<4番札所 槇尾山 施福寺>
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/27/ce017411fa1b9213350652d767c61afd.jpg)
住所:大阪府和泉市槇尾山町136
写真では小さく見えるが、近づくとかなり大きい、ドッシリした佇まいだ。
標高530m。今まで訪ねたお寺の中で一番厳しい急坂と石段を登った。車を寄せ付けないお寺なのだ。
山門までの坂道でかなり疲れる。門からの登りは広くなだらかだが、次第に狭く急坂になり、不揃いな石段を選びながら一歩一歩登る。汗がドッと出てくる。そして時々休憩しながら・・・。
小石がゴロゴロとした地道を経て、やがて148段の急な石段を登り切ると本堂に到着する。
参拝者同士の「ようこそ、お参りを・・」「こんにちは!」という会話が自然と出てくる。お互いを励ますつもりかな? それとも自分を鼓舞するためなのか?
これは、「山登り」をする人たちのマナーじゃないのかな?とも思ったりしながら・・・
1キロの行程を40分ほど掛かった。
修行の道は険しく、辛いものなのだ。
欽明天皇時代(6世紀)に行満上人が興したお寺。
仏教公伝538年頃の創建で日本有数の古い寺なのだ。
弘法大師空海が793年、20歳の時に剃髪した寺でもある。そして唐から帰朝し再びこの寺で自らを鍛え、真言宗のもとに繁栄したとか。
織田信長により焼かれ、豊臣秀頼が本堂を寄進、再建。江戸時代からは天台宗寺院となっている。
本尊は十一面千手千眼観世音菩薩であるが、5月1日~15日までしか開扉されない。拝観できず・・・残念!
馬頭観音は50年に一度、方違大観音は70年に一度しか開扉されないとか。
でも、ご好意で特別に別の観音様を拝観させて貰った。
本堂は全て欅(ケヤキ)で造られ、恐らく同じ建物は造れないのでは・・・と言われていた。
屋根は銅板で葺かれているが、酸性雨の影響で腐食が進み、葺き替え工事が始まっている。
しかしながら、建築資材の運搬も大変である。何しろ車での運搬は不可なのである。職人さんも徒歩で来なければならないのだ。
そう考えると、このお寺の建築の資材をどうして運んだのか・・・その労力たるや・・・。凄い力を感じるのだ。
欅(ケヤキ)造りの山門。
仁王さんも睨んでます。
山門の上には蜂の巣が・・・。最初、彫り物かと思ったのだが・・。
山門から坂道が続く。ここはまだ広く、緩やかだが・・・。
あとの急な坂道、小石がゴロゴロの狭い道は写真を撮るのも忘れるくらいキツイのだ!
弘法大師が剃髪したとされる茅葺きの愛染堂。
最後の148段は石段だ。
本堂の裏手は新緑のモミジが美しい。
天皇家直系であるしるしの16片の菊の花。
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本堂の全てがケヤキ造りなのだ。曲がりのある垂木4本が同じものだ。
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参道で見かけた花たち。
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境内で咲く花。桜・カリン・スズラン。
茶店からは、岩湧山、遠くには金剛山も望める。
この写真は、お寺のご好意により、本坊の裏手に回り、撮ったものである。眼下には泉佐野市街、そして関西空港への橋も・・(かすかに写っているが・・見えないかな?)天気の良い日には、神戸方面も見えるとか。