現代語で解りやすく記した『古事記』は、それぞれの逸話が面白く、漫画を読むがごとく読み終えてしまいました。
しかし、面白く読めたからといって、内容が正しく理解できたかどうかは定かではありません。読んでいる途中、何度も「?」な場面がありました。特に私の場合は、物語の舞台となる場所が、地理的に定りませんでした。
古代の地名から現在の実在する土地に当てはめると、登場人物が瞬間移動しているような感覚になることもありました。そんな時は、この話の登場人物は神々なんだ、と改めて納得するのですが、それにしても『古事記』に描かれた神々は人間的すぎるのです。
例えば「天の岩屋戸」のお話では、天照大御神を岩屋から引き出すために、多くの神様が集まって相談して決めた策の中に、桜の木で鹿の骨を焼いて占いをさせる、というのが出てきます。神様が占いをする、という矛盾。神が占いで神託を受ける??また、現代語訳中には、「天宇受売命(あめのうずめのみこと:女神)が、桶を踏みつけて踊り狂い、神がかりのようになって、乳房をかき出し、裳の紐を垂れて、女陰を出した。」とありました。神が「神がかり」になるとはいかに?神々が集まっている岩屋戸のある場所は、高天の原(たかまのはら)で、現世のある地上での出来事ではありません。
今改めて、この箇所を読んでみると、神代が現実の時代ではいつ頃なのか、想定できる記述があることに気が付きました。
1「鉱山の鉄をとってきて、精錬させる。」
2「それから、鏡を作らせる。」
日本列島に初めて鉄が出現したのが、弥生時代初期(紀元前2世紀頃)だとされています。後期には、西日本全域に広まっていたようですが、当時の鉄(鉄器)は、原料を朝鮮半島からの輸入に頼っていたそうです。また、鉱物その物より技術(精錬や加工)の方が価値が高かった(鉄を制した者が権力を持てた)ので、日本列島で製鉄が可能になったのは、朝鮮半島から技術者集団が移住した以降という事になります。通説では弥生時代に製鉄技術はなかったと言われていますが、近年弥生時代の製鉄所と推測される遺跡も、発見されているそうです。しかし、遺跡の規模は小さく原始的だという事で、本格的な鉄生産は古墳時代後期(6世紀~)以降と考えられています。
更に、精錬した鉄を鏡に加工したとあります。銅鏡は博物館でもよく見ますが、鉄鏡とは初めて耳にしました。アマテラスを岩屋戸からおびき出す鏡は、『日本書紀』によれば真経津鏡(まふつのかがみ)or八咫鏡(やたのかがみ)という銅鏡で、三種の神器のひとつです。銅鏡なら、弥生時代後期から国産のものが出土しています。
『古事記』を通しで読んでいた時には、1と2を別々の作業だと思っていたので、天の岩屋戸のエピソードは弥生時代中期~後期に相当する、と考えました。でも、1と2が繋がった作業だとすれば、鏡は鉄製だったと解釈できます。「鉄製の鏡」調べてみました。
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう
大分県日田市のダンワラ古墳(竪穴式古式古墳)で出土した鉄鏡で、西暦1世紀~3世紀弥生時代のもので、古代中国漢の時代に作られた鏡とされています。大変珍しい鏡で、古代中国では魏の時代(西暦3世紀前期~)、鉄鏡は皇帝クラスの高貴な人物しか所有されなかったそうです。日田市では、卑弥呼が使った宝飾鏡だと言われているみたいです。
日田(ひた)は、かつて『古事記』中で天孫が降臨した日向(ひむか)という地名でもあったので、非常に興味深い事実です。
『古事記』のアマテラスの鏡が鉄鏡だとしたら、「天の岩屋戸」神話は、日田を中心にした地域で弥生時代後期(あるいは、古墳時代初期)に、実際にあったシャーマン的最高権力を持った女性の逸話だったのかもしれない・・・と思えてきました。
しかし、面白く読めたからといって、内容が正しく理解できたかどうかは定かではありません。読んでいる途中、何度も「?」な場面がありました。特に私の場合は、物語の舞台となる場所が、地理的に定りませんでした。
古代の地名から現在の実在する土地に当てはめると、登場人物が瞬間移動しているような感覚になることもありました。そんな時は、この話の登場人物は神々なんだ、と改めて納得するのですが、それにしても『古事記』に描かれた神々は人間的すぎるのです。
例えば「天の岩屋戸」のお話では、天照大御神を岩屋から引き出すために、多くの神様が集まって相談して決めた策の中に、桜の木で鹿の骨を焼いて占いをさせる、というのが出てきます。神様が占いをする、という矛盾。神が占いで神託を受ける??また、現代語訳中には、「天宇受売命(あめのうずめのみこと:女神)が、桶を踏みつけて踊り狂い、神がかりのようになって、乳房をかき出し、裳の紐を垂れて、女陰を出した。」とありました。神が「神がかり」になるとはいかに?神々が集まっている岩屋戸のある場所は、高天の原(たかまのはら)で、現世のある地上での出来事ではありません。
今改めて、この箇所を読んでみると、神代が現実の時代ではいつ頃なのか、想定できる記述があることに気が付きました。
1「鉱山の鉄をとってきて、精錬させる。」
2「それから、鏡を作らせる。」
日本列島に初めて鉄が出現したのが、弥生時代初期(紀元前2世紀頃)だとされています。後期には、西日本全域に広まっていたようですが、当時の鉄(鉄器)は、原料を朝鮮半島からの輸入に頼っていたそうです。また、鉱物その物より技術(精錬や加工)の方が価値が高かった(鉄を制した者が権力を持てた)ので、日本列島で製鉄が可能になったのは、朝鮮半島から技術者集団が移住した以降という事になります。通説では弥生時代に製鉄技術はなかったと言われていますが、近年弥生時代の製鉄所と推測される遺跡も、発見されているそうです。しかし、遺跡の規模は小さく原始的だという事で、本格的な鉄生産は古墳時代後期(6世紀~)以降と考えられています。
更に、精錬した鉄を鏡に加工したとあります。銅鏡は博物館でもよく見ますが、鉄鏡とは初めて耳にしました。アマテラスを岩屋戸からおびき出す鏡は、『日本書紀』によれば真経津鏡(まふつのかがみ)or八咫鏡(やたのかがみ)という銅鏡で、三種の神器のひとつです。銅鏡なら、弥生時代後期から国産のものが出土しています。
『古事記』を通しで読んでいた時には、1と2を別々の作業だと思っていたので、天の岩屋戸のエピソードは弥生時代中期~後期に相当する、と考えました。でも、1と2が繋がった作業だとすれば、鏡は鉄製だったと解釈できます。「鉄製の鏡」調べてみました。
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう
大分県日田市のダンワラ古墳(竪穴式古式古墳)で出土した鉄鏡で、西暦1世紀~3世紀弥生時代のもので、古代中国漢の時代に作られた鏡とされています。大変珍しい鏡で、古代中国では魏の時代(西暦3世紀前期~)、鉄鏡は皇帝クラスの高貴な人物しか所有されなかったそうです。日田市では、卑弥呼が使った宝飾鏡だと言われているみたいです。
日田(ひた)は、かつて『古事記』中で天孫が降臨した日向(ひむか)という地名でもあったので、非常に興味深い事実です。
『古事記』のアマテラスの鏡が鉄鏡だとしたら、「天の岩屋戸」神話は、日田を中心にした地域で弥生時代後期(あるいは、古墳時代初期)に、実際にあったシャーマン的最高権力を持った女性の逸話だったのかもしれない・・・と思えてきました。