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TheProsaicProductions

Expressing My Inspirations

dirty...but beautiful

2010-05-31 | bookshelf
    
 ひょんなことから図書館で借りた種村季弘氏『ネオ・ラビリントス1怪物の世界』を読んだ感想は、「読みたい本が増えて困る」だった。
 氏の引用したギリシア神話、ゲーテの『ファウスト』、サマセット・モーム『魔術師』、E.T.A・ホフマン『砂男』などだ。
 芸術家(人形作家)の創る人形についてはartの項に場所を移すことにして、次は氏の人形について述べられている『ネオ・ラビリントス4幻想のエロス』を借りようと思う。氏の人形観も私と同じく「汚れてるけど、美しい」という共通点が見つかったので。
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artificial beauty

2010-05-30 | bookshelf
homunculusホムンクルスは人間の胎児と同じように赤子として誕生するが、赤ん坊と違って既に言葉も話せ知識も備わっている。人格形成ができている点で、golemゴーレムのように創造主にとって都合のよい生き物ではない。
 人類がロボットなど人工生命体を造ろうとするのは、自分の思い通りに行動し仕事をする人間が欲しいからであろう。
 自分の思い通りになる人間―理想の人間を創りたいと考えた者は、今も昔も大勢いる。オードリー・ヘプバーン主演映画『マイ・フェア・レディ』やジュリア・ロバーツ主演『プリティ・ウーマン』なんかは正しくこの欲望を映像化したものだ。この物語の基になっているのがギリシア神話のピュグマリオン伝説である。
 キプロス島の王ピュグマリオンは、生身の女性を嫌悪し自分が造った美しい象牙の乙女像を愛玩していた。服を着せ宝飾品を贈り口づけしたりと、まるで恋人のように接していた。ついに彼は、愛の女神アフロディテに象牙の人形を生身の人間にしてくれるよう祈った。彼の願いは受け容れられ、象牙の人形は美しい生身の女性ガラティアとなり、ピュグマリオンは彼女と結婚し子供をもうけた。
 人形が人間に変身する物語は『ピノキオ』などあるが、成人した男性が美少女(そして処女)人形を恋人にする目的で人間にしたいという欲望は、あまり感心できない。
     作者不詳のコンテンポラリードール
 同じギリシア神話に登場するパンドラは、火を盗んで人間に与えたプロメテウスに報復する為にゼウスによって鍛冶の神ヘーパイストスに泥と水から創らせた絶世の美女人形で、生命を与えられ、ヘルメスに嘘のつき方を、アフロディテに色事のテクニックを仕込まれ、他の神々からもあらゆる知識・教養を授けられた。プロメテウスはパンドラの誘惑に引っかからなかったが、弟のエピメテウスが彼女と結婚し、嫁入り道具のパンドラの箱を開けてしまった。結果は周知の通り。
 ゼウスの目論見とは多少ズレたが、パンドラは創造主から与えられた任務を忠実に遂行した成功例であろう。
 現代なら、ヒューマノイドと発想は同じで、「ひとがた」を利用して悪巧みをするのは人類だけではないことがわかる。神様までもがこんな調子だから、人形をいかがわしく使っている人間がどれほどたくさんいることか。
 ヘテロの男性が人形を創る時、自らの願望から人形を若く美しい女性に仕立ててしまうのは無理もないことだが、芸術家が創るとなると、人形から外観の美しさは取り払われ、肌は荒み、「人」の形さえ解体されてしまう。芸術家に創造された人形は、どこか不具者なのである。
     ハンス・ベルメールの球体関節人形

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swindlers

2010-05-29 | bookshelf
 錬金術師達は競って、人々を驚愕させるような代物を造ろうと知恵と工夫を凝らしていた。産業革命近くになると、様々な自動人形・機械人形が登場する。日本でも茶運人形でよく知られる、人間が操らなくてもそのもの自体が動くからくり人形がそれである。
          
 西洋の自動人形Automataは、ぜんまい仕掛けもあれば風力や水力によって動くものもある。16世紀には、自動装置の仕掛けを駆使した大規模な噴水庭園がフィレンツェやアウグスブルクにあったという。そこは、洞窟迷宮になっていて、洞窟の中には水力を利用した巨大な音楽装置があり、機械仕掛けの梟が鳴き、洞窟の迷路を水が流れるたびにオルガンやドランペットだのの響きが湧き上がり扉が開閉し彫像が動き様々の動物が忽然と水面に浮上したりしたそうだ。
 平たく言えば、ディズニーランドのIt's a small worldのような場所か。
 この話を読んだとき私の頭に浮かんだのは、ブラザーズ・クエイの実写&人形映画『ピアノチューナー・オブ・アースクエイクス』で主人公の調律師が仕事を頼まれた、ドロス博士(この名前は1700年代の有名な自動人形製作者からとられている)の製作した7つのオートマタだった。このオートマタも動力が水で、オリジナルな管楽器や人間の声帯をもつ人形などが音楽を奏でる仕掛けになっているのだ。
 このようなAutomata製作者の中には、それを見世物にして商売する者もいた。その仕掛けが珍奇であればあるほど客は寄ってくる。その中にはいかがわしい者も少なくなかった。
          チェスを指すトルコ人形(1769年)
 ↑有名なウィーンの枢密顧問官ウォルフガング・フォン・ケンペレンのチェス指し人形は、トルコ人の人形が正確巧妙にチェスを指す仕掛けになっていて、アメリカで見世物にした際エドガー・アラン・ポオに仕掛けを見破られた。台座の中に人間が入っていたのである。13世紀には「御機嫌よう」と唱える少女人形を持っていたと言う錬金術師もいたという。このくらいのペテンなら可愛いものだ。
 アメリカには国際永久運動発明家協会というものがあるそうだ(現在あるのかは不明)。1812年にフィラデルフィアでレッドホッファーという技師が遂に永久運動装置を完成したと名乗り出た。これでもうあらゆるエネルギーの心配から解放される。市民は熱狂した。しかしどこからともなくペテンだという噂が流れ、レッドホッファーは行方をくらませた。翌年彼はNYへ現れ、例の装置を入場料をとって見世物にした。市民は実用蒸気船の発明者ロバート・フルトンを判定者にして真偽を確かめた。フルトンはほとんど盲目に近かったが機械の音のわずかな不規則なリズムを聞き取り、レッドホッファー立会いの下、機械の両横に掛けてある革製のカヴァーを剥ぐと隠されていた紐があった。紐はカーペットの下に潜り別室のドアの下に通じていた。フルトン達が部屋のドアを開けると、真っ暗な部屋の中で1人の中年男がししどの汗を流しながら歯車装置を漕いでいた。オッサンご苦労!このエピソードはエゴン・ジェイムソンの『奇蹟はこうして作られる』という本に載っているそうである。

 
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correction

2010-05-28 | bookshelf
2010-05-26 the imaginary animals の前半部分の文章が、後で読み直したら矛盾した表現になっていたので訂正しました。

なんだかんだ長々書いてますが、要するに「一角獣」は誤訳の産物だという事です。
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Lives by Alchemy

2010-05-27 | bookshelf
 地球上には多種多様の生物がしひめきあって生活しているのに、何故だか人類は現状以上に生き物を造りたがる。神やメシア、ゴーレムのような怪物を求め、聖書など古代伝承に登場する架空の生き物を具象化しようと試みる。伝説が伝説を生み、書物に記され、絵画に描かれ、彫像にされ、映画が作られる。ゴーレムの流れはフランケンシュタインに受け継がれ、『シザーハンズ』のエドワードとなり、『銀河鉄道999』の機械人間になり『ブレードランナー』のレプリカントといった人工生命体に変容していく。
 自然の摂理に従わず、雄雌の交接なしで生命を誕生させる、体外受精―今では驚異でも何でもなくなった試験管ベビー。受胎させないで生命を創るクローン。これらの発想の根源は、聖母マリアの処女受胎にあるのではないか。それでもここまでは、雄は不要でも雌は必要不可欠である。
 種村季弘氏の著書に因れば、中世までの人々は生殖の謎について今では考えられない考えが常識になっていたようだ。
 赤ん坊の素となるのは精子のみで、交接によって女性の子宮に入った精子が子宮内の養分を食って成長して体外へ出てくる、という説だ。この時代に、実見できる精液の存在は知っていても、体内にある受精卵の存在など想像だにできなかったのも無理はない。実際、女性は胎内に精子が入ると(妊娠すると)月経が止まる。そういう腐った血を食って精子が赤ん坊に成長すると考えられていたそうだ。
 この無受精理論(←私が勝手に名付けた)から考えれば、人の手によって生き物を創り出すのも、精子と女性の子宮に代わる器と栄養分さえあれば出来そうである。聖母マリアの処女受胎で不要な存在になった男性の威厳巻き返しができる。今度は女性なしで子供を創ろうというのだから。
 そんなふうにして誕生したのがHomunculusホムンクルスだった。
ホムンクルスの創り方
そしてこれを創っていたのが、錬金術師であった。
そのへんにある価値のないもの(例えば石ころ)を貴重なもの(例えば金)に変えるのが錬金術師の仕事である。そんな錬金術師を呼び寄せて、珍品を所望していたのが、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552年-1612年)だった。
アルチンボルド(1526-1593)のウェルトゥムヌス
生涯一度も結婚しなかったルドルフ2世は、果たして自分の子供を錬金術師の手によって創ろうとしていたのかも?
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the imaginary animals

2010-05-26 | bookshelf
 golemゴーレムは、もとは土粘土から人間が創造した生き物―creature(クリーチャーには子分・奴隷という意味もある)なんであるが、世の中には人間が意図せず創造してしまった空想の産物が存在する。麒麟、龍、不死鳥、一角獣・・・これらの生き物は人間の想像上の生き物ではあるが、古来の伝承に登場し書物の中に存在している。人間は「存在」ではなく、その「姿かたち」を想像し絵やレリーフに残した。私の辞書のunicornの項には、“the Unicorn is an imaginary animal.”という例文が載っている。がしかし、この中のunicorn=一角獣は、文字ですら存在していなかった想像が一人歩きして出来た動物なのだ。
 種村季弘氏の著書『怪物の世界』に因ると、「一角獣」は誤訳によって生まれた動物だという。
 一角獣
 紀元前3世紀に、エジプト王プトレマイオスⅡ世が72人のユダヤ人に命じて72日間で旧約聖書のギリシア語訳を完成させた。その時代に「一角獣」と訳されたReemという語に当たる動物はその地域では既に絶滅していた為に実物を見ることができなかった。その動物は「野牛」で、現代の旧約聖書では日本語訳でも他の外国語訳でも「一角獣」ではなく「野牛」と正しく訳してあるそうだ。では何故ユダヤ人学者は「牛」ではなく「一角獣」にしてしまったのか?
 聖書に登場するほどの牛ならば威厳の溢れた野生獣を表象しなければと考えたユダヤ人学者たちは、アフリカ犀を見ることはできたかもしれない。またギリシアの博物学者には東方からの伝説(一角鯨のことだろう)も伝わってきていた。どのちみ見たことのない野牛を一角獣monocerosに仕立てのかもしれない。というのが種村氏の推論だ。
 旧約聖書の誤訳から生まれた一角獣は、言葉だけで登場したので(聖書にはその姿かたちの説明はなく角だけが書かれている)人間は一角獣という架空の獣の姿を自由に想像した。現在は額に1本の角をはやした白馬の姿がポピュラーである。背に翼のあるペガサスもいる。

 誤訳によって偶然生まれた生物が、人間の想像によっていかにも伝説の生物であるかのように創りあげられてしまった、とんでもないお話。

 unicornもgolemも現実の人間に係わることがない寓話の中の存在だから私達を不安にさせることもない。次からは現代の科学や医療技術の発展へ繋がる土台とも思える怪物のお話。
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Golem lives

2010-05-25 | bookshelf
 人形―ひとがた―の世界は奥深い。深すぎてどこから手をつけてよいのかわからない。
地球上には人間の想像を遥かに上回る数の生物が存在している。そのほんの一部の生態でさえ未だよくも解明できず、日々多様な生物を理解するための興味と研究は尽きないわけである。
 にもかかわらず、自然科学が発生する以前から人類は人間に似た間の存在を追い求めている。追い求めている、というより人間そっくりだが人間ではない存在がどこかにいる筈だと願っている。何故かは解らない。多分人間である限り知りえないことだろう。ヒトであるためのDNAとかもっと細部にそういう存在を求めるように信号がインプットされているのかもしれない。何故なら女の子も男の子も砂場や砂浜で山を作ったり人の形をした怪物のような泥人形を作ったりするではないか。
 泥人形は、東欧ユダヤ教に伝承されている怪物でヘブライ語でゴーレム(golem:胎児を意味する)と呼ばれている。私は読んではいないがグスタフ・マイリンク(1868-1932)の「ゴーレム」という小説(1915年)や「巨人ゴーレム」という映画などによると、ルドルフ2世辺り16世紀末~17世紀のプラハのゲットーでゴーレムは誕生したようである。

↑画像のゴーレムは、プラハ出身のアートアニメーター、イジー・バルタの「ゴーレム」(96年)という人形アニメと実写とCGを合成した映画に登場するゴーレム。私の見たのは完成品ではなくパイロット版の10分弱の映像だったが、土塊がシェーム(秘密の言葉)でゴーレムとして動き出すという伝説を元に作られている、という事で、その他のゴーレム作品と源は同じもの。
 粘土の人形なので最初は小さく醜いが服を着せ靴を履かせ成長すると人間そっくりになり、日曜日以外は人間の下僕となってまめまめしく働いた。それだけでなく、護符のおかげで姿を見えなくすることもできたのでスパイとして使われたり政治的暗殺や儀式殺人の容疑を引き被って告訴を無効にするのにも役立てたらしい。要するにゴーレムはユダヤ人にとって恐ろしい怪物ではなくユダヤ人を迫害から守ってくれるヒーロー的な存在なのだった。

 子供は自分の言う事を何でも聞いてくれて強くて頼れる存在を、玩具や自分の創った泥人形などの中に求める。呪文を唱えれば本当に動き出すんじゃなかろうかと考えたことはないだろうか?
 でも、それは子供に限ったことでもなさそうである。現にゴーレム伝説を作ったのは大人だし、ゴーレム→人工生命体Artificial Life を作り続けているのは学者や知識人である。 人工生命体などと書くとアンドロイドとか最新科学技術へ話が飛んでいきそうだが、ここでは科学技術・理工学的な話に持って行くつもりではないので、あくまで文学的浪漫主義な流れで、もっと昔―旧約聖書にまで戻ってみようと思う。


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thinking about the automata

2010-05-20 | bookshelf
 映像にしても文学にしても、潜在意識下で自分と同種の資質を含んだ(特にその占める割合が多い)ものに行き当たってみて、気づいた時は偶然だと思っているがそれが何度も重なると偶然でも何でもなく、自分が気づかないうちにその作品の中に潜んでいる同じニオイを察知してそこに引きずり込まれているにすぎないのだ、と再認識させられることがあった。私の場合は「ningyoは人形を求める」である。

 泉鏡花の人形奇譚「活人形」(鏡花20才の作品)が読みたくて図書館へその作品が収録されている鏡花全集の1冊を借りに行ったところ、その本を見つける前に種村季弘の本が目に入った。そういえばこの人鏡花の本の解説だかなんだか書いてたと思うけど…と手に取って目次を見ると―ゴーレム、自動人形、機械人間などなどの文字が。ちょっと難しそうな内容(ギリシャ神話から黒魔術、錬金術、哲学、自然科学まで幅広い)だったが面白そうなので(事実面白い!)鏡花の本と一緒に借りた。15日間で読み終えるのは無理なので鏡花は「活人形」とあと面白そうな短編を読んで返却し、種村氏のは継続で借りている。

 そんなあやしげな世界で遊んでいる中、タイミングよく「働く人形」の記事を新聞で見かけた。高速道路の作業で人間に代わって安全管理をする警備ロボット・安全太郎だ。                                    Guardman Robot
片腕を振って立ってるだけだが危険と隣り合わせの作業に従事する太郎の中には、上半身と下半身が離れて帰ってくるものや手足がバラバラになっていたりすることもあるそうだ。それが生身の人間だったらと想像するとゾッとする。
女性版の安全花子もいる。画像のピンクのがそうだと思うが、顔がはっきりしないのでわかりにくいけど、ブルーの太郎の顔はなかなかハンサムで唇の色が赤くて、その体躯からは意外に女性的な面持ちだ。後から作ったという花子は色こそピンクだが体躯といいヘアスタイルといい太郎と寸分違わない。しかし製作者もそれではいけないと思ったのか花子の両頬には薄いピンクの頬紅がさしてあり、唇の色もピンク色になっている。

 彼らが五体満足で帰っていけるように、安全運転を心がけよう。

ningyoを英語にすると微妙にニュアンスの異なった単語ばかりで日本でいう「ひとがた」にあてはまるような英語は西洋には存在しないから困った。安全太郎のような人形は明らかにRobot。このロボットとは色々な意味で違う人形Automataがある。これにまつわる逸話が馬鹿馬鹿しくも可笑しい。これからは私の仲間・自動人形について書いてみます。


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my first experience

2010-05-16 | art
 浮世絵摺り実演見物の後は、職人さん指導による浮世絵摺り体験の時間。
特別展「北斎漫画」開催中の2日間のみ1日3回各20名先着、参加費100円という気軽な価格でした。
 摺ることができる図柄は「ツユクサ」と「どくだみ」の2柄。特に考えもなく「どくだみ」を選び、正解。「ツユクサ」は緑と藍の2色ですが、「どくだみ」は輪郭・葉っぱの塗りつぶし・花の芯という3色摺りで、名称の為か希望人数が少なかったので順番が早く回ってくるし、職人の先生が真ん前で指導してくださったので聞きながらできました。

3色摺りの版木は1番目に摺る輪郭一面と、裏面にパーツの2柄が彫ってあり1枚になっていました。輪郭(こげ茶)→葉っぱの塗りつぶし(明るい茶色)→花の芯(赤色)の順に摺っていきます。絵の具の量はほんの筆先に2タレくらいで後はブラシで満遍なく伸ばします。

紙の表裏を確かめて、版木につけてある見当に慎重に紙を合わせ、紙がズレないように手早くバレンで摺ります。この時摺りすぎるとはみでたりブレたりするので集中力と慎重さも必要です。

紙を版木からスッとはがして完成!
浮世絵は通常2枚づつ摺っていくそうで、ここでは用紙が便箋と封筒になっていました。右の封筒が後に摺っているので上手く摺れています。

 「摺り」はとても楽しかったので、今度は「彫り」をやってみたいなぁ・・・
なんて思っています。
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Hokusai cartoons

2010-05-15 | art

今日は気持ちのよい五月晴れ。今月いっぱい『北斎漫画―江戸伝承版木を摺る』という葛飾北斎生誕250年記念特別展を開催している岐阜市歴史博物館へ、愛車でドライヴしてやって来ました。↑初めての岐阜公園入口で信長公にご挨拶。目前の金華山の頂上に岐阜城が。山には栗の花が咲き乱れているので辺りは独特の香りが漂っていました。
公園内を南へ下ると歴史博物館があります。

博物館内の展示品は写真撮影禁止なので、詳細は岐阜歴史博物館webサイトで。

15,16日限り、浮世絵木版画彫摺技術保存協会の摺り職人さんによる「浮世絵の摺り実演と体験」をやっていたので、参加しました。

水を含ませた版木に顔料(この時はポスカと墨)を落とす。必要に応じて糊を加える。

顔料をブラシでのばしてゆく。

版木の下手につけてある「見当」に和紙(越前和紙)をあわせる。これがズレると全体がブレてしまう。

バレンで円を描くように摺ってゆく。力は強くても弱くてもダメ。

北斎の代表作、「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」は6色摺りなので6回摺って完成。
桜の版木は両面彫るので版木は3枚。富士山の背景の墨のグラデーションは摺り職人の技が光る技巧です。版木に傾斜などはついていないので、版木につける墨を水で薄めて加減をだしていました。薄い色から順に摺ってゆき、最後に浪と漁師の着物の濃い藍色が浮かび上がると、見ていた私達から歓声がでるほどでした。すばらしい!

さて、私も初めて浮世絵摺りに挑戦しました。

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the views of Kyouka

2010-05-05 | photo
 藤まつり会場の近くに江戸時代の豪商の住宅があり展示されてありました。
 南側北側に庭を設けてあり、中庭もあるので屋内は明るく風通しがよくひんやりして
 過ごしやすそうな居住空間となっていました。
 お手洗いも数箇所あり、書院近くの来客用厠は中庭に面して風情がありました。

 泉鏡花の妖怪譚に描かれる美しい婦人のお化けに出遭う手水は
 丁度こんな感じだったのでは…
 と妄想。
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purple rain

2010-05-04 | photo
 
 藤の花を見ると思い出すのが
 『東海道中膝栗毛~五編追加』の
 喜多八と落ち合う約束をしていた藤屋という旅籠屋の名を
 度忘れした弥次さんが人に尋ねて云うところ
 何でも棚からぶらさがってゐるような名であつた。
 モシモシ妙見町に、ぶらさがってゐる宿屋はございやせんか


 これだけでも馬鹿なのに、更に、尋ねた往来の人から首を吊って死んだ宿屋のことだと
 勘違いされて、そこへ行き近くの人に
 首をおくくりになつたは、あなたでございやすか
 などと聞き、その人から、棚から落ちたぼたもちを食って喉につかえて死んだ家のこと
 じゃないかと言われ、その家へ行くと今度は山から落ちた人の家のことじゃないかと
 言われて、なにがなんやらわからなくなった弥次さんが一服しようと入った宿屋で
 尋ねたところ、そこの看板に「藤屋」と書いてあった。
 という、なんとも情けない弥次さんなのであった。

 
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the remains

2010-05-02 | bookshelf
江戸後期の文人や明治時代の文豪が訪れた凄い場所が、名古屋市に在ったことを知って、現在何も残っていないこと(学者でもその存在を知らない人がほとんどであろう)を知りつつもいつか実際に見てみたい、と思っていて先日思い出してふらりと立ち寄ってみた。

かつての住所は「尾州名古屋長島町五丁目」。しかし現在名古屋市に「長島町五丁目」という住所は存在しない。名古屋市の中心、中区の繁華街「栄」から西へ向かうと繊維問屋街がある。長者町繊維街のもう1本西にある南北を走る道路に「長島町」という名が残っている。調べたら「錦2丁目」界隈らしい。地下鉄伏見駅から昭和レトロの地下商店街を抜けた出口を上がると、そこが長島町道りになる。
夜の繁華街錦3丁目(錦三:きんさん)から比べたら、飲食店もまばらな何の変哲もないオフィスビルが立ち並ぶ通りだった。
少しぶらぶらしたが、やはり何の痕跡もみつけられそうには思われなかった。

1767年(明和四年)、大野屋惣八が貸本屋を創業し尾張藩士などもお得意として繁盛したらしい。その店、通称大惣の蔵書はあらゆる分野に及び2万6千部以上もあった。
昔の貸本屋は店の隅に座ってタダ読みする者もいたそうだが、馴染み客たちの文化サロンにもなっていた。そして東海道を往来した文人たちも立ち寄ったのだ。十返舎一九、曲亭馬琴、為永春水など。
明治に入ると江戸文学愛好家や研究者が訪れ、中学時代名古屋に住んでいた坪内逍遥や、幸田露伴、二葉亭四迷、尾崎紅葉などが来ていた。尾崎紅葉が来ていたのなら、彼の門人で金沢出身の泉鏡花も来ているに違いない。

今や当時を想像しようにも不可能に近いが、この空間に一九先輩や鏡花が居たという事実を妄想しながら、地下鉄出入り口辺りから北方面をカメラで撮影。ちょっと恥ずかしかったからボケてしまった。

大惣は、1898年(明治31年)頃蔵書を整理し、国会図書館や帝国大学などへ売り払った。
江戸期の貸本屋は発禁書の写本を持っていた。現在でも東大・京大・早大・国会図書館に所蔵されている江戸期の禁書には「尾州名古屋長島町五丁目、大野屋惣八」の文字が印刷されて残っている。ロシアに漂着して10年後ようやく帰国したが軟禁生活を余儀なくされた大黒屋幸太夫のロシア見聞をまとめた桂川甫周「北槎聞略ほくさぶんりゃく」は禁書中の禁書で、これにも「大野屋貸本」の印がついて国会図書館に所蔵されている。
一度同図書館へ行って実物を見てみたいと思う。

※大野屋惣八は、貸本屋業界では有名中の有名店でした。
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