桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

シルクロード・その12

2005-02-14 22:19:29 | 旅行記
列車は砂漠の間を西へ西へ進んで行く。日は次第に傾き、地平線に近づくにつれ、空は赤く染まっていく。私が思わず「吉田拓郎の『落陽』を思い出しますねぇ。」と思わず口にしたら、Aさんが、「昔ユースホステルで歌ったなぁ。」と言った。「ユースとか泊まったことがあるんですか?」と聞くと、「けっこう泊まったよ。もう昔のことだけど。」と言った。それ以上のことは聞かなかったけれど、似たような経験をした人がいることが、ちょっと嬉しくなった。

柳園の駅前で夕食を食べることができなかったので、ガイドのTさんと、スルーガイドの女性が食堂車まで出かけて弁当を入手してきてくれた。トマトと卵を炒め物と、ニラの花の炒め物、きゅうりの炒め物、ぱさぱさして籾殻まで混じっているご飯である。作りたてで、おかずもご飯も熱かった。これと、Tさんが柳園駅のホームで買い求めたミネラルウォーターとお菓子だった。
できたてなので、美味しかった。ポットに入った熱い湯(コンパートメントに1本ずつ置かれている)でお茶を入れて飲んだりした。

Tさんとスルーガイドの女性は、もうへとへとという感じで我々の車両まで戻ってきた。とにかく大変だったという。どう大変だったのかは話してくれなかったので、興味が募り、Tさんのご主人の発案で、食堂車まで行ってみることにした。メンバーは、Tさん夫妻、さりちゃん、Bさん、保険会社6人組のうちの1人、私の6人である。

まず隣の車両は郵便車であった。郵便物が入った布袋が山積みされ、空いたスペースでは乗務員がカード遊びに興じていた。布袋を乗り越えるようにして隣の車両に以降とすると、ビニールひもで結わえられていてドアが開かない。何とかしようとドアを押したりしていると、ドアの向こう側にいる客がライターの火でひもを焼き切ってくれた。

夜間ということもあり、車内の照明は落とされていたが、それにしてもすごい光景であった。硬座という一番下のクラスの車両である。荷物棚には荷物が満載、通路にもたくさんの荷物が置かれている。座席も満員で、立っている客、通路にしゃがむ客もいる。洗面所やトイレにしゃがんでいる客もいる。椅子の下に赤ちゃんを寝かせている女性もいて、そばを通った時には厳しい口調で何か言われた。ゴミも散乱していて、辺りには異様な臭いが漂っている。そう言えばこの列車は4日間かけて運行される列車であった。こんな車両を通り抜けて、Tさん達はお弁当を入手してきてくれたのである。行きはまだしも、帰りには2人の女性が20人分以上のお弁当を、ひっくり返さないように注意しながらあの混雑の中を戻ってきたのである。その苦労たるや、想像を絶するものがあっただろう。その苦労について2人が語りたがらなかったのも無理はない。

そんな車両を4,5両通り抜けて、食堂車に着いた。食堂車には、そこへ来るまでに見た客とは雰囲気の異なる客が座っていた。そう、硬座車に座るような客は、食堂車で食事をしたりしないのである。おそらくは食堂車より前方にある軟臥車や硬臥車などの客なのだろう。西洋系の客も数名見られた。

できたら茶の一杯も飲みたかったが、どうやらオーダーストップのようで、皆で交代交代に写真を写して帰ることになった。帰りは慣れたもので、すいすいと戻れた。郵便車に通じるドアがまたひもで縛られて開かない。向こうでカード遊びに興じているであろう乗務員に聞こえるよう、大声で叫び続けると、イヤそうな顔をしてドアを開けてくれた。

ちょっとした探検だったが、とても面白かった。コンパートメントに戻り、就寝。列車の揺れは日本に比べてずっと少なく、また、いびきをかく人もいなくて、熟睡できた。

コメント
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