偕楽園は本来、園の北側に有る入口が正面入り口で、そこから入って、
鬱蒼とした孟宗竹林や大杉森等の陰の世界を抜け、その先の開放的な陽の
庭園に至る過程が醍醐味とされ、それが園を開設した水戸斉明公の意図で
もあるらしい。

しかし、バス停や駐車場の関係で、殆どの来園者は東門から入り、この
「陰から陽の世界を知ることなく帰ってしまう観光客が多い」と、件のバスの
運転手が教えてくれた。

百種三千本と言われる梅の木の植わった園内は広い。
中には開園以来の歴史を見つめて来た老木も数多く有ると言う。

毎年二月から三月が梅の開花期とされているから、さすがにこの時期では
咲いている梅は無いだろうと思っていたが、何本かのあわてものの梅はすでに
赤い花を開き、微かに甘い香りを辺りに漂わせている。

園の中心的な施設の好文亭は、優美な木造2層3階建て、今で言う集会場と
宴会場と展望所を合わせたようなものである。
亭内の急な階段を登った三階部分は、特に「楽寿楼」と呼ばれる場所で、
ここからは、眼下に広がる千波湖や梅林等の眺望が素晴らしい。

ここからの眺望をこよなく愛した藩主・斉昭は、文人墨客や家臣などを招いて
色々な会を催したと言われている。
結局時間も無いのでユックリとは出来ず、「陰から陽」への変わり身を体験する
ことも無く、駆け足で巡ってバス停に戻った。(続)

(この旅行記は、「東日本大震災」発生直前に巡ったものです。)
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鬱蒼とした孟宗竹林や大杉森等の陰の世界を抜け、その先の開放的な陽の
庭園に至る過程が醍醐味とされ、それが園を開設した水戸斉明公の意図で
もあるらしい。

しかし、バス停や駐車場の関係で、殆どの来園者は東門から入り、この
「陰から陽の世界を知ることなく帰ってしまう観光客が多い」と、件のバスの
運転手が教えてくれた。

百種三千本と言われる梅の木の植わった園内は広い。
中には開園以来の歴史を見つめて来た老木も数多く有ると言う。

毎年二月から三月が梅の開花期とされているから、さすがにこの時期では
咲いている梅は無いだろうと思っていたが、何本かのあわてものの梅はすでに
赤い花を開き、微かに甘い香りを辺りに漂わせている。

園の中心的な施設の好文亭は、優美な木造2層3階建て、今で言う集会場と
宴会場と展望所を合わせたようなものである。
亭内の急な階段を登った三階部分は、特に「楽寿楼」と呼ばれる場所で、
ここからは、眼下に広がる千波湖や梅林等の眺望が素晴らしい。

ここからの眺望をこよなく愛した藩主・斉昭は、文人墨客や家臣などを招いて
色々な会を催したと言われている。
結局時間も無いのでユックリとは出来ず、「陰から陽」への変わり身を体験する
ことも無く、駆け足で巡ってバス停に戻った。(続)

(この旅行記は、「東日本大震災」発生直前に巡ったものです。)

