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簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
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商店街を抜けて(東海道五十七次歩き旅・摂津国)

2025-07-28 | Weblog
 文禄堤上に延びる守口宿を後に旧街道を西に向う.
旧道を暫く行くと、本門佛立宗の義天寺が有る。明治29(1896)年創
建の新しい寺で、山門の左手に「お題目石」が立っていた。



 かなり大きな石柱で古そうなので、謂れを調べてみると、豊臣秀吉の
残党の処刑者を供養したもので、嘗て大阪野江の刑場にあったらしい。
碑には元禄八年との記銘が有り、「大正十一年五月十七日再建」と彫ら
れているらしい。



 旧道はこの先で道なりに右カーブすると急坂となって下っていく。
ここまでが秀吉が築いた文禄堤の名残で、この下り様で堤の高さを窺い
知ることが出来る。坂を下り切ると前方右に、元は三洋電機の本社ビル
という守口市役所の建物が見える。



 嘗てはこの辺りには同社の本社機能が集約されていたが、パナソニ
ックグループに入った事により、殆どが廃止、空きビルになった。
市は老朽した旧庁舎に変わるものとして取得し、平成28(2016)年
10月31日から当ビルで業務を開始したという。



 左折してマンションが建ち並ぶ通りを行くと「日吉公園」があり、通
り過ぎると道は自然に京阪東通り商店街のアーケードへと入っていく。

 平日の昼前の時間帯ながらシャッターを下ろした店が多い印象だ。
買い物らしい人は疎らで、駅に向うのか自転車や足早に通行する人ばか
りが目に付く。



 途中に交差点があり、東通り商店街はここまでだ。左に曲がると土居
商店街で、突き当りが京阪土居駅で有る。ここを反対の右方向に向えば
旭通商店街が延びていて、行き当たりが国道1号線だ。



 東通り商店街はその先で京阪商店街へと続いている。
途中に中通り商店街が交差していて、この辺り一帯を土居商店街と総称
するらしい。(続)

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