第4詩集。83頁に24編を収める。
「右側から二番目のキャベツ」では、自転車に二人乗りをしてわたしたちを追い抜いていった女の子たちのおしゃべりが聞こえたのだ。八百屋で右から二番目のキャベツを買ってきて食べるとしあわせになれる、そんな北欧の言い伝えがある、そんなおしゃべりだったのだ。
わたしは今 娘の手をひいて
やわらかい春のキャベツを買いに行く
ちょうどその途中なのだよ
ありがとう
きっと話者は、右から二番目のキャベツを娘や妻のために買ったにちがいない。そしてすれちがっただけの女の子たちにそっとお礼をつぶやくところが、作者らしい思いだ。しあわせになれるという言い伝えは、それだけでたしかにしあわせを届けてくれている。
どの作品もとても素直に書かれている。こんな事を書くのは不適当だと言われてしまいそうだが、作者はとても”好い人”なのだろうと思ってしまう。ということは、私があまり好い人ではないということでもある。なぜなら、人を騙すことばかり考えているからである。この詩集の作者は読む人を騙してやろうなどとは考えていない。そこがとても気持ちがよい。
「鍵」は三本の鍵がぶらさがったキーホルダーが詩われている。
畢竟どんな幸福も過去のなかにしか存在しないのだ
そしてすべては過ぎ去るものだとしても
わたしの死だけは過ぎ去ることなくつねに未来にあるのである
その確信がわたしの現在を
過去から未来へと流れてゆく
茫漠とした人生の時間のなかにつなぎとめている
いささか理詰め過ぎるきらいはあるが、言われてみれば、なるほど、そうか、と納得させられてしまう。ここにはぶら下がっていない四本目の鍵は、忘れてしまった過去の幸福を未来のどこかで思い出すための鍵だとのこと。
「右側から二番目のキャベツ」では、自転車に二人乗りをしてわたしたちを追い抜いていった女の子たちのおしゃべりが聞こえたのだ。八百屋で右から二番目のキャベツを買ってきて食べるとしあわせになれる、そんな北欧の言い伝えがある、そんなおしゃべりだったのだ。
わたしは今 娘の手をひいて
やわらかい春のキャベツを買いに行く
ちょうどその途中なのだよ
ありがとう
きっと話者は、右から二番目のキャベツを娘や妻のために買ったにちがいない。そしてすれちがっただけの女の子たちにそっとお礼をつぶやくところが、作者らしい思いだ。しあわせになれるという言い伝えは、それだけでたしかにしあわせを届けてくれている。
どの作品もとても素直に書かれている。こんな事を書くのは不適当だと言われてしまいそうだが、作者はとても”好い人”なのだろうと思ってしまう。ということは、私があまり好い人ではないということでもある。なぜなら、人を騙すことばかり考えているからである。この詩集の作者は読む人を騙してやろうなどとは考えていない。そこがとても気持ちがよい。
「鍵」は三本の鍵がぶらさがったキーホルダーが詩われている。
畢竟どんな幸福も過去のなかにしか存在しないのだ
そしてすべては過ぎ去るものだとしても
わたしの死だけは過ぎ去ることなくつねに未来にあるのである
その確信がわたしの現在を
過去から未来へと流れてゆく
茫漠とした人生の時間のなかにつなぎとめている
いささか理詰め過ぎるきらいはあるが、言われてみれば、なるほど、そうか、と納得させられてしまう。ここにはぶら下がっていない四本目の鍵は、忘れてしまった過去の幸福を未来のどこかで思い出すための鍵だとのこと。
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