瀬崎祐の本棚

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詩集「ぽとんぽとーんと音がする」 黒田ナオ (2021/06) 土曜美術社出版販売

2021-08-16 10:42:07 | 詩集
 第3詩集。「詩と思想新人賞」を受賞しての詩集で、91頁に23編を収める。

詩集タイトルの言葉は、真夜中に目を覚ます「水音」の中の一節。蛇口からの水音は「蒲団の上にも/落ちてくる」のだ。そしてその音の波紋がひろがり、話者の中にも「ぽっかり大きな/穴が開く」。伝わってくる単調な音の反復が、平穏だと思っていたものの裏側にあるものを見せようとしている。

 この作品に限らず、詩集のいたるところで話者はこの世界とは次元のずれているもうひとつの世界との境界を彷徨っているようだ。作品「煙」では、話者は煙突となって「情念を/体の奥から湧き上がらせている」。その情念がどのようなものであるかは明かされず、ただ川のように流れる煙が描写される。

   柔らかな衣を着た人たちが
   身をくねらせ
   手足を長く伸ばしながら流されていく
   流されながら ずっと
   何かを待っているようだった

人たちは何かを叫んでいたのか、それとも無言で流れていったのか。話者の情念は何処かに流れつくことは出来たのだろうか。

詩と思想賞の受賞作品は「みずかさの増した川の流れを」で、幽霊が見えるようになった話者の独白である。幽霊たちはここでも流れている。わたしにそっくりな女の幽霊もいて、

   流れているのだな、と思う
   ながれ続けてそのまま
   ますます流されてしまうのだろう
   幽霊のわたしはいま
   いったい何を見て何を感じているのか
  
話者は、自分の中に開いた穴から自分の幽霊の部分を流したのかもしれない。そうすることによって、こちらの世界に踏みとどまっているのかもしれない。とても切実なものとして、流されていく幽霊を見送っているようだ。

「モモンガ」は、一日の仕事が終わりモモンガとなって暗い空を飛ぶ作品。

   電卓をたたいた指先から
   並んだ数字がこぼれ落ちる
   首筋あたりにこびりついた
   四角い言葉が逃げていく

風は冷たく、闇へと落ちていくようなのだが、しかしそれは一日の仮初めだったわたしを終わらせるために必要な儀式なのだろう。最終部分は「もう少し/もう少しだけ/わたしのわたしに戻りながら/ひょーいひょーいと/跳んでいく」。

重さや暗さを感じさせない軽妙さを装いながら、その実はかなり辛いものとの均衡を図るための言葉であるような詩集だった。
コメント
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