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《『大凡の日々-妹尾義郎と宗教弾圧』(理崎 啓著、哲山堂)の表紙》
妹尾は、私からすれば意外な理想を持っていたということを知った。それは
新興同盟の目指す理想社会は、クロポトキンの無政府社会や共産社会の理想と本質的な違いはない、と妹尾は聴取書で述べている。違いは、制度を確立した時点で彼等の理想が実現するのに対して、同盟は報恩感謝や奉仕の精神の改造を必要とするという。資本主義の後に必ず社会主義になる、と妹尾は信じていたが、それはこの時代の知識人の常識であった。
〈76p〉と理崎氏は解説しているのだが、日蓮主義者であった妹尾の描いていた理想の社会は本質的には「クロポトキンの無政府社会」と違いがなかったということになりそうだからだ。そしてこのことを私は知って、賢治はどうもアナーキズム的なところがあると以前から思っていたので、それはある意味当然だったのかと腑に落ちた。
それからまた、理崎氏の「資本主義の後に必ず社会主義になる、と妹尾は信じていたが、それはこの時代の知識人の常識であった」という解説をこの度知り、一方で今までこうして理崎氏から妹尾をことを教われば教わるほど賢治と妹尾は重なる点が多いから、
資本主義の後に必ず社会主義になる、と法華経信者の賢治も妹尾同様信じていた(少なくともある時期)。
という蓋然性が低くないのではなかろうか。そしてこのことが当たっていれば、当時の賢治が労農党の強力なシンパだったことなどもすんなりと了解できる。
あるいはまた、
一〇一六
〔黒つちからたつ〕
一九二七、三、二六、
黒つちからたつ
あたたかな春の湯気が
うす陽と雨とを縫ってのぼる
……西にはひかる
白い天のひときれもあれば
たくましい雪の斜面もあらはれる……
きみたちがみんな労農党になってから
それからほんとのおれの仕事がはじまるのだ
……ところどころ
みどりいろの氈をつくるのは
春のすゞめのてっぽうだ……
地雪と黒くながれる雲
<『校本 宮沢賢治全集 第六巻』(筑摩書房)より>〔黒つちからたつ〕
一九二七、三、二六、
黒つちからたつ
あたたかな春の湯気が
うす陽と雨とを縫ってのぼる
……西にはひかる
白い天のひときれもあれば
たくましい雪の斜面もあらはれる……
きみたちがみんな労農党になってから
それからほんとのおれの仕事がはじまるのだ
……ところどころ
みどりいろの氈をつくるのは
春のすゞめのてっぽうだ……
地雪と黒くながれる雲
の詩に対する私の解釈も以前とは少し違ってきた。
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なお、ブログ『みちのくの山野草』にかつて投稿した
・「聖女の如き高瀬露」
・『「羅須地人協会時代」検証―常識でこそ見えてくる―』
・『「羅須地人協会時代」再検証-「賢治研究」の更なる発展のために-』
等もその際の資料となり得ると思います。
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