えられない社会だからこんなふうになっているのだが、不愉快なことは あまり考えないようにするのが この社会で生きる秘訣かもしれない。(※神戸の大学の担当教員からの連絡が 私に遅くなったのも、中国の大学側からの必要な情報連絡が 神戸の大学側になかなか届かなかったために起きたこと。)

 日本から来た学生たちは、大学構内のホテル「福建閩院酒店」にて、2週間あまり滞在することとなった。

 3月4日(月)と3月11日(月)の2回生の「総合日語4(日語口語4)」の合計4コマの私の担当授業で、8人の実習生が授業を参観し、2人の学生が2回ずつ「実習授業」を行った。また、水曜日の「日本文化名編選読」の授業にも参観に来た。実習授業は笑顔と若いエネルギーを感じる日本人学生も1人あった。2週間あまりの日本人学生8人のようすを見ていて思ったが、目上の人に対する「礼儀・礼節」に関しては、中国人の学生たちより格段に見劣り、そのレベルの低さがとても残念だった。「あはようごさいます。/こんにちは、よろしくお願いします。/ありがとうございました。」などの基本的な挨拶ができていないのだ。最近の日本の大学生ってこんなもんなんだろうか‥。

 3月に入って大学構内の中心的な位置にある広場が、蓮華(レンゲ)の花が満開となり、広場がピンク色に染まってきた。

 大学正門(南門)付近の針葉樹林は、まだ若葉をつけていない。茶色に枯れた林の中には、亜熱帯の大きな葉をつけた緑の植物が地面を覆っている。赤く丸い亜熱帯の花も見える。水辺には、日本の初夏に咲く卯の花(うのはな)に似た白い花や八重椿や満開の木蓮も見える。

 ツツジも7分咲き、亜熱帯樹木の「刺桐」も朱色の花が満開に。赤いハイビスカスの開花を今年初めて見た。亜熱帯樹木のデェイゴの朱色の花も開花し始めていた。初夏近しかなという感がある。

 3月11・12・13日の3日間、亜熱帯地方福建省福州の気温がついに25度以上の夏日となった。太陽の陽射しが強く感じられて、うっすらと汗をかく。アパートのクーラーを今年初めて使った。4月中旬までには気温が30度ちかくになり、5月中旬からは30度以上の気温となり、6月に入ると35度の気温と湿気で、「悶絶するような湿気と暑さ」を意味する中国語で「悶熱(メンロー)」の季節の始まりとなる。これが7・8月は40度ちかい気温と高湿気の季節となる。9月も高温多湿で、10月末まで夏日が続く。(※半年間は夏期間)    暑さに弱く寒さを好む私には、この地の半年間は耐えがたいが、ここに暮らしてもうすぐ6年近くになる。中国の省都の中では、35度以上の気温の日がこの10年間で最も多い「火釜NO1都市」として有名だ。

 

 

 

 


「全国人民代表大会」—中国はどう動くか❸国家主席任期撤廃から1年、人民からの支持を得よ!

2019-03-12 10:18:01 | 滞在記

 3月5日から始まった全国人民代表者大会(全人代)は、10日間の日程を経て15日には閉幕予定だ。ちょうど1年前の全人代では「国家主席の任期は2期10年」という憲法規定を改変、任期を撤廃して世界を驚かせた。あれから1年間が経過した。この1年間の中国政治状況で最も大き対外的な出来事は米中貿易摩擦の深刻化を序章とする「米中対立」だろう。経済の急激な減速に伴って、国内の失業や倒産、労働争議なども増加しているとも伝わる。

 このような国内外の状況なかで開催されている全人代に関するANN報道(日本のテレビ報道)では、中国共産党序列4位の王洋常任委員の報告演説の中で「習近平同志を中核として」「習近平新時代における中国思想を学習し」など、40分間の演説で20回以上も習主席の名前を連呼したと伝えていた。このような動きは、米中貿易摩擦が激しくなった去年の秋ごろから目立つようになったとも。

 企業(会社)内でも、「習近平新時代における中国思想」の学習会をその担当者を中心に広がっているとも伝えられていた。携帯電話アプリを使っての学習会を行い、クイズ形式の問題もあるようだ。学習会担当者の「政治思想への勉強意識が高まるでしょう」との話が報道で伝えられていた。

 また、全人代が開催される前に中国の各テレビ局では、ゴールデンタイムに12日間にわたって「平語近人—習近平総書記用典」と題された報道番組が放送されたとANNは伝えていた。「習主席はこのように発言しています」「この決心は党と国家の未来への責任から来たものであり」「人民への深い愛情から来たものであり」などの学習内容への助言の言葉などのテレップが流されていテレビや携帯電話アプリなど、あらゆる機会を活用して「習近平主席路線」の国民・人民への支持を得るための方策が全国的に強く進められているようだ。

 このような動きは大学でもある。閩江大学では、昨年の秋ごろに大学構内の正門(南門)や4つある大学食堂など、学生が最も多く出入りする場所に大型スクリーンが新しく設置され、常時、中国共産党の政策関連の報道がされ続けている。特に意識してそれを見ていなくても、いつのまにか「中国共産党一党支配は必要だ」「中国すごいぞ」の意識は刷り込まれてくる。このような刷り込み意識の受け入れは、私も例外ではなく、この報道の影響(洗脳)される部分もあるように感じている。手をかえ品をかえ、新しい映像報道がくりかえされると、人は知らず知らずに刷り込まれてくる。

 このような中国国内の動きについて、ANNのコメンテーターは、「経済成長が鈍り始め、習主席の求心力が低下することを非常に懸念している」「政権側の危機感の表れかと思います」とコメントしていた。

 中国製造戦略「2025」や中国対内外経済・政治国家戦略「一帯一路」戦略において、「一帯一路一海一空一天」戦略をおし進め、中国と米国との覇権争いに最終的に勝利するための壮大な国家戦略。それを阻もうとする米国との戦い。「今は少し苦しい時だが、人民の支持を広げて、持久戦に勝利しよう」と国内外にアピールしているのが、今回の全人代に思える。

  「中国は、これからどう動くのか」は2019年全人代の内容をみていくとある程度は見えてくる。いままでに述べてきたことの他に、全人代では、「1100万人の就業機会をつくり、失業率5.5%前後を4.5%以内におさえる。」「民営企業の活性化のために減税などの税制改革をする。また、零細民営企業への大手国有銀行からの融資を30%以上増やす。」など、国内の就業・起業への国内対策もある。

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 今回の全人代を見た限りでは、1年前に比べて李克強首相の存在感が強まってきている感もある。その反面、習近平主席側近の劉鶴氏などの存在が希薄になってきているように感じる。これは、劉氏などがこれまで「中米関係」政策の中心となっていたが、「読みを誤った」「米国の出方を過小評価していた」ことが裏目に出ていることからきているとも伝わる。

 全人代で習近平主席は、2020年末までに全地域を貧困から脱却させる目標を必ず達成するよう改めて号令をかけた。達成できなかった幹部が虚偽の報告をすることを警戒し、「百里を行く者は九十九里を取り締まり強化を半ばとする」という故事を引用して戒めたと伝わる。2017年の党大会で、今世紀半ばに世界一流(NO1)強国になると宣言。第一歩として20年末までに「小康社会(ややゆとりのある社会)」を全面実現するとした。貧困脱却は小康社会実現の重要な条件と位置付けている。

 中国政府は2011年に貧困ラインを年収2300元(約3万8000円)以下と定義。過去6年間で8000万人の貧困減少を減少させたが、昨年末時点でまだ1660万人が取り残されていると指摘している。今回の全人代では、昨年比18.9%増の貧困対策予算が計上されている。金額とし1261億元(約2兆円)となる。(※2018年の大学卒の初任給が全国平均的には3500〜4000元くらいとなっているので、中国の貧困ラインは凄く低く設定されているように思う‥‥。2300元の金額は、一日4箱のタバコを吸う私の1カ月のタバコ代金の約半額となる。)

 今回の全人代で、中国国民にとって、とても嬉しい決定がされるという報道もあった。毎年の「春節」(中国やベトナムなどの正月)時期の国民休暇は土日を入れて7日間だったが、これを10日間にするということ。また、4月の「清明節」(先祖の墓参りなど)を土日を含めた3日間だったのを7日間にするという決定だ。来年2020年よりの実施予定だ。「清明節」は毎年4月5日前後の4月上旬なので、日本の桜が満開になっている時期と重なりあう。来年度の日本での桜見の中国人観光客が激増することが予想される。

 全人代での李克強首相は、「一帯一路」で日本との協力推進に言及し、王毅外相は、「日本との関係は良好な関係へとすすんでいる」と報告していた。この良好な方向に進んでいるとされる「日中関係」は、いつまた、激変する可能性も大きくある。

 

 

 

 


「全国人民代表大会」開幕—中国はどう動くか❷—軍事費増大と中国製造2025戦略のこと—

2019-03-10 20:54:13 | 滞在記

 全国人民代表者大会(全人代)の初日、李克強首相の政府活動報告で、2019年の軍事費(国防費)は前年比7.5%増の1兆1898億元(約19兆8000億円)と20兆に迫る予算額を提示した。今世紀半ばまでに「世界一流の軍隊」を目指す習近平指導部の「軍事強国路線」が改めて鮮明になった。2000年の中国の軍事予算(約1210億元)なので、2000年と比べて10倍程度の軍事予算である。中国海軍の空母は現在、空母「遼寧」が実戦配備されていて、初の国産空母となる2隻目がまもなく実戦配備予定だ。さらに、3隻目の建造に着手していると伝えられている。

 2019年の米日の軍事予算規模は、米国が80兆1500億円、日本が5億2600億円。中国の軍事予算規模は米国の4分の1、日本の4倍となる。11隻の空母を保有している米国とはまだ予算的には開きが大きいので、予算規模を今後もますます増大させる方針のようだ。中国は最新鋭の中距離弾道ミサイル「東風26」やステレス戦闘機「殲(せん)20」などの装備を部隊に着々と配備。米中露が開発を競う「極超音速」兵器などの次世代戦力の研究開発に関しては、「分野によっては世界に先行している」とも言われている。米国国防総省の国防情報局は、「台湾問題が中国軍の近代化の推進力」と分析している。どのような過程を経るかはわからないが、台湾統一は中国共産党にとって、1949年の新中国の建国以来「必ず成し遂げるべき」核心的最重要課題であり続けている。

 3月7日頃のANN(日本のテレビ報道)によれば、中国にとって「最新機器の生産に必要な半導体」の多くは、米国や台湾などからの輸入に頼っている状況があるという。現在、中国での半導体生産の自給率は15%となっている。米国との貿易摩擦の深刻化により、半導体なども米国からの「輸出制限」がかかっているようだ。中国では半導体の部品や素材を作る技術が不足していて、"中国だけの生産"は現状ではまだ難しいと報道されていた。中国にとって「半導体の自国だけでの生産体制の確立」は米国との対抗上、これは最重要課題となっていると伝えられていた。

 「中国製造2025」計画は、ハイテク分野への莫大な国家資金投資を最重要課題の一つとして、官民一体となって2025年を目標に世界トップに躍り出ようという計画だ。今回の李首相の政府活動報告の中では、「2025」という言葉は米国への刺激を避けて使わなかったようだが、半導体の国産化を2025年までに70%にするということや、ハイテク分野における世界トップを目指すということを報告していた。

 最近、中国は月の裏側に機器を着陸させるという人類初の成功を行った。地球上の地上・海・空だけでなく、宇宙開発における中国の勢いは最近すごいものがある。米国GPSに対抗する中国版GPS(中国独自の衛星測定システム「北斗」)は、中国国内だけでなく、まずはアジア・アフリカを中心に勢力圏を築き、さらに世界に広げようとしている。

 また、「キラー衛星」と米国から呼ばれる衛星の打ち上げも米国から警戒されている。米国などのGPS衛星などが捕捉されたり破壊される(キラー・殺)ことへの警戒感だ。GPS衛星が破壊されれば、空母や軍艦も戦闘機もロケットなども、近代兵器はほとんど無力化させられてしまう。中国軍の内部資料文書(2010年)には、「宇宙は未来の戦場だ。『制天権』を奪取しなければならない」と記されていることも、2019年1月の朝日新聞では報道されていた。「中国生産2025」によって、10年間ぐらいでは埋められない米国との軍事力の隔たりを 宇宙戦略の軍事力で 米国に劣る総合力をカバーしようという戦略なのかもしれない。ちなみに、中国では、膨大な軍事兵器研究開発費などは、軍事予算内には入っていないようなので、それを含めると2019年の軍事・防衛・研究開発費は20兆円をはるかに超えた額となるのだろう。

 最近発売された『中国製造2025の衝撃—習近平派はいま何を目論んでいるのか』(遠藤誉著)—中国の半導体と宇宙開発が世界を制する。中国研究の第一人者による、日本人が知っておくべき驚愕の事実—は、中国が2025年、2032年、2050年に向けてどのような国家戦略をもっているのかが詳しく書かれている書籍のようだ。今度日本に一時帰国の時に、購読し読了しようと思っている。

 

 

 

 

 

 

 


「全国人民代表大会」開幕—中国はどう動くか❶—2019年(GDP)成長率を6〜6.5%目標に

2019-03-07 13:02:11 | 滞在記

 3月5日(火)に、中国の国会にあたる第13期全国人民代表大会(全人代)第2回会議が、北京の人民大会堂で開幕した。会議は3月15日までの10日間の日程で行われる。毎年、ほぼ3月の上旬または中旬から開催される。この時期に北京で、中国の大学の日本人大学教員の実践交流会が毎年行われ参加しているので、これまでに 天安門広場や人民大会堂や紫禁城(故宮)周辺の厳重な警備体制を目にすることも多かった。

 天安門広場に最も近い地下鉄の駅から地上に上がると、すぐに持ち物検査が厳重に行われる。20分間ほど行列待ちして検査を受けるのだが、ライターは没収されるのでタバコを吸うことはできなくなる。全人代が開催される10日間ほどは、北京市の市街地全域、とりわけ地下鉄駅内及び地下鉄車内での警備は厳しくなる。

 3000人あまりの代表者が集まる全民代の今年度大会で注目の焦点は、「中国経済の減速の流れの中で2019年GDP経済目標の数値」「軍備費の額や伸び率」「一帯一路の取り組み」「テクノロジー中国製造2025」「米中経済摩擦・覇権を巡る問題」「台湾統一問題」などについて"中国は現状をどうとらえていて、中国はどう動くか」という点などにある。

 日本のANNテレビ報道をインターネットで見ると、「李克強首相は政府活動報告で、経済成長の勢いの鈍化を受け、今年の国内総生産(GDP)成長率の目標は6〜6.5%とすると報告」「中国と米国との貿易摩擦は一部企業に不利な影響を及ぼしている。GDP成長率を引き下げ景気減速の中国全人代が開幕」「リスクの増大を予想される激闘に向けた準備が必要だと報告」「一帯一路政策の実施にあたって、日本との協力関係を築いていきたと李首相が報告」などと報じていた。

  上記の折れ線グラフは1992年~2018年までの中国GDPの推移であり、1992年は14.2%、その後2000年にかけて減速し7%あまりに半減となる。しかし、中国が国際通貨基金に加盟を実現することにより"うなぎ上り"にGDPが上昇し「世界の工場」とも呼ばれるようになる。2007年から2008年頃には再び14%に至り、2010年には日本を超えて世界第二の経済大国になる。その後再び経済の減速が始まり、2018年には6.6%となっていた。昨年の春ごろから始まった「米中の貿易摩擦」により、中国の経済はたしかに厳しい時代に入ってきているようだ。

 ANNテレビ報道では、また、日本の中小企業の一つである「ナカヤマ精密」の社長の話を取り上げていた。スマホなどの部品の金型や部品を製造販売している会社だが、中国経済の減速で中国に輸出する売り上げが2割あまり減少しているとの話を伝えていた。「もう秋ぐらいから悪くなって、特に悪くなったのは12月くらいからかな。ほんまに困ったもんやで‥。今まで中国の全人代などに特に関心を持たなかったが、今後中国経済がどうなるか、中国はどう動くのか、全人代の動向にも関心をもちはじめています」などと語っていた。

  世界の工場だった6〜7年前までの中国は、この8年間あまりで急速に大きく変化している。街中の店先や会社や工場の門前に貼られた求人募集の貼り紙などを見ると、2013・14年当時より賃金は1.5倍〜2倍ほどに上昇している。賃金の上昇にともなって、ベトナムやラオスやカンボジアなどに工場を移すという、いわゆる「産業の国内空洞化」も中国では始まりつつあるようだ。

 中国の経済成長率の実態は本当はどうなんだろう?政府発表より実際はもっと低いのではないだろうか?という報道はよくされる。中国の北京には有名大学が多いが、なかでも「北京大学、清華大学、中国人民大学」は北京三大名門大学と呼ばれる。1949年の新中国建国後、中国共産党が初めて創った大学である。「改革開放理論の父」と仰がれる経済学者の呉敬璉から、現在、習近平主席の最側近の一人で米中貿易摩擦の中国側責任者である劉鶴副首相まで、中国の経済・金融業界には「人民大学人脈」が根付いている。

 「現代中国の政治・経済・社会、中国共産党政権」の日本人研究者(中国ウォッチャー)として双璧を為しているのは、私が思うのは遠藤誉氏と近藤大介氏だと思っている。その近藤大介氏の2019年1月22日付けのインターネット報道記事に、「中国経済のヤバい実態を暴露した、ある学者の発禁スピーチ」と題した報道記事があった。その著名学者のスピーチの全文も翻訳されていた。A4版で11ページにわたる記事だった。その記事の概要は次のとおりだった。

 記事概要—

 国家統計局の「大本営発表」—2019年1月21日、中国国家統計局の寧吉哲局長が、年に一度の記者会見を行い、胸を張って発表した。「初歩的な概算によれば、2018年の国内総生産(GDP)は90兆309億円で、昨年に較べて6.6%の成長だった。発展目標にしていた6.5%前後を実現したのだ」と。このように寧局長は、中国経済の現状に自信をしめしたのだった。

 だが、こうした「大本営発表」に中国国内で真っ向から異を唱える経済専門家も、中国国内には存在する。話は今から1カ月前にさかのぼる。昨年12月18日、驚異の経済成長の原動力となった「3中全会」(中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議)の開催から40周年を記念し、習近平主席も出席して、人民大会堂で盛大な式典を開いた。その前日の17日、その「改革開放」の拠点とも言える中国人民大学で、40周年を記念した式典が開かれた。記念講演をおこなったのは、同校で最も著名な教授の一人、向松祚教授(中国人民大学国際通貨研究所理事兼副所長)だった。[上記の写真]

  向教授が行ったスピーチは、その1カ月あまり後に国家統計局長が自信満々で述べた「大本営発表」とは真逆といってよい内容だった。向教授は、中国経済の行く末を憂いてもいて、衝撃的な実態を暴露したのである。本来は、この記念講演の映像がネット上にアップされ、官製メディアで取り上げられる予定だった。だが、すべて中止となり「発禁」となってしまった。以下、向教授の発言を文字起こしして、訳出する。それは、国家統計局による「GDP大本営発表」への懐疑論から始まっている。

 以下、近藤大介氏が訳をした向教授の講演スピーチの全文がA4版6ぺ―ジにわたって紹介されていた。その冒頭の部分は、次のとおりだった。

◆2018年の中国は、尋常でない一年だった。あまりに、あまりに多くの出来事が発生した一年だったと言ってよい。そんな中で、最も重要なことは何か?中国経済は下降しているが、2018年にはいったいどの程度まで下降したのか?

  国家統計局のデーターは、(GDP成長率が)6.5%だ。だが、ある非常に重要な機関の研究グループが内部で発布した報告は、(今年の)現時点までにおいて、中国のGDP成長率は1.67%に過ぎない。もう一つの予測は、マイナス成長だと示している。

 もちろんこの場で、こうした予測の真偽は討論しない。また、どのデーターを信じるべきかということも言わない。だが今年の中国は、こうした状況下で、厳重な誤判断が生じているのだ。米中貿易戦争にについての誤判断はないか?われわれは(アメリカを)甘く見すぎていたのではないか?‥‥‥(中略)‥‥‥結局、現時点において、われわれの中米貿易摩擦に対する、中米貿易戦争に対する形勢判断、国際的な形勢判断は、大きく誤っていた。このことを深刻に反省すべきだ。

 実際には、いまの中米の貿易摩擦、貿易戦争は、すでに貿易戦争でもなければ経済戦争でもない。中米両国の価値観の厳重な衝突だ。完全に正しいと言ってよいのは、中米関係は現在、十字路にさしかかっているということだ。中米関係は巨大な歴史的挑戦に直面しており、いまだ穏当に解決する正答を見いだせていないように思う。

 以下、講演・スピーチはずっと続くが、3つの実質的改革、『税改』(税制改革)、『政改』(政策改革)、『国改』(国家改革)の必要性に言及している。「減税し負担を軽くするとはどういうことか?それは政府の機構を簡素化することであり、政府の人員を大幅に削減することだ。政府を簡素化し、その権限を減らす。そのためには政治体制改革の実施が必須だ。」と講演の最後をしめくくっている。

 ※近藤大介さんが昨年の11月に出版した、『習近平と米中衝突—中華帝国と2021年の野望』(NHK出版新書)は、なかなか読み応えがあった。この新書紹介には、「米中貿易戦争は序章にすぎない―。北朝鮮、技術覇権、南シナ海をめぐる強硬な外交によって激しく衝突している両国。新冷戦ともいわれる、この対立の背景に何があるのか?2021年に中国共産党100年を控えたアジア新皇帝・習近平の壮大な野望とは!?日本有数の中国通ジャーナリストが、習近平外交の全容を長期取材に基づき読み解く!」と記されている。

 近藤氏は1965年生まれの50才代はじめの年齢、現在、講談社『週刊現代』編集次長や明治大学国際日本学部の講師などをしている。彼の書く中国関連の書籍やインターネット記事などを読むたびに、その内容の正確さや深さに感心させられる。

 

 

 


中国史の戦国時代の一つ「五代十国」時代の国の一つ、「閩国(びんこく)」の「閩王廟」があった

2019-03-05 11:47:18 | 滞在記

  3月2日(土)、蛍光灯を買った店の近くに寺のような廟のような朱色の壁の建物があった。その建物の背後には大きなマンションアパートを建設していて、巨大なクレーンが立てられていた。ふらふらとこの建物に近づくと、「閩王廟」(びんおうびょう)と書かれていた。「ここはあの歴史上の閩国(びんこく)の王を祀った廟なのか、ここにあったのか」と少し驚いた。

 廟の中に入って行くと、小さな小部屋にいた管理人の3人のおばあさんが「じろっと」私を見ていた。一番奥に祀られている木像が閩王なのだろう。デジカメで内部を撮影していたら、おばあさんたちがやってきて、ちよっと厳しい顔つきで「撮影するな」と言う。おばあさんが、「どこから来たのか?」と聞いてきたので、「日本からで、今は仕事を福州でしているんだよ」と答えると驚きの表情。急に表情を和らげてくれた。しばらくこの廟の中をゆっくり見させてもらった。

 中国王朝4000年の歴史—アジアに君臨し続けている中華帝国の興亡の歴史を理解するのは日本人にはけっこう難しい。小さい島国である日本の歴史は、単純で理解しやすいが広大な中国の歴史は全国統一と何回かの戦国時代の繰り返しの歴史でもあったようだ。6〜7年前に中国に赴任するまでは、私も中国の歴史についてはあまり知らなかったが、今は少しだけ詳しくなりつつあるかもしれない。

 日本人にも けっこう知られている中国の戦国時代の一つが「春秋戦国時代」だ。紀元前770年から紀元前221年までの約550年もの間、「覇者」と呼ばれる諸侯が林立し、中原を舞台に激しい争いが展開されていた。合従・連衝を繰り返し、諸子百家が新たに思想を確立させていった時代である。儒学の祖とも呼ばれる孔子などもその一人。戦国の七雄として「燕、斉、趙、楚、秦、韓、魏」などがあったが、秦の始皇帝により全国が統一された。

 その後の戦国時代として「五胡十六国」時代などがあり、その後に随王朝や唐王朝により全国統一。閩国があった「五代十国」時代とは、そのような中国の戦国時代の一つで、日本では平安時代にあたる西暦909年〜945年の40年間ほどの期間である。中国の中原では五つの王朝が興亡を繰り返し、揚子江以南では十の国が存立していた。閩国もその一つで、今の福建省の範囲とほぼ同じくらいを勢力範囲とした国であったようだ。この戦乱の時期を経て、宋王朝により全国統一がされていく。