瀬崎祐の本棚

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詩集「遠い蛍」 以倉紘平 (2018/10) 編集工房ノア

2018-10-03 11:47:48 | 詩集
 第8詩集。121頁に31編を収める。表紙絵は、前詩集と同じく伊藤尚子の精密なモノクロ画。鉛筆画を思わせる雰囲気なのだが、版画家とあるところをみると銅版画作品なのかもしれない。幻想的で魅力的な絵であるのだが、ハトロン紙におおわれたフランス装なので、直に観賞するのには少し手間ひまが要った。

 2つの章に分かれているのだが、Ⅰには9年前に35歳の若さで亡くなった愛娘への鎮魂の作品が並んでいる。どの作品も静かに染みいってくるものがある。作者は、夕映えに、小さな蛾に、そして戦前の古い写真のなかの人影にも娘さんを感じている。
 「六枚の切手」。小学一年生だった娘さんがプレゼントしてくれた空き缶の筆立てには、覚えたばかりのかな文字が書かれていたのだ。今はもうその断片しか読み取ることはできない。仕事を励ましてくれることば、お出かけをねだったことば、それらの断片だけが主人公を失って残っている。主人公が去ったあとにも残っていることばの哀しみである。

   家内が夕餉を告げても
   階段を勢いよく降りてくる足音の気配もない
   夜のしじまの深さを君は知っているか
   若い友よ 老いの哀しみとはかくの如きものである

 Ⅱに収められた「夜学生-母親」は、作者が夜間高校の教師として赴任していたときの教え子N君の物語。幼い兄弟を残して米兵と一緒に米国に行ってしまった母親と、N君は50年ぶりに再会したのだ。それまで会いたくないと言っていたN君はいつか抱き合っていたという。

   幼い頃、母親に愛情をこめて抱きしめられた記憶が蘇ってきたのだ
   ろうか。そのような記憶はコトバを越えていて、私たちのこころの
   奥深いところで今もひっそりと行き続けているのかも知れない。
   (略)私は久しぶりに、詩なんか書いたことのないN君から、まっ
   とうな詩を教えられたのである。

 もはやどこにも構える必要のない心境に達した作者の淡々とした作品が、ここに在る。
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