彦四郎の中国生活

中国滞在記

日本・中国・ベトナム国際交流会➋—オンラインでの国際交流会—京都での高等教育の始まり

2021-07-14 11:09:44 | 滞在記

 7月9日(金)、午後1時30分から「中国・ベトナム・日本国際交流会」が開始された。鴨沂高校3年生の「日本文化コース」在籍の生徒たち40人がこの交流会に参加した。午後の5・6時間目を使っての国際交流会となる。留学生たちは、神戸松蔭女学院大学に交換留学生として在籍している5人と大阪大学大学院に留学している学生1人。

 京都と神戸をオンラインで結んだ国際交流会だ。このようなオンラインでの国際交流会は、鴨沂高校では初めての取り組みだった。はじめに、鴨沂高校の岩崎先生よりの挨拶、続いて鴨沂高校生徒による「鴨沂高校の紹介」が行われた。

 そして、私から「国際文化交流の学習とは」について8分間ほど話をした。内容は、「①自己紹介、②中国福建省福州とはどこ?どんなところ?、③閩江大学について・中国の大学について・中国の大学生の生活について」

 「④文化とは―その国・地域の文化をつくる風土(自然環境)、そして民族が文化の基底となること―文化学習を通じて、芽生えるその国や地域への関心、⑤中国人にとって日本とは、⑥これから求められる国際交流における文化学習内容」などについて話をした。

 そして留学生たちからの発表が始まった。まずはベトナムからの文化報告。グエンさんとファンさんは、ベトナムのホーチミン市(旧サイゴン市)にある大学からの留学生。グエンさんは、ベトナムの挨拶言葉は、日本語のような「おはよう/こんにちは/こんばんは」のように1日の時間的区別を表す言葉はなく、「xin chao(シンチャオー)」の一語だけとの説明、続いてベトナム料理について紹介した。ファンさんは、ベトナムの中秋節行事「Tet Trung thu」におけるお菓子の月餅や獅子舞について紹介していた。

 中国人留学生の許さん、向さん、黄さんからの発表にうつる。許さん(貴州省出身)は、「中国八大料理—八種の各地方料理とその特徴」についての報告。向さん(四川省出身)は、「今の中国人の生活」というテーマで、携帯電話でのモバイル決済・出前サービスなどのここ最近の中国人のデジタル生活について報告。黄さん(福建省出身)は、「中国における伝統的衣服—漢服文化ブーム」をテーマとして話をした。

 大阪大学大学院に留学している任さん(男性—山西省出身)は、「私と日本の生け花文化」というテーマで、最近、京都の池坊華道教室に通っている体験について話をした。(任さんのアパートよりオンライン参加)  

 5時間目が少しオーバーし終了し、5分休憩時間となる。

 休憩後6時間目開始。鴨沂高校生による8グループの発表が始まった。それぞれのテーマは、「①日本の和食の特徴とその歴史、②和菓子—特に、餅を使ったみたらし団子について、③京都の三大祭りについて、④京都の寺社建築」

 「⑤日本の着物の特徴とその歴史、⑥伝統的な行事と暮らし—七夕の日中比較、日本のさまざまな伝統行事、⑦日本の伝承的遊び(羽子板・福笑い・手毬・お手玉・折り紙など)、⑧日本のアニメとその歴史」

 岩崎先生より閉会の挨拶があり、6時間目を少しオーバーして国際交流会は終了した。オンラインではなく、実際の対面式の国際交流会の場合は、5時間目は留学生たちからの発表、6時間目は6つの高校生グループに留学生がそれぞれ1人ずつ入り、懇談するという内容だった。

 5人の留学生たちは、もともとは昨年の9月に来日予定だったが、新型コロナ感染問題により日本に入国できず、昨年の12月にようやく来日できることとなった。2週間の隔離期間を経て、大学の授業にも参加。その後、大阪や兵庫、京都などが相次ぐ緊急事態宣言や蔓延防止措置が継続し、留学先の神戸市からほぼ出かけることも難しく、今日に至っている。

 この国際交流会の機会に、憧れの京都に来て、京都市内を見たり、夕方には私と鴨川べりの川床の日本料理店に行く予定もしていたのだが、オンラインに変更になったため、これが実現できなかったのは残念だった。ベトナムからの留学生2人は、今日7月14日にベトナムに帰国する。中国からの留学生たちの帰国予定は8月20日なので、まずは17日の今週土曜日、私が車で神戸の大学の留学生寮に行き、兵庫県丹波篠山市の町並みと農村風景を見て廻る予定となっている。

 鴨沂高校と京都御所(御苑)の間にある寺町通り。高校のすぐ前には、京都御所の九つの門の一つ「寺町御門」がある。また、高校の少し南の寺町通りには、新島襄と八重が暮らした和洋折衷の旧宅がある。そのとなりは京都市歴史資料館。高校から寺町通りを少し行くと、かっては立命館大学広小路学舎だったところは、いまは京都府立医科大学の学舎になっている。萩の花で有名な梨木神社や紫式部がかって暮らしたとされる廬山寺(桔梗[ききょう]の花の寺)などがある。

 新島襄・八重旧宅のそばで、なかなかいい喫茶店も見つけた。「もんぶらん」という名の喫茶店で、広くて、京都御所も見渡せる開放的な窓。ちょっとした老舗っぽい雰囲気で、喫煙可能店だった。

 鴨川に架かる丸太町大橋のたもとに洋風的な建物が見える。この橋のたもとに「女紅場」と刻まれた石碑がある。鴨沂高校の前進であり、1872年(明治5)に日本初の公立女子高等学校として設立された学校はこのあたりにあった。この女学校は、「新英語学校」(英語教育)と「女紅場学校」(裁縫・技芸教育)が合併してできたもので、「新英学校及び女紅場」と校名が名付けられる。その後、この学校は「京都府高等女学校」と改称。1900年(明治33)に鴨川べりから御所となりの現在地に校地を移転、1923年[大正12]には「京都府立京都第一高等女学校と改称し、1948年(昭和23)に学制改革により京都府立鴨沂高等学校と改称されて今日に至っている。

 2015年のNHK朝の連続テレビドラマ「あさが来た」の主人公である"あさ"(波留)と夫(玉木宏)との間の長女である"千代"(小芝風花)が大阪の実家を離れ、京都に住んで通った学校は、この「新英学校及び女紅場」であった。主人公のモデルとなった広岡浅子(実業家・教育家)はのちに日本で初めての女子大学である「日本女子大学」を設立している。

 ちなみに、この「あさが来た」のドラマで、辻本茂雄が演じていた「へい!」しか言葉を発しない「平さん」(平岡浅子の右腕として加野銀行を設立し支配人などを務める)こと、山崎平十郎のモデルは中川小十郎。のちに西園寺公望とともに京都法政学校を設立する。今の立命館大学の前身である。

 ここ鴨川に架かる丸太町大橋から荒神橋、出町柳大橋(鴨川大橋)までのエリアの東西は、新島襄が創設した同志社大学、そして立命館大学、京都大学などの京都三大学、さらに京都府立医科大学などもある大学街のエリアである。

 今年の夏、民間の教育研究組織である「歴史教育者協議会」の第72回全国大会が7月31日~8月1日の2日間行われる。新型コロナ問題のため、今年の全国大会はオンラインでの開催となる。1日目の31日、基調提案のあと記念講演があり、その後「地域に学ぶ集い」が6つのテーマに分かれて行われる。その6つのテーマのうちの二つが①「日中交流」②「日韓交流」だ。このようなテーマは、最近になって設けられたものだ。大学生だけでなく、高校生の授業においても、特に、この「中国を知る」という学習はとても重要になってきているのだと思われる。私もいずれ、この全国大会でのレポート報告参加をしたいと思っている。

※前号ブログ「日本・中国・ベトナム国際交流会❶」で、「立命館大学の広小路学者」とあったのは間違いです。「立命館大学の広小路学舎」に訂正します。

 

 

 

 

 


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