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who is shokusanjin? 5 end

2012-06-26 | bookshelf

 幕臣としての職務をソツなくこなしながら、大田南畝は趣味として文筆を続けていました。2度の遠い地方出向を終え江戸勤務に落ち着くかと思いきや、1808年文化5年今度は水害復旧工事のため玉川上流へ派遣されました。この年、関東地方は大雨で関東一帯が洪水に見舞われたそうです。60歳の南畝は、100日余りの野外勤務をこなしました。
 還暦を迎えた老人にそんな任務が与えられたのは、上司や同僚の嫌がらせと勘繰る研究者もいれば、大坂や長崎での有能さが認められての命だったと解釈する研究者もいるそうです。時代は違っても、組織の中にはそういった人間関係の軋轢やしがらみが存在するものです。特に天下泰平の江戸後期は平和ボケした武士が目立ったようで、「鳥なき里のコウモリ」的な役人が多かったと想像できます。
 赴任していたのは冬。元日を休んだだけで2日から仕事。上司は時々現場へ見回りに来るだけ。そんな状況でも、南畝は多摩丘陵地帯の眺めを楽しむことを忘れない。この人は、嫌な現実からの逃避手段を心得ています。与えられた限られた情況の中で、いかに楽しみを見出すか、という術を。だから、職場で嫌がらせがあっても、世の中がなんとなく不穏でも、飄々としていられたんじゃないかと思います。
 御徒組で32年、勘定所で17年も働き続けていたのは、一重に息子に家督を継がせるためでした。息子についてはどうもはっきりした記述がされていませんが、『蜀山残雨』と伝記を合わせると、精神的な病気が内在していたようです。南畝が64歳の時、息子が支配勘定見習いとして初出仕しました。息子は33歳で既に妻子持ち。ようやく肩の荷が下りた、という感じだったでしょうか。文化年間に入ると、山東京伝、曲亭馬琴、十返舎一九、式亭三馬といった戯作者の合巻、人情本、北斎や歌川派の浮世絵といった江戸文芸が全盛期を迎え、南畝翁は蜀山人として文化人の間で持て囃されました。
 能のない連中がいる職場では浮いていたかもしれない南畝も、文化人の中では慕われ敬われていました。なぜか?それは馬琴のように他人をけなしたり自画自賛をしなかったのと、何よりユーモアのセンスを持っていたからではないでしょうか。センスは努力して身につくものではないので、馬琴には気の毒ですが、狂歌で名声を得たのも、幅広い人脈を持っているのも、ユーモアのある性格だったからではないかと思います。南畝は、仲違いをしている知人たちの仲介役をして何組か仲直りさせているそうです。南畝のことなので、真面目一辺倒ではなく、滑稽な洒落でも言ってお互いを笑わせたんじゃないかと想像します。
 「狂歌」は人を笑わせ心を豊かにするものです。『膝栗毛』で弥次喜多が道中で詠む狂歌は、しくじりをした場の雰囲気をなごませたり、喧嘩を鎮めたりする効果を発揮します。一九と南畝には、こんな逸話が残っています。― 一九が初めて南畝宅を訪問した際、長いこと待たされ一向に現れる気配がないので、「失礼だ」と腹を立てて帰ってしまった。その後、ばったり会った南畝から、一九が来るというから酒を飲んで語り明かそうと思ったら、酒を買うお金がなかったので、庭にあった桐材を売りに行っていたのに、帰宅したらいなくなっていて、それでも失礼か?と言われ、二の句が継げなかった。(漢学者・劇作家:依田学海 著)― 真偽のほどはさて置き、南畝が言った理由が嘘であっても、この頓智のきいた弁明は、同じく頓智好きの一九の憤慨を吹き飛ばしてしまったと思います。
 太平の時代といえども、噴火・地震・大火・大雨洪水、飢饉、コレラ、なんとなく感じる外国からの脅威がありました。文化文政期の滑稽は、そんな国民の潜在的な不安から求められた笑いだったのではないでしょうか。
 蜀山人自身も、内に秘めた不安から解き放たれたいと感じていたのかもしれません。期待をかけていた息子が乱心して職を失い、南畝は心の病を治す医師を探したりもしていたらしいです。また、可愛がっていた孫(男子)も読書もしない怠惰な子だと、心配は尽きなかったようです。

 75歳になった南畝は、相変わらず勘定所勤務を続けていました。4月、市村座に芝居を見に行って、贔屓にしている三世尾上菊五郎に狂歌を書いて与えたりして楽しんだ翌日、少し気分が悪くなるも、夕食にヒラメの茶漬を食べて狂詩を一首作って寝ました。翌朝家族が起こしにいくと、南畝は口をあけて鼾をかいて眠ったままで、意識が戻ることなく息を引き取った、ということです。
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