スターアニスの 『大和路 里の光彩』

アーカイブ中心の風景写真、趣味の書・刻字など・・いろいろと楽しんでおります。

談山神社① 淡海公の十三重の石塔

2007-11-04 20:37:38 | 出来事
昨日は、大化の改新発祥の地である談山神社(たんざん じんじゃ)の「蹴鞠(けまり)まつり」について紹介しましたが、今回からこの談山神社について、もう少し詳しく案内したいと思います。

本来は、桜井駅からバスで「談山神社バス停」のひとつ手前、「多武峰バス停」で降り、屋根が付いた趣きのある橋「屋形橋」を渡り、享和3年(1803年)建立の東大門をくぐり・・・樹齢300~500年の杉の大木を眺めながら参道を登るべきなのですが・・・。

今回はマイカーであるため、入山受付に一番近い駐車場まで一直線。
楽チンと云えば楽チンなのだが・・・境内に到るまでのアチコチに重要文化財などが点在しているので、これらを見落としがちになるのだ。


「石造十三重塔(淡海公墓所)」は、小高い丘の上にあった。

まずは、土産店近くの駐車場手前にある「石造十三重塔(淡海公墓所)」へ。
民家の横を通り抜け小高い丘を登りきると、周りの木々に囲まれ薄暗い中に石の塔は聳えている。
説明看板があり、そこには、
「淡海公(たんかいこう)十三重塔。藤原鎌足公、二男 不比等(ふひと 淡海公)を祀る十三重の石塔で、基壇より九輪の頂まで、約4m、台石の高さ約90cm、台石に永仁6年(1298年)大工、井行光の刻銘があります。」と書かれている。




鎌倉時代後半のもので、正面から見ると13個の石が、厚み・間隔は均整がとれ、基壇の上にスクッと建っている。
ところが、側面と裏面に回って見ると、歪な色んな形の石が・・・。正面だけを意識した石塔なのだ。
それにしても、この高さでよく地震に耐えてきたものだ、と感心する。



元の参道に戻り、参道を少し下りたところに以前紹介した「摩尼輪塔」がある。珍しいデザインの鎌倉時代後期の重要文化財だ。


「摩尼輪塔」

再び、参道を小川に沿って登る。途中、川岸にピンク色の花が咲いていた。この時期にしては珍しい花だ。

これは、何の花だろうか?


参道にあるお土産物店。この対面の道端にあるのが下の石燈籠だ。


後醍醐天皇が寄進した石燈籠(重要文化財)

参道を進み土産店の向い側の道端に建っているのが、後醍醐天皇が寄進した石燈籠(重要文化財)だ。
土産店のオデンの匂いと色んな種類の品物と呼び込みの女性に目を奪われて、この燈籠を見過ごされることが多いようだ。

竿に元徳3年(1331年)の刻銘があると、説明看板に書かれていたが・・・文字を探したが解らなかった。
でも、南北朝時代に造られただけあって優雅な装飾だけは納得できる。さすが、天皇さんが寄進しただけのことはある。


談山神社案内図の一部。