みちのくの山野草

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関徳弥と国柱会信行員になる

2018-08-20 10:00:00 | 法華経と賢治
《『宮沢賢治 まことの愛』(大橋冨士子著、真世界社)の表紙》
 では今度は、「関徳弥と国柱会信行員になる」という項についてである。
 大橋氏は言う、賢治は保阪のみならず身近な人にも本化の信仰をすすめていたと、中でも関登久也を自分と同じ信仰に導いたと。そして、
 賢治自身の方は、大正九年七月二十二日の嘉内宛、入信決定の告白の後、十月二十三日夜、花巻の町をお題目を唱えて歩きました。…(投稿者略)…
 この夜ばかりでなく、冬になると白装束にわらじばきで、太鼓をたたいて寒行していたと…(投稿者略)…語られています。国柱会では、うちわ太鼓や白装束は用いませんし、寒行もしませんので、それは入会以前のことでしょうか。
          〈『宮沢賢治 まことの愛』(大橋冨士子著、真世界社)65p~〉
とも。

 さらには、大正9年11月24日付け『天業民報』に田中智学宛関徳弥書簡が載っていて、そこには
 かねて「法華経」を信仰し居り候ところ近日近日御著『日蓮聖人の教義』その他三四冊の御本を拝読し、信仰いよいよ明らかに堅固に相成候。
この矢先同町の宮沢賢治氏より(宮沢氏は信行部に入会いたし居り候)先生が御主宰のある会をきゝ知り、ここに信行部入会の事を決心いたし候。
             〈〃67p〉
という事などが書かれていたということを大橋氏は紹介していた。
 よってこのことからは、賢治は昭和9年のこの頃に、関徳弥とともに国柱会の信行員になっていたことが導かれる。そして同氏は、
 国柱会信行員は本化妙宗「宗綱・信条」を遵奉する正規メンバーで、在家仏教の教会同盟を護持する誓いの同志です
           〈〃68p〉
ということも述べている。

 なおこの書簡に関連しては、上田哲は
 この資料によって、従来言われているように賢治と関徳弥が同時に入信したのではないこと、賢治が徳弥より前に入信していること…(投稿者略)…
            〈『宮沢賢治 その理想世界への道程 改訂版』(上田哲著、明治書院)16p〉
ということも指摘していた。

 さて、その後賢治は家出上京、国柱会館を訪れるわけだが、その顚末やその後の経緯などはよく知られているところだから、私はそのことについて触れることは今回は割愛する。

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