みちのくの山野草

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法華経に基づく理想郷、満州国

2018-03-11 10:00:00 | 法華経と賢治
《『イーハトーブと満州国』(宮下隆二著、PHP)の表紙》の表紙》

 さて、石原莞爾は大正12年~同14年の間ドイツに留学していたわけだから、留学中に関東大震災は起こっていたことになる。そのこともあって、石原は妻に次のようなことなどが書かれている書簡を送ったという。
 此度ノ地震ハ地涌ノ大菩薩、再ビ世ニ出現シ給フベキ兆ナリ、其御出現ノ地ハ東京。
 換言スレバ、本門戒壇建立、世界大戦争(真ノ意味ニ於ル)ハイヨイヨ二三年後ニ雪白シタルヲ示ス。
 南無妙法蓮華挙
 天皇陛下万歳
          〈『イーハトーブと満州国』(宮下隆二著、PHP)78p〉
そして宮下氏はこのことについて、
 「地涌ノ大菩薩」<*1>とは、末法の世に法華経を弘めるために出現する菩薩たちのことであり、日蓮は自らを、その一人である上行菩薩だと信じていた。
 この大地震をきっかけに、日蓮に匹敵するような聖者が東京に現れ、その力によって法華経が日本の国教となり、そして世界の最終戦争が起こるというのだ。その結果、日本の国体(天皇)が世界の統治原理となるというのである。
           〈78p〉
と解説している。ということは、この大震災が切っ掛けとなって石原のあの『最終戦争論』が芽生えたということになるのだろうか。
 
 さらに同氏は、
 石原は事態の解決を宗教に求めてゆく。
 宗教それ自体が政治や軍事と渾然一体となっての、
とも述べていて、簡潔に言えば、
 石原は法華経に基づく理想郷、満州国の建設を考えるようになった
という意味のことを続けて述べている。つまり、石原は、〈「五族協和・王道楽土」というスローガンをそのまま貫き理想郷〉(84p)の満州国を建設しようとしたと。 
 そして、昭和7年3月1日に満州国が建設され、翌年の
 三月九日、満州国協和会は、「王道主義に基づく建国精神を普及徹底させ、民族共和を東亜に広める」との声明を発表した。
            〈86p〉
ともいう。

 しかし、やはり石原莞爾は身勝手だったと私は言わざるを得ない。如何なる高邁な理想や理念を掲げようとも、五族(満州族・蒙古族・日本(大和)民族・漢民族・韓族)のうちのいわゆる「満州・蒙古」を侵略して、傀儡政権「満州国」をつくったことは歴史から厳しく裁かれるべきだ。それは菅野正男の『土と戦ふ』を読んで満蒙開拓青少年義勇軍のいたいけな子どもたちのことを、あるいは藤原ていの『流れる星は生きている』 (中公文庫)を読んで命からがら引きあげてくる人々の辛酸を知れば容易に判るし、まして、侵略された側の満蒙の人々が受けた理不尽は筆舌に尽くしがたいことはなおさらに、だからである。

<*1:投稿者註> 菅野博史氏によれば、
 従地涌出品第十五においては、地方の国土からやって来た八恒河沙を超過する数の菩薩たちが仏滅後の『法華経』の弘通を誓いましたが、釈尊はこれを拒絶し、その理由は自分の娑婆世界に六万恒河沙の菩薩がいて『法華経』を弘通するからであるといいます。この菩薩たちがいわゆる地涌の菩薩です。
             〈『法華経の出現 蘇る仏教の根本思想』(菅野博史著、大蔵出版)49p〉
であるという。

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